第37話:知らなきゃ良かったことと、知らねばならぬことは割と近い
本日投稿分は36、37となっておりますので、あしからず
魔王が帰った翌日。村の制限が開放されてから、枝蔵英夫は太朗たちの借家を尋ねてきた。本来は太朗たちが出向くべきところであったものの、しかし彼本人からお礼がしたいということで、太朗の下へやってきたのだった。
「……とりあえず、ありがとう」
「いや、俺当日山行ってたし。仕事してたのメイラだし」
「いえいえ、指示は全部こちらのジャックさんですから」
それとなく自分に下げられた頭を回避しようとする太朗と、それをさらに元に戻そうとするメイラとの駆け引きである。もっとも太朗もそんなに真面目にやっていないので、最終的には諦めてその言葉を聞きいれた。
「そういえば、何故ボウズは当日いなかったんだ?」
「あー……、ま、あんまり魔王っていうのに、良い思い出がないからなぁ。どうしようもーです」
これが理由で会わなかったというのは嘘であるが、魔王に良い思い出がないというのは本当である。無論「宿木の魔王」やバンカ・ラナイに関わる一連の事柄が原因だ。作り話は嘘の中に真実を折り混ぜた方がばれ難いというが、太朗は彼にしては珍しく上手に言い訳を作っていた。
「ま大晦日ですし、あんま忙しいなら来ないでいいですよ。俺達も出るの、少し待ちますし。
ただそれとは別にして俺としては、何で貴方が村人全体に隠して、魔王と取引をしていたのかの方が気になるんですが」
「……気付いていたのか?」
「ま、話を聞いてから多少は」
「そうか……」
メイラが歓待の場で聞いた言葉を太朗に言うと、彼の中でまた当たり前のようにレコーが開放された情報を告げた。その結果、彼は村と魔王との間で取り交わされていた、ある事柄について明確に理解する事になった。もともとレコーからそれを匂わす情報は流されていたものの、それを聞いた事で情報は確定した。
「貴方がかつて言っていた口ぶりだと、魔王と貴方とは力関係こそあれど、魔王がさも気まぐれに提案したように聞こえました。
しかし実際は逆だった。貴方が、魔王に頼みこんだんだ」
メイラははっとして、下を見つめる英夫を見た。諦めたような微笑を表情に浮かべている。
太朗の言った言葉が事実ならば、それは非常に大きな意味を持つ。村の発展に魔王が気まぐれで手をかした、というのならば村の立場は、グレーゾーンだがまだ人間側だ。しかしもし、魔王に己から頼みこみ、力をかしてもらったのだとすれば――そこには、明確な報酬が生まれる。
つまりエダクラーク村は、魔王にとって領地まがいの場所ではなく、明確に支配地なのだ。だからこそ、本来はそれは献上品というよりも徴収であるはずだ。十年待っていたということで騙されかねないが、しかしあくまでここは魔王の所有地。つまり――下手を打てば、村そのものがなくなってしまいかねない。
「だからこそ、貴方は言ったはずだ。ここの土地を、独立させてくれと。土地のシステムを残したまま、魔王の領地でないものにしてくれと。
献上品とそれ如何によっては、それも考えてくれと。なぜならば、そうしないとーー」
「……ああ、そうだよ。『聖女教会』の庇護を受けられないからな」
聖女教会の庇護は、少なからずガエルスにおいては非常に大きい。例えば教会が村に一つあるだけで、巡礼者が来る。本来村では消費しない、教会だからこそ消費する類のものを売るために別な商人も来る。また教会の規模如何では、魔術師をかかえる教会もあるほどだ。
そう考えれば、聖女教と縁のない状態のこの場所は、あまり宜しくはない。だがしかし、表向きはどれほど言いつくろったところで、教会がこの場所で活動をすれば、必然土地の異常性に気付かれる。そしてその際、魔王との明確な縁切りが証明できなければ、この場所は明確に人間たちの敵だとされてしまうのだ。
「言わなかったのは、何故ですか?」
「……俺は、村長だからな。時には嘘が、村民のプライドを守るための言葉が必要な時もある」
『――村人たちに対して、かつてこの場所を得た際に壮言大語を言って鼓舞した。この場所は、人間が独力で魔王から協力を得たのだと』
つまり、どう足掻いても魔王や魔族の手を借りたくはなかったわけか。なかなかままならねーなと思いつつ、太朗は英夫の顔を半眼で見た。
「料理は村のヒトたちには案外好評だったんだがなぁ……。だが、少なからず様子見という程度に事態がおちついたのは、ボウズたちのお陰だと思ってる。ていうか実際そうじゃないのか?」
