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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
誕生というか解脱編
2/80

間章1:なくしたものは、実は案外大きかったらしい

いきなり間章ですが、時系列的には本編です。ま本作の方向性的に仕方ないね



 理由など誰も知るはずはない。

 だがその日、彼等は皆異世界に転移した。

「……なんぞ、これ」

 とある生徒の台詞が、彼等の心境をみごとに象徴している。

 生徒達は全体的にきょろきょろしているが、無理もない。なにせこう、昼休み明けの授業。高校生活の中で一、二を争うほどの睡魔が牙を向く時間帯である。必然授業中の教室は、普段の馬鹿騒ぎ等わすれて涎といびきにまみれていた。

 そんな自習中の教室から何の脈絡もなく、突然「緑色の光につつまれて」、見ず知らずの村中に落されたのだ。

 自分の正気を疑わないほうが、どうかしている。

 劇的な魔法とかなんぞ、あったもんではない。

 ただ緑色に窓の外が光って、気が付けば木で出来た家々にかこまれた……、町? 村? 判断が難しい規模の場所に落されたのだった。

 空は快晴。彼等の居た場所も都会というほどではないが、それでも空は濁りない。地表に照りつける太陽光は、しかし普段の彼等が浴びているそれよりもいくぶん優しげなものに感じられる。

 実はそれが、大気の濃度とか成分とかの違いに由来するのだが、彼等がその事実を今しるわけはない。ただ漠然と、「……は?」という感想で頭の中は制圧されていた。

 さて、村だの町だの言っているが、この場所はとある王国である。まだ名なきこの大陸において、今の時代は豪族たちがしのぎを削り、己の武勇と神性を主張し競う時代だ。

「この癖者共をつれていけ! どこかの軍隊かもしれんぞ!」

 民衆たちからの連絡を受け、武人達が取り囲み、生徒たち全員の両手をしばって連行とあいなった。ロープは光ながら、誰の手をかりることもなく生徒達全員を拘束し、彼等を驚愕させた。後にそれが、いわゆる魔法であると知った時の反応も同様である。

 さて、騎馬兵につれられる、学ランとブレザー制服の集団という絵面はなかなかにシュールであるが、この場でそういった感想を持てる余裕がある人間はいない。

 大柄で、しかしちょっと太り気味の男子生徒は、おどおどしながら街路で周囲を見回している。

 メガネをかけた黒髪セミロングの女子生徒は、「道がきちんとしているってことは、国家としてそこそこ優秀ってことかしら」と早くも順応の気配を見せていた。

 反応は他にも多岐に渡る。なき出して武人に剣をつきつけられる男子や、「あの剣士と剣士、顔近いわぁ……」と何故かテンションの上がっている女子やら、「異世界……、てか何で会話通じているの?」と肩を落す優男、絶対殺されてやるものかむしろ殺し返してやるくらいの気合の入った柄の悪そうな生徒や、そんなことよりおうどん食べたいと言わんばかりにお腹をなでる女生徒とか。

 余裕はないが、状況的に緊張感が足りていない。もっともそれは仕方ないかもしれないが。

 突如こんな状況に陥って、すんなり順応できる方がどうかしているのだ。

 それはすなわち――行動一つが、生と死の両方に直結する時代というものに。

「太朗君、大丈夫かな?」

 自分の体を抱くように、とある女子生徒が言う。全体的にちょっとムチムチとしており、プロポーションはなかなか高校生離れしている。顔も可愛らしく、ふんわりとした雰囲気は間違いなく異性モテする。別に媚びているわけではないだろうが、なんとなくついつい目で追ってしまうような少女だった(もっとも文化圏が違うからか、武人たちからは毛ほども劣情などは抱かれてないように見える)。

