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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
竜殺しというか邪竜蹂躙編
18/80

第13話:歪みねぇ天誅

今日も一話

ちょっと長め&ややグロ注意

 

 

 レコーの指示で向かった先は、遺跡であった。戦闘で被害が少ない場所という指定を出した際、彼女が指定したのがここである。人目もないということで、馬鹿みたいに強化された身体能力を駆使して、ホールインワンのごときショートカットを敢行する太朗。足場にクレーターじみたサークルが出来上がってしまったことについては、軽く無視する事にしたらしい。

「で、肝心の相手の情報は」

『――開示条件不足。簡単に言えば、座禅が足りない』

「厳しいな。でも、時間もあんまりないしな……」

『――相手を直に見た場合、条件云々に関わらず開放可能』

「それは、何で?」

『――そもそも条件開放は、藤堂太朗が未だ知覚しえていない情報へとアクセスした際、概念を区切るために魔力が必要であるため。直に見聞きした場合、付随する情報の引き出しは簡単となっている』

「ああ、そなの」

『――ついでに言えば、土地の情報等に関しては年表形式が一番精度が粗い』

「だろうとは思ったがよ。で、――肝心の邪竜さんとやらは、どちらに居るのかね?」

『――南南西。上方向』

 レコーの言葉通りの方角、すなわち町の方角へ向き、頭をちょっとずつ上げる。レコーがストップをかけるまで頭を上昇させ、停止。そして、太朗は意識をフォーカスする。集中すれば昼までさえ恒星の輝きを視認でき、雲の内の雨粒を識別できる彼である、レコーの指示した方角に居るとわかれば、自然そちらに意識を向ける。

 浮かぶそれは、ヒトの姿をしていた。少年である。太朗よりも五つか六つ下。アイハスとどっこいどっこいといたくらいか。赤紫色に反射する髪を持つ少年。白い服はまるで死装束。頭蓋の後ろから竜の尾のようなものが伸びており、一見して人間でないことが確認できる姿形をしていた。全身から鈍い光を撒き散らし、その少年は空中で寝転んでいた。

「……何ぞ?」

『――竜、とはいっても普段から竜の姿である必要はなし。ましてや体表面を覆う鱗、すなわち鎧をほぼ全部放射した状態にあるため、巨大な姿はただ的が大きいだけ』

「あー、アレか。弱体化してるから小さい姿に変身してると?」

『――そんな認識でおk』

 はあ、と太朗はため息。空中に浮かんでいる少年は、確かに人智を超えた姿をしている。人智をはるかに追い越した彼が言うのも難だが、少なからず己よりは化け物じみた形態だ。おまけに他人に迷惑を掛けてる割合も大きい。

『――ちなみに、今の藤堂太朗ならばこの位置から攻撃することが可能』

「マジか。とりあえず……、本当に当るか? じゃ試しに全力で……」

 手元に持ってる袋を一度放り投げた後、太朗は投球フォームをとった。大きく振りかぶったオーバースロー。だが運動慣れしていないことが見え見えな、ゆるい投球の動作だった。

 ただ、ゆるかったのはあくまで動作のみである。彼の放ったそれは、衝撃波を放ちながらレーザービームのように一直線に進んでいった。途中で摩擦のせいか火を放ち、燃える魔球 (物理)としてそれは、太朗のフォーカスした視界の先へと飛んでいった。

 これに慌てたのは、空中に浮かんでいた少年の方である。突如己に迫る火球を避けようとするが、しかしその内側で火に包まれているのは、己の体の一部であった。どうしたら良いかさえもわからず、少年の額に火球がぶち当たり、燃えた。

「あ、マジだった。レコーちゃんやっぱ嘘つかんな」

『――えっへん。でも油断は禁物、あの程度で邪竜は死にはしない』

 レコーの言葉通り、空中に浮かぶ少年は、一気に炭化したかと思えば、その下からまた無傷の姿を取り戻していた。周囲をきょろきょろと見回す少年。どうやら攻撃の方角はわかっても、太朗の姿を捕捉することが出来ないらしい。

