バレンタインSS:そんなイベントがあったというのも忘れている日常
次章の前に、そんなイベントもリアルの方ではありましたねぇという感じで
「何ぞ? バレンタイン」
「そ。太朗くん、チョコレート苦手って言ってたから、何か欲しいものあるかなーって」
教室の隅。藤堂太朗と花浦弥生は、隣同士でそんな会話をしていた。
とある私立高校の教室。黒板がわりにホワイトボード、壁は極端に白く、天井からはスイッチ一つで液晶画面が下りてくるといった素敵仕様な学校であるが、昼食などは一般校と大して変わりない。
そんな教室で、島々散り散りになって食事をとっている中だ。
弥生は、太朗の左腕に自分の体を寄せながら、ちょっと興奮したように聞いていた。
「ねえねえ、教えてよぉ。ちょっとくらいならガンバっちゃうよ? ……あ、でもえっちなのは言わないでくれると、ありがたいかなー、なんて。えへへ……」
「ええい、た、食べ辛いからくっ付くんじゃねぇよ、髪の毛にトリートメントのかわりに墨汁するぞっ」
憎まれ口を叩く太朗だが、声はちょっと上ずっている。のっぺりフェイスもこころなしか頬がちょっと赤く、慌てた様子の彼は照れているらしい。ひじが彼女の肉(どことは言わない)に吸い込まれるようにぐにっといくと、いよいよ口に含んだものをぶっと吐き出してしまいそうな顔になった。
「……弥生、それくらいにしてあげな? 藤堂このまま行くと、盛大にいっちゃうから」
そんな二人の正面で、メガネをくいっと上げながら牧島香枝は、コンビニで買ってきたのだろうか、季節はずれのケース入りざる蕎麦(?)を無音ですすっていた。あまりの器用さに太朗が目をひんむく中、弥生は今気付いたとばかりに、彼の腕から離れた。
「んん、なら、えいっ!」
「いらん」
「む……。ならこれは? ……って、こっちは食べるのか」
ごま塩おにぎりを無音で齧る太朗と、手作りと思われる小さなタッパーに入った彩り豊かなお弁当をつつく両者。ミニトマトをあーんしたのを拒否され、残念そうに卵焼きを食べさせる弥生。明らかに、教室中のヘイトをTNTに変換したら、学校が消滅していまいそうなくらいのイチャつきっぷりであった。
「駄目だよ、太朗くん。好き嫌いしちゃ」
「うっせ。てめぇだってグリンピース嫌いだろ」
「いや、嫌いじゃないよ? ただミックスベジタブルの中に居る彼は、ちょっと自分をアピールする場所を間違えているんじゃないかなーって」
「「彼?」」
「音楽性というか、方向性が違う気がするんだよ? ほら、あるじゃん独立とか脱退とかさ。ソロで一品作ったらそれはそれで良いと思うけど、あの食感と香りは三人の中で群を抜きすぎていて、ミックスである意味があんまりないんじゃないかなって。悪い意味で目立ちすぎだよぅ」
「要するに嫌いなんだろ」
「だから、嫌いじゃないよ?」
可愛らしく頭を傾げる彼女。これ以上この話題で進展はみられないようだ。
「もうその話はいいから。でチョコだっけ? 藤堂、こんな可愛い彼女からのチョコ拒否するって、教室中の男子を敵に回してるようなもんじゃないの?」
「うっせ。というか、チョコは色々あんだよ。あんまり聞くなっての」
香枝の追及を拒否する太朗。彼女等はそこから先の情報を得られはしないが、彼の記憶の中には、父親が会社で貰ってきたチョコを食べずにそのまま持っていて、その足で飲み会に行き、お土産に干物を買って帰って来た時、フォンデュ状態になった魚を目の当たりにしたというのが原因である。あるのだが、食事中にする話題でもないと判断して、味覚的にも苦い記憶は彼の胸の内にしまわれることとなった。
「だったら、太朗くんは何がいいの?」
「何がって言われても困るんだが……。ついさっきまで、頭の中では節分の時の豆の残りをどう処分すべきか考えていたところだし」
「アンタんところも残ってるのね……。我が家だと、ワカメと一緒にお米と焚いて食べてるわ」
「香枝ちゃん、大豆さんと仲良いからねー」
「てめぇのその感想が一番わけわかめだよ。何だよ仲良いって。バンドの話の続きか?」
「で、太朗くんは何がほしいとかあるの?」
「んん……」
と、ここで太朗は耳打ち。途端弥生が両手で口を押さえ、恥ずかしがった。
「へ? い、いいけど、えっと、まだ早いというか……」
「半年もしたら普通それくらいすんじゃないのか? よくは知らんが」
何要求するつもりなのよ、と香枝は肩をすくめながら、ポケットから四角形の、コンビニなどで売ってる小さなそれを、太朗と弥生に差し出した。
「あん?」「香枝ちゃん、これって」
「友チョコと、あと義理チョコっていうのも何かアレだから、人情チョコってことで」
「だからチョコ苦手だって言ってんだろ、ポイズン」
「何でポイズン言ったのよ。ていうか、そんなこと知らないしアタシできることないし、する気もないからいいのよ。なんだったら、弥生にあげちゃいなさい」
面倒そうにそれを受け取る太朗と、「ごめん私準備してなかったよ~」と目を回す弥生。
「三月期待してるから」
「適切に安いのを返すぞ」「が、頑張る!」
「何でそう二人して反応が極端なのかしらねぇ……」
何とも色々と個性が極端な二人に、香枝は半笑いで肩をすくめた。
後日。
「そう言えば、あの時藤堂に何要求されたの?」
「へ? あ、えっとねぇ……、いい加減、手くらい繋げって」
「何で平然と腕に抱きつくのに、そっちの方が後なのよ弥生……」