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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
魔剣というか妖刀獲得編
24/80

第16話:お前の仕業だったのか、と断定できればどれほど幸せだったか

 

 

 静謐で、理知的。一目でそんな印象を抱かせるのは、女神という属性の成せるわざか。シックな色合いの装いは、肌を多く隠し、その純潔さに一役買っている。相手を思いやるような、そんな心配そうな表情が浮かぶ顔も、この世のモノとは思えないほど美しい。背中に生えた純白の翼を見れば、まるで天使のごとくだ。今の太朗はてんで何ら感慨も抱かないが、しかしそのブロンドの相手が、桁違いの美しさを持つ事は理解できていた。

 否、桁違いの美しさというのも傲慢かもしれない。

『――多くの女神の美しさは、時代の美しさと見るものの「美しい」という感情をかきたてる主族値が組み困れて居る』

「どういうアルゴリズムなんぞ。ま別に興味ないが」

「えっと、ここ山だし酸素薄いし、そもそも相当寒いと思うんだけど……。大丈夫なの?」

 前屈みになって、太朗を心配そうに見つめる女性は、紛れもなく女神であろう。なにせレコーがそういったのだから。

 運命の女神、アエロプス。

 この大陸に来た際、聖女エスメラと共に伝えられた名である。聖女教でも勇聖教でも、ひとしく重要な立ち位置におかれる神。運命の糸を手繰り、観測し、導く存在とされている。

 そんなものが何で太朗の前に現れたのか。少なからず、彼は疑問を覚えた。もっとも、

「ま別に構いやせん」

 彼自身、女神の登場にさして興味はないようだった。すぐさま開けていた片目を瞑り、意識統一に入ろうとする。ずこ、と女神が転ぶ音が聞こえたが、オーバーな、くらいしか感想を太朗は持たなかった。だが、ほんの数秒でその評価は一変する。

『――女神の威厳も何も、あったもんじゃないですね』

「って、いやいやそんなこと言わないで……」

「……ちょっと待て、アンタ、レコーちゃんの声が聞こえるのか?」

 驚くポイントが色々と遅いが、ともかく太朗はようやく、目の前に現れた女神に興味を持った。

 女神も女神で、「あ、これその話し終わったらすぐ興味なくすだろうなー」というのを察したのか、すぐにその話には移らない。まずは太朗の目の前にぺたんと女の子座りをし、深々と頭を下げた。

「はじめまして。私はアエロプス。この大陸の――まあ、神様やってます」

「あそ。俺は、藤堂太朗」

「よろしくね。それで、えっと……」

『――私のこと?』

 ちらちらと周囲をうかがっていた女神が、レコーの言葉でびくり、と肩を震わせた。

『――自分の管轄外の精霊が紛れ込んで、さぞ困惑したかも。私も顔見せくらいはした方が良いかと思うから、出る』

 そう言うと、太郎の背後にまたもや星型の文様が現れる。紫に輝くそれから、少女がぬるりと現れた。青髪赤目と太朗は通算三度目の遭遇となるが、レコー本体の登場だ。彼女はとことこと歩き、太朗の横に正座し、彼の右腕を抱き寄せた。

「……何ぞ?」

「――アピール」

「いや、意味がわからないのだが……」

「えっと、あはは……。私、別にそんなんじゃないわよ?」

「――ぶぅ」

 何故か膨れるレコーと、困惑したような運命の女神。レコーの行動はなんとなく、弥生がたまに友達の女子にとっていた牽制行動に似て居るなと思う太朗だったが、それとこれとを結びつけて考えるような気はしなかった。ひょっとしたらその意味合いもあるだろうが、なにせこのレコーのことである。半分はノリでやってる可能性が高いと見て良いだろう。彼自身も、せいぜいアイハスあたりに感じる、親戚の小さい子を扱うくらいの感慨しかなかった。

「えっと、お名前教えてくれる?」

「――レコー。N■■■L■■■OT■P製作の、藤堂太朗のサポートインターフェイス」

「あん? 今何て言った?」

「――制限がかかった」

「えっと……。この大陸で私たちより、上位の()()ってどういうことかしら? 怖いわね、私のSANも減らされそう」

「――肯定。深入り禁物」

 太朗に理解できない単語が飛びかうが、レコーは無表情のまま。説明する気はないらしい。ひょっとすると例の、座禅中に綯夜(ないや)(つかさ)に追い返された、知るとまじやばい系の知識であるのかもしれない。特に聞きはしないまでも、運命の女神の方を見て、彼は問いただした。

「で、一体何の用事だ? 悪いがこれから座禅組まなくちゃいかんのだが……」

「あー、そのことも含めて少しだけお話。目的は二つで、一つは貴方の現状についての説明。もう既にだいぶ、この大陸というか世界のルールを超えた感じになってるけど……」

 俺のせい違うだろ、という太朗の目線に、彼女はばつが悪そうに頭を下げた。

「え、えっと……、ヤスナトラを討伐したヒトには、私から加護を与える事になってるの。もう与えてあるんだけど……、気づいてる?」

「あん?」

「貴方の能力に合わせて言うなら……、そうね。自分の種族を確認してみたら?」

 アエロプスの言葉を受けて、レコーがなにやら空中に指を走らせる。すると、太朗の眼前に、いつぞやの見覚えのある表示が浮かんだ。


【名前:藤堂太朗】【年齢:十七歳】【種族:――/ハーフスピリット】


「……あん? 半精霊?」

 いまいち理解できていない太朗に、彼女は言う。「それは、元々ヤスナトラたちが持っていた能力の一部。討伐、駆逐、あるいは再起不能によって、彼等から簒奪される種族の値。つまり血脈よ」

