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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔王襲来というか醸造編
37/80

第26話:優先順位がそこそこ高いあたり、味をしめたのかもしれない

(前回までのあらすじ:積極性は必須)

 

 

 屋根のついていない簡単な馬車。街を抜け、山道を走るそれは、行商人のものである。その荷台にて縄で梱包された箱の隣に、二人のヒトの姿があった。

 一人はのっぺりとした()()の青年。袖の長い上着を羽織った、動きやすさを優先したような格好。ズボンの裾に、ちょっとだけ星型のサインのようなものが入っており、目立つ部分といえば唯一そこか。もう一人は、黒髪に藍色の目をした美女。半眼なのが玉に瑕だが、それを差し引いても見目麗しい。流れていく景色を見ながら、そこそこ大きな箱一つをしっかりかかえている。

「ジャックさん、済みませんが揺れますよ」

「かまわん」

 馬を操る商人の宣言通り、がくん、と車体が上下に揺れた。体制を崩しそうになる女性を支え、青年は商人の方を見る。

「今日含めて、どれくらいでエダクラークの村まで着くって言ってましたっけ?」

「六日ほどだよ! ジャックさん、それ何回聞いたか覚えてるかい?」

「悪い、暇してんだ。こっちも運転できたら、多少アレなんだが……」

「なに、お金と食事とか出してくれるのなら、こっちも応対しますよ、と!」

 ぱから、ぱからと走る馬。ゆれる車体に合わせて、女性の肩もがっくんがっくんぶれる。そんな彼女は、青年を見て、小声で言った。

「……詳しくは知りませんが、私を保護した力を使えば、これを手ぶらで運ぶなどわけないのではないのでしょうか?」

「そしたら食事の時に『何ぞ、てめぇそれどこから出した!』って話になるだろ。色々やったから、こういうところは気を付ける必要があんだよ」

「失礼を承知で言わせていただけるのなら、元はと言えば自分の捲いた種では……?」

「だったら、それに付き合うのも業務の内じゃねーの?」

「……そうなのでしょうが、少しだけこれは重いのです」

 ため息をつく彼女に、青年は「プリズンブレイク」と訳の分からない返しをした。





「どうしたものか……」

『――何ぞ? あ、違った。何?』

「一瞬レコーに俺の口調が移ったかと思ったが、そんなことなかったぜ。

 いや何、やり残したことがあったんだが、今更すぎてどうしたもんかなぁと」

 山頂にて座禅を組みつつ、太朗はレコーに話しかける。時刻は昼。ビーバス・ペテルと憎まれるような別れ方をしてから、まだ二日ほどだ。

『――やり残した事?』

「あー、ほら、バンドライドに言ったろ? ガントレット取り返しに行くって」

『――驚愕。あっちも悪くないと思っているはずなのに、まさかのペナルティは実行する宣言』

「それとこれとは話が別だからな。何だったっけ? 牧島が言っていたか……。罰則というのは、ルールに基づいて行われるのであって、情状酌量があったとしても本来は曲げてはいけない。悪事を成して悪事が裁かれなければ、統率の乱れの原因になる」

