第24話:進んで何かをすることが必要とされるのなら
今日は一話。
微グロ注意?
「魔王?」
「ああそうだ……って、堅苦しいのはここまでにするよ? うん、そうだよ、同類さん」
突然口調の砕けた男に、太朗は違和感と同時に果てしない疑問を抱いた。やんちゃな少年のような笑みを浮かべる、魔王。太朗も確かに、一部でそんな呼ばれ方をされているらしいが、しかしそんなもんになった覚えはないし、名乗った覚えなどない。ならばそれは何かと考えれば、人工呼吸終了後のレコーが太朗に耳打ちする。
「――おそらく、半精霊という意味ではないかと」
「半精霊? って、ことはアレも竜を殺したってことか?」
「――竜と言うよりは邪竜かと」
宿木の魔王を名乗った男は、にこにこ笑いながらバンカ・ラナイを見る。「そこの隣にいるのは精霊さんかな? 初めて見るんだけど、へぇ、可愛いんだね」
男の言葉を無視して、レコーは女性を担いで、いそいそと移動。げほげほ咽る女性の足を引きずる形になるが、太朗たちから距離を取る。この後の展開を予期してのことだろう。そしてそれは正解だった。
男が刀を抜いた瞬間――太朗の方に、無数の斬撃が迸った。
「あん?」
服と、身体に切れ込みが入る。だが服はともかく、太朗の体に出来た無数の傷からは、血が吹き出さなかった。ただただ白い煙を上げて、切断された箇所は吸着し、何事もなかったように再生。その有様は、確かに人間よりは魔王じみた光景といえた。
刀を再び鞘に戻しながら、魔王は何度も頷く。
「うん、やっぱり錯覚じゃなかったみたいだね。しかし僕より性能の良い身体をしてるじゃないか。うん」
にこにこと微笑む男と対象的に、周囲の信者達は驚愕を露にした。本来なら肉片になるだろうそれが、意味の分からない方法にて修復されたのだ。反応としては妥当なところか。そんな彼等を横目に一瞥してから、魔王は言う。
「ねえ、遊ぼうよ」
「あん? ――っ!」
また剣を抜く魔王だが、今度は太朗も対応した。一瞬だけ見える刀身。と同時に、彼に向けて二重、三重に折り重なった斬撃が飛んでくるのが察知できる。速度が速すぎて太朗の意識で負いきれないが、ざっと五十くらいは、ピアノ線のように細い攻撃が展開されているのではなかろうか。それらに対する太朗の反応は、後退。攻撃自体が届かない位置に行けば良いという発想だが、残念、攻撃範囲はまだまだ広がる。半径の拡大に伴い、背後で拍手をしていた信者たちが何人か巻き添えを食らうが、そんなこと関係なく男はにこにこ笑う。
「あはは、ほらほらがんばりな?」
太朗の背後には、レコーと女性が居る。当然引くわけにもいかず、彼は思いっきり、その斬撃を殴りつけた。竜に対してもKO出来るその拳は、流石にピアノ線のような連撃の貫通を許さない。しかし繰り出される数が数であり、太朗の拳も休まる暇はなかった。
無言で繰り返される、斬撃と拳の連打。既にそれらが壁のようになっており、両者はそれぞれ違った表情を浮かべていた。魔王は満足げな笑み。太朗は苛立ちだ。現在のわけのわからない状況に対しての、ということもあるが。
「やんちゃ坊主か、てめぇ――このっ!」
彼は、後悔していた。
このわけのわからない事態を招いてしまった原因は、自分に一端があるのではないか。人が死ぬ。わけのわからないカルトを何人か、現在進行形で含めてもいい。オリス老が死んだ。この事実に、太朗は憤っている。老人を殺したものたちにだけではない。この事態を、防げたかもしれないほどの能力を持ちながら、何一つそれを果たせなかった己自身に、だ。
徐々に距離をつめる太朗。
その思考は、傲慢だといえる。能力がいくら規格外だろうが、異世界に来てから数ヶ月とちょっとの感覚しかもたない現代の十七歳に、何ができるというのだろう。経済を知らず、人心の傾向を知らず、時代を知らず社会を知らない。趣味で収拾していた浅く広い知識のみで、何を成せると言うのだろう。友人すら多く持たず、他人の行動原理すら未だ多く解せず、そして自身の命すら守りきれなかった少年に。
しかし、それでもなお太朗は激昂する。
一歩、一歩踏み閉める激情。お互いの距離が一メートルをきる。
そして敵に対し、斬撃をほんの一歩上回り、男はその顔面に向かって拳一つの通過を許した。
しかし――。
「言っておくけど、そのまま殴ったら死ぬよ? この男」
その言葉で、太朗は静止させられた。レコーに治療されているはずの、女性の顔が頭の裏に過ぎる。瞬間、斬撃によって彼の身体は弾かれた。前面に細かすぎる傷跡を残し、太朗は強制的に後退させられる。
徐々に再生している太朗を見つつ、魔王は、にたりと笑った。
「やっぱりすごいねぇ。あ――そうだ、決めた!
