第21話:力技でどうにか出来ないことはまだ苦手
今日は一話
キツネ色に焼かれたウサギの足を引き千切りながら、藤堂太朗は頷いた。
「ま、アンタら二人が親子だったという方がまず驚きだな」
ビーバス・ベテルとオリス老人は、そろって項垂れている。そんな両者を気にせず、釜から取り出した肉を千切って盛りつけ、上から塩胡椒を適当にふりかけた。
「おら食え。肉と塩胡椒は外れがあんまりないから、大丈夫だろ」
「あ、ああ……」
ビーバスが持ってきた白ワインを開け、三人それぞれのジョッキに注ぎ、とりあえず乾杯。おずおずと遠慮というか、気まずい空気の漂う親子を無視して、太朗は肉にかじりついた。やや硬めの食感であった。淡白さはどことなく鶏肉を思わせるが、しかし同時に歯に伝わる粘り気というか弾力というか、微妙な違いが個性を出していた。ウサギを食べるのは初めてな太朗だが(もっともウサギ型モンスターだが)、これは案外いけた。カエルの味も鳥のようなものだったが、そちらより見た目にも嫌悪感は薄かった。
特に気にしていない太朗を見て、親子もぽつぽつと食べ始める。息子は最初酒を煽ってからかじりつき、父親は酒に手を付けず肉をかじった。
「んで、何ぞ? 喧嘩してたみたいだが」
「……その前に、一つ宜しいのですじゃ?」
ご老体が、太朗に少し頭を下げる。「改めて名乗るのですじゃ。オリスハーバ・ペテルですじゃ。そっちのは息子のビーバス・ペテル」
「ケッ」
毒づく息子の顔は既に真っ赤。まだ一口しか呑んで居ないだろうに、どうやらアルコールに対する具合は、親子らしく似通っていた。
「名乗る必要もないとは思うが、トード・タオだ。旅の資金集めがてら、しばらくここら辺で狩人をしていた。で、ビーバスのところでこの服を買って、これから武器を作りに行こうとしていたとこだったんだが……」
「ん? ああ、そりゃ悪かったなぁ。また明日とかにしてくれ」
これもっと丁寧にせんか、と怒る父親にはそっぽを向くが、太朗に対してはある程度親しげな笑みを向けてくる。その様子を見て、父親も酒を煽った。
「前から言っておるじゃろ! もっとお客様に対する応対をきちんとせんか!」
「ハッ、んなこと言って実行してたの、親父くらいじゃねーか! それで足元見られるようになったらオシマイなんだよ! 特に俺、まだ若造だし!」
「それで客が来なくなれば元も子もないじゃろ!」
「程度の低い奴等ばかりってのも潰れるだろうが!」
赤ら顔で怒鳴りあう親子を見つつ、太朗もワインを一口。上あごを焼くような風味と辛さに一瞬驚き、思わず肉にかじりついた。肉との相性は悪くないが、赤ワインが渋く感じた彼にしてみれば、白ワインはさぞ甘いのだろうと思っていたので、予想が裏切られた。
『――そもそもワインは、酒精の仕事レベルにも左右されるところ。赤ワインだろうが白ワインだろうが、甘口辛口両方あり』
「はぁん」
『――ついでに言うと、ペテル親子は辛口が好み』
「余裕があったら、色々呑み比べとかもしてみるか。っと、そうじゃねえな。で、さっきの女は何なんだ? どうもそれが、そもそもの言い合いの原因っぽいが」
太朗の質問で、双方共に黙る。しばらく迷った後、父親の方が口を開いた。
「……あれは、収集家の家の使いですじゃ」
「収集家?」
コレクター、なんて人種がこの世界にもうあるのかという疑問を抱いた太朗。まだそんなに文化的に余裕があるわけでもないだろう、という判断だが、実際それは間違って居ない。
「ええ。特に優れた武器を収拾し、己の武勲に箔をつけようという」
「んー……、なんかそういう知り合いに覚えがあるぞ? 似たようなのが居るもんだなぁ」
砦に居た頃、よく武器を自慢してきた兵士の青年が太朗の脳裏に投影されたが、レコーによってあっさり確定される。
『――バンドライド・ハンドラー。想像通り、既知』
本人で確定、ということで多少懐かしさを覚える太郎。しかし同時に阿賀志摩へ繋がるかもしれないという道筋が成り立ち、その懐古感はなりを顰める。どうすれば会えるか、会って情報を聞きだすかという思考を一端棚上げして、太朗は促した。
「で、その収集家さんが何用だって?」
