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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔王襲来というか醸造編
38/80

第27話: それでも決して認めようとはしない

 

 

 武器屋ペテルから出てきたメイラ・キューの姿を、酒箱をかかえたメイラ・キューは目撃した。自分と全く同じ顔形。服装は黒系になっているものの、そんな女性を見て、さぞ驚愕したことだろう。だがその細部の挙措、半眼な表情にどことなくのっぺりとした印象を抱くところなど、細かい部分で相違点を発見する。普段の自分と明らかに違うその動きは、生き映しのような己の姿を持つ何者かを特定するに充分であった。

「……トード様? 何をなさっておいででしょうか」

「あん? ああ、買ってきたか」

 彼女に声をかけられるとあら不思議。顔立ちがセミロングのメガネ姿に早変わり。言わずもがな、この女、もとい野郎はトード・タオこと藤堂太朗である。新に獲得したらしい変身能力を、さっそくこれでもかと無意味に使っているところだった。

 否、目的のよっては無意味に使ったという訳ではないだろうが。少なからず、太朗はビーバス・ペテルと会うわけにはいかないはずだ。その際に己の姿をつかったのだとしたら、何が目的なのか。メイラが問いただすと、太朗は平然と答えた。

「ガントレット返した。名前は……、結局つけてなかったがな」

「……! それは、何故でしょう」

 肩口でそろえられた茶系の黒髪が、北風にゆれる。メガネにゴミが付着したのか、太朗はどこからともなく取り出したメガネふきをつかい、きゅっきゅとそれを拭いた。

「何ぞ面倒だな、これ……、あん? まあ、俺なりのケジメだな。あの魔剣……、つか妖刀って言った方が俺的に収まりがいいからそう呼ぶが、妖刀奪っちまったからな結局」

「それは……」

「俺なりに必要があったかっていうと、それは別なんだが、少なくとも俺としてはアイツから、家族の形見みたいなもん奪ったことになるわけだし。だからといってアレでそれに吊り合いがとれるかって言うとまた別なんだが、まあ、俺も何かは失う必要はあるだろ」

 肩をすくめる太朗。彼自身、あの手甲にそこまで執着があったわけではない。だがしかし、ある意味であれは太朗とビーバスとの友好の証みたいなものである。彼を再起させるためとはいえ、それなりに非道なことをした自覚のある太朗。ゆえにそれを持っている資格など、ないのだというのが彼の判断だった。メイラにそういった細かい部分は伝わらないが、根が素直なのか、彼女は複雑そうな顔をした。

「ま、とりあえずバンドライドの家から返却されたって形で言ったから、そのつもりでな」

「……いえ、あの、そのつもりって」

「とりあえず酒瓶はしばらく俺が持ってるから、報告ヨロシク。そういう話でつけたって言っといてくれ」

「へ? あ、あの……」

「バンドライドが好意でアンタを付けてくれるというのなら、俺だって好意でビーバスに何かしても、変じゃないだろ? そして同時に、アンタに対して何ら感情を抱いて居ない現状だ。わかんな、じゃあの」

 それだけ言うと、太朗は待ち合わせ場所を指定して、すたこらとその場を後にしていった。その後ろ姿が、周囲の視線が彼からそれた瞬間に、黒服の青年のものへと変化したのを見逃せない。一体どうやってそんなものを彼は把握しているというのだろう。というか、そもそも変化するなんて、そもそも彼は何者なのだ。疑問はつきないメイラだったが、彼の指示通り、バンドライド・ハンドラーの屋敷へと足を向けた。





「まさか報告した後、正式な仕事として言われた一番最初のものが、荷物持ちだとは思いもしませんでした……。重かったです」

「ま、人生そんなもんだ。俺なんぞ死んで、性格の悪い女に蘇らせられて、浦島太郎で人探し中だぜ? 何があるかわかったもんじゃねーよ」

「う、うらし……? というか、それって本当ですか?」

「さぁな。アンタにゃわかりっこないし、俺とアンタとじゃそこまで信頼関係もないから、言ったところで素直に信じはせんだろ? あ、危ないから離れてろ」

 ケンダイスを離れて一日目の夜。時刻としてはまだ夕方、日が沈みかけているといったところか。太朗とメイラ、商人の三人は野営の準備をしていた。テントを張り、薪を集め、マッチで火を起す。道中仕留めた鳥を、慣れた手つきでさばく商人。太朗はと言えば、メイラの下ろした箱の中から、ワインボトルを一本取り出した。