僕、君の身体を『もらおう』」
次の瞬間、男の体内からどす黒い何かが噴出したのが、太朗には知覚できた。その両目は爛々と輝いており、太朗の胸に吸い込まれていく。突然のそれに咄嗟に反応できなかった太朗。そして、全身に名状しがたい悪寒が走った。
「な、何ぞ――っ!」
『おお、すごいねこれ』
先ほどの魔王の声が聞こえると同時に、経っていたバンドライドの息子の身体が力なく崩れる。その顔からは水晶のようなものは消え、所々火傷跡のようなものが現れていた。
「てめ、一体何を――!」
『言ったろ? 僕は「宿木の魔王」だって。僕の本体は忌々しい二人の勇者によって、既に欠片も残っていないんだけどさ、呼び名からして想像つかないかい?』
くすくすと笑う声が、自分の口から聞こえてきたことに、太朗は猛烈な拒絶感を覚える。
「なに、今になれるさ?
――馬鹿言ってんじゃねえっ!」
自分の口から全く異なる声が出る。その事実事態、太朗として相当受け入れがたいものであるらしい。だが自分の口を押さえようと手を動かそうにも、がたがた震えて既にそれどころではない。体の筋肉や神経などから(そんなものまだ残っていればの話だが)、徐々に感覚が抜けていく。そしてその度合いに応じて、はきはきと、バンカ・ラナイの元へ向かって進んでいった。
「ははっ。んー、すごいね君の体。はてしなく馴染むよ。まるで『元の個性と呼べるものが、全部放棄されている』ような、ゴーレムの素体みたいな感じだね。だけど半精霊だと。でも――まだ僕より弱いかな?」
にこにこと言い終えた後、歯軋りをする太朗。前者が宿木の魔王だが、既に体の支配権は奪われているらしく、すんごい形相をしたのっぺりフェイスの頭を適当にとかし、リーゼントを直されていた。
「ん。気に入った。この体なら、どんな勇者が来ても絶対負けないね。
……君、名前は何ていうんだい? せっかくだから、意識が死ぬ前に聞いておいてあげるよ」
武器を拾いあげながら、魔王は太朗に問いただす。と――。
『――どうやら、情報共有までは出来て居ないとみえる』
「ん? 何だいこれは」
レコーが太朗の意識に、情報を提供した。その声は宿木の魔王にも届いたらしい。違和感を感じ、宿木の魔王は周囲を見回す。さきほど一時避難させられた女性と青髪の少女の姿が、どこにも見当たらなかった。
『――女中、メイラ・キューはアストラルゲートの中に入れた』
いや入れたって。
『――常人の精神は入ったらもたないので、無理やり意識を停止させた。脱出と同時に再開される見込み』
「ん? ん? 何だい、君は誰だい?」
魔王の言葉を無視して、レコーは太朗に話しかけ続ける。『――条件開示、開放。“宿木の魔王”の葦。“聖斧の勇者”と“聖鎌の勇者”により討伐された、大陸史上、第二の魔王が意識の断片。意識の欠片。本体が破損した場合、分解した己を起点に多生物の肉体と魂を完全掌握し、自身のものとすることで再起を計るための――』
「ちょっと待て、なんでそんなこと知ってる!? 君は一体どこから話しかけて居る!」
レコーの声は、当然周囲には聞こえない。ゆえに取り乱した魔王に対して、信者たちは困惑していた。と、太朗の胸のあたりから出現した半透明な腕が、彼の左目の下をなぜる。水晶状の器官に、その手、というかレコーの手は爪をたてた。
「がっ! ちょ、何するんだ君は――!」
『――ベースの種族は半霊族。他の生物と共生して元素をわけてもらうタイプの魔族。本来は肉体があり、そこから精神のみを飛ばすという形式をとっているが、既に肉体がないため、このような形になっている。魔王になった結果、それは共生ではなく支配になり、取り憑いた相手の心を殺して、肉体を我がものにしようとしている。
そして、種族の性質として取り付かれると、目の下に水晶状の器官ができる』
