第22話:何か文句でも?
「収集家の話だ? あんまりねーぞ、んなもん。兵士というか、武将としちゃ有名だけど、収集家の話はさっぱりだ。聞いたところによると、親バカだとか、傭兵とつるんでいるとか、なくはないがな。行きつけの店の店主が、家宝とられたって血の涙流してた」
「傭兵?」
「ああ。詳しくは知らないが……、良い噂は聞かないな。傭兵団“旅人”については」
甘めの赤ワインを飲みつつ、太朗は酒場にて猟師達から情報を集めていた。ハンドラーに至る道をどうすべきか考えた結果、まず少し情報を集めようという運びになった。レコーによる情報開示を期待しても、最低限元になる情報がなければ望み薄である。それゆえ、本日一日分の働きが全てパーにして、彼は多くの男達から話を聞いていた。
スキンヘッドの男が、太朗に笑いながら言う。「というか、それを聞くと言うことはアレか? お前、入りたいのか傭兵団」
「生憎と自分の兵力を売るほど軽はずみに動けないもんでね。そういうんじゃねぇ。ま、それこそ言うだけ無意味だぜハゲ」
「ハゲ言うなっての! こりゃこの間、ワートリーに斬りかかって……」
「燃やされたんなら軽はずみに動くなって、わかんだろ流石に。毛の種まで燃え尽きてないことを祈る」
「そうだそうだ、ハゲの髪の毛の復活を祈って乾杯!」
「「「乾杯!」」」
「てめーら覚えとけよぉッ!? ちくしょう乾杯ッ!!!」
ちょっと涙目になりながらも、坊主頭をたたきながら乾杯に参加する青年。酒の席なためか、遠慮は一切ないのに連帯感が生まれていた。飲みニュケーションなる得体の知れない概念は断固として拒絶している太朗だが、確かに一理はあるのだな、と納得はした。
『――納得したくなさそう』
うげ、という顔を一瞬してから、再びニヒルな笑みに戻る太朗。気分が高揚するわけでもなく、やはり彼にとって酒は嗜好品にはなりえていないらしかった。
『――その割には呑んでる』
「未知との遭遇だったからな。さて、でその“旅人”だったっけか? なんか妙に一般名詞すぎて良い気分がしない感じの名前だけど、何かやらかしたのか?」
「何か大事件起したとかじゃねぇな」
弓を調整しながら酒をあおる猟師の親父が、太朗の言葉に苦笑い。「ただ、細かいところが全然駄目だ。こういう酒場に無理やり押し入って客を追い出して呑んだり喰ったりしたとか。金払いは倍出したらしいから店の方と揉めた訳じゃない。客同士は反発したりな」
別な傭兵が続く。「俺が見たのだと、収集家と一緒に武器屋に押し入っていたな。そこの店主は断固として無視してたけど、店の中占領し続けて、商売できなくしたりとかな。えっと、アレだ。換金所に近い――」
「そりゃ知り合いの店だな。……何とも物量にモノを言わせたことしてんな」
おそらくビーバスの店だろう話を聞いて、太朗は肩をすくめる。他にも、町娘をかこって進路妨害したり、ティルティアベルの討伐を理由に狩場を三日間独占したり。悪評が微妙というか、地味というか、みみっちかった。だがみみっちかろうが何だろうが、悪評が立つだけのことはしているらしい。
「まぁこのマークが目印だ。これを装備に彫りこんで居る奴がいたら、注意しろよ?」
お開きの際に猟師の親父に手渡された木札を見て、太朗は頭を下げた。店を出て、月光に照らし出されたそれを見る。左手だ。左手を抽象化したような図が、幾重にも折り重なり円を描くように配置されている。そんな奇妙なマークは、どこか円陣を組んでいるように見えなくもない。
『――条件開示、部分開放。カルト“愚者の旅人たち”』
「……カルト?」
『――そう、カルト。傭兵団というのは隠れ蓑。それ以上はまだ』
「んな唐突に言われてもなぁ……」