『――肯定。というか当然。邪竜と藤堂太朗との現在の距離は、2キロメートル以上離れている。肉眼で知覚できるほうがおかしい』

「ええー、そなの? でもんな仰々しい名前持ってるんだから、気付きそうなものじゃねーのか? こう、謎パワー的な能力でこっちを発見したりとか」

『――肯定と同時に否定。部分的には正解で、実際今言われたところの“謎パワー”的な何かで、周囲数百メートル下の現象は捕捉可能。ただしぃ、御主人様離れすぎですぅ』

「……まあ、キロまでいくと流石に無理ってことか」

 しかも二倍である。改めて、太朗は少年の姿を見る。頭の後ろから生えている尾部を除けば、まだ普通に小さな子供のようだった。だが太朗の放った鱗が、彼の周囲を機敏に飛び回っている様が、その本性を証明している。

「……ま、アレだ。この距離だとオラオラしようもないし、引っ張るぞ」

『――へ?』

 レコーが疑問符を呟くよりも先に、太朗は右手を邪竜の方角へ向けた。感覚としては、鱗を体の一部に集中させる感じに。己自身から周囲に放出した魔力を、ただ視界の先にいる怪物へ向けて、投射し集中する。果たして、彼の目論見は寸分たがわず成功し、少年の首根っこを締め上げるように捕まえた。

「硬いな、流石にこのまま絞め殺せはしなさそうだな」

『――肯定。……と、藤堂太朗? いくら何でもこれは、やりすぎだと思う』

「何ぞ? てか何が?」

『――今藤堂太朗が行っている事を、一般人が行おうとすれば、それこそ一万倍は高位の魔術師が必要』

「そうかい」

 特に興味もなさそうに、太朗はその手を引き寄せた。彼の感覚としては、首を引き千切るとか、もぎ取るみたいな感覚だったというのが恐ろしい。基本的に彼の感覚は高校生のままのはずなのだが、その動作には躊躇と容赦がなかった。もしかすると、そこは彼が喪失した人間の血脈に含まれる要素であったのかもしれない。

 寄せられた怪物は、太朗の眼前の地面に叩きつけられた。さきほど太朗がひとっとび着地した地点に、更なるクレーターが出来上がる。その中心から、砂煙を立てて少年の姿をした怪物が立ち上がった。

『うryんk、zsrkhcb!』

「すまん、何言ってるかわからんからエスメラ語でおkだ」

 少年の放った言葉は、どうやら今の大陸言語ではないらしい。なんとなくだがそれを察して、太朗は軽く言う。しかし少年は聞く耳持たずという風に、浮遊させていた鱗を集め、連続射出した。

 一切警戒していなかった太朗に、それはクリーンヒットする。さきほどまでのそれと違い、今の太朗の目を持ってしてもその弾速は視認できず、結果として彼の足や腕にそれらが数発打ち込まれた。

『――警告、すぐに体内の鱗を廃除すべし』

「あん? ――っ!」

 レコーに言われて時間差が出たものの、太朗は魔力で体内にあるそれを、ゴム人間よろしく体外に排出する感覚で魔力を流した。基本的にこの姿になってから一切感じなかった「痛み」を、この時間違いなく感じ取った。腕とふともも、ふくらはぎとに強烈な熱と痛みが走ったのだ。それは、少なからず楽観的だった彼の心構えを変えさせた。

 体内にあるそれらは、更に排出することができなかった。腕についたものに関しては、無理やり指を突っ込み(!)物理的に引き剥がす。鱗自体は一般人相手のように粒子化して分散しないようだが、しかし、そうであってもこれは、拙い。

 現在の太朗は元素の塊のような存在であり、それを維持しているのは太朗の生命力と精神力のみだ。本来、物体としての肉体がないにも関わらず、まるで物体のように元素が寄り集まり形成された存在という、レコーのような正規の精霊からすれば「バグ」としか形容できないのが太朗である。だが、この邪竜はそんな彼の生命力を食らう。

 それが意味するところは――肉体そのものの破壊に他ならない。

 なるほど、確かにレコーが言った通りだ。なおも打ち出される弾丸を、レコーの指示で交わそうとするが、結果としてやはり何発かは被弾する。交わすのがやっとだが、それでは駄目だ。被弾回数がそのまま一般人のごとく己の死に直結する現状、太朗からは余裕がなくなった。

