第20話:ことさらに狭い範囲での人脈も狭い
本日の投稿分は第19話と第20話となっておりますので、あしからず
『UGYAUッ!?』
「ほい、これで六匹目と」
森の中、背後から忍びよりヘルビット(頭が骨の鎧に覆われたウサギ型モンスター)の首をつかまえ、首だけ締め、アストラルゲートへ放り込む太朗。
『――解体は?』
「報酬の二十パーセントで向こうがやってくれるというし、わざわざやらんでもいいだろ。俺、別にそんな金欲してるわけでもないし」
『――でも、お金ないと生活大変じゃないです?』
「そもそも食費も必要なしで、服も一度そろえれば事実上替えなどいらんという状態だし、ま今更だろ。しかし、本当に気付かれないものだなぁ……」
リーゼント風の白髪をなでつけつつ、太朗は自分の服を見下ろす。武器屋の知り合いに割り引いて譲ってもらった服には、ちょっとしたステルス効果があるらしいと聞いていた。このエナメル質っぽい外観は自然界において明らかに目立っているのだが、どうやらそこはファンタジーらしく、特殊な効果でもついているのだろう。
『――黒大蛇。身体の動作音を消して得物に忍びより、己の身体を使って締め上げ窒息させる』
「あ、なるほろ。つまり衣擦れの音とか、筋肉の軋みだとか、そういう細かい音を消す効果があんだな」
『――肯定』
「見た目の派手ささえ押さえたら、暗殺者とかに打ってつけじゃねーのか?」
銀貨五枚というのは、査定金額としてはさほど高くないものの、宿泊施設や装備には困らないくらいの金額であるらしい。例えば一枚。酒場で払えば、とりあえずさらっと酒とつまみを夜通し楽しむことが出来る。宿に払えば一週間は無問題で滞在できる。三枚ほどつめば値の安い装備なら全部新調できるくらいか。そう考えると上着だけで五枚というのは、なかなかの効果であったが、しかしそれだけの性能かといえば、確かにそれだけの性能であった。
関心していると、そんな太朗にレコーが尋ねる。
『――こんなところで油売っていて、何故?』
「あん?」
『――当初の目的を忘れているのではないかと。どうも、花浦弥生や阿賀志摩辻明のことが頭から抜けているように見えなくもない』
「んなわきゃあるか。ただ、最低限こっちの文化とか、現在の社会情勢とか理解しとかないと、後後面倒が起こるというのは、この間の……、なんだっけ?」
『――おそらく土地名? のことなら、ガエルベルク』
「そうそれ。あそこで竜と戦った時みたいな扱いを受けねぇ程度には、俺も社会に溶け込もうかとな」
『――敵を知り、己を知ればですか』
「社会を敵と言いたくはないが、ま異世界人からすりゃ敵と言えば敵か」
肩をすくめる太朗に、レコーは続ける。『――なら、何故私から情報を聞かない? 街に出た段階で、そういったものは条件開放されているのに』
「肌身で体感して覚えないと、咄嗟に出て来ないことってあんだろ? 別に講釈垂れるつもりもねーけど、ほら……、アレだよ、アレ」
罵倒とか以外は、貧弱な語彙の太朗である。
「まともかく、実際に俺が慣れる必要があると思ったからやってるだけだ。そろそろ捜索とかも、本格的にやるぞ? まだ松林たちから渡された地図の先にも行ってねぇし」
『――そですか』
無感情なレコーの返答を気にすることもなく、太朗は茂みを出て、合流地点へ。そこには体格の良い、いかにも狩人然とした男が笑っていた。毛皮の鎧を上に身に付け、足は動き易そうな軽装鎧。手元のガントレットは指先が外されており、弓を射る際の微妙な力加減に適していた。
エラの張った顎をなでつつ、男は太朗を見て大笑い。
「どうだ、そっちはとれたか!」
「ま規定に追加して一匹くらいはな。そっちは逆にどうだ」
「いやー、後一匹なんだがなぁ。なかなか掴まっちゃくれねーよ」
