第39話:仕込みは完璧なのかもしれない
(前回までのあらすじ:シチュー濃縮して軽く天誅)
メイラ・キューは大層困惑していた。というのも、彼女の現在仕えている相手、タロウ・トウドウ(練習を繰り返して発音できるようになった)のことである。その気になれば山を砕き海を割り空を裂くくらいは平然とやってのけそうに思う彼が、現在行っていることだ。
エダクラーク村を出てしばらく行った先、小さな町の丘の上にある古い神殿のようなもので、彼は突然次のような独り言を呟き出した。
「ん――、でもやっぱりここが一番っぽいのな。わけわからんが、言ってる通りなら、このまま素直に行っても半年かかるんだろうし、それを短期間でこなせるのならそれに越したことはねー」
時々彼は、このように誰かと会話しているような独り言を言う。その際、決まって別種の知識を獲得しているという謎がある。出会った当初は「痛いヒトかな?」と思いつつも鉄仮面を貫き通していたが、しかしひょっとすると、実はそうでもないのかもしれない。何せ彼は魔王か、それに類するような存在。メイラに知覚出来ない何かと会話してたりとしても、何ら不思議はない。勇者でさえ精霊や女神などの神性と会話を交わすらしいのだから、それは当たり前か。
古い、石作りの建物。塔のようなそれは天井から一階まで吹き抜けで、各所に要された窓から光が入ってくる。一見して耐震性など欠片もないような薄さの壁であるにも拘らず、強風や地震などで微動だにしない。現代の技術力から考えるとオーバーテクノロジーにしか見えないその建築物は、聖女教会のものか、勇聖神殿のものかすら定かではない。
ただ、地面に描かれた星型のサインのようなものが、何故か彼女の心をざわめかせる。藤堂太朗のズボンにも、同様の刺繍が施されているからだ。そのサイン自体は、別に何でもない。若干描くのが複雑で魔法陣じみているのに、彼女に流れる亜人 (エルフやドワーフのこと)の血をしても反応しないのが、さらさら謎であった。
何より不可解なのは――藤堂太朗がそれを見て、中央に歩み寄り、足を組んで手を合わせて、瞑想を開始したことだった。
「あ、あの……、タロー様?」
「メイラ、一週間は俺このままだから、しばらく自活してもらえるよう頼めるか?」
「へ? あ、いえ、可能ではありますけど……、はい?」
再度聞き返しても、太郎はその状態を崩すことはない。目を閉じ、黙々と意識を集中させるばかり。
唐突に何ら説明もなく瞑想を始めた彼に、メイラは大層とまどった。否、現在進行形で戸惑っている。
もう四日は経過した。
当初は「食事などの用意もした方がいいのかな?」と思って、宿場町の方から携帯食を持ってきたりもした。水も準備したりした。だが、それら全ては完全に徒労に終わった。何ということはない、本当に宣言通りのことを実行していたのだ。意味が分からない、というのが彼女の印象である。
二日目は懲りたのか、はたまた興味が湧いたのか。一日中彼のことを見守る事にした。ひょっとしたら自分が居ないタイミングで食事等をとっていたのだろうかと。だが、大体三刻を回る頃には「おや?」となり、夜を向かえる頃には激しい後悔がこみ上げてきた。まるで石像か何かのように、藤堂太朗は片時も動かなかった。
三日目四日目は流石に暇を持て余すのもアレなので、探索者 (薬品の素材やら鉱石やらを集める職業)に混じって薬草やら、モンスターの死骸から魔核を集めたりといったことをしていた。
「ていっ」
『GYANッ!?』
あるいは狩人たちと共にモンスターと戦ったりもした。基本的に武器類の使えないメイラであるが、かつて主たるバンドライド・ハンドラーに直々に教えられたマーシャルアーツによる関節技等は、未だ健在であった。ここのところ全く想定外の事態が続いていたため実力を発揮する機会もなかったが、人間や一般的なモンスターを相手にした場合のメイラは、案外強かった。
自身の何倍もの体躯を誇るプレスコング (鳩胸のように発達した胸板を持つ、大きなゴリラ型のモンスター)をものともせず、腕を背後に回して間接を外すその様は、他の狩人たちを呆然とさせるに充分な技であった。
そんなこんなで多少資金に余裕の出た彼女。あとの日数は太朗の様子を見つつ、町と神殿とを行ったり来たりして食事やら何やらをとっていけば良いと言うくらいにはなったのだが――。
「……?」
