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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔王襲来というか醸造編
39/80

第28話:世間はそれをラッキーと呼ぶなんちゃら

今回の投稿は第27話と第28話となっておりますので、あしからず


ちょっと肌色注意

 

 

 移動をはじめて六日目の昼下がり。太朗たちは、現在水浴びをしていた。道中で馬車が沼に車輪をとられてしまい、脱出する作業に数刻。三人それぞれ太朗を除き、交互に沼につかって馬車を押した結果。みんながみんな見事にどろんこまみれである。

 とりあえず、ということで少し進んだ先、近場にあった水辺で太朗たちは身体を洗っていた。

 無論、太朗にそんな作業は必要ない。ないのだが、メイラだけならともかくティロ商人の居る場でそれを行うのも、間違いなく怪しまれるだろう。結果として、彼は面倒そうに自分の服についた泥を、川の水で洗い流していた。

「いや、しかしアレですねジャックさん。細い割に筋肉は結構ついているんですね」

「まあの。そういうアンタはアレだな、ちょっと腹出てるな」

「あ、ははは……。妹の失敗料理を全部頑張って食べてたら、いつの間にか……」

「料理下手なのか、妹さん」

「見た目はともかく、味付けが……」

 若干青い顔をしながら、パンツを洗い流すティロ。他の着替えの持ち合わせは当然あるが、どうも生理的に泥汚れがあるのが受け付けないらしい。太朗はといえば、それを見つつ適当に洗うふりをしながら、綯夜(ないや)(つかさ)に与えられた“服飾加護”を用いて、見た目だけでも新品同様の状態に作りなおしていた。

「いやしかし、ジャックさん。今更ですけど、メイラさんとはどこまでいってるんです?」

「あん? 何の話だ」

「いやぁ、せっかく裸の付き合いしてることですし、包み隠さず言ってくださいよ」

 にやにやと笑いながら下世話な話題を振るティロ。やけに絡むな、と考えて居ると、いつもの様にレコーが解答した。

「ん――ああ。つまりアンタ、もし俺の言ってることが本当なら、メイラ・キューにプロポーズしたいということか」

「がふっ!?」

 吹き出して、彼は川の中に倒れこんだ。パンツに向かって顔面をつっこむ形になっていたが、色々と可哀そうなので太朗は見なかったことにした。

「え、えっと、いつから気付いてましたか?」

「半分はカマかけみたいなもんだ。だがまぁ……、思い返せば、ここ数日間よくアイツの料理とか褒めてたし、ことあるごとにくっ付こうとかしていたっけ、アンタ」

「それを元に推測したってことじゃなくってですか? はぁ……、あ、こら待って下着!」

 ため息をつきながら、流されかけていたパンツを追いかけるティロ。水流の速度から考えて、このまま放置しておくのも偲びない。太朗が魔力で流されるパンツの速度を落したお陰で、辛うじて男は拾うことが叶った。

「まあ、そういうことですね。恥ずかしながら……」

「勘違いでなければ、他聞にその、料理が上手というところが決め手な気がするが、違うか?」

「大当りです。美人だというのも理由ですが、一番はそこですかね……あ、そんなやれやれみたいな顔しないでくださいよ、こっちは死活問題なんですよ!? 家に帰ったら、妹の殺人料理が今か今かと待っていますし」

 それを言われて、太朗が同情以外の視線を投げかけるわけはなかった。頭髪が黒系でリーゼントでなくなっている段階で、ヤンキーもどきの数十倍はマシなように見えるから驚きだ。そんな普通な太朗が、普通に同情してるのが分かる程度に、曖昧な笑みを浮かべているのだ。ティロ商人の心中は、色々と計り知れない。

「……で、実際のところどうなのですか?」

「あん? いや、別に俺は――」

 と、言いかけた瞬間、太朗は服の裏側にアストラルゲートを作り、バンカ・ラナイを少しだけ出して、服の下でわずかに抜刀した。放たれた斬撃を一つにまとめて、指先で方向を指定。