指差す先には、さきほどから微動だにしていない、足の長い鳥型モンスターの姿が。ワートリーという元の生物が逆に分かり難い名前のそれは、さきほどからじぃっと、狩人の方を見ていた。
「こっちの狙撃するのを、全部かわしやがる! だからといって近寄れば火をはかれるしな。飛べないくせに逃げ出さないって言うのは、どういうことなんだろうなぁ。逃げるなら逃げるで諦めて別なやつを探せるのに」
『――たろさん、あそこワートリーの巣ですよ? 逃げようにも逃げられないし、下手したら巣の中の卵奪われるから、動けないだけなんですよ?』
レコーが情緒もへったくれもなく注釈を入れる。無論太朗にしか聞こえない話であるが、男は男で真剣に、どうやったら狩れるかというのを検討している姿に、なんとなくばつが悪い。決して太朗のせいというわけではないが、何とも言えない気分になるのか、うげっ、とつぶやいた。
『――ちなみにワートリーの卵、すごく不味いみたいですよ』
「別に喰いはしないから構わんよ。っと、そうじゃねーな」
「どうした?」
顎に手をやりながら、太朗は周囲を見る。目を凝らし、どこかに居るはずの目的を探す。そしておおよそ三百メートルほど先か。山の斜面の上の方に、雄のワートリーを見つけた。どうやらこちらの巣とは別の雄らしく、雌のワートリーに対して、謎のポーズでアピールをしていた。
「ちょっと一つ借りるぞ?」
「あ? おお」
男の足元においてあった、予備の弓と矢を手に取り、太朗は狙う。
『――風向き、北方十度修正。上方に三センチ』
レコーのアシストをもとに狙いを定めていく太朗。既にその視界は、雌のために翼を全開に開いている雄の姿を捕捉してやまない。
「すまんな」
なんとなく謝罪の言葉を呟きつつ、太朗はそちらを射った。
命中したのは、言うまでもなかった。
※
「いや、まさかお前の撃ったのが外れたと思ったら、遠くのやつに当ってるなんてな! いや、偶然なんだろうがすごいなぁ」
「そこはすごい偶然ってくらいにしといてくれ。でないと、変に実力があるように思われる」
「がはは! それもそうか、基本的にこんな細腕じゃあな……、ん? 案外と筋肉ついてるな」
「さわんじゃねぇ」
お互いの狩りの成績をあーだこーだ言い合いながら、狩人と太朗は換金所を後にした。以前の熊ほどの金額は手に入らなかったが、しかしある程度、旅をするのに困らない金額にはなった。何のための金かといえば、移動の際に馬車を借りたりとか、あるいは町中で宿をとったりということからだ。テレポートは面倒だし、当然のように町中を全力疾走すればバケモノ街道まっしぐら。また常に野宿するわけにもいかず、ある程度は安定した住居を借りる必要もある。そうした部分を取捨選択した結果、せっかくモンスターが多く湧いている土地柄なのだし、ここである程度資金をためるべしと太朗は考えた。
「がははは! じゃどうだ、この後一杯飲みに行かんか?」
「いや、ちょっと寄るところがあるからな」
「そうかい? じゃまたな。あ、そうだ……、お前さんくらいの腕なら、ウチの娘を任せても――」
「生憎心に決めた相手がいるんでね。それと、んな話し娘さんに許可もなく進めない方がいいぞ? 今後の親子関係に響く」
「そうかいそうかい。じゃ、またな」
狩人の親父と別れた後、太朗は武器屋ペテルへ向かう。街を立ち去る前に、服の感謝と武器を作ってもらうことにしたのだ。ここ数日間の狩りの成功率の高さややり易さは、今の太朗の規格外さだけに由来するものでないことくらい、彼にはわかっていた。なまじ大雑把な戦闘においては無双できそうではあるが、相手に気付かれずとか、部位を残して仕留めるとか、そういった細かい作業を苦手とする太朗である。そんな彼に対して、気付かれずに背後から忍びよれるというアドバンテージは、あまりに大きかった。