「は、剥がそうとするなっ、痛いじゃないかっ! というか何でそんなこと出来るんだ、普通絶対にこれ破壊できないはずなのにっ!」
レコーの手を掴もうともがく太朗の体の魔王も、しかし半透明なレコーの腕には、文字通り接触する事ができない。なおも水晶を剥がそうとするレコーに、魔王はついに地面を転げた。
「「「魔王様!」」」
多くの信者達が、魔王の身体を解放しようとする。が、しかしそれらは無駄でしかない。
『――藤堂太朗の基礎能力ではじき出せないのは、そもそもこの憑依自体が多生物の身体を害する目的によってつくられた概念ではないから。でも、鱗の時の要領で取り出すことは出来ますよ、御主人様ぁ!』
「ならせっかくだし、やってみるか。
――な、何だって!?」
痛覚でどうしようもなくなっていた魔王。しかしレコーに応答した太朗のその一言で、それどころではなくなる。太朗はすぐさま、魔力を自分の体の中に押し込めた。体全体に浸透している黒い靄のようなものを、強制的に外にはじき出そうと言うのだ。邪竜の鱗のときとは違い、体内で循環しているわけでもないので、もっとテキトーな感覚でやっている太朗。実際、彼の体表面から、黒い靄がどろどろと出現しかかった。
「や、やらせるかっ!」
と、魔王もそのまま黙っているわけではない。バンカ・ラナイを抜刀し、太朗の体に腕につきつけた。瞬間、間近だからよく見える。刀身がわずかに見た瞬間、鞘と鍔の間の空間に亀裂が走り、拡大し拡散し、周囲に飛散したのが。それこそが、バンカ・ラナイに搭載された魔術。見えた刀身の範囲を中心に、周囲の元素を刃状に変換して打ち出す魔法。超強力なエアカッターとでも言えばいいか。しかし打ち出されているものは、元素というより空間の亀裂である。当然、その刃は太朗の身体を含めた信者たちに襲いかかる。熱心に縋っていた兵士の仮面、鼻から上が右目の中心にそって斜めに切断され、ずるりと太朗の頭に落ちる。当然それ以外にもだいぶ血なまぐさい光景が展開されているが、しかし太朗の視界に入るのはそれだけだ。
太朗の肉体も、当然のように切断される。顔面に縦の切れ込みが入り、目の水晶が半分暗転。しかし数秒で再生されるあたり、やはり彼の身体はバケモノじみていた。
「こ、これだけやれば――」
『――残念でした』
魔王は、いくら太朗の体の性能がよかろうとも、ある程度傷つければ抵抗はされないとみていたのだろう。しかし実際は関係ない。レコーと太朗がそれぞれ別別に動いているというのも理由の一つだが、太朗の感覚からすると、グロテスクさが苦手と言うだけで、痛覚的にはちょっと足挫いたくらいのダメージしかないのだった。そしてレコーにより水晶が砕かれ――魔王は叫び声を上げた。
「ぎゃああああああああああっ!」
『――息子を潰されるほどの痛み?』
太朗は思わず、支配権を取り戻した左手で自分の急所をきゅっと隠した。
もはや太朗の体に憑り付いているどころではないのだろう。魔王は急いで彼の体から飛び出る。黒い煤のような、靄のようなそれは、空中でうねうねと動きながら、苦悶の声を上げていた。
「ま、魔王さま、こちらに――!」
両手を広げる頭の体に、魔王の煤は吸い込まれる。仮面の下半分開いた部分に、ヒビの入った水晶が浮かび上がり、魔王はぜいぜいと、地面に足をついた。周囲の信者たちが肩をかし、太朗を取り囲む。一方の太朗も、既に立ち上がっている。破損した服もいつの間にやら完全再生。せっかく外されたリーゼントもどきを再度テキトーにセットして、バンカ・ラナイを左手に持った。
「なあ、アンタ何で武器を集めていたんだ? それだけ正直意味がわからんのだが」
「殺せ! 僕の大事な大事な水晶を傷つけて、只で済むと思うなよっ!」
「何ガキみたいに拗ねた声出してやがる。仮にも魔王なんだろ?」
『――魔王(笑)』
「おい」
