第36話:知らぬが花
魔王が降り立った後、いつの間にやら消えている飛行艇に気付き、太朗は驚愕した。
「……は?」
『――アストラルゲートと同じですよ、親方ぁ』
「前から思ってたが、あれってどれくらいモノ入るんだ……?」
頭を傾げる彼に、レコーはさらっと断言した。『――魔力が続けばいくらでも』
「……は?」
『――場合によっては、直系十メートルくらいの恒星くらいなら隔離してお釣りが来ますよ?』
「その例えが全然わからないんだが……」
詳しく説明しないだけ、レコーが良心的とみるべきか、あまり面白い反応が得られないと確信しているとみるべきか。何にしても、そんなもの地上にあったら只では済まない。というか、もれなく周囲がジュワっと蒸発である。それを無傷で捕縛でき、なおかつ無効化も可能だということは、彼はまだ気付いていない。
遠目で状況を除く太朗。村長たる枝蔵英夫の説明した通り、ちょっとゴリラっぽい外観をした、カラクリ人形のようなものだった。岩石の魔王というわりには、岩石要素が少なすぎである。
『――あれも、たろさんと同じですよ。姿形を変えてるんですって』
「はぁ、なるほろ。元々は土くれで出来ていたと?」
『――部分的に、というよりは陶器で出来た人形がベースな模様です。
もっとも魔王になる前からちょっとずつ改造したりして、今じゃあの外観とさほど変わりないものになっているようですが』
「はぁ……。やっぱり何だかんだ言っても魔王なんだな」
まあ食事の取り方あれだが、と言いつつ太朗は肩をすくめた。そこは流石にからくり装置なのか、きちんとした食事がとれないらしい。その点から言って、太郎がメイラと協力してつくりあげたものがどんな効果をもたらすか、ある意味見物ではあった。
『――出て来ましたね』
「そうだな。……何ぞ、やっぱり俺が行ったほうが良くなかったか?」
メイラが鍋から皿によそい、魔王の目の前へ。その代物を見て、周囲は露骨に「やめろ」と言わんばかりの顔を向けていた。まあ、さもありなん。太朗がメイラに作らせたものは、一見して只のクリームシチューだ。山菜の天ぷらやら、魚やら、和食系が続いた後にこれである。割とごった煮なメニューどりのバイキングならば事情は異なるだろうが、よりにもよって客人の歓待でこれである。あまりのことに、あらかじめ事情を知っていた料理陣営の面々以外は目をまんまるくしてそれを見ていた。見られるメイラの側からしたら、たまったもんじゃないわけである。クールそうな容姿を大いに混乱させて、メイラは周囲をせわしなくきょろきょろ見回していた。
「あの様子じゃ、最後の交渉もアレなんじゃねーか?」
『――でも、料理自体は大丈夫そうですね』
「そうでなくちゃ困る」
魔王の反応は、周囲のヒトビトと少々違ったものであった。食事後は片肘をつきながら会話していたようだが(魔王は口が動かないので、何を言ってるかレコーをもってしても読唇できなかった)、メイラが料理を置いた瞬間、魔王はがたっと手を離し、前傾姿勢で料理を覗きこんだ。
自分のもとに引き寄せると、さきほどまでと同様に己の胸のハッチの内側へ。だが先ほどまでと違い、その動作は少々気分が良さそうである。間接からスチームが勢い良く吹き出したり、目元の点がへにゃり、と垂れたスマイルになったり。村長たちが、まるでこの世の終わりでも見たかのような表情をしていたのが印象的だ。
「ま、やっぱレコーちゃん嘘つかないってことか」
『――えっへん。当たり前ですよぅ?』
シチューをぶっかけたお米をかきこむ魔王を見つつ、太朗は苦笑いを浮かべた。レコーが魔王について、一月前に齎した情報は一つ。人間のような肉体を持たない魔王にとって、食事は太朗と同じく娯楽や茶番の一種でしかない。ないのだが、重要な点は「岩石の魔王」はそもそも、ヒトがベースの魔王でさえないということだ。それゆえ、まず食事習慣がなく、感覚器官も(それらしいものを設けてはいるらしいが)感度が低い。「宿木の魔王」などならまた違ったものになるが、とにかく岩石の魔王については、味覚の感じ方が薄いということだ。
ならば、どうするのが正解か。酒に関してはアルコールの刺激自体がある程度強いため、かの魔王でも一応は味覚として知覚できる。しかしそれに合わせる食事やつまみを、人間基準の好みで考えるのは少し的外れなのだ。エダクラーク村が提供した酒は吟醸であり、それゆえ付け合わせはあまり個性の強くない物を中心とした。太朗の感覚でもその組み合わせは美味しいと思うが、魔王にとっては味がしないに等しい。