 次の瞬間、二足歩行の生物がわらわらと、空中からわらわらと襲いかかってきた。人間の子供ほどの大きさで、肌の色は緑。毛は全てなく、額に小さなツノが一つ。

『――スモールゴブリン。低級モンスター。ベースの生物は猿や類人猿』

「いわゆるゴブリンってところか」

『――この世界でいうゴブリンは、鬼族、という字を当てる』

「あ、何か色々違うみてーだな」

 そんな会話をしてる太朗。余裕がありすぎる。というか、実際余裕しかない。ゴブリンたちが出現した段階で、既に勝敗は決していた。空中で「GIGYAA!」と叫びながら飛びかかってくる彼等は、バンカ・ラナイの放った斬撃で腕や足など、要所要所が斬り捨てられ、絶命ないしは行動不能状態にさせられていた。どしゃり、と河原や水中に落ちる死体を見て、ティロが若干引いた声を上げた。

「え、えっとジャックさんですか? これやったの」

「まあな。乗るって言った時に約束した最低限のことは、こなすさ。さてと……」

 文字通り瞬殺したスモールゴブリンたちの死体を見ながら、太朗は脳裏に疑問を浮かべる。

『――ここら辺一帯のは今の藤堂太朗の一撃で終了。ただし上流に居る、メイラ・キューの方にも出現している。特に女性だから、めっちゃ狙われてる』

「そういうところは、イメージ通りなのな。……ていうか、あっちの方がまずいな。ちょっと行ってくる。コアとかの解体作業よろしく」

「へ? あ、ちょっとジャックさん?」

 唐突に走り出した藤堂太朗に、びくっと震えるティロ。眼前の死体を作り出した彼に対するものか、それともこれらを処理しなければならないという事実に対してか。ともかく太朗は彼から見えない位置へと走り、即行でレコーに確認をとった。

「テレポートで直接行けるか? 緊急だし、走るのもアレだから」

『――ならせめて靴くらい履いときましょうよ、たろさん。まあ緊急というのは正解ですけど、助けても何があったって知りませんからね!』

「あん?」

『――本気で気付いて居ないですね……。別にかまいませんが。えっと、メイラ・キューの場所をナビるのは、可能です。テレポートのイメージ浮かべてください?』

 半眼になり、意識を集中させる太朗。なんとなくここら辺の川周辺の地図のようなものが脳裏に浮かび上がり、その一点に、赤い星のようなサインが描かれていた。

『――その位置です』

「そうか。……って、前から思って居たけど、この☆みたいなマークって何なんだ? 真ん中に目みたいなのがついてるけど」

『――安直になんとなく気に入って、普段の自分の服に取り入れる神経がわからないくらいには、結構ゲテモノなサインですよぅ。まあ魔除けではあるみたいですけど』

「はぁ……」

 頭を傾げながら、太朗は幽界天門(アストラルゲート)より、バンカ・ラナイを引き抜いた。今度は全体を出し、刀の鞘を左手で握る。その状態で、太朗は意識を集中した。認識の先へ意識がフォーカスすると同時に、ぬる、というか、何とも得体の知れない感覚に襲われる。もっとも大分なれたものだ。不快感自体は拭えないものの、だからどうしたと言えるくらいにはなっている。

 さて、転送された先だ。空中である。下を見ればそこには、水辺に倒れる全裸のメイラと、彼女の四肢を押さえているゴブリンたちが居た。そのほかに、彼女の体に覆いかぶさろうとする一匹へ、反射的に全力で蹴り飛ばす太朗。頭部が陥没し、首がサッカーボールのように跳ね飛んだ。胴体もそれに引っ張られるよう飛び、彼女の片足を押さえていた一匹をぶっとばした。

「ん、やっぱ拙かったか。ファンタジーでヒトガタの生物だと、割と下半身に忠実だというが……。及川だか石村だか、そんな名前だったか? 言ってたの」

『――及川翼』

「あ、そうそうそれ。さて……」

 周囲を見回す太朗。浅瀬で未だ腕や片足を押さえられているメイラ。脚首の裏に爪を立てて居るゴブリンだが、腱を強引に切断しようとしているのか。それに限らず、太朗の出現と同時に出るわ出るわ。河原の奥の茂みや、木の上から降ってくるのを含めて、実に十数匹といったところか。雌もいないわけではないが、雄が圧倒的多数なことに、太朗は肩をすくめた。

