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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
英雄の条件というか仙人と悟り編
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第41話:変わったか変わってないかは大した問題にならない

今日も一話



 太朗らの案内された宿屋は、老夫婦が経営する小さなものだった。木造の建物を見ると、嗚呼ガエルスに帰って来たのだなぁと実感する太朗。つい先日まで旧ケント側に居た身としては、壁と柱で構築された建築物が並ぶ風景を懐かしく思うのだろう。そんなにこっちの世界で暮らして居ないはずの太朗だが、湧き立つ感情は仕方ない。

 乗り物酔いをしたようなメイラの様子に、老夫婦は大層忙しそうにしていた。宿自体も小さく客足は少ないのか、二人そろって一階の広間で世話をやいていても、問題はないようだ。もっとも世話といっても、老婆がせわしなく飲み水の準備をしたり病人食の調整をしたりするのを、夫の方がおろおろと見ているだけという絵面であったが。

「今、娘が団体様のお迎えに行っておりますゆえ、ベッドなどはお待ちを……」

「あー、わかった。妹の世話は感謝する。ほれ」

 木板にサインをして料金を老人に払うと、太朗は町を見て回ると言った。鍵を受け取り、そそくさと足を踏み出した。空はエダクラーク付近と比べて明るく、しかし流れてくる風はひどく冷え込んでいた。

「んん、アイハスとか風邪引いてねーといいけど」

『――ちゃんと上着は使ってるみたいですよ?』

「そりゃ何より、結構なことで。さて――」

 周囲の町並を見回し、太朗は軽く呟いた。

「――まずは酒場だな」

『――昼間から酒盛りって完全にのんべぇじゃないですかー! やだーっ!』

「うっせ。というか情報収集かねてんだよ。察しろ」

『――まあ知ってましたが』

「おい」

『――それはともかく。狩人と探索者、あと賞金稼ぎのギルドめいたものが、一応は存在している模様』

「あん?」

『――えっと……、部分的に条件開示、解放。後の冒険者ギルドの原型』

「すまんが、冒険者がワカラン」

 ゲームをやるよりインターネット集合知大百科にいそしんでいた太朗であるからして、その手の知識についてはざっくばらんな理解しかなかった。

『――そちらについては未開放。まだ開発されていない概念ゆえ、開示するには色々と制約が――』

『――おねーさま! それ私のお仕事っ! 出番ですよ、出番まだですか!』

『――あ! こら、無理に出て来ないっ、私が押しやられる!』

『――きゃん!』

『――まったくこのウスラトンカチ。……ともかく、もう少し時間が必要』

「ちょっと待て、今何だか聞き覚えのない声が聞こえたが……」

 デフォルトのレコーとは対象的に、妙にテンションの高い声だった。だがレコーがひたすら無言を返すので、まだ触れるべきではないと太朗は判断した。そのレコーの反応が、条件解放における未達成ゆえの無言なのか、はたまた突然出てきた妹 (?)に対して何かやっているからこその無言なのかは、太朗には定かではない。ないのだが、触れない方が良い予感はひしひしと感じるところであった。

「じゃ、ナビ頼むわ」

『――了解』

 レコーの誘導に従い、太朗は町を歩く。ヒトや町並、どこを見てもやはりガエルベルクを思い出すものだ。東洋系と西洋系が半々といったところか。

「こうして見ると、案外ケンダイスの方が東洋人多いのか?」

『――当たり前といえば当たり前。一応分布上はガエルス側に東洋人が、旧ケント側に西洋人が集中している形。こっちの方が西だから、そこは無論』

「はぁん……」

『――ところで、ポケット注意』

「あん? おっと」

 走ってきた町娘。丁度太朗の体とかする程度の距離であったが、瞬間的に太朗は目線を細かく動作させ、少女の手をとった。思わぬ反応に町娘は動揺する。彼女の左手には、とりあえず表面上はということで持っていた、太郎がテキトーに作った財布があった。皮を紐で閉じるだけの簡単なものだが、内部には銀貨が数枚は入っている。要はスリだ。

「何ぞ?」

「へ? あ、い、いえ……」

「ま、相手は選ぶんだな。ほいっ」

 財布だけもぎると、彼女の額に一発デコピンを入れて太朗はそそくさと立ち去る。額を押さえて軽く目を回している町娘だが、そんな彼女の様子は周囲に気づかれていない。少女自身が手馴れた様子で、周囲の意識がそれるタイミングをついたのに対して、太朗も全く同じ要領で返したため、一瞬の攻防の勝者はカウンターを決めた彼であった。