不意に、藤堂太朗の体に名状しがたい事象が起こる。白と黒の、まるで砂嵐か何かのようなものが一瞬彼の体中に走り、「ズザッ」とでも言おうか、そんな音が鳴り響く。今までも時折あったそれは、ここ数日の様子を見る限り、周期が短くなっていた。
「一体どうしたのでしょうか……」
疑問に思い、彼の体にさわろうとするメイラ。しかし、その手は背後から阻まれる。
「――危険」
「きゃんっ!」
前かがみになって太郎の肩に手を触れようとしていたメイラは、背後から突如胸をもまれた。くりゅん、とたわむ自分のそれと、衣擦れやら指先の独特の動作やらやらくすぐったさやら痛さやら羞恥やらで顔を真っ赤にし、彼女は太朗から飛び退いた。
転び背中を打ち付ける。すると彼女のさきほどまで立っていた場所には、一人の少女がいた。年は十三、四ほどか。水色のショートカットに赤目を持つ美少女だ。白いワンピースで、腰にはコウモリの羽根を重ねたようなスカートを装着していた。少女は自分の両手を見つつ、ぐにぐにとまるでナニかを揉むような動作を繰り返し、ぼそりとつぶやいた。
「――ふむ、数値で知ってたけど意外と大きい」
「――――っ! あ、あなた何をやってるの!?」
思わず自分の体を抱き、赤面しながら絶叫するメイラ。おそらく先ほどの粗相の実行犯だろう少女は、無表情に「――セクシャルハラスメント」と訳の分からない言語を呟いた。
「――そんなことはおいといて。今、藤堂太朗にさわるのは得策じゃない。最悪“とりこまれ”かねない」
「取り込まれる?」
「――現在の彼は、自分の内部の元素と外部の元素を入れ替えて居る途中。そんなタイミングでの物理的な接触は、自殺行為。体内の元素全てを抜き取られて、粉になる」
「えっと……」
いまいち言ってることがわかるような、わからないような。そんな、どこかで見覚えのある少女は、メイラに深々と頭を下げた。
「――はじめまして、ではない。
私はレコー・フォーマシャンタクス。藤堂太朗のサポートをしている“精霊”」
その自己紹介は、精霊と関わり深い亜人の血を引く彼女にとって、かなり驚愕させられる事実だった。亜人、特にエルフにとって精霊とは、崇め奉り力を請うもの。まかり間違っても使役するものではない。まだしも少女が嘘をついていると考えた方がマシだ。しかし、
「――どうしても信じられないと言うのなら、貴女の恥ずかしい過去でも言う。
あれはまだ、貴女が十五歳の時。幽霊が出ると噂の館に主人たるバンドライドが出向くのと一緒に向かい、そこで出てきたモンスターに驚いたあまり、おもら――」
「黙れ」
この瞬間ばかりは、相手が精霊を名乗っていたとか、見た目が自分なんかより年下の少女だとか、そこら辺の思考が完全にぶっ飛んでしまったメイラであった。赤い顔をしながらつかみかかろうとするものの、ひらりと交わされる。その動きはどこか、まるで「自分がどう行動するか」を「あらかじめわかっている」かのような自然な動作であり、どこか藤堂太朗に通じる超然としたものだった。
「――ともかく、これで一定の信頼はえられたと思う。あと、貴女が今思ってる通り、普段藤堂太朗と会話して、知識を提供してるのは私」
「ああ、そうなの……」
軽く頭を抱えながら納得するメイラ。色々と哀愁が漂う。そんな彼女を見つつ手で口元を覆うレコー。その下では非常に意地の悪い笑みが浮かんでいるが、覆っているので気付かれはしない。
「……で、えっと、レコーさん? 貴女はどうして今出てきたの?」
「――暇そうだったから。何なら、少し藤堂太朗について話すのも良いかと思って」
ともかく、レコーとメイラとの正式な初対面は、メイラの質問にひたすらレコーが答えると言う形式のものになった。
※
勢いでエダクラーク村を出て以降、レコーは太朗にひたすらに言っていた。
『――どう足掻いても、徒歩で行けば九ヶ月はかかる。馬車をつかっても道と船の関係で半年はかかる』
「んなに待ってられるかっての」
白髪リーゼントにテッカテカのジャケットというハイレベルヤンキー姿に逆戻りした太朗は、非常にいやそうな顔をしながら脳内の声に文句を言う。対する少女の声もなれたもので、「――事実」と一言返してくるばかりであった。
「こちとら一刻も早く動きてぇ。どうにかならねー?」
『――そんなに難しくはない』
「いや、難しくないのかよっ」
