第40話:ギガテレポート
すまない、今日も一話なんだ
藤堂太朗が集中をとき意識を取り戻すと、目の前にはレコーとメイラがいた。普段と違いレコーが物理的に太朗を揺さぶって意識を取り戻させたらしい。だが何故に彼女が外に出てきているのか、太朗には皆目検討もつかなかった。
天気は曇り。だが雨が降るにはまだまだといったところか。建物の中は静かなものであったが、それが逆にレコーが表に出ている事への疑問となった。
「……何ぞ?」
どうしようもないので、素直に確認をとる太朗。メイラは苦笑いを浮かべ、レコーは淡々と返した。
「――お話中だた」
「何、そのちょっと噛んだみたいな言い回し……」
「――お話中だった」
「何ぞ、というかどうして二人で話しこんでたかというのが謎なんだが……」
「――藤堂太朗が心配しているような問題は無用。基本的にメイラ・キューは自活済み。ただ生活の基本をここに置いていたため、あんまりにも暇そうにしていたから会話に出てきた」
「嗚呼そう……。で、何ぞ話していたんだ?」
「――例えば、藤堂太朗の過去とか、花浦弥生のこととか」
「うげぶっ!?」
思わず口元を押さえる太朗。自身の預かり知らないところで個人情報が流布されていたためか、しばらく咽た後ぎょっとしてしまった。のっぺりとした顔に浮かぶその表情は、独特な怖さがある。メイラとしてはその顔を見つつ、彼に対してどう言ったら良いか、申し訳なさやら聞いた話の救いのなさやらで対応の仕様がなくなっているようだった。
だが、それでも意を決したようにメイラは太朗の顔を見た。
「あの……、タロウ様」
「あん?」
「頑張ってください。私は、最後まで見届ける所存でございます」
「……その目やめろっての」
メイラの視線には多分に同情が含まれており、太朗にはそれが鬱陶しく感じられた。既に花浦弥生と阿賀志摩辻明とについては、あらまし程度なら話してあった。おそらくその詳しい部分に、レコーからのエクスキューズが入ったのだろう。太郎はバツが悪そうな顔で、「うっせ」と呟くばかりだった。
「――そして、準備は完了している模様」
「あー、そうなのか? 基本的にわけわからんのだが……」
「――藤堂太朗の場合は“外部容量”が不足しているので、まだ独力でテレポートなどの処理を行えない。それまでは、私と妹とでサポートしていく」
「……意味はよくわからんが、悪ぃ」
「――えっへん」
胸をはるレコーは、なんだか微笑ましくも頼もしい。太朗はともかくメイラもそれは同感であるらしく、二人の様子をにこにこと見守っていた。レコーがアストラルゲートの向こうへと移動した後、太朗はふと思い出して、メイラに確認をとった。
「そういえば、アンタ俺がレコーと話してる時に変な顔することあったが、アレは何ぞ?」
「へ? え、え、えっと……」
『――「イカれちゃったのかな?」と思われていた』
「あー、そりゃそうか。悪い、こっちの緊張度が抜けていた。ま突然独り言言い出したら普通だよな」
「えっと……、申し訳ございません」
「ま、別に気にはせんがな。えっと――」
と、太朗の脳裏にはおそらくレコーが協力してくれているのだろう、地図のような空間把握図が表示されていた。例によって三面図的に表された座標指定。ただ、今回は規模があんまりにも大きかった。無駄に横に広がった大陸図が表示され、拡大し、それなりに海沿いに近い配置の地形が表示される。そこと現在との土地とにマーカーのようなものが現れているのは、分かりやすさ優先のためか能力が進化でもしたのか。
『――マーカーは街の入り口に表示してあるけど、実際はちょっと離れた位置で、ある程度は距離を見積もる』
「あん?」
『――要するに、街中に転移して憲兵とか呼ばれない仕様、であってる? うん、わかった』
「あー、ひょっとしてこれは――」
『――シックがデザインしてる。出力とかは私がやってるけど』
ますます自分の能力がどういう構造をしてるのか、さっぱりわからなくなる太朗であった。だが、これで意識をフォーカスすればその場所まで転移できるということくらいはわかったらしい。
太朗は一度リーゼントを解き、容姿を変化させる。のっぺりとした要素のない、かなり整った顔立ちだ。青い目の、どちらかといえば女顔の黒髪。
「……って、あの、それ私?」
「をベースにいじった感じだ。ま、アンタと兄妹設定で行こうと思うから、ヨロシク」
「は、はぁ……」
ともかく太朗はメイラの手をとり、テレポートを開始した。
といってもテレポートそのものは数秒で終わる。ぬめっとした気持ちの悪い感覚を一瞬味わうのにも太朗は慣れていたが、一応テレポート直前に「ちょっと気持ち悪くなるぞ?」とメイラに声かけはしておいたようだ。が、所詮無駄である。到着した場所は街の入り口からそれなりに離れた茂みの中であったが、メイラは青い顔で口元を押さえていた。なんだか、アイハス相手にちょっと見覚えのある光景であったため、反射的に地面を蹴り穴を掘り、彼女の口をそこへ誘導した太朗。結果は……、彼女がどれほど耐えられたかに左右されるところである。
『――空間転移は、なれないと酔う』
「ほー、俺は最初から酔わなかったが」
『――たろさん三半規管今どうなってるかお聞きになりたいですか?』
「それは遠慮願う。……ま要するに、俺は酔わなくとも他は酔うってことか」
『――悪い二日酔いクラス』
「ならしゃーねーな」
加護の効果で浄化されていく自分の服を見ながら、太朗は苦笑い。しばらくすると、茂みの中からふらふら現れてくるメイラ。どうやら峠は超えたようだ。それなりに体力を使ったのか、もうフラフラである。