だからこそ、別な料理を出した。太朗の出した料理、メイラが調理したシチューは、圧倒的に味が「濃い」。それこそ料理への冒涜と言っても良いほど差支えがない程に濃い。見た目はドロドロとしていないが、実際は数日の間作り、煮込みを繰り返した濃縮シチューである。塩分も上々、人間が一皿食べれば入院待ったなしだ。だがしかし、それでようやく魔王は味を体感できるわけである。無論村の出し物というわけでもないので、枝蔵秀夫がかの魔王としていた会話の内容遺憾にはかかわってくる部分ではないだろうが――それでも、多少は良い気分に出来た上で会話を続けられるようにはした。
更に加えて言うのなら、シチュー自体も少々変わりだねである。試作品を作っている時に、村の外部から帰って来た男が持っていたものは「豆腐」であった。これを見た瞬間、太朗の頭の中で、斬新なような割と普通なようなアイデアが弾けた。豆乳シチューである。これならば婦人方が言っていた、米に合わないという問題もクリアできると判断した。加えて具材や細部の味付けも多少和風にし、和食の中にあっても違和感が少ないように調整。濃縮前の状態ならば、メイラが食べてびっくりするくらいには、案外と美味しく仕上がっていたのだ。
「さて、あとは上手くいくことを祈るのみか」
『――そう言いつつたろさん、いざとなったら飛べるよう既にテレポートの準備してるじゃないですか』
「……うっせ」
『――あ、その返しなんか久々な気がします』
あくびをかみ殺しながらも、太朗は歓待の場を見守る。
「……ていうか、あの、ミノリだったけ? は何やってんだ」
『――ぎりぎりお手伝い? の範疇かと』
みんなが動いてる間何か手伝いをしたいと言ったものの、いまいち手伝わせてもらえなかったためか、彼女はメイラに泣きついたようだ。そんなことを言われて、太朗は何とも言えない表情をのっぺり顔に浮かべた。
※
『ふむ。これを作った、否提案したのは誰だ? 随分と――「わきまえて」おる。小癪だが、己の性質をよっく理解した上で作られたものだ』
テキトーに書かれたような顔に、眉毛とか皺の線を増やして多少真面目な顔をしている岩石の魔王。顎に手を当てて考えるポーズをとっているのが、事情や正体を知らない相手からすれば微笑ましい。もっとも発される言葉は重低音であり、その気になればこの場の全員をミンチに出来る相手であることを考えれば、彼が甘く接する子供以外でそんな感想を抱ける相手もいないだろう。
そんな魔王に対してだが、しかし流石にこれに答えられる村人はいない。当然知ってはいる。知ってはいるが、当人が現在この場に居ないことや、下手な事を言って魔王の気分を害するのが怖いというのもあった。
もっとも、それでも答えなければならないのはメイラ・キューなわけだが。うやうやしく頭を下げた後、彼女は冷静な顔を取り繕いながら、彼に説明した。
「……私が、現在仕えて居るお方です」
『仕えて居る、か。どういうことだ? 森人の血を引くものよ』
「言葉通りです。強いて言うのなら――そうですね。本日事情があって、現在この場にはおりません。もし興味がおありでしたら、村を覆う罰則の術を解放するのが一番かと。さすれば、気乗りはしないでしょうが駆けつけるかと」
『ふむ、なかなか気難しいのか……? ならば、後で会おうか』
「それから、言伝が一つ。
――ここを存続させておけば、少なからず今後ノウバディをはじめとする異人の流入はありうる。逆に言うと、ここ以外でそういった場所を作り出すことは到底できない、と」
『ふむ。……そうか、直接会った事もなく、こちらの性質を見抜いた相手だ。その予測は、拝聴すべきだろうな』
魔王は、難しい表情をにやりと笑った表情に切り替えて、腕を組んだ。
『エダクラークよ。貴様の言っていた提案に乗る事は……、すぐには出来んな。だが、経った今言われたばかりでな。ならば、己はもうしばしここの様子を見るべきだと判断した』
大半の村人は、その言葉の意味がわからず頭をかしげる。この貝はは、村長たる枝蔵英夫に対して言われているものだ。
『何にしても、これからも励め。贖罪の道は――長いぞ』
「……ええ、充分承知していますとも」
遠い目をして、そう返す英夫。どこかその表情は後悔と懺悔に満ちているもののようでもあり――娘は、彼の顔を見て頭を傾げた。