『―― 一方的』

「あと一緒に、ただし罰は適切でなくてはならなず、搾取と同様に過剰に行い過ぎれば、いずれその分が己に帰ってくる、だったか。それが出来ない為政者は二流だと」

『―― 半分は聖女エスメラの言葉も混じってる』

「ま、俺は詳しく知らんが……。でも、どしたものかな」

 伸びをする太朗に、レコーが言う。『――バンカ・ラナイの詳細について聞かず、瞑想したりしながら何を考えて居るかと思えば……。

 場所については、この位置から見えるのでナビるのは可能。あと、街に下りたとしてもビーバス・ペテルとの遭遇に怯える必要もない』

「何ぞ?」

『――変身できるから』

「…………は?」

 意味が分からない、と言わんばかりの太郎の頭に、レコーでない声が響く。

『――「あ、これ、本当に電話みたいね……。もしもし、聞こえています?」』

「……誰ぞ?」

『――「覚えていません? 運命の女神……、って自分で名乗るのはちょっと恥ずかしいのだけど……」』

「ああ、アンタか。……って、は? ちょっと待て、何ぞレコーみたいに頭の中に話しかけてきてるんだ!?」

 周囲をきょろきょろ見回す太朗だが、当然そこには誰も居ない。珍しく普通に驚愕している太朗に、運命の女神は苦笑いで返した(そんな声音だった)。

『――「まあ細かい事は置いておいて。で、えっと、シェシェルに会ったのよね?」』

「誰ぞ、その舌噛みそうな名前は」

『――“宿木の魔王”の本名。「そうそう。あの子も色々問題あるのよね……。シュナくんはまともだったけど、オレズくんとかも問題多いし……」』

「あん? 分かる言葉で話せ」

『――「あ、ごめんなさい。まぁまとめるなら、貴方が第二の魔王に出会ったことで、新しく使用できる能力が増えた、みたいに考えてもらえるかしら。レコーちゃんに説明を頼んだんだけど……」――感覚的すぎて無理。「とまあ、こう返されちゃってね」』

「感覚的って、んなもんどう説明するんだ」

『――「あ、まず能力自体の説明をするわ。能力は、変身。貴方の望む姿に己のそれを変容させることが出来る。服飾加護……みたいなのも誰かにつけられているようだから、そっちも自由に切り替えられるみたいね。変身の精度はイメージ力次第。あと、質量保存の法則は元素で補うから、魔力の続く範囲でなら調整可能って感じかな?」』

「空間操作にテレポートに変身って……、一貫性がないな、そりゃ」

『――「いえいえ。能力自体は、みんな空間に関わるものであるはずよ? 空間制御の魔法、闇魔法が私の加護で扱える範囲だから。じゃあ、試しにやってみよっか?」』

 女神の指示通りに、まずは腕を別な形に変化させようとする。とりあえず左手を見つめる太朗。彼の脳裏に描かれているイメージは、果たして何であろうか。と、そんな彼の左手に、一瞬ノイズが走る。生命力切れによる存在が希薄化するそれを思い出すものであったが、しかし今回は少々勝手が違う。走ったノイズの範囲が拡張され、それは、まるで細長い鞭のような形状に――。

『――「って、何で蛸の足なの!?」』

 驚愕するような女神の声の通り、太朗の左手の袖から下は、大きな蛸の足になっていた。吸盤の一つ一つに至るまでデフォルメされておらず、この太さだとちょっとグロテスクである。それを見ながら、太朗は普通に答える。

「いや、たこ焼き最近食べてないなって」

『――理由が酷い。「それ、自分の足食べたいってことにならない? ねえ、大丈夫かしらこの子本当に」――瀕死で死にかけていた時に、その道の人間でもないのに唐突に座禅組んだりしている段階でおかしい』

「おいこら、二人そろってべろの上に目薬垂らすぞコラ。苦いぞコラ、あん?」

『「そ、それはちょっと怖いわね。絶対できないはずなのに、なんだろう、本当にいつか実現させてきそうで怖い……。きょ、今日はおいとまさせてもらいます。使い方は、とりあえず大丈夫ね? 元の姿に戻るためには、特にイメージしなくていけると思うから。――それじゃまた、運命(ほし)の交叉する先で」』

 慌てたように言いながら、運命の女神は太朗たちとの会話を終了した。電話で言うとがちゃりと切って、電源を落したといったところか。

「あん、面倒だな」

『―― 一度変身した姿については、こちらの方で管理する』

「そういうところはいつも通りサポートしてくれんのな。じゃあ、さてどうしたものか……。って、これだと鏡とかないし、分かり辛いな」

『――ならば、こうする』

「おお!? おお、こりゃ助かんな」

 服飾加護の衣服の調整のごとく、太朗の目の前にホログラフィックのような、タッチパネルのようなものが現れた。そこに描かれているものは、太郎の全身。とりあえず頭をタッチすると、顔が拡大された。三面図で表現された己の顔を見ながら。