「んん~……」
「流石に岩石の魔王が、ああも意味深なことを言ったんだ。ボウズが別に、既に吸血鬼とか、そいういう風に人間じゃなくなっちまってるってことも、考えたりはした。でも……、そんなの関係なく、礼はつくさせてくれ」
「……じゃ、とりあえず頭を上げてください」
困ったような声を出す太朗。だが、ここで彼の主目的はようやく果たされようとしていた。
「この間言った酒以外で、要求と言うか、聞きたい事は一つです。以前貴方が言っていた、他の日本人たちの行方を教えてください」
「……そっちの方に行くのか?」
「ま探してる相手がいるもので。そっちと会うために、なんだかんだで今色々巡ってるんですよね。でまあ、同郷人なんですよ」
「村に居ないなら、同じ日本人同士でまとまってるかもってことか。そうかもなぁ……」
枝蔵英夫の語った情報は、三つ。一つは、彼のクラスメイトたちのうち二割ほどがあてのない放浪に出てしまった事。もう一つが、聖女教会に入り各地を転々としているということ。もっともこちらは、ガエルスの王宮付近にある教会が一番大きく、そちらに大人数が移っているということだった。
「距離的にこっちはそこそこ遠いから、あんまりオススメはしない。回るなら最後に回りな」
「放浪してるのは、下手するとどっかで死んでる可能性もありますしね。……」
「で、最後の一つだが――ガエルス王に、娘が居るのは知ってるか?」
「…………初耳です」
「国自体は息子の方に継がせるつもりだったらしいんだが、俺達当時のクラスの中でそこそこの出世頭がいてな。その娘との婚約をさせてくれと王に頼みこんで、最終的には了承がとれたんだ。で、二人して王に与えられた領地の主って事で、そこの地域一帯の領主やってんだ」
「そりゃまた……」
「まあ治安も悪くはないから、都……って言うと違和感あるか? まあ王宮があるところから、移り住んだりしてるやつらもいる。そいつの友達とかも、結構破格の扱いを受けたリな」
「へぇ……。まあ、参考にします」
脳内で、レコーに覚えていてもらうよう確認をとる太朗。「りょーかいです」と返してくる彼女のたのもしさに、太朗は力を抜いて微笑んだ。
苦笑いを浮かべながら、英夫は回想する。クラスメイトの話題と言う事で、思い出が刺激されたのかもしれない。
「俺も元々そこで住んでたんだがな。まぁ色々あってそこから出た後、嫁さんと出会って、でまあ委員長……、ああクラスの委員長ってことな。今じゃ教会でそこそこ偉いヒトなんだが、そいつと久々に会って、説教されてな。どこにも居場所がなくなって、こっちで村やろうってハナシになったんだ」
だが、齎された情報は太朗にとって結構一撃必殺となりうるものであったことは否めない。
『――条件開示、部分開放。牧島香枝は現在、聖女教会にて司祭となっている』
何やってんだ委員長と思いつつ、太朗は無表情を貫く。
「どれくらい偉いんですか?」
「んー、俺も良くは知らないんだがな」
『――実質、現在の聖女教会のナンバー4~6くらいの発言権』
「うげ……」
なんとなく遭遇したくねーなと思う太朗である。現状の太朗は、正体も含めて色々ややこしい。普通なら服装を変えたり容姿を変化させるだけで色々と事足りるだろう。だが、相手はあの委員長である。さり気に村の発展とか、バンカ・ラナイ作者たる虎内エミリに与えた影響力だとか、そもそも異世界に来て一月足らずでマッチを発明したりするその能力から鑑みて、直感とか洞察力だけで正体を一発看破してきかねないという恐怖が、太朗の内部に湧きあがった。
と、項垂れる太朗の横で、今まで黙っていたメイラが英夫に質問した。
「あの、純粋な疑問なんですけど……、どうして、その、“いいんちょう”? さんに説教されたのでしょうか? そして、何故住み慣れた場所を離れて、こんな辺鄙なところに?」
「今じゃこっちで過ごした時間が、俺の人生の半分を占めるが……。まあ、聞くかい? 恩人たちの頼みとあっちゃ話さないわけにもいかないが、気分を悪くすること受けあいだぞ?」
「どのような話なのでしょうか」
メイラの質問に、英夫は唇をゆがめ、苦い顔を作った。
「俺は、いや俺達はかつて――女を駄目にしたことがあった」
項垂れていた太朗は、耳に入ってきた情報の少ないその言葉に、何故か猛烈な焦燥を覚えて、顔を上げた。