 そんな彼女に話しかけられた男子は、肩を竦める。

 髪は普通。顔は、ちょっとのっぺりとしている。彫りは浅く、半眼なことを覗けば優男というべきか。彼女よりそこそこ身長が高く、百七十センチくらいだろう。

 少年は、上目遣いで心配そうな少女のほっぺを、人差し指で押す。

 ぐにっ。

 赤くなり困惑する少女に、少年は、苦笑いを返した。

「色々心配しても始まらないだろ? でも、俺は弥生が居ればあんまり問題ないしな」

「う、嬉しいけど、そゆことじゃなくて……」

「んなこと言ったって、俺にとっちゃお前がある意味全てだ。

 だからこそまずは、生存をネバギバッ!」

 二人の関係に聞き耳を立てて羨望やら嫉妬やらを送っていた生徒たちが、そろって頭をかしげた。





「もしや貴公らは、ノウバディではないか?」


 結論から言えば、王との謁見は問題なく終わった。

 彼等を助けたのは、彼等にとってあまりなじみが薄い、宗教の力であった。

 聖女教。

 運命の女神アエロプスと、聖女エスメラとの語らいを元にした聖書を教典とする、この世界での二大勢力の一つだ。

 そのエスメラに予見された存在が、ノウバディ。すなわち異世界人――この世界に本来存在しない人々というわけだ。

 彼等は異界の見地をもって、時にこの大陸を救うモノ達であるという伝承を、精悍なヒゲの王はとうてい無下にできないらしい。

 謁見の後、作戦会議質のような場所を借りて、クラス会議が開かれた。

「状況を整理すると、つまり――」

 メガネセミロングの委員長が、くい、とメガネのつるを押さえてから言った。

「私達は、異世界に来てしまった。理由がわからないから帰る術があるかどうかもわからない。

 そして、この場所『ガエルス王国』は、周辺国家と比べて大体中堅くらいの大きさ。中堅って言っても、弱小でないって程度で、国力はよくわかんない」

「何でっすか、いいんちょ!」

「教えてくれないから。そこは次に回すとして……。

 この国の宗教は、聖女教。今大陸にある大きな宗教としては、これと勇聖教ってものらしいわね。何にしても、そちらとの宗教対立とかもあるかもしれないから、色々注意が必要ね」

「はいはい~。そのハナシ必要なんですか?」

「これから私達がこの世界で、多少なりとも生きなければならない以上、最低限のルールは覚えておいたほうがいいってことね。簡単に言うと、今この世界には、法律とかがあんまりないみたいなの。そんな中で民衆を制限してしばるものが、軍規以外だとこの宗教の戒律のようなのよね」

 ま、それは後で聞くとして。周囲の生徒たちの理解度を確認する委員長。寝ているのやぽかーんとしているの、彼女のスカートがチラリズムをかもしださないかとやっきになっている生徒たちが居たりするのを見て、ため息をついた。

「はぁ……。ちょっと変わってもらえる? 副委員長」

「別に構わんよ」

 と、前に出るのは半眼でのっぺりフェイスな少年。「太朗くんファイト!」という応援と同時に、周囲からブーイングが捲き起こった。

「じゃがしいぞ、頭の上からマヨネーズとケチャップかけたろか、てめーら」

 乱暴な口調の割に、脅迫文が適切にみみっちかった。

 もっとも彼なりのジョークとわかっているからか、いつも通りなやりとりだからか、笑いが零れて多少緊張が和らぐ。

「じゃ、委員長に引き続いて話しを続けるが――今、この国は戦争中だ。

 歴史の教科書でやったろ? 豪族とか、あとは戦国時代とか……、日本史まだやってねーって? 阿呆か、小学生で習ったろ。てかてめー俺と同じ母校なんだから、断言するぞ、これ出来てないと居残りさせられたから、一回はできたろ。……って、結局出来なくて粘り勝ちしたって? もっと勉強しなきゃッ! 仕方ねーな……。

 ま簡単に言えば、色々なところに大量に王がいる状況だ。やれ我は太陽の王だとか、やれ我は山の王だとか。この国で言えば最強の王とか言ってたか?

 まあいいや。で、ともかくその王達が、他の王が気に入らなないとか、あるいは自分の領地だけだと生活が続かないだとかいう理由で、別な国を襲う。これだけでもう戦争成立だ。そんな小競り合いが、連鎖爆発しているような時代ってことだ。ぷ○で言えば二十回連続とかじゃねーか? 何も対策してないと、民衆は普通にすぐ死ぬわけな。だから、王様の下について生活するわけだ。兵士やったり、あるいは裏方で武器つくったり、食料つくったりとか色々な。

 おまけに、そこに魔王とか、そういうのが来てやがる。嗚呼、ド○クエとかのアレな。最初に出てきた魔王は、勇者に倒されたらしいけど、とにかく魔王とか魔族とかとも戦争やってるらしいし、面倒この上ないぜ。