「と、トードさま!?」

 目を白黒させているメイラなど気にせず、太朗はレコーに相談。

「全部殺すと生態系に影響あるか?」

『――無問題かと。むしろ、スモールゴブリンは本来の原生生物のエサとかも食べ尽くすから、殺した方が一挙にお得』

「じゃ、容赦せんでいいな」

 言いながら、太朗はバンカ・ラナイの鍔に左手の親指を引っ掻け、軽く伸ばす。少しだけ打ちされて、刃が抜かれる。が上を向けているので自重で再び納刀された。

 動作としては非常に少ない。しかしそれだけの動作で、生み出される効果は絶大すぎである。太朗を中心とし、メイラの身体を傷つけないように放たれた無数の斬撃は、周囲に居たゴブリンを、視界に入る範囲で全滅させた。一瞬でバラバラである。黒々とした血が吹き出し、川に垂れ流される。

『――三匹逃げました! 様子見に残っていた三匹が逃げました!』

「残しとくと拙いよな?」

『――あたりきしゃりきですとも! やっちゃってください』

「と言われてもなぁ……。あ、そうだ。試してみるか」

 そう言いながら、太朗はバンカ・ラナイを普通に抜刀した。しかし、斬撃が生まれる事はない。一見して普通に刀が抜かれただけだ。しかし、バンカ・ラナイの特性からしてこれはおかしい。

 もっとも結果はすぐに現れた。太朗たちからしばらくはなれた位置で、轟音が鳴り響く。視線をそこに向けて集中すると、太朗は自分の予想通りの現象が起きていたということを確認した。

 スモールゴブリン三匹は、網目状に張り巡らされた斬撃の嵐により、肉体を粉微塵に切り散らされ、砕かれていた。血が飛び散るのすら許されず、どしゃりと粘土状の物体となったそれが、地面に残された。

「……ていうか、本当にこのバンカ・ラナイやばいな。これあったら、邪竜と戦うのもっと早く済んだかもしれん」

『――たろさんたろさん、取り扱い厳重注意ですよ?』

「言われずともわかんぞ。いや、これ、普通に使ったらやばすぎんだろ」

 太朗が行ったのは、攻撃自体のテレポートである。イメージはサテライトからの射撃といったところか。だがしかし、打ち出されたバンカ・ラナイの斬殺攻撃は、それこそまるで超高性能なミキサーのごとく、モンスターや周囲の木々を粉々にしてしまっていた。明らかに、軽い気持ちで使って良い代物ではあるまい。

 どころか、嗚呼思い返してみれば。太朗自身は、その斬撃を直に受けていたのだ。宿木の魔王との戦闘の際である。初撃でこれを受け、まず肉体が砕かれず。ニ撃三撃も同様で、以降は殴りとばす始末だ。確かにそれなら、真性の魔王をして「自分より性能の良い体」だと言うはずだ。なんとなく太朗は納得した。できればこれ以上、自分が人間離れしていると自覚したくないところであったが、しかしこればっかりは仕方あるまい。

「はぁ。まあそりゃ別にいいか。大丈夫か、メイラ――」

 さて、ここで一つ思い返してもらいたい。太朗は普通に背後へと振り返ったところだが、果たしてこの先、何が起きるか。メイラ・キューは当然、裸である。水浴び最中にスモールゴブリンに襲われて、あれよあれよと言う間に貞操と生命の危機に陥っていた。そんな際、何をするのも置いておいて現れた藤堂太朗に助けられたわけだが……。

 呆然としたまま、太朗を見つめるメイラ。きょとんとした顔は、普段よりもいくぶん可愛らしいものである。そして服の上からは確認し辛かったが、まあまあ身体は肉付きが良い。中央部を隠しているが、抱きしめればやわらかさを主張する胸。ほっそりとした腰や安定感のある臀部。それらを全体としては隠さず、というか隠すと言う発想が出るほどに思考が回復しておらず、彼女は呆然と、太朗を見上げていた。

 そして、二人の目が合って数秒後。


「き――キャあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 身体を隠しながら目を覆うメイラ。そんな微妙に面倒そうな反応を見つつ、太朗はぽつりとつぶやいた。

