間章6:少なからず相互作用はあったのかもしれない
本日投稿は第25話と間章6となっておりますので、あしからず
オリスハーバ・ペテルの葬儀が終了した後、当たり前のように棺は土中に埋められた。彼の知り合いの女司祭が委細をとりもち、つつがなく作業は終了をみた。彼女の到着まで一週間ほど経過したか。トード・タオが街から消えて、バンクラー家が知り合いの魔術師の手で死体を責任を持って保管していたおかげで、見た目の上ではあれ以上の損壊には至って居なかった。
ともあれ、黒髪セミロングの女司祭は、ビーバスの武器屋で話を聞いていた。
「バンカ・ラナイが持ち出されたと?」
疑問符を浮かべるその顔は、目の端など所々に小じわがあるものの、見た目としてはまだ若い範疇に入るだろう。妙齢、という表現が適切かもしれない。彼女は、不可思議そうに頭を傾げた。
ビーバスは、短い髪の頭をがりがりとかいて、頭を下げた。
「申し訳ありません。盗まれてしまいまして……。わざわざ目の前で」
「まあ元々、私のものというわけでもありませんから、構わないのですけれど」
「それでも、でしょう。……俺は、貴女が親父にあの刀を預ける時の話、いまだに覚えてますよ?」
司祭の口元がわずかに歪む。それを気にせず、ビーバスは続けた。
「元々、エミリねーちゃんが親父に弟子入りしてから何年経ったころか知らないけど、でもねーちゃんは、親父に無理を言われて破門された。ねーちゃんが作りたかった武器を、親父は真っ向から否定して、けなして、設計書とかねーちゃんの持ってた本とか、全部、炉にくべてしまった。ねーちゃんはそれが許せなくて、ここから出ていった。
その後も、ねーちゃんの悪評を流して他のところに行かせなくしたり。ねーちゃんに教えた技術が広まるのを嫌がって、自発的に武器職人とか鍛冶屋の道から身を引くようにしたって。運よく転がり込んだ先の男のヒトもけなしたり、客を奪って商売を難くしたり。元からそういうことしてたらしいけど、ねーちゃんが行ってからより酷くなったって」
「……よく覚えてるわね、貴方」
「その話で説教して、しかもそれがほぼ原因で親父が隠居したとあっちゃ、な」
ビーバス・ペテルはやり場のない感情を持て余していた。彼と父親との間にあった溝は、間違いなくそれが原因だ。姉のように慕っていたエミリ・トゥ・ラナイこと虎内エミリ。彼女と引き離された原因であり、しかも死ぬ直前まで悪影響を与え続けた。何より辛いのは、彼女はそこまでされるほど悪い事をしていた訳でもないのに、まるでさも彼女が悪者であったかのように言われ続け、成長していた己自身にあった。
空に手をかかげ、指先を見つめる。
「ただ、親父に何が気に入らないのかって言ったら、発想があり合えないって。常識を根底からぶち壊す、悪の芽だって言われて、育てられましたから。そうやって考えて居た俺の方もぶち壊してくれたことには、感謝してます。
でも……、複雑ですよ、マキシーム司祭」
彼女は、曖昧な表情を作る。笑みとも困惑ともとれないそれは、内に様々な葛藤を抱えていることだろう。
「でも、そんな親父に武器預けたのって、結局何でだったんですか?」
「……あら、彼女の書き手紙があったはずだけど、どうしたのかしら?」
「いや、親父あの後、それも炉にくべちまって……」
「色々言われて面白くなかったのか、あるいはもう呆然としていてまともな判断が出来なかったのか……。もう七年も前の話だし、手紙そのものを見たのも十年くらい前だったかしら? 私も全部を覚えてはいないのだけれど――」女司祭は、こめかみをトントンと叩いた。「――確か、見せに行くと言う内容だったわね」
「見せに行く」