「これですじゃ」
老人は、袋を背中から下ろして広げ、指差した。そこには、一本の刀があった。金と黒の色が特徴的なそれは、反り返り、鍔を持つ。だが鞘と剣との境目には、何重もの紐が捲かれており、結び目は強力に接着されていた。
「あん? てか日本刀じゃねーか」
「!?」
太朗の言葉に、ビーバスが反応した。「と、トード? 一体どこでその名前を――」
「あー、まあ知り合い?」
半分嘘だが、半分嘘ではない。日本刀について当然のように彼も既知だが、特にそのことをプッシュしていたのは委員長たる牧島香枝であった。特に何か理由があるわけではないが、そちらに聞いたということで自分なりに納得しておけば、ボロは出ないだろうと言う判断である。
そういえば、阿賀志摩が暴走した時に委員長は何をやっていたのか。ふと太郎が思うと、即座に回答がなされる。
『――当時、彼女は砦に居なかった』
なら仕方ないか、と納得できるあたり、彼の香枝に対する信頼は厚かった。何があっても彼女だけは、必ず何がしかやって生き延びているだろうと言う、無責任にも近いほどの信頼を彼女に向けている太朗である。
ビーバスは驚きながらも、その刀を手に取り、続けた。
「これは、魔剣だ」
「魔剣?」
「これを、親父んところに持ってきた司祭が言うには、そういうことらしい」
何で司祭がと問うと、ビーバスは黙る。刀を置き、視線を太朗からそらした。
オリスハーバは多少迷った後、語り始めた。
「……かつて、私の元で修行をしていた、若い娘がおりましての。
当時、私は武器屋を営んでおりましたのじゃ。そこに、ある日流れ着いた娘が、ここで働かせてくれと言いましての。今は亡き家内が随分と気に入り、そのまま弟子として雇っていたのですじゃ」
無表情に酒を呑む太朗。表面上わかりにくいが、あまり興味はなさそうである。
「その娘が出ていった後に、夫となった男と作り上げた武器と言うのが、これらしいのですじゃ」
「はぁ。……で、何で日本刀に反応したんだ、ビーバス」
「……ねーちゃんが、昔言ってたんだ」
ジョッキ片手にうつらうつらなビーバス。一気にあおって眠くなったらしい。
「『私は、この日本刀作るから』って。意味はよくわかんなかったけど」
「ふぅん……」
ふと、太朗は武器製作者に対して疑問が湧く。明らかに、明らかに日本人だ。今の言い回しを元に考えるなら。だがだとすれば、何故彼女はここでそれを作らなかったのだろう。ビーバスを見てもわかるが、腕はなかなか悪くない。その師匠筋であるところのこの父親とて、本来はかなり腕が良い武器職人だったのだろう。だというのに、何故この場を捨ててまで別な場所で武器作りに励んだのか。
『――残念ながら、条件開放できません、御主人様ぁ。日本人なのは正解なんですけどぉ、刀そのものに残された足跡が、あまりにも少なすぎますぅ』
甘えるような声で言うレコーにげんなりしつつ、太朗はウサギの残りを全部頬張った。胡椒が強くて一瞬咽そうになったが、しかしその一瞬をすぎれば全然そんな感覚を味わうこともない。体質的なものなのか? と疑問に思いはしたが、レコーに解説を求めるのが恐くて、太朗は違和感を無視した。
「で、何で魔剣なんだ? ……おーい、ビーバス?」
少し時間をおいたせいか、ビーバスは壁に背を預けてゴーゴー眠りはじめていた。「お見苦しいところを」と言いつつ、オリスハーバが息子を横にし、厚めの掛け布団をかけた。
「質問ですが……、端的に言うと、その二人とも殺されたそうで」
「そういや形見みたいなもんだとか言ってたな」
「ええ。その際、剣に呪いのような魔術がこびりついたらしく、ご覧の通りですじゃ」
「だからこんな風に開放厳禁に封印してると。ふぅん……。見てもいいか?」
「抜こうとしなければ、構いませんのじゃ」
手に取って見て見る太朗。と、その瞬間、彼の脳裏にとあるイメージがひらめいた。暗黒。宇宙の中心のような混沌の更に中央で蠢くガスのような、不定の塊。そこに人間の女性が足を抱えて眠りについているイメージ。その眠りは静謐であり、何者にも冒されず、また冒されてはいけない。さすれば全ての夢は覚め、世界はその名状しがたい真の様相を――。