 半眼になりながら、太朗はレコーに確認をとる。「クラウドルだっけ、治安悪いのか?」

『――周辺に比べればマシな方。経済的な格差はさほどない』

「にしちゃ、普通に手馴れた感じのだったが今のは……」

『――どちらかといえば、地下組織が活発』

「もっと駄目駄目じゃねーか」

 げんなりと肩を落す太朗に、レコーも肩を竦めた。

『――注意すべし。「宿木の魔王」が近い』

「何ぞ?」

『――こういう、行き場のない怨嗟とか、恨みとかが溜まるところは、第二の魔王の好むところ。既に地下組織同士で、コネクションができつつある』

「おし、ぶっ飛ばすか」

『――残念ながら場所までは特定できてない』

「結局座禅不足と。はぁ……」

 ぶつくさ独り言をつぶやきつつ、周囲の人ごみをさらりと交わす太朗は、それはそれは遠目で見れば異質なものにしか見えなかったが、はて、どうしたことだろうか。今日に限っては誰も彼に注目していない。容姿のせいもあるだろうが、少なからず普通の声量で独り言を呟いているにもかかわらず、変人を見る目すら向けられないのは、どうしたことだろう。気付かずは本人ばかりなり。太朗は、碁盤目状になっている町並をそそくさと進む。

 年始だというのに、酒場は盛況な様子だった。オープンテラスというか、店の外側にせり出したウッドデッキでヒトビトがエールを飲んでいる。まじりっけのない強烈な麦の香りが、店の入り口から漂う。半開きになっていた戸を開けると、妙にいかつい店主がゲラゲラ笑いながら肉を焼いていた。

「盛況みたいですね」

「お、お客さんかい? どうだいウチで一杯!」

「一応そのつもりだ」

「そうかいそうかい。おーい! サービス一杯!」

「「あいあいさー!」」

 太郎が席につく間に、木製のジョッキに入った液体が出てくる。給仕の青年がにこっと微笑むのを見て、頼んでいないぞ? と不審な目を向ける太朗に、店主はゲラゲラと笑った。

「サービスだ! 今年は麦が豊作だった一杯あんだ! げらげらげら!」

「そこの関係がいまいち見えんが……、まあ頂く」

 ぐいっと煽ると、太朗は驚愕した。「何ぞ、甘っ!」

「お? ひょっとしてお客さんエール初めてかい?」

「あ、ああ。辛いのばっか飲んできたから、こりゃ一体……」

「酒ってのは、時間をかければかけるほど甘みが酔いになってくんだ。そこは製法による」

 へぇ、と言いながらちびちび飲み干す太朗。彼が今まで飲んできた酒の中でも、これはなかなか美味いところ。割と辛口系ばかり飲んできたためか、すんなりと太朗はエールを受け入れられたようだ。もっとそれは、ぶどう酒と麦酒というより、ぶどうジュースと麦茶とどっちの方が好きかという部分も関係してそうだが、それはさておき。

『――そこのテーブル。非番の兵士達が集中してる』

 料金を払って提供されたチキンの足を持ち、他のテーブルへ移動する太朗。飲んだくれて気分がよくなっている兵士たちの居るところへ出向いた。

「すみません、ちょっと混ぜてもらえませんかね」

「あぁん? 何だ、ひょろいのぉ」

「いえ、この時期一人酒ってのも辛いですし、一緒に飲みましょうよ。何かおごりますよ?」

「おっと、なら俺はその鳥足いただきっ!」「あ、ずるいぞ。じゃあ俺じゃがいもな! 店主、頼むぞー!」「……肉だんご」「おい給仕、エールおかわりまだかよー」

 飲みニュケーションなんぞ断固として認めたがらない太朗であるが、まあ、酔っ払って色々と会話がはかどるのは彼にとって嬉しい誤算であった。

 席につきながら、談笑する太朗たち。案外とおだてたり、促したり、薀蓄をちょいちょい挟んだりと、聞き上手というか会話の方向の誘導上手な太朗である。その辺りはかつてクラスの副委員長をやっていた頃の技能だろうか。