思わず突っ込みを入れる太朗である。夜の山、焚き火をしながら太朗は肩をすくめる。寝袋のようなものにくるまって睡眠をとっているメイラを見つつ、周囲の状況に警戒する太朗。実質彼は睡眠が必要ないので、こういった点では何かと融通が効いた。
だがさて、そんな太朗だがついに阿賀志摩辻明――花浦弥生へとつながるかもしれない、そして単体でも何がしかペナルティを課さねばならない相手の情報を得られたのだ。いてもたってもいられず、情報提供元のエダクラーク村を抜け出した。
そんな太朗だが、しかし村を抜け出した時からずっとレコーに言われ続けていたことがある。村長たるヒデ・エダクラークから提示された情報。地域の領主が暮らす街、クラウドル。何だかどっかのファンタジーゲームで聞き覚えのある響きがする名前だが、その街までの距離が、果てしなく遠いのだ。それこそ過去、藤堂太朗が経験した中で最も。
レコーによれば、こうだ。徒歩で移動すれば九ヶ月かかる。細かいトラブルなども勘案すれば、すなわち一年だ。距離的にも一朝一夕では到着せず、馬を使うなどしても途中に悪路があるため半年が限度か。どう足掻いても、太朗にはどうしようもない。無論彼の異常というか、全アスリートに対して冒涜的なまでの身体能力を屈指すれば一月足らずで着くらしいが(!?)、現在彼の隣には、旅の同伴者たるメイラ・キューがいる。まだ現在ほど身体機能が拡張されていなかったころ、アイハスという少女をかかえて移動した記憶が、彼の脳裏をよぎる。あの頃でさえ、かかえた少女にはそれなりに負担を強いていた。つまり今現在の彼が、メイラをだっこしてそれを行えば――。
日の目を見るより明らかだった。結論として、太朗はそれを使えない。
ゆえにどうしようもないと思われたが、しかしレコーの提案は意外なものであった。
『――テレポートすればいい』
「はい? いや、俺の認識でそこまで範囲拡張って出来ねーんじゃ……」
『――だから、スーパーテレポート』
「頼むからきちんと説明してくれ」
こほん、と咳払いをするレコー。
『――要するに、座禅。いつも通り』
「ああ、そう」それで納得する太朗も大概であった。「つまり、座禅組んで魔力あげりゃ何とかなると?」
『――ご明察。藤堂太朗の現在の基本性能を拡張すれば、それくらいは可能。ただ現時点ではまだ「未完成」ゆえ、一時的に私と妹の力をつかって底上げする』
「底上げ?」
『――前の邪竜を倒した時の、嵐みたいなもの』
「はぁん……。って、ちょっとまて、その前に今、妹とか言わなかったか?」
『――言った』
何と言うこともないように続けるレコー。『――名前は、シック。現在はまだ裏でお仕事中』
「いや裏って」
『――藤堂太朗のキャパシティが、シックが表に出れるだけのものになっていないのが悪い。もっと座禅組んで魔力を底上げすればいいと思う』
「んなこと言われてもなぁ……」
『――とりあえず、このまま進んでいった先に丁度、座禅を組むのに適した場所があるから、そこまで行くべし』
そう言われて翌日、太朗はレコーの案内のもとに、目的地を目指す。道中でメイラがそわそわしたり、レコーと会話中に労わるような視線を送ってきたりするが、そんなことは軽く無視する太朗である。
そんな彼が宿場町の山を登った先の丘で発見した建築物。これが、問題だった。
「……何ぞ?」
『――はい?』
レコーも太朗も、共々何故か疑問符を上げた。建築物自体にも違和感はあった。どこかサグラダ・ファミリアを思わせる造形の、妙に薄い石材で構成された塔のような神殿。建物自体に硬化の魔術が施されており、見た目ほどヤワではないらしいが、そんなことよりまずこの建築物自体が、レコーによるとこの時代では作れない代物であるらしい。
それどころか――吹き抜けの塔の地面には、巨大な星型のサインが描かれていた。
「……何ぞ? これ、何でここにあんだよ」
『――何で“燃える目”がこんなところに?』
「あん? レコーちゃんにもわからんの?」
『―― ……』
「他にはないのか?」
『――なくはないけど』
「でもやっぱりここが一番っぽいのな。わけわからんが、言ってる通りなら、このまま素直に行っても半年かかるんだろうし、それを短期間でこなせるのならそれに越したことはねー」
太朗の質問に答えなかったレコー。おそらくいつものように開示条件が不足してるのだろうと予想し、彼は肩をすくめて座禅を組んだ。
ヒント:レコーが知らない=レコーより偉い相手が制限をかけている