第32話:それでも認めることはない
今日も一話・・・
「一応これは吟醸にするつもりなんだが、どうだ?」
「まずまずです。早いところやってほしいところです」
「はは、そんなか? 悪ガキだなボウズ。案外いける口みたいだな」
「そんなんじゃねーです」
のんべぇ扱いしてくる枝蔵英夫に対して、断じて違うと否定する鈴木太朗こと藤堂太朗。だがしかし、一口、あと一口を繰り返す中、周囲が段々と眠りにつきはじめても一切酔っておらず、なおも酒を要求してくるそれはウワバミというか、ブラックホールのごとくである。実際には体内に入ると同時に分解され血中に回らない(そもそも現在の太朗に血液という概念はないのだが)ため、一切酔わないだけなのだが、周りから見ればそんなもの違っている。現に太朗の足元でうつらうつらしているメイラは、「さ、さすがでごじゃいます……」などと頭を抱えながら赤ら顔で唸っている。どうやら立てなくなってしまって居るようだ。
本人は否定を続けるが、周囲の扱いは完全に酒豪のそれと化していた。太朗の外見年齢からして、日本出身者の英夫からすれば思うところはあるのだろうが、異世界と言う事であまり言わないことに決めたらしい。むしろ酒好きならば、ということで率先して意見を聞いて居るくらいだ(周囲がヨッパライまみれで全然話ができないとも言う)。
「何か思いつくことあるか? とりあえずでいいから」
「何かと言われても……。俺、この間ワインようやく飲み比べ終わったところですから」
「ロゼもか?」
「……ロゼ、薔薇?」
「ああ。赤と白の中間くらいので、作り方は混ぜる、以外にあったような……? 結構さっぱりしていたように思うぞ。塩ラーメンと一緒に親父は食べてた」
「って、それ明らかに日本での知識ですよね。何で知ってるんですか」
「あ? あ、あ、あー……、い、いや、親父がな? ほら、うちの親父料理できなかったから」
誰がどう見ても盛大に誤魔化しているようにしか見えない。しかしワインとラーメンという組み合わせの未知さに、太朗は何故かつばを飲み込んだ。今度試してみようと思いはしたが、残念ここは異世界。スープどころかかんすい自体存在確率は低かった。
「そうですね……。付け合わせとか、おつまみとかも持っていく予定ですか?」
「まあ多少はな」
「何を考えてます?」
「吟醸だと、刺身とか、きのこのてんぷらとかそういうので考えてるな。酒自体香りが強いし、あんまり臭いの強いのとは合わないだろ」
「はぁ……」
「山菜の炊き込みご飯とかも考えてるんだが、そこはきのこがどれくらい収穫できるかに関わるな。……一応聞くが、その手の知識とかあるか?」
「毒物くらいならわかります」主にレコー頼りである。
「なら、今日じゃなくていいから、明日とかで見てやってくれ。こっちからそっちの家に使いを出す。頼むぜ」
場をお開きにして、敗残兵(良い潰れ共)を拾い上げる英夫に、太朗は少しばかし同情した。
すーすー寝息を立てるメイラ・キューを背負う太朗。首にかかるわずかに甘い吐息などにも、当たり前のように何ら感情も抱いていないらしい。彼の思考は、村長が言った「何かが足りない」という言葉で埋め尽くされていた。確かに、太朗も何かが足りないという印象がある。非常に瑣末なことであり、一度気付ければ何ら問題もないようなことの気もするのだが、一歩間違えればダメージの多そうな、そんな事柄な気がしてならないのだった。
うすらぼんやりとした色の空は、夕暮れ時だとレコーが知らせなければ時感覚が完全に喪失してしまいそうである。あてがわれた中くらいの屋敷の布団に彼女を寝かせ、太朗は座禅を組み、レコーに聞いた。
「レコーちゃんはさっきの話、どう思う?」