「とりあえず、イケメンにしとけば俺とは気付かれんだろう」

 短絡的なことを言いながら、彼は自分の顔をいじりはじめた。





「……お待ちしておりました」

「あん?」

 ケンダイスの街にて、男は女性に呼びとめられた。冬場だというのにタンクトップのような黒い服をまとった、筋骨隆々の男。エラの張った顎を持つ首の太い、濃い顔ににっかにかの笑顔を浮かべている。

 そんな男に、美女は言った。「姿を変えられていても、わかります」

「何ぞ? 私は今、走るので忙しいのだが――」

「道の先は我が主の屋敷のみ。そしてこれでも、私、多少『人間でない』ものの血が混じっておりますゆえ、なんとなくですが理解できます。もっとも、『宿木の魔王』をそうであると認識したからこそ、違和感のようなものに気付けるようになったと言いましょうか。

 ……メイラ・キューと申します。トード・タオ様。二日ぶりでしょうか」

 頭を下げる女性は、バンドライド・ハンドラーの家に仕えているらしい彼女に他ならない。そして彼女は、男の正体を藤堂太朗だと断言した。そこまで言われれば、既に色々同じことだと判断して、太朗は変身を解く。リーゼントだけはセットされていない、普段よりもさわやかな印象のある髪型だった。

「で、何ぞ? ここで待ち構えて、しかも俺の正体を言い当てたってことは、何か喧嘩でも売りにきたか?」

「流石に、魔王を相手どれるほどの貴方さまに、手出しするほど私も主も、驕ってはおりません。今日は、二つほど。まず一つは、こちらです」

 手に下げていた袋から、彼女はあるものを取り出した。白い手甲。拳を握ると、爪のようなものが前方に飛び出て、クローのようになる細工が施されたそれは、太朗がバンドライドの屋敷へ向かっていた理由の品に他ならない。

「何ぞ?」

 それを受け取りつつ、太朗は何故これを返却しに来た、と言う。無論、太朗自身はこれをバンドライドから隠れて奪い取る算段でここまで来たのだが、当の本人が返却するとは、これいかに。紆余曲折あったが、最終的に太朗はこれを大銀貨九枚と少しほどの金額で売ったに等しい。だというのに、太朗に返却した後、メイラは何も要求したりはしてこない。

「ハンドラー様は――」メイラは、目を伏せて続けた。「――坊ちゃまもそうですが、堅いのです。自尊心の高さが戦績に影響するほど、自信家で、同時に堅い人物なのです。だから、一度決めたことは、きっちりと果たさなければならないと」

『――藤堂太朗の言った宣言を、バンドライド・ハンドラーはそういう契約だと、考えた』

「……なるほどな」

 太朗は手甲を譲る際、ペテル親子とバンカ・ラナイに関わる一切での保障を約束させた。違えれば、これを回収しに行くと。力技で奪い取ると、脅迫めいた宣言をした。太朗からすれば一方的なものであったが、しかしバンドライド・ハンドラーはそれを含めて、一つの売買契約だと考えて居たらしい。

「やっぱ、律儀なもんだな」

「ええ、左様にございます。旦那様は、善性の方です」

「……んで、もう一つっていうのは何だ?」

「端的に申し上げまして――人身御供のようなものです」

「は?」

 メイラ・キューは、太朗に向けて深々と頭を下げた。

「……こたびは、私どもの不徳の致すところで、貴方様に大きく迷惑をかけてしまいました。

 主様は現在、他の武器の返却先はどこだと整理をなさっており、とても外に出られたものではございません。なので、私が代理で謝罪させて頂きます」

「あ、いや、ちょっと待て。で何ぞ、人身御供?」

 メイラは少しだけ姿勢をかえ、太朗に上目遣いになるような姿勢をとった。


「――つきましては本日より、主の命令で私は、貴方様の生活を多少なりとも補助し、手助けせよと仰せつかっております。今後は、気軽に貴方様の使用人としてお使い下さい」


 眉間に皺をよせ、口を半開きにしていやそうな顔をする太朗。数秒その状態で硬直した後、

「とりあえず、そこそこの値段の酒屋教えろ」

 と彼女に命令した。多少現実逃避も入っていたかは、定かではない。

 

 

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