第25話:愚かな彼も何かを学ぶ
ふらふらとした足取りで、太朗たちの方へビーバスは歩く。ふらついているものの、しかし前進を止めない。小屋のあった方へ向かって足を踏みしめるビーバス。
「……何だよこれ」
声に生気はない。現状を受け入れられない、と声音が語っていた。背中から武器ががしゃがしゃと落ち、彼は、父親の骸にすがる。
「おい、親父」
反応はない。虚空を見上げたその目は、どこも見ては居ない。後は朽ちて崩れるだけのモノである。一目でそれとわかるほどの重症を負っていたのに、何度もゆさぶるビーバス。何度も、何度も、何度も。ようやく反応がないと理解すると、彼は、父の服の胸元をよせ、泣き、縋った。
「……何でだよ、親父ぃ。アンタ、司祭様に言われたじゃねーかよ……。ねーちゃんの分まで、死ぬ事は許されないってさ……」
太朗は、ビーバスの言葉の意味を詮索しない。ただ、黙ってオリスハーバ老の、まぶたを閉じた。
そして、突如飛びかかるビーバスのそれも、無抵抗で受け入れた。
「――何でだよ、何だよ!」
太朗の服を、がんがんと揺さぶるビーバス。レコーが止めに入ろうとするが、太朗はそれを制する。
「何で、トードが生きてるのに、親父が死んでんだよ!」
「……俺の方が死んでた方が良かったと?」
「そうじゃねぇよ! お前が……、お前が行きているなら、親父は何で死んでるんだって話だ!」
叫ぶビーバスは、言ってることが多少混乱している。だがその上である程度の冷静さを持っているのか、その言葉は、案外と太朗の胸を抉る。
「手を出さないはずじゃなかったのかよ! わけわかんねぇよ、何でこんなことになってるんだよ……、何で、みんな死んでんだよ! 何でお前は……」
「――この人は、関係ないと思う」
「そうじゃねぇだろ! 絶対、こいつは親父に会いに来たんだろ! 俺は、親父に報告に来たけど、お前もそんなもんだったろ! なら――なぁ何で間に合わなかったんだ? 教えてくれよ、トード」
「……」
言っている事そのものは混乱している。だが、それは改めて太郎の認識の甘さを指摘しているようでもあった。理由があったから、太朗は積極的に事態解決に走らなかった。だがもし、太朗がもっとすすんで兵士たちと関わっていたら? バンドライドと接触をもっていたら? オリス老と昔話をしたりしていれば? レコーという情報端末がある以上、またそれは違った展開が生まれたかもしれない。それこそ、邪竜の時のように、街の住民を皆救った時のような――。
「……なあ、何なんだよ、本当によ」
彼の言葉からは、やり場のない感情が溢れていた。当り散らす先を見つけられない。そんな悲痛さが、太朗には痛いほど伝わってきた。
「……親子仲は、悪かったと聞いたが?」
「関係ねーだろ、そんなの」
太朗は知らない。オリス老とビーバスとの間に何があったのか。彼がねーちゃんと慕う彼女――おそらくクラスメイトの虎内エミリのことだろうが、彼女との間にも、何があったのかは。ただ、その一事がなければ、オリス老とビーバスとは良好な親子仲であったのだろうと、想像はついた。
声もなく、太朗の胸に頭を打ち付けるビーバス。彼の心は、折れてしまっていた。太朗は、その気持ちがよくわかる。弥生や阿賀志摩のことを考えるたび、脳裏によぎるのだ。既に二十年たっている現在、ひょっとしたら彼にできることが何一つないかもしれない時。阿賀志摩と弥生が、二人して幸せにくらしていた場合だ。助けることもできず、復讐することもできず。阿賀志摩の性格からしてその可能性はあまり高くないと思って居るものの、もしその状態が現在であった場合、間違いなく太朗は、自身の存在が折れてしまうことを理解していた。
レコーは、太朗と違い彼を無感情に見下ろすばかり。太朗の方を見て、そして背後に走った。
「……元はと言えば、我々の責任ですか――っ!」
バンドライドの息子をかかえ、女中たる女性が頭を下げようとするのを、レコーが即座に防ぐ。後ろに回りこみ口を手で押さえ、発言そのものを出来なくした。
「――黙って。あなたたちは、このあと保障すれば良いから。逆にここであなたたちを一番に悪くすると、彼が受け入れてくれないかもしれない」
「――!?」
「――魔王によってとりつかれたゼッグ・バンドラーと、その魔王の信者を雇い入れた貴女の主が悪いのは確か。でも、そうしては後々不都合。その事実を伝えるにしても、今は、駄目」
ぎょっとした顔で振り向く女性。もたらされた信じがたい情報であるが、レコーは無言で耳打ちする。そこによどみなど一切なく、また衰弱しているゼッグ坊ちゃんが動けていたことにも、一応の説明はつく。それゆえに、何故その話を自分だけにするのか、メイラにはわからなかった。
一方のレコーは、わかっているのだ。この後太朗が、どういう行動を取るのかということを。伊達に彼のサポートを名乗って居ない。
「……お前の親父を殺したのは、勇者に殺された魔王の信者達と、復活しかかってる魔王本人だ」
ビーバスをはがし、太朗は立ち上がる。身体をはらい、ぐしゃぐしゃな顔のビーバスを見下ろす。まるで、見下すかのような笑みを浮かべ、太朗は続けた。
