第19話: 珍しく馬が合ったのかもしれない
数日後、太朗は街中に居た。大通り、石材で構築された町並は元々ガエルスでない土地であるためか。中央にある豪奢な建物に、ガエルスの国旗である日の丸と目玉と剣を足して三で割ったようなものが描かれている。
天下を歩く彼の格好は、下は薄着に、例によって例のごとくリーゼントだが、その上から熊のようなものの毛皮を羽織っているのが、普段と違うといえた。多少温かそうだが、見た目野生児一歩手前。色々な意味でインパクト抜群な風体からか、周囲の人だかりは一歩引いていた。以前とはまた違う意味で注目を集めているが、とうの本人はさして意識していないらしい。
『――たろさん、めっちゃ注目の的でんがな~』
「俺としては、新しくキャラ開拓するのに何の意味があるのか問いたい所だがな」
『――まあ、ずっと平坦だと飽きられるかという、サービス』
「切り替えが早すぎるのと、どこまでマジでやってるかわからんのがたまに瑕だなっと。……あ、すまんが換金所どこだかわかるか?」
「ひ、ひぃ!?」
町娘に地理を聞き、驚かれ涙声の悲鳴を上げられて逃げられる十七歳がそこに居た。のっぺりとした目を見開き、口を半開きにしてちょっとアホの子みたいな面をしている。何故逃げたという困惑とか、明らかにこちらを恐がっていたように見えたショックとか、色々入り交じっているようだ。無論だが、本人は理由に心当たりがない。レコーも言ってやればいいのだが、そこは流石、綯夜宰の眷属というべきか。
『――ぷげらぷげら』
「……」
頭を軽く押さえる太朗。やはり、レコーもそんなに性格は良くないのかもしれない。
やがてどしどしと足音を鳴らしながら、明らかに狩人っぽい風体の柄体の良い親父さんが、少女につれられにらみを効かせてやって来たりもしたが、あまり人が近くに居ない中、たまたま声をかけられる位置だったから場所を聞いただけだと説明したら、むしろ同情された太郎。
解せん。
アイハスや魔術師のじーさんは無反応だったというのに。
彼本人がどんなに納得できなくても、周囲の彼を見る目は怖い物を扱うようなものか、あるいは育ちの悪い野生児でも見るような哀れみである。なまじコミュニケーションがとれるから、嘲笑や興味よりも哀れみとかが先行してしまのだろう。
以前の太朗ならば、今の自分の風体がどう扱われるかなど気付けた部分であるが、既にそこら辺のニュアンスを理解する感覚が磨耗しつつあるため、どうしようもない。
「そこの先を行ったところだ。しかしアンちゃん、仲間とか居ないのか? 普通は複数人で引いてくるもんだがな、それくらいの大きさだと」
「生憎と俺一人だよ。でもまそれで蛮族扱いされるというのなら、何か考えるさ」
「そうだな。狩人登録はまだか? なら金も必要だし、持っとけ。どうせないだろう?」
「じゃありがたく。あんがとさん」
「おう。一緒に仕事するときは宜しくな」
頭を下げる娘と、一通り彼が向かう先に対するレクチャーをする親父さん。こういった好意は素直に嬉しいので、にやりと口元を笑わせて、太朗は手を振った。
『――御主人様は、愛に飢えてますからねぇ』
その言い方は語弊を招くから止めろ、と脳内に突っ込む太朗。
『――でも、実際そうじゃないですか? 異性に対するそれを差し引いたとしても、人類愛、親愛、友愛に飢えていません? 高校でも部活に入っていたわけでもなく、委員会とかくらいしか出席もせず、まとめ役をやることはあっても積極的にクラスメイトに話しかけたのだって、牧島香枝とか花浦弥生くらいなもんですし』
「ヒトの過去を勝手に覗くんじゃねぇ」
眉間に皺を寄せながら、太朗は目的の建物の戸を開いた。
太朗の向かった先は、モンスターの換金所である。大型の倉庫のような建物だ。街の中心に近い部分に、堂々と鎮座していた。外はそれほどではないものの、中は生臭さや鉄くささが溢れており、太朗は更に眉間に皺を寄せた。
ガエルス王国においては、モンスターの流通は一部を除いて国が管理しているのだ。二十年経ってもそこは変わらずのようであり、表情には出さないが幾分ほっとした太朗であった。