『――いえいえ、その前にぃティロさんのこと完全に眼中にないみたいですけどぉ、そっちの方はどうなのかなぁ? って思うんですよレコーちゃんはぁ』
「あん?」
確かに屋敷に戻る途中、なにやら商人ティロと遭遇し、彼女をおぶった姿を見られて何とも言えない顔をして、血の涙をながしていたが。太朗からすれば、それはまた別なことである。
「さっき言ったろ? あいつに。とりあえず当って砕けろって」
『――骨拾うつもりもないくせにぃ』
「当たり前だろうが。骨は自分で拾うんだよ。そして拾った骨を使ってまた再戦だ。常にトライアンドエラーを繰り返すのが基本だろ」
『――それ、最近だと粘着とかストーカーとか言われません?』
「無論ある程度仲良くなった上で、だ。そう考えると、ティロのアレは押しは強いが仲良くなろうと言うモーションあんまないよな……」
肩をすくめつつ、太朗はレコーにさきほどの話を促した。
『――そうですねぇ。レコーちゃんは食事系統の機能はたろさんから共有してもらっているとですがぁ』
「共有?」
『――たとえば食料とかですかねぇ? ほら、たろさんあんまり自覚してないけど、排泄全然しないでしょ? それは、食べたものをそのまま元素に分解して体に取り込んでるからなんですよねぇ。私もそこから、ちょっと拝借してエネルギーもらってます』
「質量保存の法則どこいった……」
『――同質の原子による物質が同時にこの世界のどこかで生まれているはずなので、そこは無問題かとぉ。それで、味覚までは共有できないので何とも言えないのですがぁ……。
思ったのは、相手の魔王の食事の趣味とかを把握してるのかってことですねぇ』
「……あ、確かにそうだな。相手の好みも把握しないと駄目か。
ちなみにレコーちゃん、その情報は俺みれるか?」
『――残念ながら、現状だと無理ですねぇ。最低でも直に面会しないと』
微妙に厄介な、と思いつつ太朗は頭をかしげる。「じゃあ、とりあえず会えるかどうかってのは、打診くらいはしてみるか」
『―― 一応、色々試作品作って相手に好感触だった吟醸を作ってはいるみたいですけどねぇ』
「俺としては、もうちょっとすっきりしてくれていた方が飲みやすいんだがな。アレだ、焼肉と合う感じがいい」
『――焼肉相手なら、生酒か純米酒が割と良いのではないでしょうか?』
「……あん? 何でそんなのレコーちゃん知ってるんだ?」
『――無論、たろさんが条件解放してるからですよ。……というか、この知識の条件解放って、ある程度のお酒を飲むことと、お酒に合う料理を選べるようになることですからね? たろさん、もう立派にのんべぇ街道に片足突っ込んでますからね?』
「あー、あー、聞こえない聞こえない。知らんな? 俺は普通の高校生だぜ?」
『――今更何を普通を装うか。というかたろさんがそれを言い出したら……、あ、駄目ですこっちは解放されてないみたいです』
「あん? 何だ、気になるじゃねーか」
『そちらもまたいずれ、ということみたいですね。このままいけばそのうち遭遇する模様』
「はぁ……」
そんな会話を交わしながら両手を組み、太朗は意識を集中する。なお、そんな外から見れば独り言を言ってるようにしか聞こえない様を、アルコールが回って寝ぼけた頭をしたメイラがぼんやり眺めていたことは、太朗も目を閉じていたためわからなかった。
※
「魔王に会えるかって? あー……、微妙に可能性は低いが、ないわけじゃないな」
『――遭遇確率:一割三分』
低いな、と口には出さない太朗であったが、しかし多少は落胆した。翌日の村長宅にて、米蔵からどれくらい出そうかと検討している枝蔵英夫に、太朗は会いに言った。相談がなかなか難航しているらしく、しばらく彼の娘(実里というらしい)と戯れて時間をつぶした後、ようやく彼の前に出てきた時には既に昼時であった。