 で、委員長の提案なんだが……、これからの方針でチームを複数つくろうって話しらしいんだが、どうする? 一応、相手さんにそれを通達するつもりなんだが……」

 最終的に、四十五人のクラスは四つの班に分かれた。

 一つは、主に運動部が中心となった戦闘組。純粋に戦闘をすることになるかどうかは不明だが、前線での補給や狩猟など、戦士たちの積極的サポートに回る組だ。また実戦希望の荒れてる生徒なども、こちらにまとまる。

 一つは、委員長率いる参謀組。直接戦闘はできずとも、知恵を貸して王を手助けすることが出来ると考えた委員長の判断で組まれた組だ。全体的に、成績優秀者やボードゲームやシュミレーションゲームが得意な生徒が集る。

 一つは、魔術組。この世界に魔法がある、という情報を聞き、いてもたってもいられなかった連中が集る。主に行動派なオタクやら、戦闘に積極的に参加したくない運動部員、あと何故か「この圧倒的男子空間、そそるわぁ……」とか言って不気味な笑みを浮かべる少女の姿があったりしたが、それはともかく。

 最後の一つは、副委員長率いる「元の世界へ帰る方法を探す」組。主にこの世界に来てから泣きっぱなしの生徒や、戦意がなく運動能力が低い生徒、あるいはそもそも戦闘に向かない生徒たちが、こちらに割り振られる。

「がんばろーね、太朗君!」

「弥生は、とりあえず明鏡止水してろっての」

 気合を入れるように拳を握る少女に、副委員長はその頭をぽんぽんとなでた。





 異世界に来て数ヶ月が過ぎた。

 時刻は夜。月光が照らし出す砦は、頑丈なようでいて、現代人の価値観からすればたいそう脆く感じられる。

 森の上にあるその場所で、少年は、のっぺるとした顔にあくびを浮かべた。

「何だよ、話って。阿賀志摩(あがしま)

「そう警戒すんなって。藤堂。ほらよっ」

 とっくりのような、ゴブレットのような独特の形状の器に、液体を注ぐ。透明だが、どこか紫がかった色をしていた。

 わずか甘い臭いの中、鼻につく刺激臭に太朗は顔を歪める。「何だこれ」

「酒だよ。ほら、王様のところで色々やった時によ、もらったんだぜ?」

 げらげらと笑う阿賀志摩。愉快そうに笑うその表情は、裏表がなさそうに見える。

「染髪出来ないっていうのが痛いけど、酒飲めりゃ少しはマシだな」

「いや、日本的にはアウトだからなそれ」

 一応突っ込みを入れる太朗に、阿賀志摩辻明(つじあき)はきししと笑って、置いてあるゴブレットを勧めた。

 両者は今、砦の見張り台に居る。

 丁度、辻明が番であったのをいいことに、彼を呼びつけたのだ。少なからずそういったことをやっても、見て見ぬふりをされる程度には彼も人望と実力をつけており、肉体やら容貌やらは、どこか以前よりもたくましいものになっていた。

「全く飲まないのも無粋か」

 一口だけ煽ると、太朗は肩をすくめながら聞く。「で、何でこんな時間に呼び出した? 今、ちょっと女神の残したって言われてる石版の解読してるところなんだが」

「ああ、そのだなぁ……。うん――」

 柄の悪そうな少年と、のっぺりとした少年。一見して相容れない容姿の二人は、しかしクラスメイトというくくりのせいか案外打ち解けているように見えた。

「――弥生(やよい)を、俺に返してくれねーか?」

 もっとも、打ち解けているように見えるからと言って、それが全てという訳ではないだろうが。

 太朗は、露骨に顔をゆがめた。

「……返すも何も、あいつは俺の所有物でもねぇだろ。無論てめぇのもんでもないが。……あいつは、あいつだけが所有してるもんだ。誰が好きだとか、誰と一緒に居たいだとか、頼みこそすれ強制するようなもんでもないだろ」

「でも、俺はあいつが好きなんだ。大切なんだ。ずっと隣で見て来て、これからも隣でずっと見ていきたいって思ってるんだ」

「ま幼馴染だって言うしな。でも、その花浦(はなうら)弥生(やよい)に拒絶された原因、心当たりあるだろ?」

 ちっ、と舌打ちをして、酒を煽る。

「お前らに全く興味のなかった俺でさえ、入学前には聞いたくらいだ。よっぽどだろう」

「……それでも、俺はあいつを――」

「手当たり次第に女とっかえひっかえして、あげく他校のやばい奴の女に手出して、かつてのクラス巻き込んで停学一歩手前で、留年させられてりゃなぁ。一応釈明は聞いとくが、どこに誠実さとかがある」

「……ちっ」

「俺も俺で、あいつは大事にしてるんだよ。それこそ一生一緒に居たいって思うくらいには。ほっとけねーだろ、あんな不器用なのをよ。卵割ったらほとんど殻の入る俺より不器用って何だよ、天然記念物か何かか?