 とりあえず下着の局所部の防御力を圧倒的に底上げし、一端距離をとる。だが相手はそんなことを無視して射出。ホーミング機能がついていないのが幸いかもしれないが、相手は文字通り「数撃てば当る」を地で行く戦法を取り出した。

「れ、レコーちゃん、防御とかできるか?」

『――否定。しかし、足に埋まった鱗の撤去くらいならば』

「それは、なら頼――うげっ!」

 突如、己の腹から伸びた半透明の少女の手が、両足の内部を次々に鷲掴みし、肉ごと鱗を引き千切る様は、痛みと見た目の酷さで太朗の血の気を引けさせる。数秒と経たず足も服も元通りへと回復するとはいえ、二十年前といったか、死ぬ間際あたりの自分の現状を思い出すそれに、太郎は心底嫌そうな顔をした。

『srsんs、gsk――!』

 少年が指を鳴らすと、どこからともなく鱗の軍隊が現れた。

『――警告。町に浸透した鱗の割合が減退』

「あん? どういうことだ」

『――弾数を増やしたかと』

「えげつねぇ……。レコーちゃん、何か対策ないか?」

『――そうポンポン出てくるものじゃないですよぅ! 条件開放だってちゅーとはんぱですしぃ! そういうなら、せめて撃ち返しちゃってくださいよぅ、結局鱗なんだから魔力でどうにかできないですかぁ?』

「魔力で? ……」

 と、太朗は一瞬足を止める。そのまま正面に向き直り、雨あられと降り注ぐ赤紫の弾丸一つ一つを、しっかりと視認。

「……ま思い付いたけど、せっかくだしやってみるか」

 そして、太朗は腰に両手の拳を構え――交互に様々な方角へと打ち出した。

「きーえろ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ――!」

 口走ってる言葉は、飛来するそれらに対する正直な感想だろうか。しかし、無駄に思えたその動作は、案外と効果があった。両手の拳に、いつの間にやら集中した魔力。それらが激突するたび、鱗は確かに打ち返されていくではないか。

 その様を見て、少年は「面白い」とばかりににやりと笑う。太朗に撃ち返された鱗は活動を停止し地面に転がっていたが、すぐまた、次の編隊が少年の背後に現れた。

「……レコー、ひょっとしてこれは――」

 あまり聞きたくない、という風に太朗が確認をとる。当然、レコーはそんなことなどおかまいなしに事実を告げた。

『――ぴょん、持久戦確定ですよね、ぴょん!』

「あ、そう……」

 このタイミングでふざけたことを抜かしたのは彼女なりの気遣いか、はたまた彼女もテンションを上げなければやっていられないからか。実際、太朗のこぶしが取りこぼした鱗は、全部彼女の手と思われるものが引きちぎり、引っぺがしていたのだ。

 少年は、にやりと笑って太朗に手を差し向け――。

『んsんsんsんsんsんsんsんsんsんsんsんsんsんs――!』

「邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔――!」

 両者の絶叫が、遺跡に響き渡った。





 どれほど時間が経過したか。少なくとも夜は開けていない。

 だがしかし、太朗は――ついにやりきった。

『――衝撃。町中に鎮められていた鱗が、全部弾丸として使われ、藤堂太朗に撃ち返された』

 そう。竜と太朗の周囲には、赤紫の鱗が山のように積まれている。それらは、死を覚悟しろと言われた邪竜相手に、一歩も引かず太郎が立ち向かった証明だ。拳を握り、太朗はそれを相手に向ける。そこから人差し指を伸ばし、叫んだ。

「後は、お前だけだな」

『……ふむ』

 少年は、ここではじめてエスメラ語を話した。太朗に聞き取れたそれは、古めかしいしゃべりのくせに妙に子供のように甲高いものだった。

『ヒトの子、優れた拳闘士よ。こたびは礼を言おうぞ。我の退屈を、一瞬とはいえ紛らわせたのだからな』

「退屈?」

『嗚呼、そうよ。女神によって己が己に与えられた瞬間より、我はそれを感受する気などさらさらなかった。ゆえに得た自由であっても、我にとって重要な娯楽となりえなかった』