そんなわけで、彼もお昼にあずかる。本日は五穀米と漬物のようだ。きゅうりでなくピータンなところが色々と予想外ではあったが、特に違和感もなく食べられたのは一応ナス科だからだろうか。五穀米も五穀米で、ベースになっている米の風味が良いからか、箸が箸がすすむすすむ。食感一つ一つがアクセントとなっており、また香りも雑多で濁った形でまざらず、白米の甘い香りにつつまれ、調和がとれており、なお箸がとまらない。日本に居た頃はせいぜい白米と玄米くらいしか食べた事のない太朗だが、妙ななつかしさが胸の奥にこみ上げて来ていた。例え五穀のうち二つほどが代用品でそれっぽいものを入れただけであっても、自分の中にわきたつ謎の郷愁は正直であった。
そんなこんなでお米食べつつ、太朗はこめかみを何度か叩いた。
「そういえば、嬢ちゃんはどうした?」
「二日酔いですよ。見事に。昼飯食べたくないからって、朝に粥だけ食べさせて今は寝かせて居ます」
「大丈夫なのかそれ?」
「栄養バランス的にはアレですけど、夕食の時にがっつり食べさせれば……。まあ本人がそうしてくれって言ってるので、無理に食わせてマーライオンヘドロさせてもアレかと」
「言うなよ、マーライオン可愛いだろ、ヘドロ出さないだろ、言ってやるなよリバース」
両者ともに、元の世界で通じるやりとりが懐かしいのか、にやりと笑い合う。年齢的に英夫もそれなりの年であるのだが、懐かしさからだろうか、童心に戻って居るようだ。含みのない笑いを浮かべながら、彼も彼でおこげの部分を噛みちぎった。
「でも、好みを聞いたかというのは考えてもなかったな。酒の種類は把握できたから、てっきりそれだけ注意してれば良いかと思ってたぞ。こっちも結構てんぱってたな。恩にきる」
「いえいえ、でしたら純米系のを一つ融通していただけるくらいで……」
「要求が露骨だな!? そんなに好きか?」
「いえ、えっと、米がわりで料理に合わせられると聞いたので」
「確かに合わせられるが……、んん、まあ、確かにあと三本くらいは予備があるから、ここを出る時一本融通しよう。その代わりきのこの分別頼むぞ」
表情こそ変わりないが、太朗は背中に回した右手をぐっと握った。軽いガッツポーズである。
『――そういうところが完全にのんべぇ。大体、酔いもしないのによく飲むと思う。ただの旨みのない液体なのに』
「あれはあれで味わいがあんだよ……、あ、味わいありますよね?」
「何だその、よくわからないしゃべり」
レコーとの会話が聞こえないため、太朗も応対は四苦八苦である。反射的に答えようとすると脳内ではなく口に言葉が出てしまうため、帳尻合わせをきちんと決めておこうと決心した。
と、商人のティロが疲れた顔で太朗たちの席につく。彼も彼で五穀米を持っていたが、あまり消費されていないようだった。
「いや、馬車あるからってモノの運搬とか、ヒトの運搬とか一手に任されて……、ちょっとですね、ジャックさん」
「お疲れ様、商人」
力の抜けた笑みを浮かべる辺り、おそらく物資運搬の際は彼自身がモノをつかみ運んだのだろう。細い腕とちょっと出たお腹の体系は、明らかに運動のために調整されてはいないものだった。
「ジャックさんたちは、何の話を? ……はぁ、魔王の好みですか」
もちゃもちゃと咀嚼しながら、彼もまた太朗達の話題に混ざる。「そういえばなのですけど、村長? そもそも魔王って、どんな姿をしていらっしゃるのでしょうか」
「おー、そういえば話していなかったか?」
英夫は頭をかしげながら、目を上に向けて口にした。
「アレだ。こう、小さくて、ゴリラの人形みたいな外観だな」
「「……は?」」