木片をしばらく眺めると、太朗は服の内側に手を入れながら、アストラルゲートを発動し収納。
リーゼント風の頭をなでつけながら、太朗は情報を整理する。一つは今レコーが言った、“愚者の旅人たち”。バンドライド・ハンドラーが彼等とつながりがいつからかは定かではないが、元々他人から武器を強奪するような人間ではない、と仮定すると、両者につながりが出来たから、強行に及んでいるのでは? と推測できる。加えてその際の行動に“愚者の旅人たち”が関わってきているのだとすれば、両者の共謀は明らか。理由までは推測できないが、それが分かっただけでもめっけものと言うべきか。空を見上げながら、太朗はぽつりと呟く。
「ビーバスに頼んだ武器、もう出来てると思うか?」
『――そろそろ完成ですかね? 御主人様ぁ、お店まだやってるみたいですよ?』
「夜更かしだなビーバス」
『――御主人様の口添えとかが効いたのかぁ、お客の足がちょっと回復したみたいですし、恩義でも感じているんじゃないですか?』
「有難いことだが、体調崩さない程度にって注意しにでも行くか」
言いながら、競歩の要領で早足をする太朗。酒場と武器屋は換金所を挟んで反対側くらいの配置であるが、夜道は多少人通りが少ない事もあってか、ひょいひょいと突き進む太朗。もっとも途中途中でレコーが『――足元注意』とか『――右から接近』とか突っ込みを入れるため、衝突事故などが一切起こらないのも大きい。視力は任意で上げられるようだが、注意力自体はあまりかわらないので、レコーによるこのサポートは地味に効果がでかかった。
だが武器屋ペテルに到着した時、太朗は渋面をつくった。店の入り口には、目元の開いた仮面をつけた兵士たちが居た。金属ではなく革鎧に身を包んでいるが、全体的に装備の質が統一されており、左胸には例のマーク。そんなものが入り口でごった返しており、明らかに営業妨害だった。
「……噂をすれば何とやら」
『――影ですね』
「どっちにしても邪魔だな。ま、関係ないが。まかり通らせてもらおう」
言うや否や、太朗はすぐさま足を進め、彼等の前に。「通るぞ?」
「駄目だ。今、我々の雇い主が――」
「通るぞ」
「おばっ!」「おうフ!」
別に暴力的手段を用いたわけではないが、太朗はその兵士の身体をつかみ、左に避けた。予想していなかったためか、兵士の足がこんがらがり、左の別な兵士に倒れる。ドミノ倒しで二人転倒したのを見て、太朗は平然と先に進もうとした。気遣うとか、助けようとかいう仕草は皆無であった。
「おい、何をやってるんだ貴様、我々を誰だと――」「通るぞ」「うぐぅ!」「ぎゃん!?」「邪魔」「通しはしない。我等はそういう契約で――べびゃ!?」「一応聞いておくがまだ邪魔するか?」「こ、このぉ――下手に出てれば、付け上がるのもいい加減にしろ!」「上から目線で毒塗りナイフ抜刀されてもな。とっ」「ふぁっ!? や、刃が折れ――げぎゃっ!」
竜すら屠る半精霊による、舐めプという名のちょっとした地獄絵図であった。当たり前のように殺しはしないが、すぐさま反撃ができない程度にはつぶしておく、一番最初に倒された兵士が置きあがろうとしたのも、軽く足払いしてバランスを崩させ、ほっぺたを軽く蹴飛ばした。基本、みみっちい範囲においてなら容赦のない太朗である。
あからさまな強行突破に、圧倒的実力差を察した他兵士達。その中で偉そうな男が、店の中に入っていく。おそらく偉い奴に状況を説明しに行ったのだろうが、そんなもの太朗には関係ない。彼を両脇から押さえようと構えて飛びかかった二人を、仲良くドッキングさせて彼もその後へ続いた。
「邪魔すんぞ、ビーバス」
「あ、と、トード……」