「何言ってるかわかんねーぞ」

『だがしかし』邪竜は太朗の言葉を無視した。『今ここで、貴様のような矮小な存在であっても、我に爪を立てることができるかもしれないという、可能性を見せ付けてくれたことに』

「……何となく気に入らねぇ。圧倒的に上から目線だが、アンタ、俺を殺せるつもりか? どう見てもアンタの方に勝ち目が薄いように感じるが。鱗は全部落したし」

『嗚呼、案ずるでない。準備は――もう整った』

「あん?」

 と、太郎が気づいた瞬間、鱗はいつの間にやら彼の視界から消えうせていた。少年はくつくつと笑いながら、言う。

『まさか、この遺跡の下に『太陽と月』の躯が一つあるとはな。流石に驚いた』

「あん?」

 理解できない太郎に対して、理解できない言葉を紡ぐ邪竜。そして――。


 山が、壊れた。


「……は?」

 気が付けば、太朗は山の麓まで吹き飛ばされていた。目を開ければ、わずかに痛む頭の裏と、こちらに向かって飛んでくる巨大な岩や土砂崩れ。溜まらず岩は拳で砕き、土砂は蹴り上げて真っ二つに割いた。反射的な行動だけでこの有様というのに彼自身、自分のそれにちょっと引いて居たが、事態はそれどころではないらしい。

 さきほどまでは山の中腹にいたはずの太朗だったが、しかし、嗚呼どうしたことか。何故下側へと飛ばされたか、ということについては、一見してその答えが出ている。

 山の中腹から上半分が、全て消し飛んでいた。そして、欠けた山の箇所から黄金色の、巨大なドラゴン。山を消し飛ばしてようやく出現できるだけの巨体を、その竜は持っていた羽根の生えたトカゲの意匠をもつ西洋の竜。首が斬り飛ばされている辺り、それは死体なのかもしれない。だが、嗚呼見よ!

『――条件開放、“明滅と停止の邪竜”、部分開放。

 かのヤスナトラは、頭と尾のみという短い本体と、飛来し操作することの出来る鱗とを持つ。普段は尾に鱗を連結させ、巨大な長い一本の胴体のように見せかけているが、それはまやかしに過ぎない』

 その竜の死体に、赤紫の鱗が張り付いていくではないか。鱗の量は竜の全身を覆うに充分であり、竜の死体の全身は、もはや“明滅と停止の邪竜”のものとなっているのだろう。最後に、少年がその欠けた首のあたりにいくと――暗黒と共に、そこには首が接続されていた。赤紫の胴体に合わせたような色合いの毛並みを持つ、鳥のような頭。黒い嘴に赤い両目、青い鬣に白いツノ。

『――他の邪竜の死体を利用し、己を強化したといえる』

 レコーがそう説明をし終えた瞬間、邪竜は咆哮。太朗の全身がびりびりと震え、森そのものがわざわざと蠢く。先ほどの山頂付近崩壊という事態を含めて、動物たちが逃げ出しているのだろう。だが、邪竜にとってそんなもの歯牙にもかけるほどではないらしい。

『こちらが当りだったか。さて――では、ヒトの子よ、死合おうか』

 邪竜は、太朗を見下しながらそう言った。そうすれば、必ず眼前の相手は逃げ出すか、命ごいをするものだと理解して。邪竜と呼ばれるだけあって、この竜もまた下劣な精神を内に秘めて居るらしい。

 だが、しかし。太朗はその竜の言葉に、答えない。

『どうした? ヒトの子よ――』

「や、山ああああああああああああッ!」

 目を見開き、太朗は山頂部を見て、絶叫した。「は? は? 嘘だろマジ在りえねーぞ、砦なくなるとかマジ意味わかんね、ないと魔力底上げしても探せないだろ、遺跡崩壊したら手がかりなくなるだろ、ちょっと、は? は? は? 意味ワカラン、わかるか、わかってたまるか、クソが、クソが、死ね」