「おお、ジャックさん! 気が利いてますね!」

 ちなみにジャックというのは、太朗の名乗った偽名である。由来は特にない。強いて言えば、外人名と咄嗟に考えた瞬間、太朗の脳裏に浮かんだトランプが大体悪い。

「喜ぶのは構わねぇから、鍋出してくれ。おいメイラだったか? 調理くらいできんだろ」

「……あ、はい。かしこまりました」

 太朗に促されて、おずおずとメイラは調理を開始。商人の持ってきた、ブイヨンの塊のような味のする木の実を砕き、水を注ぎ、鶏肉を入れる。塩胡椒を振り、砕いたニンジンを玉葱を入れ、ぐつぐつと煮る。

 湧き立つ香りに商人は目をほころばせた。配られた木製の器とスプーン。それに慣れた手つきでメイラは注ぐ。

「今日一日の豊穣を、我等が女神様にまた感謝」

「また感謝いたします」「おう」

 丁寧に言うメイラと、適当に生返事をする太朗。一瞬むっとした顔をするメイラだったが、商人はそういう相手もいるとばかりに気にせず、食事にがっついた。

「こ、こりゃ――美味い! 調理法とか家の妹とあんまり変わらないというのに、どうしてこう違うか!」

 行商人が、思わずといった風に叫ぶ。年齢は太朗の外見よりも少し高いくらいか。たくましいというほどではないが、決して弱弱しいと言う印象は抱かない体格。顔立ちはそれなりに輪郭がはっきりとしており、彫りが深かった。茶髪の頭をかきながら、彼はがっつくようにスープを喰らう。そんな様子の商人に、太朗は頭を傾げた。

「何ぞ、そうなのか?」

「そうですよジャックさん、旅先の食事なんて贅沢言っちゃいられませんがね? 美味いメシにめぐり合えた時は、その巡り合わせに目一杯感謝しなけりゃなりませんよ。食事は活力で、力で、元気ですからね」

「そ、そうか……」

 気圧されたわけではないが、太朗はそっぽを向く。無表情ゆえ内心は分かり難いが、あまり食欲の湧かない己の身と比較しているのかもしれない。味覚そのものは機能しており、肉の脂と香草や野菜の香りと食感は、それなりに楽しいものであるが、しかしそこまで元気になるほどか、という疑問が彼の中にはあった。

『――さみしい?』

 肩をすくめる太朗。レコーの言葉は、まあ、確かに間違っても居ない。やはり自身が人間とは呼べないということを、ありありと自覚させられる。そして同時に、目の前に居る二人と同じ視野を共有できないという疎外感も、また同様にあるのだった。

「あ、あの、お口に合いませんでしたか?」

「あん? いや、美味いと思うぞ」

「それは良かったです」

 にっこりと微笑むメイラは大層美人であるが、太朗は一切意に返して居なかった。

「単に感じ方の違いだ。俺は、アレだから置いておくとして、たぶんティロさんはそうでもないんだろ。ん――ああ、なるほど。酷い時には、嵐にのまれて保存食とかも含めて全部駄目になったり、モンスターに追突されて馬車そのものがどっかに行ったりとか、食事そのものにあり付けないってことも多いんじゃねーのか?」

「い、いやジャックさん何で知ってるんですかそれ!? 見てきたみたいになんで言ってるんですか!?」

 レコーによって齎された情報により、行商人ティロ・トリッヒは悲鳴を上げる事になる。がっつきながら蹲るという起用なことをしているあたり、何かトラウマでもあるのかもしれない。