飄々と現れるのっぺりリーゼントに、ビーバスは驚愕を露にした。店内で彼を睨んでいた兵士達も同様である。太朗の前方を歩いていた兵士は、さきほどの惨状を見たからかすぐさまビーバスの対面に居る二人の下へ走った。
太朗はそんな男達を無視して、ビーバスの方に声をかけた。「武器できてるか?」
「あ、いや、出来てはいるんだが……」
口ごもるビーバス。と、話し終わった中央の男たちが、太朗に向かって足をすすめてきた。片方は壮年の男性で、服の上からでもわかるマッチョである。だがその顔立ちには太朗は覚えがあった。もっともそんな感慨を一ミリも表に出さないで、太朗は言う。
「アンタが収集家、バンドライド・ハンドラーか?」
「その様に呼ばれていることは甚だ遺憾だが、いかにもバンドライド・ハンドラーだ」
ニコリともせず答える男は、年老いたが、確かに太朗の知るバンドライドに他ならない。あまり仲が良かった訳ではないが、城や砦でたまに話した数少ない一人であるためか、太朗の記憶は案外と鮮明だった。
バンドライドは、手甲に爪のついたような武器を太朗に見せ、確認をとった。
「これは、お主のか?」
「断る」
太朗は即答した。話の段階を何段階もぶっとばした解答だったが、実際彼の持つそれは太朗がビーバスに依頼した武器そのものなので、次の展開も予想されたものだった。その反応に呆気にとられたようなバンドライドだったが、顔を引き締め、再度問いただした。
「わかった。幾らだ?」「断る」「女が欲しいか? それとも名誉か?」「断る」「ならば何を欲する、若き狩人よ」「逆に聞くが、アンタは何故それを欲する?」
無礼だぞ、と声を荒立てる人間はいない。ガエルス王国の兵士の中でも抜きん出て有名になったらしいバンドライドだが、今日この場にいるのは、どうやら雇った“旅人”たちだけらしい。
「……ふむ、あまり身の上話はしたくないのだがな」
バンドライドは、己の顎を指でなぜる。「……私の息子が、戦地で負傷した。今より三年前、西方の地で異形のモンスターと戦い、顔と精神に深い傷を負った」
「それと、これと何の関係がある?」
「詳しくは話せん。だが――息子の治療に必要なのだ」
だから譲れ、と言外に言う男には、真実を語っているという自信と、威圧感があった。さて、では一体何に必要なのだろうかと考えれば、これはレコーが解答してくれた。
『――厳密には、傷ではなく呪いのようなもの、とバンドライドは思って居る。それを、武器に移していく作業。呪いの量が多く、少ない武器では足りない』
収集家、と言われて遺憾だといったのは、そういうことか。しかし、ならばそこら辺の武器でも問題ないのではないか。何故できの良い物を収拾する必要がある。
『――武器自体の性能が足りないと、武器に内包できる呪いの量も限られる。一本で済まず、多くの武器を集めてるのもおそらくこのため』
「なるほろ」
『――ちなみにその方法で呪いを移した場合、武器は漏れなく呪いの武器となる。普通は多くとも十数くらいだけど、よほど必要なのだと思われる』
被害拡大してんじゃねーか、と思いつつ太朗はバンドライドを見る。呪いの類なら、己でどうにかできないかと尋ねると、レコーは渋った。
『――現状では得策ではない。「調和」を理解して以降ならまだしも、現在の藤堂太朗が下手に手を出すと、事態が悪化する可能性あり』
「少なくとも、どうしようもないと」
「……トード、何もいわなくていいぞ? これは、職人と部外者の問題だ。客のお前まで、泥を被る事はない」
真剣な顔をするビーバスだが、その言葉には説得力が低い。このまま前の状態に逆戻りすれば、店じまいはしないといけないだろう。別に太朗はそこまでビーバスの腕にほれ込んでいるわけではないが、真面目に仕事をしている人間が働けなくなるのは、どうにも偲びない。