受付の細い男に、太朗は言う。国が管理しているといえど、その情報は中央集権化してるわけでもなく、データベースとしては非情に弱いものだ。だがしかし、それゆえ国がとった方法として、地域ごとに儲けられた換金所にて、狩人として名前を登録して狩りをするというものがあった。税とは異なり、モンスターの狩りに関しては戸籍が必要ではないこともあって、太朗もそれを利用しようというのだ。
「私は、今回査定をつとめますトム・ランドヒルと申します。あなたのお名前は?」
「トード・タオ」
「失礼ですが変わった名前ですね。タオ……、ん?」
「どした?」
「あ。えっと、いえ……、何でもありません」
細い男は、多少困ったように頭をかいた。見た目で年齢がわかり難いが、少なくと二十代後半ほどだろうか。よくいる東洋風の顔立ちである。ちなみにだが、町娘や狩人の親父なども同様なので、特徴といえる特徴ではない。
太朗から金貨 (銅)を受け取り、彼の名前を魔法陣を用いて鉄のタグに記録する男。文字にくせの少ない、綺麗なものが彫りこまれた。
「はい。では換金と移りましょうか。品はその毛皮だけで?」
「いや、肉もだ」
「はい? そんなもの一体どこに……、っ!?」
毛皮の下からひょいひょいと、ブロック単位で切り分けられたモンスターの肉を取り出す太朗。細い男は大口開いた口が塞がらない。一体どこにそんなものしまっていたのだ、と思っているようだが、「毛皮」とだけ答えると、納得したようだ。
事実は違う。多少着脹れしているものの、服の下に大熊一匹分の肉を入れておけるスペースはない。ならば何かといえば、無論レコーに管理させている亜空間「幽界天門」を用いたのだ。事実広大な空間の広がるアストラルゲートは、無尽蔵な収納スペースだといえた。
数十枚の銀貨をわたされると、太朗は換金所を出る。丁度例の親父さんと遭遇し、「寒そうだな、査定はどうだった!」「ぼちぼち」といった具合の会話を交わした後、彼はすぐさま武器屋に向かった。
『――たろさん、そこのお店いい感じですよ?』
「入って居ないのに何故判る」
『――まぁ、フィーリングで』
「んなもんに頼りたくもないが……、ま鎧とか服とかも取り扱ってるみたいだし、見て見るか」
レコーと他愛無い会話をしつつ、太朗は扉を叩いて押した。
「はい、いらっしゃ――冷やかしかい? お客さん」
彼の風体を見て、店主は露骨に眉を顰めた。
武器屋は青年が一人。まだ若い。二十代にも行って居ないかもしれない。見た目だけなら太郎と同じ位だろうか。だが彼が現在、手元でちまちま作っているのが、丁寧に仕上げられている革鎧だということで、軽く見られることはないだろう。
もっとも、太朗はそんなもん関係なくいつも通り、マイペースなのだが。
「服装で判断してるなら、寒さなど気合で何とかなると答えてやろう。ま服を買いに来たと言うのは事実だがな。あと予算が足りるなら武器もつくろうかとは思ってる。ほれ」
と、太郎が出したのは、円状の牙だ。そうとしか形容の仕様がない。サークル状の骨の、中心に向かって歯が生え揃っている。サークル自体はそれ一つで骨というわけではなく、数本の歯ごとに間接となっており、伸縮して全体が一つの円盤のように噛むような構造になっていた。未だにこれが自然物だと、とても信じられない太朗であった。
だが見慣れているのか、青年はそれを手に取り、軽く言う。「盗品かい? 珍しく開いてるけど、かなり解体が粗いのか、組織残ってたり骨削れてたりするけど」
「生憎と、生まれてこの方狩りなんぞ初めてだったもんでな。不備があったら済まん」
「それ、本気で言ってるのかい?」
「少なくとも、目的のために必要な手段を偽るようなみみっちさはないな」
店主は、太朗の顔をまじまじと見た。
「驚いたな。とするとアレかい? お客さんは、初めての狩りで、たった一人で“森の悪夢”を仕留めたと」
「熊の頭がイカだかタコだかの下半身みたいになってるのは、ま確かに悪夢だな。ま見てて気分の良いものではなかったが、案外簡単にぐしゃったぞ」