 太朗の主目的は無論、情報収集である。ひとえに今回は、阿賀志摩(あがしま)辻明(つじあき)にしぼっての情報収集だ。元々ガエルス王国において、太郎が死ぬ直前は兵士として活躍していた彼である。その当時の記憶に残っている戦績や、同期というかちょっと先輩だったバンドライドの躍進ぷりから考えて、それなりに偉くなってるだろうと踏んでいた太朗だ。枝蔵英夫が指定したこの場所においても、上級職についてると判断して兵士達に聞き込みを開始する。

「最近で言うなら、難民だなぁ。」

「ブラストルって亜人の国があんだけどな。ケント終わったあとそっちと戦ってんだ。でもあっちの方が大きすぎて、まだ全然相手にされてねーの」

「だが、我々の国は挑み続ける」

「ま要するに、巻き込まれるのが出てくるんだわ」

 無論、そのまま名前を使っているとは思って居ないので、様々な雑談とか愚痴とかに織り交ぜての情報収集となった。大部分は最近のガエルスの戦争事情の話題である。ケント国をおさえた後のガエルスは、周辺国でそれなりに大きいブラストルという国にちょっかいをかけているらしい。その小競り合いに巻き込まれ、難民がちょいちょい出てきているのだとか。そのせいで治安が悪化しつつあり、兵士らの仕事も増えて大変だという感じだ。

 ある意味で完全に他人事な太朗は、軽く聞き流すことができる。しかし、渋面をつくってしまうのはどうしてだろうか。難民。嗚呼、難民か。こういう、ちょっと知恵をしぼったり知識を得たり力技でどうにか出来ない問題は、太朗の苦手とするところだ。何とかしたいと思いはするが、どうするべくもない。

『――でも、第二の魔王が関わってくる以上は何かするはず』

 レコーの断言に、太朗は肩をすくめた。実際それは事実である。難民問題解決はともかく、宿木の魔王。第二の魔王とそのカルトとは、野放しにしておけば危険極まりない。発見次第早急に叩くのが吉だろうと思いつつ、兵士らの愚痴をテキトーに聞く太朗だった。

「最近だと、領主様が積極的に事態解決に乗り出すって言ってな?」

「領主様?」

「お、珍しいな知らないなんて。クラウド様だよ。クラウド・アルガス様」

「俺達を拾い上げて鍛えてくれた、めっちゃすげーヒトなんだぜ!」

 わいのわいのとテンションの上がる兵士達。酔っていると言うのもあるだろうが、それにしてもうかれているように見える。よほどそのクラウドというらしい相手に恩義を感じて居るのか、信頼しているのか。語る彼等は、まるで親を自慢する子供のようであった。

 こめかみに指をあてて、太朗は思考する。領主クラウド。少なからず、彼等兵士たちと関わりのある相手なのだろう。とすれば、指令系統からして阿賀志摩の情報を探すことも、コネクションが出来れば可能かもしれない。

「……あの、ぶしつけなことを聞くようで申し訳ないんですけど、どうすればそのクラウド様に会えますかね? いえ、一目見るだけでもいいんですけど」

「あ、見るだけなら気にしなくてもなぁ」

「そうそう。クラウド様、結構町の視察とかするし」

「ふぅん」

 と、何の気負いもなく、太朗は視線を町にふった。

 そして目に入ってきた光景を見て――果てしなく後悔した。

 馬に乗る鎧を装備した男性。年齢は四十にさしかかろうというくらいか。馬の手綱を握る手前に、子供が彼の手の内にいる。十歳くらいの男の子か。くりくりとした目がかわいらしい。鼻が高いのは西洋的で、両親の人種が異なる事を主張している。そしてそんな子供を見下ろして、いい父親のような笑みを浮かべていたのは――。

「お、アレがクラウド様だぜ?」

 髪はやや白髪まじりの黒。首は太く、肌も浅黒い。体の所々に傷跡があり、見た目からして歴戦の勇士だ。子供はそんな父親のことが大好きなようにも見える。

 しかし、そんな男性の姿を見て――太朗は表情をなくした。


『――クラウド・アルガス』

「……いや阿賀志摩だろ」


 その顔は、すっきりとした整った顔立ちは――年相応に皺が刻まれたその男らしい顔は、太朗にとっては間違え様もないものだった。



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