「うげ、そいえば俺も裸のままだった」

『――だから忠告したのにぃ』

「積極的に言わなかった段階で、レコーちゃん確信犯じゃないのか?」

 太朗の一言に、レコーは珍しくノーコメントを貫いた。





 数刻後、車上にて。太朗はメイラに頭を下げていた。

「済まん。責任の取りようもないが、済まん。ま、お相子ってことで済まん」

「軽いです! 未婚の女性の裸を見たと言うのに、謝罪が軽いです! というか何てもの見せつけてくれちゃったんですか!」

 動揺のせいで流石に口調が崩れているメイラである。しかし太朗は気にせず、同じ謝罪文句を繰り返すばかり。

 ジャケットの襟元を正しながら、太朗はティロに面倒そうな顔をして言う。「どうしたもんかな。俺、こういう場合の応対を知らんぞ」

 対するティロは、にこにことはりついた笑顔をしながら前方を向いていた。だが、よく耳を澄ますとその笑顔の口元が、わずかに動いておりぶつぶつと何事かをつぶやいていた。

「……何ぞ、どした?」

「……わかってましたよどうせわたしなんてまんねんじょせいとであいもなくあってもだいたいこんやくしゃとかがいてあいてにもされずそうでなければしょうばいにんでやさしくしてもらってもかのじょたちはしょせんおかねでしかうごいてくれないしどうしたらぼくはいもうとからどやされないですむのかしらうふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

「……」

 バグでもおこしたような反応をしているティロを、太朗はそっとしておくことにした。

「もう、本当信じられませんよ、貴方何なんですかもう、前から思ってましたけど、本当に何なんですか、坊ちゃまにとりついてたアレと互角に渡りあうわ、スモールゴブリン一瞬で蹴散らすわ」

「前者はともかく、後者は武器のお陰だぞ」

「それでもかなり上手に使いこなしていたように思いましたし、もう、本当意味分からないですよ……」

 顔を真っ赤にしながら、自分の肩を抱くメイラ。睨むように太朗を見る目は、色々と複雑そうだ。色んな意味での命の恩人であることは、充分に理解している。しかしそれでなお、裸を見られたことに対するダメージが大きいらしい。そして更に言うなら――。

「……というか、あと何でそんな普通に話しかけてこれるんですか。意識とか全くしないんですか貴方は!」

「あん? んん……」

 太朗は真剣な顔をしながら、顎に手を当てる。そのまま目を閉じ、じっくり考える事十秒ほどか。そして出された解答は、メイラのプライドをちょっと傷つけるものであった。

「ま、勃たんかったからな。悪いが興味がない」

「……もう良いです」

 項垂れるメイラ。そう、実際太朗は、そういった生理現象を一切起して居なかった。目の前で見ていたのだ、彼女が一番よくわかっている。だから何だと言う部分だし、思い出せば思い出したで彼女としても色々ダメージの大きい記憶であるが、だが、なんとなくメイラにとって、看過できない問題であった。

 太朗からすれば、血脈を放棄した段階で既にその手の欲望とは無縁であるらしい。以前の太朗ならばそれなりに普通に反応を示したことは、本人にも予想できる。花浦弥生とのスキンシップで、たまーにやばいことになっていたりもしたわけで、そう考えるなら、人生 (?)初の女性の生全裸である。年齢的にも本来思春期だし、何某かの反応を示すのが普通であるはずだ。にもかかわらず一切その手の衝動が湧いて来ないのは、異常といえば異常といえた。

『――自覚なさいましたか?』

 何を、とは言わない太朗。言われずとも充分自覚している。人間のような外郭を持ち身体の感覚と記憶とを保持してはいるものの――やはり己は、欠片も人間ではないのだということくらい。

『―― 一応人間ベースだから、多少はその要素とかも残ってはいるんですけどねぇ。まぁ大半の生理現象とは無縁ですけど』

「……はぁ」

「は!? ちょ、今こともあろうにため息をつきましたよね! 大体ですねぇ、貴方様は――」

 空が曇天になりつつある中で、メイラは太朗に説教をかまし続けた。

 

 

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