「さっぱり意味が分からんのだが……」

「えっと……」

「――女神は文字表示が見えて居ないから、私が通訳。つまり、本来ならば『人間/半精霊』とか『魔族/半精霊』とか表示されるべきところが、血脈を喪失しているからそんな表記になっている」

「いまいちシステムを理解しちゃいないんだが、これ、半精霊の方で俺の無表記が上書きされたりしないのか?」

「う~ん……。もともと、半精霊ってそういうカテゴリーだから。

 えっと、精霊っていうのはね?」

「あー、何となくはわかるから言わなくてもいい」

「そ、そう? で、えっとね? 能力としては闇魔法、空間全土に満ちる四大元素の操作を完全に行えるようになっているはずよ? 空間転移とか、亜空間創造魔法とか」

「はぁ」

「興味なさそうね……」

「実際興味あんまりないからな。ぶっちゃけ、それの有無で俺に制限とかないだろ?」

「――むしろ出来ることが増えた」

「細かい管理はレコーに丸投げしておくし。ま必要になったら考えるだろうが」

「ぶれないわね、こっちに来てから……」

「……ん?」

 と、そこで太朗は気付き、立ち上がる。レコーの腕を無理に振り払うその様に「何?」というような運命の女神の微笑みを無視し、彼は彼女を押し倒した。

 急激な動作ゆえ女神も反応できなかった。そして、押し倒したといっても劣情やら色欲やらという意味ではない。太朗は、女神の襟首をつかみ、地面に背を叩き付けて、馬乗りになり、右の拳を握って構えていた。拳に魔力が集り、うっすらと光が上る。それに合わせて体にノイズが走るが、そんなもん構っちゃいられんとばかりに、彼は運命の女神を見下ろし、睨んでいた。

「質問に答えてもらうぞ?」

「……へ? あ、え、えっと、いいけど、何?」

 太朗のその挙動に動揺しているものの、しかし一切抵抗を見せないアエロプス。そこは腐っても女神なのか、ひょっとすると今の埒外な太朗の暴挙でさえ、その気になれば簡単に制圧できるのかもしれない。だが、彼は怒りを引っ込めることをしない。深夜型に邪竜へ対して見せた、怒涛の激情が溢れ、拳は憤怒に満ちていた。

「――テメーが、俺達をこの世界へ連れてきたのか?」

 太朗の拳に宿る怒りは、己が死んだこと、弥生が壊されたかもしれないこと、阿賀志摩(あがしま)の暴挙、それらを中心とした怒りだ。おそらくそれらに限らないだろう、他にもいくらかある彼とクラスメイトたちが蒙った被害とは、元の世界でなら間違いなく、すべて起こらなかったかもしれない出来事である。ある意味八つ当たりのようでもあったが、しかし、本質論をつきつめれば、そこを問わないのはちょっとおかしい。ある種の正当性があるのだ。

 握られた拳に魔力がまとわれ、元素を集めて居ないのに巨大な大砲の弾のような威圧感を齎しているのも、仕方ないことといえた。

 アエロプスは、そんな十七歳の少年を、ひどく悲しそうな目で見つめた。数秒目を瞑ると、彼を勢い良く抱き止せ、そこそこ膨らんだ胸で抱きしめた。突然のことに、太朗の右手にためていたパワーが解散され、威圧感が低くなる。

「……それは、私ではないわ。でもごめんなさい」

 自分の責任ではないと言いつつも、しかし女神は、謝罪をした。

「貴方たちがこちらに現れたことは、私の管轄外の出来事だったから。世界の構成密度が低くて『落ちて』きてしまった貴方たちを、自力では元の世界へ返すこともままならないの。それこそ外の技術がもっとあれば、あるいは()()()()()とか()()()()()とか()()()が生きて居れば、また違ったかもしれないけれどね。時代が……、悪かったの。私の力不足だわ。ごめんなさい。

 そして玉虫色の靄がかかって、貴方たちに私はあまり上手く干渉できない。だから、非情なこの時代の影響を、より強く受け易いというのはあると思う。幸運は、もともとの値でしか貴方たちに味方をしない。少し上げてあげたかったんだけど、それでも……、何もできないのは、私の力不足だから。謝るしかできないけど、本当に、ごめんなさい」

 太朗に理解できない言語のみを語る女神。だが、そこに滲むは、後悔と、懺悔と、反省と、それらで埋め尽くしようのない悲しみや哀れみであった。てくてくと女神の視界にレコーが入り、彼女を見下しながら、言った。