 ま告白は俺側だったが、知ってるはずだろ? あいつ、お前とお前の仲間らに襲われかけて、一度自殺しかけたんだぞ。

 その時のことがなきゃ俺と付き合うようなこともなかったんだろうが、因果応報だろ。自分でした滅茶苦茶が、そっくりそのまま自分に帰っていってるって」

 のっぺりとした顔に怒気を滲ませながら、浅黒く焼けた辻明を睨む太朗。正直表情があんまりかわらないので恐くはないが、言葉からは結構本気度合いが感じ取れた。


「俺にとっちゃ、あいつを守る事がすべてだ。そう断言しても問題がないくらいには、俺は、あいつを愛してる」


 断言する太朗。辻明は下を向いており、表情が伺えない。

「というか、こっち来てからも何度か手出してるだろ。俺とか委員長の方に話し来てるぞ? 献身的なの装って送り狼したとか。ま大体泣き寝入りだが――っ! 何しやがるッ、があぁッ」

 ばしゃりと、辻明は太朗の顔面に酒を吹きかけた。

 目を押さえて転がる少年に、げらげらと辻明は笑い声を上げた。

「俺の今の立場、知ってるか?」

 どぼどぼと酒を頭からかける辻明。

「小隊長だぜ? 言ってみろよ藤堂。小隊長様だぜ?」

 髪をつかんで、太朗は引き上げられる。かすむ視界で見る辻明は、普通にしていれば美形にみえるのに、ホストとヤクザとギャル男を足して三で割ったような容姿をしていた。

「小隊長にはなぁ、ある権限があるんだ。――町で風紀を乱した奴に、制裁する権利だ」

「……んなもん、今のお前みたいなのに、与えちまう段階で色々ダメだろ」

 率直な感想を言いながら、太朗は右手を振りかぶる。しかし、遅い。嗚呼、致命的なほどに遅い。彼が振りかぶるよりも先に、辻明は明いた右手で彼の右目を殴り飛ばした。

 今まで体感したコトのない激痛と喪失が、太朗を襲う。

「――――――っ!」

「この小隊長様に逆らうっていうのが、この敵を警戒するための見はり台で、ほぼ絶対ともいえる上官の命令に逆らうっていうのがどういうことか、わかるかぁ?」

 俺は兵ではない、という言葉を紡ぐ余裕すら、叫ぶ彼には残って居ない。

「愛してるってだけじゃ、相手と一緒にはなれないってことを教えてやる」

 痛みにうめく太朗の胸元を蹴った。何度か今まで戦闘で体感した、骨の折れる感覚を味わう。

 激痛のあまりか、流石に彼も気絶していた。

 そばにおいてあった剣を手に取り、あらんかぎり傷をつける。腕と足と腹とをえぐり、運動できないように処置。

 その上で、見はり台の矢を一つ彼の右肩につきさした。

「どんなに偉そうなこと言っても、結局本能だ」

 いつの間にか、彼の右手にはライターが握られており。

「いくらやっても、俺が弥生と一緒に居れば、俺の存在はあいつから消えない。消えようがない――なぁ?」

 太朗の襟首を持って持ち上げると、彼の頭、さきほど酒をかけたあたりに着火した――!

「――ああああああっ! お、お前ッ!」

「はっはっは、安心しろよ。弥生はお前から、完璧に奪ってやる。完膚なきまでに奪ってやる」

 あばよ、と言って、辻明は太朗を森へ向かって投げ捨てる。

 自力ではなく、大きな投石器を用いてだ。

 鉄製の匙がうねり、乗せられた対象物を、はるか遠くへ飛ばす。


「……弥生の中から、お前のことを全部消し去ってやる」


 げらげらと笑う声だけが、見張り台の上で響いていた。



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