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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔王襲来というか醸造編
50/80

第38話:尊厳を守るということ

今回の投稿は間章7と第38話となっておりますので、あしからず

 

 

 話し終えた枝蔵英夫は、実年齢の倍は老いて見えた。決してしっかりとした言葉ではなかった。たどたどしい部分もあった。時には視点の関係か、整理できていない部分もあった。だが彼の語ったことは、当事者が語る話としては客観的に分析されたものであり、またそれに対して深く後悔と、懺悔と、それに端を発する歪みがあった。

「……村を作った後で、まあ、嫁さんにその話を知られたりしてな。俺のその、何だ? 妙に見ていられない部分が何だったかって分かったけど、でも、ちょっと整理する時間をくれって言われたりもしてな。……あの時も魔王に相談したリして、迷惑かけちまったな」

 メイラは、どう声をかければ良いか、何に憤れば良いのか、わからないといった顔をしていた。何せ二十年である。メイラが生まれた前後から換算しているわけである。もう既に、生きていたとしても嬲られるだけ嬲られた彼女は、この村長と同じくらいだろうか。生きていて欲しいと思うのと同時に、何故この男は止められなかったのかと。でも、その結果として今の村があるのだと考えると、その心中は複雑だ。

 太朗は――今は鈴木太朗を英夫に対して名乗っていたが、太朗は、静かにその話を聞き、口を開いた。

「もしもですが……、その、藤堂さんが生きて居たら、どう思うでしょう」

「さあ。だって……、死んでるんだぜ? もう、俺が何をすることも出来ないだろうよ。せめてその、花浦を見つけられてばまだ何かあるのかもしれんが。状況次第では、委員長の方にまわすだとか、こっちで引き取るとか」

「そうですか」

 と、太朗は一瞬にっこりと笑い――英夫の頬を、見えない速度でひっぱたいた。

 魔力によって彼の左耳内部の空間を固定していたため、鼓膜は破れて居ない。だがしかし、それゆえ一撃は強烈な威力を伴って彼の全身を吹き飛ばし、家の柱にたたき付けた。

「と、トード様!?」

 倒れる枝蔵英夫に駆け寄ろうとするメイラだったが、しかし、動けなかった。

「その言葉に、偽りはないと仮定する」

 立ち上がる太朗の姿は、もう、鈴木太朗を名乗っていた時のものではなくない。彼女は久方ぶりに見るその姿に気圧される。白髪、特徴のない顔、照り返す黒い服に星型のサインが踊るズボン。足は素足であったが、指を立て、畳にめり込んでいた。

「とりあえずその心持なら、ペナルティはこれだけで良い。たぶん色々あったんだろうとは、思う。ん――ああ、実際色々あったんだろうな。それを受けて、枝蔵はきちんと反省した。表向きだけじゃなくて、ある程度の歪みを覚えるくらいにはな。委員長のことは、因果応報としか言いようがないが――ま、良いことあったってことで、いいんじゃねーか?」

「な、何言って――っ!」

 突如暴挙に及んだ鈴木太朗に、驚きながらも反発しようとする英夫。だが、その姿が先ほどまでのものではなくなっているという事態に、驚愕を通り越して開いた口が塞がらなくなった。太朗は、そんな彼の様子を気にせず襟をつかみ、持ち上げる。身長的には英夫の方が上になるため、どう足掻いても下から見上げる形になる。

 混乱しつつも、英夫は目の前の少年の顔を、きっちりと見た。

「……お前の二十年なんざ、同情はするが欠片も『興味はない』。重要なのは――」

 メイラは初めて見た。否、メイラに限らない。牧島香枝も、松林夫妻も、阿賀志摩辻明も枝蔵英夫も、花浦弥生でさえ見たことはないかもしれない。

「――何で、弥生がどうなったか知らないんだよ……」

 藤堂太朗は、両目から涙を流していた。表情は無表情のままである。顔も赤くなったりはしていない。だがしかし、流れ出るその雫は、止まる事を知らなかった。

 太朗も、何故泣いているのかはよくわからなかった。薄々は予想していた事実を、想像以上の形で教えられたショックが大きいのかもしれない。彼女がそれでも、少なからず十年近くは生活の保障があったことが確実なことが、わずかに嬉しかったのかもしれない。その後に辻明が、執着し続けた弥生を捨ててもっと別な相手と結婚したことに、憤りがあるのかもしれない。はたまた共に弥生のために奔走した委員長に、消えない傷を植え付けてしまったことも大きいのかもしれない。

 だが、それでも彼の口をついて出てきた言葉は、それであった。

「……なあ、教えてくれよ。弥生、何処行ったんだよ。無事なのかよ。生きてるのかよ。誰か拾ってくれた相手が居て、幸せなのか? 不幸せなのか? 精神持ち直したのか? 壊された倫理観や価値観が復活してるのか? そのままなのか? 捨てられた後どうなったんだよ、なあ……。なあ……、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ、なあ――なあっ!!!!!!」

 レコーにあえて聞いていない情報である。聞けば一発で回答が得られるかもしれないし、そうじゃないかもしれない。だがしかし、太朗も太朗で、感情の行き場がないのかもしれない。断続的に体に走るノイズが、彼の今の精神と、身体の不安定さを物語っていた。

「……まさか、お前、副委員長か?」

 困惑しながらも、しかし、英夫は、太朗の正体に気付いた。太朗は、そのままの姿勢で少しだけ答えた。

「……二十年だ。だが、俺にとってはまだ半年もたっていない」

「は?」

「何ぞあったかは知らなんが、蘇ったのは割りと最近なんだよ」

 英夫は、この世の終わりを見たような顔をした。そこに同情が含まれていたことに、太朗は、感情を爆発させまいと押さえる努力をした。

 メイラから、今の彼がどう見えているかは知らない。彼の語った情報が、ほぼ正解に近い形でメイラが理解していることすら知らない。そんなことに気を回せないほど、やはり太朗はブチギレていた。