しばらくガントレットを見つめた後、太朗は言った。
「……交換条件だ。それを飲むのなら、譲ろう」
「何だ」
「ペテル親子と、その持つ例の刀――アンタらが散々要求しているものに、今後一切関わらない。悪評を流したり、とにかくそれを譲らざるを得ない状況を発生させない。もし仮にアンタらのせいでなくとも、その事態が発生したのだとしたら、契約違反とみなして『取り返しに行く』。それでならいいぞ」
何を馬鹿な、とバンドライドの隣に居た男が、へらへらと笑った。装備は兵士達と同じであるが、仮面は顔の下が露出しており、仮面にも角のようなものがついていた。
「取り返せるわけがない。そもそもお前は、何を勘違いしている? こちらは歴戦の、ケントの将を幾人も屠った武人だぞ? そんな男を敵に回して、只で済むと――」
太朗は、男の声も、行動も、何もかも無視してバンドライドの目を見た。真剣な顔をするバンドライド。その目の奥は夜ということもあってか、店のランタンによって薄暗い明かりで照らされるのみ。真意とか、そんな抽象的なものは欠片も見えない。だが少なからず、両者はお互いの真剣さを理解できるだけ、まっすぐに見詰め合っていた。
バンドライドは目を閉じ首肯。
「……わかった。両人には、手出しはしないと誓おう」
「ご、ご当主!?」
頭と思われる男は、びっくりしたような顔で太朗と雇い主を交互に見た。太朗は太朗でにやりと笑い、ガントレットを指差す。
「譲るんだから、大事に使えよ。例え普通の方法でなくとも、アンタにとって大事に使っていると言うのなら、な」
「……かたじけない。ただ、謝礼はしよう。けじめだ」
金貨を一枚テーブルに置き、バンドライドは店を後にした。その後を、おずおずと続く兵士たち。頭と思われる男は、信じられないと言うような目で太朗を見て、それからニヤニヤと笑い、その場を後にした。
「……済まない」
「謝んなよ。何ぞ、死んだわけでもあるまい」
項垂れるビーバスに、太朗はニヒルに笑いかける。実際彼の言葉は気休めにもならないだろう。ビーバスは歴とした職人である。依頼者が求めた武器をつくり、その相手にわたらなかったという事実に、プライドが幾分傷つけられたようだ。太朗とて、それは残念である。しかし実際問題、武器一つで丸くおさまるのなら、それに越した事はない。バンドライドの目は、正気であった。雇っていた団体が胡散臭くとも、雇い主たる彼が話のわかる人物である以上、太朗は言うことはない。
金貨を取った後、料金を払い、太朗はその場を後にした。終始頭を下げ続けるビーバスに「また武器つくるか、ジャケットまでとられないだろうから、整備くらいには来るさ何にせよ」と言った。
※
翌朝。街を出て、山に登ろうという人影が一つ。門を出て、道の整備されていない道を踏み占め進む女性。長いスカートだが、それなりに機能性を重視した服装。年齢は二十代ほどだろうか。飾り気のな美貌に、氷のような無表情。背中に背負った袋は、さほど標高の高くない場所を目指しているからだろうか。
そんな彼女に、背後から声が不意にかけられた。
「よ。何ぞどこ行くんだ?」
「……? 貴方は――」
振り返り、逡巡する女性。ためらっているというよりは、思い出そうとして思い出せないでいるようだ。なので太朗は、普通に名乗る。
「ペテル老の飲み仲間だ。前に一度、家の前で会ってる」
「……ああ、あの時の。何用でしょう? 私は忙しいのですが」
取り付く島もない態度の彼女だが、しかし太朗は言う。
「もし、バンドライドの息子を治したいというのなら、俺の話を聞いてみるのも、ありなんじゃないかと思うぞ?」
女性の片方の瞼が、ぴくり、と動いた。