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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔剣というか妖刀獲得編
26/80

第18話:端的に言えば興味がないのだろう

今日は一話

 

 

 簡素な山小屋、といったところか。老人の家は小さく、とても冬を越せるように見えない。いくらここの地方に雪が降らないのだとしても、冬は動物の活動が減る時期だ。だというのに、このリビングダイニングキッチン兼用のような小屋で生活するというのが、太朗には理解できなかった。もっとも、レコーによる解説で多少は納得するが。

『――ケンダイス山は、かつて邪竜によってあらされた土地で、潜在的に火の元素が多い。それゆえモンスター化していない動物も、火の元素を多く含んでいるから冬眠しない』

「あん?」

『――モンスターは、動物が体内に元素を蓄えすぎた時に生まれるもの。ヒトのように知性を持ち、元素を自由に操作することが出来ない動物たちは、大概元素に理性を吹き飛ばされる』

 色々言われたが、要するに冬場でも食料には困らない、ということだろうか。だがだからといって、太朗ほどわけわからん存在になっているわけでもあるまいに、老人は何故こんな場所に居るのだろう。その疑問は、流石にレコーも答えない。空気を読んだのか、太郎が自分で聞くべきと判断したのか。

「まあ、そこに座ってくださいな」

「あいよ」

 靴を玄関に置き、こじんまりとした小屋へ。中央に釜が置かれており、その下で火を起す形になっている。老人はなれた手つきで火打石を打ち、薪に着火した。わずかに空気が濁る。太朗には、それが一酸化炭素だということが潜在的に理解できた。だが窓が両端ともわずかに開かれ、入り口が吹きさらしであることを考えるに、中毒の心配は低いだろう。

 あったまった後に窯を開くと、老人は水を少ししき、捌いた魚の切り身を入れる。鉄で均質に炙られるたんぱく質の香りが、太朗の鼻を刺激した。異様に魚臭く感じるのは、換気されてても部屋が篭っているからか、それとも魚の種類によるものだろうか。どちらにせよ、太朗にその手の知識はあまりなかった。

「……」

『――食欲わきませんかぁ?』

 レコーの言葉に、少しうげっとなる太朗。事実その通りであるからだ。調理法がざっくりしているとか、そういうことではない。そもそも「食事」自体を必要としていないという、そういう感覚が彼の中に渦巻く。食べられなくはないだろうが、積極的にとる必要さえないと本能で理解してるのかもしれない。

 ま何だかんだ言っても、慣れかな?

 頭の中で嘆息する太朗。老人が魚をひっくり返し、両面に塩を振る。香草のようなものを落し、蓋をして放置。その間に老人は、パンと酒を部屋の隅、床の下にある倉庫のようなものから取り出した。

「パンは、昨晩焼いたものですじゃ」

 娘変わりほど、あまり上手くは焼けんのですじゃ、と懐かしむように言いながら、彼に手渡す。やや表面の硬いそれに、太朗はかじりついた。大麦だろうか、個性の強い香りとざらついた味は、この世界に来てから慣れ親しんだ味だった。ただ少し塩っ気が多いのか、多少の渇きを覚える。

 大型の保存瓶を開けると、老人は木製のジョッキに酒を注ぐ。液体の色は赤か紫か。要するに葡萄から発色された色である。注がれた液体から漂う刺激臭に、太朗は何とも言えない顔になった。

「…… 一応、法律上は俺、二十歳超えてるからな」

 どうやら、そういう風に折り合いをつけたらしい。

 ジョッキを煽る太朗。といっても、一気飲みするほどではない。石橋を叩いて渡るというわけではないが、未知のものに対する警戒を太朗は怠らない。結果として口内に充満し、喉を流れた液体についての感想は、かなり簡素なものだった。

「渋い」

「はっはっは、そりゃ赤ワインですしのう」

 老人も自分のジョッキに注ぎ、煽った。一瞬で赤ら顔になるあたり、弱いのだろうか。ならば何故飲むのかと思ったものの、あまり深く追求しない太郎。老人のように、再び何口か液体を飲んだ。

 段々と渋みの中にある酸味と、舌を焼くアルコールの味がわかってくる。が、それらに対する太朗の感想は「こんなものか」といった程度だ。彼の体内では、例によって例のごとく「自身の肉体を害するものを廃除する」機能が働いており、アルコールは体に取り込まれない。要するに気分が良くなったりもしないのだ。とんだウワバミである。もっとも本人はそのことに気付いて居ないので、お酒に対する認識度が低くなるくらいだった。

「そろそろですじゃな?」

 蓋を開けると、中から魚臭さがいくぶんとれた、焼き魚が出てきた。それを器にとる老人。上に草も乗せ、下にたまった液体をすくってかけると、自分と太郎の前においた。

「では、今日一日の豊穣を、女神様と貴方に感謝」

「おう」

 太い二股のフォークのような食器で、太朗は魚に切れ込みを入れ、さす。水を入れた割に、底面がカリカリに焼かれていてなかなか切れない。切れた後は、草を先に口に入れ、ほぐした身を頬張った。