だが、どういうわけだろう。民家にまぎれるようにぽつんとあるその武器屋の扉は、今日は鍵が掛けられていた。
「あん?」
『――お休みみたいですね』
扉に貼紙がしてある。エスメラ語で「私 休む 本日 緊急」といった単語の羅列がされている。いまいち間にはさまれた助詞やら副詞やらの解釈方法が判って居ない太郎だが、レコーによる翻訳で、辛うじて「本日は事情がありまして、お休みさせていただきます」と読めた。
「何ぞ?」
『――えっと、そのうちわかる』
「何だ、そのもったいぶった言い方」
『――まあ、レコーちゃんは嘘付かないから。そのうちわかるから、私は言わない』
レコーの言葉に頭を傾げつつ、太朗は「まいいか」と言って、路地裏に入った。周囲に誰も居ないことを確認してから、目を閉じ、意識を集中させる。脳裏に浮かんだ、湖と船着場のイメージに更に意識を集中させると、彼の体に「ぬめ」っとした感覚が走った。
「慣れたが、慣れんな」
『――矛盾』
「うっせ。慣れはしたが、気持ち悪いのはいやだって話だ」
何だかんだでテレポートして、山の湖と船着場へ転移して来た太朗。周囲を見回すと、どうやら今日は老人はいないようだ。
「いつもならまだ釣りしていたと思ったがなぁ」
あれから時々、といっても二日に一回ほどだが、太朗は狩りで得た得物を一部老人へさし入れしていた。釣りは簡単だからやっていたものの、狩りをするだけ体力もないだろうという、太朗なりの敬老精神であった。老人も老人で呑み相手がほしいのか、太朗をさそって二人で食べて呑んで、ということを繰り返していた。特に何かを話すわけでもないが、彼等はごく自然体で酒を組み交わしていた。
湖を背に、山を見上げる太朗。レコーが念のため確認を入れる。
『――道は覚えてるんですか?』
「まベクトルは忘れてないし、なんとかなんだろ」
軽く言いつつ、太郎は斜面を登った。辿った道順は「道なき道を行く」を地で行くようなショートカットきわまりないルートだったが、しかし彼は、小さな山小屋についた。いつぞや来た時と違うのは、太郎が狩ってきた得物の肉を、解体して干したりしているところだろうか。
と。
「……あん?」
「……失礼」
小屋の扉を開け、女性が出てきた。年は二十代ほど。黒髪に藍色の目は、冷静な光を帯びている。顔立ちは綺麗と言っても良いが、感情の色が乗っていなかった。レコーのそれとは違い常態でそうなのだろう。太朗を一瞥する目も、ごくごく自然に半眼だった。格好は、外行きの、シンプルな服だ。だがやや頑丈な作りになっており、この世界この時代の感覚で言えば、高級品に該当する。
はて、と頭を傾げる太朗。老人の知り合いだろうか、ひょっとして前に言っていた娘代わりとは彼女のことだろうか。去り行く女性の背をみながら、そんなことを考えている太朗。
とそんな時、小屋の中が爆発した。
「だ、か、ら! 親父は何でもっと強く言わないんだよ! もう何度目だよ!」
「言っても無駄だと何度言えばわかるのじゃ! そして私には、そんなことを言う資格もないのじゃ!」
否、爆発したと錯覚するような、怒鳴り声の応酬だった。聞こえる声は、青年のものと老人のものと。だが、はて。本来ならば老人の方はともかく、若い方に聞き覚えなどあるはずもないだろうに、何故か太朗はその声の主に心当たりがあった。
女性が閉めた戸を開けると――そこには、オリス老人と、ビーバスが居た。
「よっ、何やってんだ?」
「あん? 誰だてめ……って、トードか?」
「トード殿?」
怒鳴りあっていた最中、ん? という顔になって顔を見合わせる両者。
「とりあえずヘルビット一匹解体した肉があるし、食べようぜ」
混乱している両者を差し置いて、太朗はマイペースに靴を脱いだ。