『――というのは冗談にしても、“宿木の魔王”の葦は元々の年齢を分散させているようなものだから、全体的に幼い。あとやんちゃ』
眉間に皺を寄せつつ、太朗は手元のバンカ・ラナイを見る。
『――条件解放。妖精剣、バンカ・ラナイ。
製作者はエルフのバンクラーと、ノウバディの虎内エミリ』
「……その話は、後で聞こう。まずは、あいつらだ」
見知った名前を聞き、太朗は眉間の皺を深くする。そして特に意識したわけではないが、太朗はそっと腰を落し、右手で刀を抜けるような姿勢に構えた。所謂抜刀術とか、居合い抜きの構えである。一撃の範囲があまりに大きすぎるこの刀には、これが一番適切な使い方だろうと、判断したのだろう。唾から先、刀身の先端に向けて斬殺攻撃が放射されるなら、放射回数が少ないうちに納刀してしまえという発想だ。
襲い来る信者の兵士たちに、太朗は刀を抜く。全ては抜かず、部分的に抜き、斬殺のレベルを落した。彼の瞬間的に知覚出来る範囲で、既に五本ほどの斬撃の線が知覚できる。それらを、太朗は強制的に魔力を用いて、兵士たちの即死コースを回避するようにした。
「……ッ、何故、それが調整できるんだっ! 君は!」
ある者は足の肉が抉れ、あるものは鎧と武器が著しく破損し、またあるものは脹脛に穴を開け。直接大事に至って居ない状態を見て、怖い表情ながらもほっとする太朗。
「……やるか?」
「……そうだね。今日は引かせてもらうよ。君も殺すつもりはないだろうしね」
倒れた信者たちを拾い上げ、魔王はくつくつと笑う。どういう理由か多少なりとも余裕を取り戻したらしい。
そんな彼に向けて、太朗は言う。
「一つだけ言っておく」
それはこの世界に来てから、復活後含めて受動的に考え流され動いていた太朗が、花浦弥生以外のことで初めて積極的に言った言葉だった。
「無茶苦茶をしないなら、俺は別に誰がどうなろうが、俺の目的に関わらないなら、そこまで目くじらは立てない。多少のことなら感受できなくはない。だがな――」
右の拳を握り、指を立て、太朗はそれを魔王に向けた。
「――限度を知れ。この一事のようなことを万事に当てはめるのなら、俺は、容赦しない。次に会った時が、お前の最期だ。何かあれば、お前や、お前の分隊全てを、探し出して『叩き潰す』」
「……そうかい。なら、こちらからも一つ。
君と、君についてる精霊は――おかしい。存在自体がこの世界からして、狂ってる」
「てめぇ程じゃねぇさ」
太朗のその言葉と同時に、魔王を中心に集った信者たちは、赤い光に包まれ、姿を消した。
後には、日が昇りかけている空の下、血なまぐさい惨状だけが残された。信者たちは己等の仲間の死体は回収しなかったらしい。しかし武装などが綺麗さっぱり見当たらないあたり、徹底していた。
「……何ぞ消えたし?」
『――ダンジョンを利用した空間転移』
「ダンジョン……、マジでゲームだな。ってか、結局何で武器集めていたかとか、わかるか?」
『――情報不足により、閲覧不可』
「そうかい。……はぁ」
どしゃり、と地面に五体を投げ出す太朗。身体的な疲労感はあまりない。だが、精神的にはだいぶガリガリ削られた。
「――坊ちゃま!」
そんな彼の頭上にレコーと女性が出現。女性はバンドライドの息子の下へ駆けて行く。己も無傷ではあるまいに、それすら気にしていない。
それを無表情に見つつ、レコーは太朗の背に手を回し、抱き起こした。
「……はぁ」
「――ため息は幸せがプリズンブレイク」
「謎の造語作ってんじゃねぇよ。……つか、何ぞこの停滞感」
「――単純なショックだと思う。ただ、もう少し起きていた方がいい」
「あん? ――ッ!」
レコーが指差す方角を見た太朗。そこには――。
「……トー、ド?」
いくつかの武器を背負ったビーバスが、まるで小屋に向かってやって来たという風な感じで、太朗たちを見ていた。