『――「はいはいストップだよ。全く、君はどうしてボクの想像以上に面倒な人生送ってるかな」』
「ッ!」
突然、綯夜宰の声が太朗の脳内に響いた。と同時にひらめいたイメージは霧消し、太朗の意識の外へと飛び去った。頭を押さえる太朗に「どうされたのですじゃ?」と心配する老人。大事ないとジェスチャーで表しながら、太朗は再度刀を見た。
「何ぞこれ?」
『――妖精剣、バンカ・ラナイ。■■α⊥■OT■の落し子により内部の魔術が調整され、構成されている。藤堂太朗の内にある「第三の鍵」と共鳴して、冒涜的なインスピレーションを引き起こしたものと思われる』
言ってる事はさっぱりわからなかったが、要するに大体宰のせいであるらしかった。もう一度剣を見てから、太朗はそれを老人に返した。
「とすると、アンタがこれを持ってるのは、他に引き取り手がいなかったというところか? 魔剣なんて仰々しい名前で呼ばれてるって事は、普通に使えるヤツがいないってことだろうし」
「そういうことですじゃ。夫の方は親類一同皆拒否をしたそうで……」
遠い目をする老人に、太郎は特に興味を抱かない。「収集家は、その珍しい刀を手に入れたいといったところか」
「まあ、大体そんなところですじゃ。ただ少し違うのは……、誰かに吹き込まれた? という感じなのですじゃ」
「ほう?」
「元々そのお方、ハンドラー様というのですが、かのヒトは別に、そこまで武器に執着するお方ではなかったのですじゃ。じゃが、ここ数年、急に色々な武器を集めだしたらしいのですじゃ。息子の店からも、最高傑作の鎧を買ったそうで」
「収集癖がついたのがここ数年ってことか?」
「ええ。取引事態は普通になさるのですが、しかし応じないとなると、色々と手を尽くしてくるのですじゃ。あの手この手と。息子もそれで手をやかれて、今じゃ客足が以前の半分にもならないと」
「なるほど」
太郎が店に行った際、腕は良いのに客足が少なかった理由に一応説明がつけられた。
オリスハーバ老は、刀を仕舞いながら言う。
「このバンカ・ラナイにつきましても、そのような感じですじゃ。今の所は強硬手段に出ては下りませぬが……。息子からは手放すか、そもそも家に招待すらしているんじゃないと言われておりましての。それで喧嘩になっていたのですじゃ」
「親子仲は良いんだな。結構じゃねーか」
ははは、と力なく老人は笑った。
「いえ……。これが、私の元に来るのは、単に親子だから、というだけでしょう。情ではなく、義務なのでしょう。親らしい接し方は欠片もしてませんでしたのじゃ。それに……」
「んー……、まあ寝酒は注意しろ。あと、そこで寝てる息子には明日はちゃんと店に行けと言っとけ」
「わかりましたですじゃ」
言葉を濁しながら、老人は酒を煽った。あまり触れてほしくないことなのかと判断して、太朗は立ち上がり、家を後にした。
山の斜面を登る太郎に、レコーが質問する。
『――助けたりしないんですか? 御主人様ぁ』
「助けるって言ったって、俺、出来ることあるか? 細かい交渉なんざ欠片も心得ねぇし、むしろ余計な第三者が事態を引っ掻き回すのもアレだろうし。いつか言ったと思うが、あんまり講釈垂れたりしたくねーしそもそも。俺、所詮十七歳の小僧だし」
『――今更どのあたりをもって小僧とか言えるんでしょうかねぇ』
「精神的にはそんなもんだろ。だからまぁ……、荒事とかになったら、少し力添えする感じでいいんじゃねーのか? 一応知り合いだし、酒飲み仲間だし」
『――すっかりお酒の味を覚えてしまったようですね』
「少なからず一人でずっと居ると、たまーにおかしなテンションになるからな。ああして誰かと一緒に居るってのは、無言での案外、馬鹿にできないもんかもな」
色々と今後に思索をめぐらせながら、太朗は山頂で、座禅の姿勢。「じゃ、明日の朝になったら起してくれ」
『――といっても、まだ時刻にして六時くらいですよ?』
「俺にそれ関係あるか?」
『――ないですね。一応言ってみただけです』
意識を集中させながら、あまり面倒にならんといいなくらいに思いつつ、彼は瞼を閉じた。
『――フラグですねわかります』
「うっせ」