と、千鳥足のせいか石に躓き、転びそうになるメイラ。このまま倒れれば太朗の胸にヘッドバットを決めてしまいそうな形である。それに対して、太朗は一切防御の構えをとらなかった。
「てりゃ」
「ぐえっ」
抱きとめもせず、ただ右手のみを突き出し、メイラのブラウスを掴んだ。背中から首根っこを押さえられるような形で引っ張られ、思わず女性らしからぬ声を上げる彼女は、色々と不憫だった。
『――どうしてたろさんは、メイラさんをまともに扱ってあげないとですかぁ』
「あん? まともって何ぞ?」
『――おそらく花浦弥生相手にも同じことをするだろう光景が見えました本当にありがとうございました。はぁ……』「はぁ……」
シンクロする女性二人のため息。
おどけたように言うレコーだったが、果たしてその言葉は太朗に届いただろうか。既に色々と、なけなしのプライドを折られに折られまくっているメイラである。関節技をかけても顔色一つ変えずにこちらを制圧くらいはしてきそうな太朗の無表情 (今日は自分そっくり)を見て、思わずため息をついた。レコーの言葉こそ聞こえてはいないものの、両者の意見はなんとなく一致していた。
一方のレコーはといえば、本心はともかく表面上はメイラに同情していた。おそらく過去最悪の年末年始を過ごしているだろう彼女だ、同情くらいしても罰はあたるまい。太朗に対するコメントはいつも通りであったが、若干声音が呆れたものになっているのも仕方ないところか。
そして、さすがの太朗も両者そろってこんな雰囲気であるのなら、多少は察する。
「……二人とも仲良くなったな」
「『そこじゃない』です」
もっとも察するポイントが、色々ずれてはいたが。
※
シンウッド・ピーセフルは所謂「いい人」である。所謂というのは、色々な相手からの印象が総じてそうなるという意味だ。男性同士ならば空気を読んで場に合わせた話題とノリを提供し、女性に対してはそれなりに平等に、かつ紳士的に応対する。それらを総じて言われる「いい人」といったところだ。つまり、それ以上がない。それ以上の印象もなく、関係に進展することもないわけで、異世界の概念を持ち込めば、要するに村人AとかモブAみたい扱いだ。
「済みません、今日も……」
「あ、はい。マーチさんですね。宿屋のお仕事で?」
「ちょっとお客様を出迎えにです」
「はい、かしこまりました。ではこちらに字を……」
知り合いの、宿屋の従業員を見送った後、彼は門に立つ。御年二十五になろうともいうのに、未だ浮いた話一つないのは、それなりに美しかった今の女性を見ても一切そういった感想が出て来ないあたりだろう。門の入り口に立ち、無表情に警戒を続ける。そんな彼は一見して真面目そのものであるが、実態はちょっと違う。
「……眠い」
彼の興味は、ひたすらにこの一言に集約されていた。要するに、自分の主目的意外にあまり興味がないのだろう。だから色々あって、責任度はそこそこだが彼の能力でこなせる上で、最低ランクに難度が低い仕事を任されているわけだ。無論この場には彼一人ではないのだが、もう一人はもう一人で真面目に仕事をしているので、両者の間に会話はない。
と、そんな今日の彼の業務に、転機が訪れた。
「う……」
「メイラ、駄目なら何ぞおぶるって言ってるのに……」
男女二人の旅人だ。顔はそっくりで、きょうだいのようである。服装はどちらも動きやすさを優先したようなもの。青年の方の左胸には星型の、何かのまじないのようなものが刻印されていた。両者共に荷物はそれなりに軽装で、近くの町から来たことが伺える。
青年は女性を背負うと、苦笑いを浮かべながらシンウッドに近づいた。
「すみません、街に入りたいのですが……」
「はい。ではこちらの木板に字をかいて下さい」
さらさらと記述する青年。名前は、トード・キューとメイラ・キューと書かれた。どうやら兄妹らしい。青年は妹の顔を上げさせ、シンウッドに頭を下げさせた。
「じゃ、通ります。料金は?」
「……」
「……あ、あの?」
シンウッドは硬直していた。目を見開いて、女性の方を見ていた。年は青年と同じくらいか。似てはいるが双子というわけでもないだろう。青目に切りそろえられた、茶系の黒髪。やや童顔で、目はそこそこ大きい。化粧をしているわけでもないのにシミ一つみあたらない肌は天性のものだろうか。
何となく何かを察した青年に肩をチョップされ、シンウッドははっとした。
「……も、申し訳ありません」
「やらんからな? 一応断って置くが」
図星なのか、シンウッドはばつが悪そうに、照れたような笑いを浮かべた。
銀貨払いであったため、銅貨を何枚か返すと、青年は妹の頭をなでながら「宿屋行って水でももらうしかねーなこりゃ」と愚痴を呟く。
「でしたら、知り合いの宿屋があるのですが、紹介いたしましょうか?」
「何ぞ、知り合い?」
「ええ。年はともかく、なかなか気が効く従業員が居るところですよ? おそらく、看病? などは泊まる方なら無料でしてくださると思います」
「そりゃ助かりますね。じゃあ、お願いします」
そう言って事務仕事を奥に引っ込んでいた同僚に頼んで、それなりに付き合いのある宿屋に彼等を導いたシンウッド。
帰って来た彼に、同僚は不思議そうな顔をする。
「……どうした? 珍しく上機嫌じゃないか」
「ん? ああ、たまには良いこともあるもんだな」
この日一日、同僚はシンウッドの謎の笑顔に頭を傾げ続ける事になった。