「ええ。出来上がった刀を。師匠たる貴方なら、何度否定しても私の考えと、この武器とまでを否定することは出来ないだろうと。だから――認めて欲しかったと」
「……そうですか」
沈黙が流れる。女司祭は、当時の事を回想していた。そう、だからこそ刀は、封印を施した上で、彼女の師であったオリスハーバ老に手渡さなければならなかった。その後彼がどう処置するかは別だとしても、それでも彼女は彼に認めて欲しかったのだ。ならば、手渡すべきは彼であろうというものだ。しかし渡した瞬間、あまりにも彼女の名誉と生き方をけなす一言を吐いたからこそ、マキシームはブチ切れたのだ。何を言ったかは覚えて居ない。しかし、すべてが終わった段階で老人が放心しきったように動けなくなっていたことからして、余程相手の心を抉ったのだのだろう。
「でも、それは拙いですね。貴方の話が本当なら、武器が渡った相手は『魔王』か、それに準じる程の人物だと。とすれば封印は当然解かれていて当たり前で、何が起きるか分かったものではありませんね。
特徴は、白い頭に――おや?」
女司祭が話を続けようとすると、武器屋の戸がたたかれた。急いで入ってくるは、やせ細った換金所の魔術師。
「た、大変です委員ち――」彼女に殴られ、男は言い直す。「……大変ですマキシーム司祭! さきほど、ティルティアベルの死体の山が森の奥で発見されました! まるで剣で斬りつけられたような、無数の切り傷が――」
「あら、もう何か動いていたみたいね……。申し訳ないけど、お話はまた今度で」
「いえ、わざわざありがとうございました」
頭を下げるビーバスを背に、マキシーム司祭は店を足早に後にする。彼女も彼女で、立場上色々忙しいのだ。聞けば巡礼中にトラブルが続き、戦地で引き取った義理の娘にすら会えないでいると言う。多忙は人間性を殺す、を地でいく生活の女司祭であった。
「……魔王か」
ビーバスは、壁に取り付けてある手甲を見て、ため息をついた。バンドライドの家から返却されたそれは、爪のついた色々な用途に仕える手甲。その本来の持ち主であるはずの青年の言葉を反芻しながら、何とも言えない気分にひたる。
トード・タオ。彼に少なからず違和感が残る。隠居してヒトが変わったようになった己の父親と、親交を持っていた彼は、果たして本当に魔王のような存在なのだろうか。自分の目が信じられずとも、それだけで充分判断基準にできる。それもこれも演技だと言ってしまえばそれまでなのだが、実際あの場で何故ああも、あおるように振舞ったか。彼に対する怒りはくすぶっており、未だに晴れる兆しはないのだが――だが、わずかに変なしこりのようなものが、ビーバスの心中には残っていた。
「……ま、そんなこと思っても仕方ないな」
一度伸びをして、彼は気分を切り替える。そうだ、魔王すら倒せる武器を作らねばなるまい。そのために、彼は心血を注ぐ覚悟を決めたのだ。
ならばまず何をすべきか。武器として魔王に対処したのは、邪竜を殺した勇者が持っていた武器と同様の「聖武器」と呼ばれるものだ。聖女エスメラが打ったとされるその武器。実際目に掛かった事はないが、おそらく相当なものなのだろう。そこまでのものが作れるか不安には思うが……、しかし彼に迷いはなかった。
そんな時である。店の戸が、勢い良く蹴り飛ばされたのは。
「おうおうおう! ここですかここですかここですかぁ? お兄様が迷惑かけたっていうお店はお店はお店はぁ!」
謎のハイテンションで登場したのは、洗練されていない只の金属の板をごてごてと貼り付けたような、変な鎧を身に纏う少女。年齢は十代中頃か。妙に元気が良く、ぶんぶんと両手で持った木の箱を振り回していた。
ビーバスは、眉間に皺を寄せた。「何だい、冷やかしかいお嬢ちゃん」