 草はしそに似た風味で、なんとなくなつかしくなる太朗。ただ脂っこい切り身との相性は微妙に悪い。ワインで流しこんでも、どこか違和感のあるそれだった。パンとの相性も悪い。

「まあ、あまり料理は上手でありませんのじゃ」

 太朗の表情は完璧に無表情のままだが、老人は言われなれているのか、笑いながら自分の分も食べる。「昔は仕事一筋で、息子が生活の補助をしていたくらいじゃし、やはり向かないものは向かないのじゃろう」

「ま隠居と言ったからには元々別な職だったんだろうがな。……どうでも良いが、剣は下ろさないのか?」

「それを言うなら、貴方こそ寒くないのですのじゃ? そんな薄着で」

「慣れと気合だ」

「それでどうにかなるような寒さでもないと思うのですがじゃ……。まあ、私の方もそんなところで」

「そうかい」

 あまり追求せず、太朗も食べる。食べても食べても満腹感すら湧かず、まるで流れ作業のようだと思いながらも、出された皿は綺麗に食べた。極力モノを残さない姿勢なあたり、育ちは悪くない太郎であった。

「もっと美味いもの作ろうとは思わんのか?」

「いや、まあ食べられれば……。そもそも、最近は味も感じ方が薄くなってきましたのじゃ」

「そうかい。……流石にこれでってのもアレだ。俺も何か作るぞ」

「ほう、トード殿は料理を嗜まれていると?」

「昔取った杵柄か? ……いや別に昔じゃねーけど。まあ、女に教えられた」

 珍しいモノをみるような目で、太朗を見るオリス老人。女性に料理を教わる男、という絵面が、戦乱の続くこの大陸では思いつきにくいのかもしれない。だが、太朗は関係ないとばかりに冷えた窯を暖める。魔力で火の元素を集め、ぬくい窯そのものの熱量を底上げ。窯内の水分を飛ばしたのを確認して、食器で草をとった。

「少し借りるぞ」「どうぞですじゃ」

 床下の倉庫を少し漁る太朗。凍らせてあるような肉や魚が見られる中、おそらく小麦粉と思われる塊と、なんだか見覚えのある脂質の物体が目に入った。

『――バターですよ、たろさん!』

「まワインあるんだし、バターくらいあっても不思議じゃねぇか。でレモンもあると。よし」

 案外量のあるバターを一部拝借して、捌いた魚の切り身に塩を振りかける。刷り込ませずあっさりと下味を付けた後、氷かけていた小麦粉を窯の要領で溶かし、広げて魚の表面にまとわせる。四つほどそうやってから、窯を暖め、バターを敷く。バターそのものには水の元素をしみこませ、溶けるのを加速させた。

 魚を投入すると、じゅう、という音が響く。泡立つバターを木のスプーンですくい、何度もかけ、全体に火を通す。表面の衣の部分に焦げ目がついたら、取り出し盛り付け、バターの汁をかけ、レモンを上で絞る。

「見た目はまあまあか」

 出来上がったムニエルを老人と自分との間に置き、一つ掴んで自分の皿に。ぶすっと刺して一口食べて、彼は肩をすくめた。

「これも合わないな。多少はマシになったし、パンにも合わせられるが……、魚の種類の問題か? ま別に俺、専門ってわけじゃねーし」

 やっぱ弥生上手だったなと言いながら、赤ワインを飲む太朗。半笑いに多少苦い成分が滲んでいたのは、仕方ないところか。調理の上でも思い出の上でも、どうしようもないところであった。

 太朗の作ったあじ(?)のムニエルを老人も食べた。かりかりとした食感とやわらかな身のコントラストに驚き、バターの風味とレモンの相乗効果になお驚く。

「いえいえ、これだけ出来れば文句のつけようもないですじゃ。少なくとも私では、どう足掻いてもこうはいきませんのじゃ」

「そうかい? これでも教えた張本人は『味付けがざっくりしすぎ』だとか『火の加減と時間みなさい!』とか言ってきたんだがなぁ」

「そりゃ、出来る人間からすればそうですじゃ。でも出来ない人間にすれば、それは充分に凄い事ですじゃ。それで、人間関係が大きく壊れる事もあるほどに」

「そうかい。……まあ、新しい知見ではあったよ」

 真剣な顔で言う老人に、太朗は軽く頷きながら、液体を口の中でかきまわす。

 嘘は言って居ない。太郎にとって、今オリス老の言った言葉は、確かに新しい見解だ。そもそも興味主体が自分を中心に回っている太朗からしてみれば、嫉妬や劣等感とは無縁な生き方であったろう。現状、血脈を放棄して以降はよりそれが顕著である。ゆえに素直に思った事を口にしただけだったが、老人は冗談と受け取ったのか、力なく微笑んでからワインをあおった。

「まあ、貴方はまだ若いからまだ判らぬやもしれませぬじゃ。だが……、気づいた時には案外、大きいものですじゃ。ゆめゆめお忘れになられるな」

「……そうかい」

 それ以上を語ろうとしない老人。太朗は、何も言わず、聞かず、彼のジョッキに酌をした。

 特に何か具体的に語り合うこともなく、二人はワインを飲み明かして半日を終えた。

 

 

太朗の失敗:ムニエルは白身魚でやるべし

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