 太朗は太朗で気にせず食べつつ、ワインボトルを箱から一つ取り出した。

「ま、景気づけに飲むか? 酔い覚ましも持ってるし、運転にも支障は出んだろ」

「うう……、何でそういうところ気が利くのに、他は積極的にいじめるのか……」

「あん? おい、コルク栓投げつけるぞ?」

「い、いや止めてくれませんかねぇ。……ちょっと待ってて、コップ持ってきますから」

 馬車へと向かうティロ。距離はさほど離れていないが、反対側に回る都合上、こちらの会話は聞き取り辛くなっているだろう。それを見越して、メイラが太郎に近づく。

「……そういえば、何で私たちは襲われないのでしょうか? モンスターたちは料理の臭いにつられたりするものだと思うのですけど……」

「そういう知識があって、何故最初に何も言わなんだ。ま、アレだ。一応、俺がモンスター避けの魔法具を持ってるって事にしてある」

「してある?」

「実際んなもん持ってねぇからな。ま、アレだ。俺が本気で睨むと、それだけでモンスター避けの効果を発揮するから」

「……はい?」

「そういうもんだと思っとけ。俺の言ってることは、大体外れない」

 疑問符を浮かべるメイラに、太郎はニヒルに微笑んだ。と、そんな二人に商人ティロは、ニヤニヤとした笑みを向けながら帰ってきた。

「いやいや、お二人さん何を話していらしたんですかな?」

「大したことじゃねぇよ」

「またまた、そんなこと言って、ねえ?」

「はい?」

 更に疑問符を浮かべるメイラ。しかし、太朗はティロの言わんとしていることに早々に当りをつけたらしい。

「別にそういうんじゃねぇし、一応心に決めた相手も居るから俺」

「おや、そうですか。とすると?」

「縁あって、方向が近いからってことで付けられたんだよ。ぶっちゃけ、まだまともに話して三日も経ってない」

「ははぁ、それどこまで本当ですかい?」

「全部本当のつもりだが、勘繰るだけ意味はないと言っておこう。ほら飲め飲め」

「お、かたじけないです」

 太朗に酌されて、にこにこと笑いながら白ワインに口を付けるティロ。「お、これはまた濃厚な。十年ものとかですか?」

「いや、そんなに値は張ってないはずだぞ?」

「え、ええ。熟生は三年ほどだそうです」

「ははぁ? 何か特別な製法でもあるのかな」

 頭を傾げながら、またあおるティロ。メイラのコップにも次ぎ、太朗も一口。痛覚をいじめぬくような刺激と、深い風味が太朗の口内に満ちる。飲みながらスープを一口。こちらの味とはベクトルがやや異なるため、濃い味同士でも案外といけた。

「けほっ……、これ、ちょっと、申し訳ありません……」

「飲めんなら無理に飲まなくても良いぞ? おら渡せ」

 口元を押さえるメイラから酒を受け取り、太朗は平然とそれを一気飲みした。信じられないものを見るような、うらめしいような目で彼を見つめるメイラ。肩をすくめながら、彼は彼女の背中をとんとん叩いた。

「苦手なのかアンタ」

「い、いえ、それはちょっと特別辛すぎます……っ」

「そうか? ビーバスが前に言ってた奴だったんだが……」

『――このヒトは甘い方がいいみたいですよ、御主人様。あとあの二人は辛いの超大好きだって、言ったじゃないですかあ!?』

「悪い悪い」

 レコーとメイラに同時に謝りつつ、太朗は再度自分のコップに酒を注いだ。ちびちびと飲みながら、ふと隣を見る。

「……って、寝てるな」

『――久々に旅先で美味しい食事にありつけて、なおかつ酒まで飲めて、大満足』

「寝酒は体に悪いのだがなぁ。ま、処置してやるか」

 太朗はティロの手に触れ、全身に魔力を流した。宿木の魔王の時の要領で、体内にあるアルコールを体外に出して蒸発させようというものだ。今回は鱗の時のように循環もしているため、作業はちょっと面倒である。結局腕の毛細血管に集中させ、そこから毛穴を通じて体外に排出するように調整したらしい。

 そんな作業をしつつ、太朗は懐に手を入れ、バンカ・ラナイを引き抜いた。当たり前のようにぎょっとするメイラ。「どこにそんなの入っていたのですか?」

「てめぇ様が知らないどっかだろうさ。さて……、鞘の端っこ持ってろ」

 刀身に魔力を流し、“飛ぶ斬撃”が発生しないように注意しながら引き抜く太朗。バンカ・ラナイは刀を抜く際の摩擦を起点に空間に亀裂を発生させるため、それを極限まで押さえようという試みだ。万一何かあっても彼女の方へは飛ばないように魔力を調整しつつ、彼は抜刀した。

 水色の刀身は、月光を受けて輝いている。金色の鍔、黒い柄に水色の刀身と、統一感はあまりない配色であったが、不思議とそれは違和感を生じさせなかった。

「ん――そうだな。じゃあ聞いてみるか」

「……何をでしょうか?」

「いやな? 何かこう、この刀にまつわる話があるらしいんだよ。ちょっとした愚痴だ、聞け」

 太朗は、レコーが語る刀の誕生秘話をぽつぽつと語った。メイラは、作者の片割れたる女性の辿った末路に憤りを覚える。太朗もそれは同様であったが、彼は何も言わず、酒を飲んだ。

 何も出来なかった無力と、何かできただろうかという疑問が、太朗の胸中に渦巻いていた。

 

 

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