「冷やかしじゃないぞ冷やかす意味がないぞ冷やかすわけがないぞ! 今日はお礼参りに来たのだ! ビーバス・ペテル! 今朝方からどっかに行っちゃったメイラさんから事情はかいつまんで聞いているさ!」
カウンターのようになっているテーブルの上に箱をどん、と乗せて、彼女は頭を下げた。
「このたびは、我が兄ゼッグ・ハンドラーと、父上のバンドライド・ハンドラーが迷惑をかけた!」
「ん? ……へ、お嬢ちゃんひょっとして」
「ああ、妹だ! チャリオ・ハンドラーだ! チャリちゃんとでも呼んでくれ!」
頭を上げて、元気ににぱっと笑う少女に、ビーバスは戸惑う。女性に免疫があるとかないとかではなく、彼女がこの場に来た意味が全く理解できないからだ。だがそんな困惑お構いなしとばかりに、チャリオは箱を開けて、ビーバスに見せつけた。
「何でも、魔王を殺すための武器をつくるとか言ってるそうじゃないか! だったら、これを見るべし読むべし理解しろ!」
「ん? ……っ! こ、こりゃ……」
ビーバスが驚くのも無理はない。それは、多少劣化しているが間違えようもなく、「ルーズリーフ」である。虎内エミリが設計図などをかいたりする時にちょこちょこ利用していたそれだ。彼も当然見覚えがある。彼の知っているものは、父親が全て燃やしてしまったはずだったが、その物体が何故ここに。
そしてそこに書かれていた絵は、彼にとって未知のものだった。翼のような剣だとか、先端が膨れ上がった槍だとか、独創性に溢れた、らくがきのような、それでいてある種の法則性に従ったような、そんな絵の数々だった。
「お嬢ちゃん、これは一体――」
「私の絵の先生みたいな人が描いてくれたものだ! 武器というならこれだろうということで、持ってきた!」
胸を張る少女。もう一度、その紙を良く見るビーバス。その左下には、彼には読めないがきちんと日本語で「虎内エミリ」と書かれた名前があった。だが読めないまでも、ビーバスはその絵のタッチが、どことなくエミリのものであると理解する。
「お嬢ちゃん、嘘はだめだ。これは少なくとも二十年近く昔のじゃないか!」
「失礼だ無礼だ恥をしれ! 私これでも二十四だぞ!」
「は!?」
「その驚き方は失礼通り越して酷いぞ! 泣くぞ私はそれ以上されたら適齢期過ぎてるのに……」
開いた口が塞がらないビーバス。全く想定もしていなかったところで、全く想像もしていなかったものが手に入ってしまった。彼は彼女とエミリとの関係をいぶかしむが、しかし実際は何ということはない。
虎内エミリと、チャリオ・ハンドラーとは、かつてのガエルベルクで接触があったのだ。父親が娘を砦につれてくることはないため、王宮かあるいは町中か。
「本当だぞ? ぬぼーってした顔した変なお兄ちゃんと、両目に何か変な丸くて薄いのつけたお姉ちゃんとかと一緒にいたんだぞ先生は!」
無論、そんな話をされたところでビーバスに真偽がわかるわけもない。
「ま、それは置いておくとしてだな! だな! 一つ提案があるのだ」
「提案?」
「ああそうだ! 私は、先生の武器というのがどんなものか、一度でいいから見て見たいんだ! もう随分前の話になるけど、こんなヘンテコリンな武器ができたら、いいじゃないか!」
「生憎とその感覚はわかんねーけど……」
「だからな! ものは相談なんだが……、材料とかも一部はこちらで持つ、妖精とかが必要になるならやっぱり頑張る。だから――」
チャリオ・ハンドラーは前かがみになって、上目遣いで彼の目を覗きこんだ。
「私と一緒に、この世界で、まだ誰も見たことのない武器をつくってみない?」
その言葉は、ほぼ虎内エミリが鍛冶師バンクラーを口説いた時の文句と同じものであった。
そんなことは全く知らないが……、しかしビーバスは、呆れ半分でその提案に承諾した。