第33話:そもそも最初からやらなければ良い
一話で短め
「これくらいでな。小さい子供くらいの大きさが基本だ。顔はなんだろう、ちょっと小さい子が落書きしたみたいな、点をうったような目とにんまりしたスマイルだ。それが基本でちょいちょい動く。大きさも基本は小さいけど、必要があったら周囲から土を集めて巨大になったりなぁ」
「えっと、村長? 想像し辛いのですが……」
英夫の語る魔王像に、ティロは頭をかかえて突っ込みを入れた。確かに形態が想像し辛いところだろう。が、太朗は太朗であまり気にしない。もともと邪竜と戦った際にも、最初は人間の姿をして相対したわけだし、それを言い出せば太朗とて人間の姿形だが本質はかけはなれている。それに、少なからず相手も多少は集団で来るのだろうし、見た目の想像がつかなくとも間違える事はまずないだろうと太朗は判断した。
「ヒトかどうかはともかく、話はわかる相手だな。俺が昔のことを嫁さんに話して逃げられた時も、なんだかんだで相談に乗ってくれたり間とりもってくれたり……」
「あの、ハナシを聞く限りどのあたりに魔王という要素が……?」
「まあ、ないよな。俺もそう思う。気のせいじゃなければ、いわゆる魔王っていうのは、人類に敵対するっていう考え方でつくられた概念じゃないのではないかと俺は思ってる」
ふと、太朗の脳裏にレコーがいつか言った言葉がよぎる。ダンジョンを作り、統治する魔族がいて、自ら魔王だと宣言する事で、今の太朗でも魔王になれる。その情報からして、確かに魔王と人類の敵という言葉は、等号で結ばれるものではないのかもしれない。
『――でも、始祖の魔王のインパクトが強すぎて未だに魔王というと人間には煙たがられる』
何をやったんだ、その始祖の魔王は。太朗は英夫の話を聞きつつレコーに尋ねる。
『――人類に無抵抗だった魔族に戦っても良いと教え説き、当時の人間の国家をいくつか破滅させ、魔族の統治機構を一時的とはいえ成立させて五十年君臨した』
意外な短さであったが、太朗はリアクションを表には出さなかった。魔王というのだから、てっきり数百年は人類に被害を齎し続けたのでは、と考えていたのだが、実際はそうでもないらしい。いや、逆に五十年ほどしか居なかったにも関わらず、そこから数百年は経過している現在においても、絶対悪の象徴のような扱いを受け続けるほどに、影響力があったとみるべきなのかもしれない。
それよりも、気になるワードがあった。
『――魔族は……、条件にひっかかった。詳しくは言えないけど、始祖の魔王が現れた時は魔族は、人間に反抗することはしなかった。そもそも【検閲削除】』
「またそれか……」
小声でぼそっと言って、太朗は茶碗の最期のひとくちを食べた。両手を合わせる太朗に、お替りいるか? と尋ねる枝蔵夫人(エダクラーク夫人)。丁重に断った後、太朗は英夫の話を咀嚼して、率直な質問をなげかけた。
「……話を聞く限りだと、その、魔王は生物ではない?」
「俺も知らないが、まあそうなのか……? その割には飲み食い普通にしてるんだが。
手渡す当日も、試食とかもかねてもてなす用意だし、その時になりゃ嫌でもわかるだろ」
『――たろさんと同じで、元素直接取り込んでるのですよ』
「そこはともかく。触覚とか視覚とか痛覚とか、そこら辺はどうですか?」
「何か関係あるのか?」
「大いにあると思います。そういうのの感じ方一つで、味わい方とか色々変わってくるのではないかと」
「まあそうだな。強いて言うと……、表面は堅いな。その分痛覚とかは弱いのかもしれん。あとは、辛いのは得意みたいだったな」
「得意?」
「ああ。前に山葵もどき……、少し品種改良して今だとほとんど山葵と言って差し支えないが、それをうどんのつゆにつけて食べてた時、ごじゃんと入れてたな。唐辛子とかも同様」
はぁ、と太朗は何度か頷く。感想が返し辛い。そしておそらくだが、それくらいなら今の太朗でも可能な気がしているため、何ともいえないのだ。アルコールが分解されまくったり毒物が効かない最たる理由は、彼自身が種族値を喪失したことが原因であるが、半精霊になっても似たような効果が得られるため、判断が難しい。
「性格は?」
「悪い奴じゃないな。でも、契約主義で、ちょっと欲が強いか?」
「欲が?」
「んん、何ていったらいいか……。例えばだ、俺が今こうやって米食ってるわけだが、それをとなりでやったら、間違いなく魔王はその倍以上に盛ったものを要求する」
「何ぞ、負けず嫌い……?」
「負けず嫌いっていうよりは、他人より多くモノを持っていたいという感じか? 俺等が村を作る際に一番最初にかけられた言葉が『我が国より大きくしようとしてくれるなよ? さすれば気様等の領地を没収せねばならなくなるでな』とか言ってたし」
「キャラがわからん……」
相手の人格から何かを自力で察せないかと情報収集してはみたが、結局今回もレコー頼りとなりそうであった。
『――というわけで、今回も呼ばれて飛び出て頼られてなレコーちゃんですよー、御主人様ぁ』
「さて、どうしたもんかな?」
『――今回得られた情報は、結構クリティカルっぽいですね。同時にちょっと、言ってどうにかなる話じゃありませんってことで』
「ん――あん?」
「……どうしましたジャックさん」
多少は混乱から回復したらしいティロが、太朗に声をかける。しかし彼は、訝しげな顔で沈黙するばかり。端的にいって、のっぺりめの顔が真顔で無言で影が入ると、怖い。
一方の太朗はと言えば、レコーから齎された情報をどう扱うか、悩んでいるところだった。
『――何かがたりないといってますが、その解決策としてはかなり簡単なんですよねぇ。同時に、案外と受け入れられない類のもの』
「ある意味、食生活への冒涜だからな……」
『――そもそもそれを認められない可能性も高いですし、どしますかぁ?』
「う~ん……」
唐突に唸りだした彼を、周囲四人は不思議そうに見つめる。彼等の側からすれば、テキトーに魔王について話していたら、突然これである。何かを考えて、ということなのかもしれないという予測はたつが、まさか彼等以上に魔王に関する情報を引き出して、そのせいで四苦八苦しているとは夢にも思うまい。
太朗の側からすれば、ある意味その部分についての選択や行動一つで、何を引き金にして彼にとって後味の悪い結末に繋がるかわかったものではないのだ。経験則からある程度積極的に動けば酷くはならないとわかっているものの、しかし目先に地雷が設置されているような状態になった以上、太朗も太朗で腹をくくるほかなかった。
太朗は、ふところから銀貨を何枚か取り出し、英夫に渡した。
「は? 何だ、何で金を渡した」
「……とりあえず、最低限の迷惑量。失敗時はこちらがその分を負担しますから、話を聞いてください」
混乱する英夫に向かって、太朗は予想外の言葉を言った。
「当日、お披露目の日に一品だけでも良いので、俺に作らせてはもらえませんか?」
その提案は、結果的にこの村を救うことになるのだが――当然のごとくその提案の受け入れには、時間がかかった。
明日はたぶん長い。かもしれない