「つまり――俺の『同類』だ」
嗚呼。ここにきて太朗は、自らを「魔王」と自称する。それがビーバスにとってどのような意味を孕むかを、理解していながら。一瞬目配せをし、女性にアイコンタクトをとり、再びビーバスを見下す。バンカ・ラナイを持ち上げ、彼は酷く嫌な笑みを浮かべた。
「あれの目的は知らんが、早々にこいつを渡しておけば、命までとられるような事態にはならなかったろうになぁ。ま、こいつは俺が貰っていくが」
「――は?」
「そういうことだ。ニンゲン」
女性、メイラ・キューは詳細を知りはしない。だが、少なからずあの傭兵たちを撃退したのが、太朗だということくらいは理解できる。そしてレコーの言葉を含めての、太朗のこの言動。その意図するところに、他人事ながら彼女は胸を痛めた。
「あれがいらぬというからな。これは貰っていく」
「…………返せ」
再起動に時間こそかかるものの、しかしビーバスの胸には、ふつふつと、さきほどまでとは違った感情が湧いてくる。
それは、明確な敵対者に対しての、怒りの感情だ。
「何だ?」
「――返せと言ったんだ! それは、ねーちゃんと親父の形見だ!」
その場に転がっていた武器を手に取り、ビーバスは太朗に襲い掛かる。
嗚呼しかし悲しきかな。彼が両手に持った剣は、ことごとく太朗に蹴り散らされる。驚愕で動けなくなっているところに足払いをくらい、両手を後ろに回され肩に足をひっかけられた。ちょっと力を込めれば、そのまま腕が外れる体勢となっていた。
「もろいな、ニンゲンは」
「この――、この、この、このっ!」
「無理に動くな、外れるぞ?」
足に力を入れる太朗。途端、ビーバスは悲鳴を上げた。それを聞き、一瞬悲しそうな顔をしたものの、太朗はニヒルな笑みを浮かべた。
「もし、我等魔王に勝ちたいというのなら――あがけ。せいぜい、足掻くといい。それでどうにか出来るものならな」
ビーバスを蹴り飛ばすと、太朗はレコーを招き寄せる。ぴょん、と飛びはねて太朗にお姫様抱っこされ、そのまま太朗はビーバスにぼそりと言った。
「死ぬなよ。生きろ」
その声は、果たして届いたか届いていないか。彼が起き上がるのと同時に、太朗たちは、テレポートでその場から消えた。
「……やってやる」
ビーバスは、折れた己の剣を手に取り、怒りを体にみなぎらせて叫んだ。
「やってやる。俺は――いつか、お前等魔王すら駆逐できる、最強の武器を作ってやる!」
血が滲むほど剣の柄を握りビーバスは、空に向かって盛大に吼えた。
その様を身ながら、女中メイラは、心中で太朗に深々と頭を下げた。
※
「――無茶する」
「自分の尻拭いだ。そりゃま、盛大にするさ」
山頂にて太朗は、足元に下ろしたレコーにそんなことを言う。「今回のは、俺のミスだ。だから俺を憎んででも、あいつには復活してほしかった。ただそんだけだ」
「――だから、邪竜の時も言った。そもそも藤堂太朗が、そんなこと気にする必要もないし、関わる必要だってなかった。前回はともかく今回は間接的に被害にあっただけで、別にそのまま逃げたって良かった」
「んー、ま、究極的にはそうなんだろうが……」
「――なら、何故関わった? 藤堂太朗は、何を求める?」
太朗は、即答する。「わかるかボケ」
「――即答の割に何でそれ?」
「知らんな。ま、強いて言えば――何ぞ、ムカツク」
「――むかつく?」
「目の前で困ってる奴が居る。そいつに対して、多少の義理がある。その状況下で、何もやらないのだとすると、それは、俺自身に腹が立つって言ってんだ」
「―― ……傲慢」
そう言って、レコーは姿を消した。彼女に伝わるかはともかく、太朗はオーバーに肩をすくめた。普段よりも鬱屈した表情で、彼は腰を下ろす。
「傲慢で結構だ。別に、目に入る奴全てを助けられるなんぞ、過信しちゃいねえよ。ただ、最低限通すべき筋を通さなきゃいかんだろって話だ。
俺が率先して動けば、もしかしたらじーさんは死ななかったかもしれない。ならそれが原因で再起不能になりそうな奴に恨まれるってんなら、別に大したことじゃねーだろ。むしろ、感受すべきことだ。
それより、あの女中? に色々言ってたみたいだけど、何ぞ?」
『――最低限事情を説明しておけば、自動的にバンドライド・バンクラーまで情報が伝わる。そうすれば、あちらも多少なりともビーバス・ペテルに対して保障をする気になると判断。逆にそれがないと、責任逃れに走る可能性がある』
「どういうことだ?」
『――バンドライド・バンクラーが、結構情に脆いということ』
「そっか。そこは、素直に礼言うわ。あんがと」
『――えっへん』
言いながら、太郎は空を見上げた。むごたらしい惨状の発生など一切関係なく、太陽は今日も空に登る。雲に覆われることもなく、今日明日はこのまま晴れが続くだろう。彼は肩をすくめて、両足を組み、手を重ね。
「……でも、ま、簡単にはままならねぇんだよなぁ」
深いため息を吐きながら、彼は意識を集中して、瞼を落した。
まだ街を立ち去らない理由:やり残したことが一つ残ってるから