「――笑止。邪竜以上の、真の意味での反逆の徒にして、簒奪者たる貴女が、貴女たちが後悔と懺悔と、慈しみを語ると? 世が世なら、獣として貶められ、より巨大な神性に未来永劫、その核たる象徴を嬲られ続ける運命にあったはずの、貴女が?」

「そう、ね。……でもだからこそ、私はそれを言わないといけないから。過去を清算することは出来ないし、もう、あの方には何もできないから」

「――エゴ。そして、私には本心とは思えない。思ってるだけで、行動に移してるように見えないから」

「手厳しいのね、レコーさんは」

「――大本になった神性の関係」

 レコーと女神は、それ以上言葉を交わさない。太朗は、ただ黙っていた。もともとあまり頭は良くないのだ、自分でわからない領分の話しは、黙って聞いているに限る。理解できる出来ないに関わらず、時にそれは重要である。

 女神は、太朗の頭をなでて言った。

「でも、それにしても――貴方は、偉いわね」

「……何ぞ?」

 特に顔を赤らめるでもなく、強いて言えば息苦しいというような顔で見上げるのっぺりフェイス。性欲を感じられない、否、それすら残って居ないというのが判るからこそ、女神は、あえて彼に言う。彼を起しながら、まるで母が子を慈しむかのような目を向けて、語った。

「貴方は――この大陸に同時に来た人間の誰よりも、最も奇妙な経緯を辿って今、ここに居る。

 同時に玉虫色の靄が薄れたからこそ、私が今ここにやってこられてるのだけれどもね。

 でも、その上で、己の生命を失って、それなりの年月を経過してなお一つの執念と信念のために行動できる貴方は、おそらく私たちのような『羽人(はねびと)』より、密接に現世に関われる超人なのだと思う」

「さっぱり話が見えて来ないが……」

「あまり多くを語る事は、やっぱり私にも制限があって難しいのだけど、でもこれだけは言っておくわ――諦めないで」

 と、突然彼女は太朗の左頬にちゅーした。

「――ふぁ?」

 レコーが驚く。太朗は、呆気にとられたまま動けずに居た。と同時に気付く。彼の体内に、徐々に、徐々に何かこう、暖かいものが満ち溢れて行く感覚を。唇を離すと、彼女は少し照れたように言った。

「ヤスナトラとの戦闘で失った分の生命力は補給してあげたから。これが、二つ目の目的みたいなものなんだけどね。

 じゃあ言葉の続きだけど――諦めないで。貴方の道の先には、たぶん貴方の想像を絶する展開も待ち受けていることでしょう。でも、そうであっても貴方はたぶん、逃れられない。今の貴方の流れこそが、それを証明してるのだから」

「――性格的に、厄介ごとからは逃れられないということ」

 レコーが、微妙に呆然とした声で解説をいれた。

「そう。だから、頑張って? もし辛くなったら、聖女教会とかで愚痴をこぼしてもいいのよ? 私もたまーになら下界に来れるし」

 そう言うと、アエロプスは立ち上がった。背中の羽根が光り輝き、その存在が希薄になっていく。段々とシルエットが曖昧になり、彼女は微笑みながら、その場から消えた。

「――ぶぅ」

「何ぞ、レコー」

 突如、太朗に抱きつき右頬に顔を寄せるレコー。思わずその顔面にエルボーを食らわせた太朗だったが、レコーは非情に不満げだ。

「―― ……ぶぅ」

「何かいえよ」

「――嫌なかんじ」

「あん?」

「――別にいいですよーだ。私なんて、綯夜宰ほど人格が出来ちゃいないですよーだ」

「何の話しをしてんだ?」

「――たまにはこういうのも乙なものかなぁと」

 その一言と共に、普段どおりと思われる無表情に表情転換をするレコー。彼女も彼女で、どっちが本心だかがさっぱり分からない太朗である。あの動きが本心だとしても、太朗的には拒否一拓であるが(そもそも十三歳をそういう対象としては考えない十七歳)、おちゃらけでやられていた場合、薮蛇である。今の所、綯夜宰ほどの性格の悪さを発揮したことはないが、薮蛇をつついて脳内で草を生やされた暁には、相当に嫌な気分を味わうこと必須であった。

 そんな彼を見つつ、レコーは何も言わずに再び光のサインの向こうへと消えていった。

 自分の左頬をなで、なんとなく複雑な心境になる太朗。「……あれのせいではないとすると、何で俺は、俺達はこんな場所にいるんだ?」

 解答はないだろうと思っていた呟きに、しかし空気を読まずレコーは答える。

『――条件開示、不能』

「不能?」はじめてのパターンである。

『――条件開示、不能。理由については条件開示、開放条件を満たしておりません』

「そっか。となると……」

 レコーの応答を聞きつつ、一度伸びをして、胡坐をかき。


「……じゃ、やるか」

『――あ、結局座禅は組むんですね御主人様ぁ』

「とりあえず一週間後になったら、目覚ましよろしく」


 手を組み、彼は何事もなかったかのように意識を集中させた。

 

 

女神だろうが何だろうがマイペースは貫く藤堂クオリティ

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