「……言え。阿賀志摩はどこだ」

「……そ、それは――」

「言え」

 引き寄せ、鼻先と額がぶつかる距離で、太朗は睨んだ。猛烈な魔力が発散されており、また彼の顔も、今までののっぺり具合がわからなくなるほどに、怒りに歪んでいた。邪竜の時の比ではない。それもそのはずだろうが、しかし、太朗もその怒りを彼にぶつけるのが正解ではないと理解していた。ゆえに、それ以上の強行には及ばず、英夫の言葉を待った。

 しばらくの沈黙の後、英夫は、口を開いた。

「クラウドルの街へ行ってくれ。こっから、西南西の方だ。悪いが、それ以上は話せない」

「そうか」

 太朗は、そのままぽいっと英夫を投げ捨てた。倒れる彼を、太朗は涙を拭い、無表情に見下ろした。今にも蹴りが飛び出そうなように見えるほど、今の太朗には恐ろしい何かがあった。

「……とりあえずは、阿賀志摩だ。それが終わった後、弥生を探すのに必要なら何度も来る。いいな?」

「……別に、構わない」

「そうかい。なら、それには恩に着よう」

 太朗は両手をパンパンと払い、指を弾く。顔からのっぺり具合が減り、髪も黒いものへとまた変化した。そしてそのまま、英夫に手を差し伸べようとした。

 そんな彼の目の前に、少女が現れた。

 彼女は、英夫によく似た面差しをしていた。黒い髪をぱたぱたとさせながら、太朗と英夫との間に立ちはだかり、かばうように両腕を広げていた。

「父様にさわんな!」

 ミノリ・エダクラーク――英夫の娘であった。おそらく先ほどまでのやりとりで、太郎が彼を苛めて居るようにでも見えたのだろう。詳しい話はまだ理解できる年でもあるまい。その娘に、英夫は「やめろ!」と言って後ろから抱きしめ、庇おうとした。

「……別に、殴ったりしやしねぇよ。言ったろ、ペナルティはとりあえず終わりだって」

 苦笑いをしながら、太朗は幼女の頭をぽんぽんと撫でた。むっとしてかみつこうとするミノリをさらりと交わして、太朗は背を向け、言った。


「てめぇは守れよ。それが出来る以上はな。なにがあったって当事者は許さん。許さないが、お前みたいなのなら別に死ねとまでは言わんさ」

「……ああ」


 その言葉を言った後、太朗は酒蔵へと向かった。メイラも慌てて彼の後をついていき――借家は、英夫と娘の二人だけになった。





「たぶん、俺も本当の意味では、弥生のことは考えちゃいないんだろう」

 夕暮れ。村を出てしばらく経った後。太朗とメイラは、野営の準備をしながら話をしていた。さきほどメイラが、太朗と英夫との話を総括した質問をし、それに答える形だ。少なからずこれで、メイラ・キューは藤堂太朗の正体を理解する事となった。

 一度死んだノウバディ。そして二十年の歳月を経て、魔王のような存在として蘇った青年。

 これだけでもメイラの理解は到底素通りできるものではなかった。しかし、何を言ったところで事実は変わるまい。なればこそ、彼がせいぜい「宿木の魔王」のごとく、邪悪なそれにならないことを祈るばかりであった。

 そんな彼女が、太朗の身の上話で気になった点は、やはり花浦弥生についてである。二十年の歳月を経て、今更何ができるのか。何をしようというのか。現実的に考えて到底意味のなさそうな太朗の執着度合いに、メイラは疑問を呈した。それに対して、太朗は苦笑いを浮かべながら返答した。

「ま、ここまで滅茶苦茶になったからには、できる事も色々あるがな。でもまあ、俺、所詮青二才だしな……。思考とか発想とか経験とか、及ぶ部分も及ばない部分も多い。あんまり他言しちゃいないが、知識面でも相当優良だったりはするんだがな。でも、それでもどうにもならなかったり、むしろ俺が邪魔になるって事もありえるだろう。

 その上で何で俺がするのかって言えば……、ま、自己満足だろうなぁ」

 おそらく、彼自身何度も自問自答したのだろうと、察することができる程度にはよどみない解答であった。だがメイラにとって、その言葉は強がりにしか聞こえなかった。枝蔵英夫につっかかる太朗のそれを見れば、当然察することは出来る。彼の今言っているのも事実の一端ではあるのだろうが、しかしそれが全てというわけでも、当然ないだろう。

「強いて言うなら、矜持だ。俺が俺としてあるために必要なもの。これを曲げたら己が己でなくなってしまう。そういう部分なんだろうなぁ」

「矜持、ですか……」

「普通は社会にもまれたりとか、人間関係を円滑に進めるために、どこかで折り合いを付けて諦めたりするんだろうけがなぁ。でも、俺はこれだろ? 何ぞ、理由知らんが結構滅茶苦茶な力を得てしまったわけだし。幸か不幸か、矜持を捻じ曲げる必要、ねーんだ」

 だから、と太朗はマッチを刷り、火をともす。

「どう足掻いても納得できなことがあるなら、それは済ませたい。出来るだけ早急に。じゃないと――長続きしないからな、俺の場合はこういう、後ろぐらい感情って」

 遠い目をして火を見つめる太朗。それはまるで、認めたくないことを認めるような、そんな鬱陶しさとというか、やるせなさが感じられる声音だった。

 その横顔を見て、メイラは何一つ言葉を発する事はできなかった。

 

 

(流石に太朗でも、どうしようもないときはあります)

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