ぐしゃった、という動詞に頭をかしげる店主の青年。そりゃそうである。普通は武器で対抗するところを、太朗は片手で首根っこを握り潰して殺しただけなのだ。あんまりにもあんまりなその狩猟は、もはや狩りというより虐殺に近かった。血を吹き上げる胴体と異なり、体と分離してもまだぴくぴく動いていた頭部は、さしもの太朗も生理的に受け付けず、思わず踏み潰したくらいには気持ちが悪かった。その際はじけ飛んだ口元から、無理やりひっぺがしたのが店主の手にあるそれであった。気づくわけがない。
しかし、どうも太郎が冗談を言ってるわけでもないと理解して、青年は彼に笑った。
「なるほど。で、お客さんは何を買いに?」
「第一目標が上着。第二目標が、武器かな? 良く知らんが、牙とか爪とかなら加工して武器に出来ただろ?」
「出来るには出来るけど、本当に大雑把なこと言うね……」
ぽいぽいと目の前に放り出される牙だの骨だのを見つつ、店主は苦笑いを浮かべた。
「それだけ素人くさいのに、なんでティルティアベル討伐できたんだか」
ティルティアベル。森の悪夢とも形容されるそれは、風体は太郎が言った通り軟体動物の足と下半身を頭部に持つような、熊型の生物である。土中の生物が主な主食だが、エサがないときは水中だろうが陸上だろうが、殺して何でも食べる。繁殖力が異常で、一匹いたら三十匹は居ると疑えと言われるようなモンスターであるが、この地域では発生率の少なさもあいまってあまり目にかからない。首から下はなまじ熊と同じように見えるため、おそらく鑑定は普通に熊型のモンスターとして処理されただろう。
そこまで判断して、店主はもう一度、ティルティアベルの牙を見る。はじめて、という本人の自己申告を信じるとすれば、上出来といって良いものだった。ティルティアベルの牙の間接は、普通閉じたものが多い。時間をかけて絶命すると、ティルティアベルは口を閉じてしまうからだ。そうなっていないというのは、すなわち圧倒的な速度で、ティルティアベルの頭部を潰したということに他ならない。
しばらく唸った後、店主はにやり、という笑みを太朗に向けた。
「そうだね……。だったら、多少割り引くから両方ともウチにしな? 服も装備も、良いモノを提供しよう」
「アンタの腕の保障は?」
「そうだね――本来は銀貨五枚なんだけど、特別に一枚でこれをくれてやる」
壁に立てかけてあった上着を手に取り、彼は太朗に手渡した。長袖のジャケット。深い黒で、光を反射して若干エナメルがかったような風に照り返していた。襟も若干長く、どこか太朗の故郷の服を思わせるデザインであった。
「黒大蛇の皮の衣だよ。強度は保障する。あと着てると、得物に気付かれ難い」
「ほぅ」
ざっとまとう太朗。以前の上着に負けず劣らず、ヤンキーっぽい印象しかもてない。
だが太朗と店主との間では無言の理解があるのか、さっと手を差し出した店主に、太朗も無言で握手を返した。そっと銀貨をテーブルに置き、太朗は何度か自分の格好を見て、にやりと笑った。
「作りは言わなくても気に入ってもらえたみたいだけど、性能は、数日それを着て狩りでもしてみれば、わかると思うよ。もし納得できたなら、またこっちに来な?」
「自信満々だな、店主」
「わかるかい? なにせそれは、私が師匠に最初に認めてもらえた作品のいわば後継作品だからね。なんだかんだお気に入りなのさ」
「なら、せいぜい壊さないように使わせてもらうよ」
「そう簡単には壊れないけど、大事にしてくれよ? 次来た時原型もなかったら、ぶっ飛ばすからな」
「言ってること矛盾してんじゃねーか店主」
ははは、と笑いあう両者。なんだかんだ楽しそうであった。しばらくそうして談笑した後、モノを回収して太朗は店の戸に手をかけ、店主に会釈した。
「あ、そいえばお客さん。名前聞いてなかったね」
「あん? ああ。トード・タオだ。アンタは? 店主」
「ビーバス・ペテルだ。もし気に入ったなら、他の狩人たちにもウチのこと宣伝頼むよ? 武器屋ペテルをどうぞ宜しく!」
なんとなく、クラスメイトの男子達とつるんで居た時のノリを思い出し、太郎は珍しく大笑いした。店主もつられて大笑いし、店の中と外とに、二人の声が響いた。