 異世界に来てから、どころかこれまでの彼の人生の中で、彼が口にした罵倒語で最も程度が低く、同時にもっとも混乱と強いうねりを感じるものであった。だが、竜にはそれが理解できない。町の方を見ながら、周囲一帯を振るわせるほどの大笑いをする。それにより町の住民が出てくることを予見し、己の姿と山が消し飛んだ事実に恐怖するだろうという前提で、竜は己の存在を誇示し続けた。

 だが――それが、決定的に悪かった。

『――と、藤堂太朗?』

「……何笑っとんじゃワレえええええええええぃッ!!」

 唐突な関西弁の雄叫びと共に、太朗は跳躍。竜の顔面の高さへ飛びあがり――そのまま、竜の鼻先を蹴り飛ばした。

『がっ!?』

 竜は、のけぞった。だがすぐさま距離をとり、鼻先を押さえ、太朗を見る。眼前に、さきほどまで地を這う虫のように思っていた相手が、「浮かんでいた」。血を吹き出している鼻先。といっても嘴のような形状をしているため、部分的に折れているというのが正確なところか。だが、そんなことを言っている場合ではない。通常ならば、ありえないことが起きた。ヒトは、どこまでいってもヒトである。それこそ「原始の英雄」たちや、「聖武器の勇者」たちでもない限り、本来己を屠る事は適わないはずだ。それが、たった一撃で己の身体から、血を流させた?

 理解ができない現象に混乱する邪竜。だが、太朗は続けて叫ぶ。

「あそこにゃなああああああ!」

『がっ!』

 そのまま空中で軌道を変え、太朗は拳を竜の顎にたたきこむ。

「わんこが眠ってたんだぞ、この野郎! 俺をな、わずか一回ばかり命助けられたからって、ずっと見守ってた奴なんだぞ! ちょっと頭弱かったかもしれんが、でもな、ずっとずっと親子で眠っていられればって、そう思って墓入れたんだぞ!」

『がっ、はっ、ぐっ!』

 連撃が続く。両方の拳で交互に竜の頭を殴る。時に高速移動を混ぜながら、激情を迸らせながら、太朗は殴る。

「弥生だってな、居たんだ! ……絶対、かつてあそこに居たんだ! 例えどれだけ酷い運命に苛まれても、あそこに居て、そして手がかりがあったんだ! 帰る手段についてだって、あったかもしれないんだ! だっていうのに――!」

『――ご、御主人様、落ち着いてっ!』

 慌てるレコーの静止 (背中から出た半透明な腕で肩を押さえられている)すら無視して、太朗は殴る。蹴る。とにかく原始的な暴力を邪竜に振るい、蹂躙していた。さきほどまでの鎬の削りあいなど、何処吹く風というほどである。

 藤堂太朗の存在は、元素の塊がヒトガタになっているようなものである。それゆえ、本人の精神力が追いつけば、確かにこういったことは可能であるはずだ。無論そうはなっていないので、彼自身は座禅を繰り返して地道に上げていく方策をとっている。

 だがしかしこの瞬間、太朗の憤怒は座禅による精神力増強をはるかに上回っていた。

 魔力の上げ方は二通りある。己の感情を精神力で制御する術を身に付けるか、あるいは――感情に精神を委ね、暴走させるがごとく振り回すことだ。

 普段の太郎がとって居るのが前者であり、――現状の太朗は、意図せず後者を実行してしまっていた。

「邪魔だ、消えろ、邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔――!」

 藤堂太朗は、基本的に怒らない。決して温厚な性格というわけではない。あくまでも彼の興味主体が、彼自身を中心とし、基準としたものだからだ。要するにちょっと自己中なのである。だがだからこそ何度でも諦めずに、目的へと内初的に立ち向かえるのだと言いかえることも出来るはずだ。それによって花浦弥生は、多少なりとも救われた。

 だが、だからこそ己の基準を逸脱して怒りに全身が支配されている現在は、まさに、暴走状態といえた。己の生命力について、一切思考が及ばなくなっているだけ重症である。

 太朗は、とにかく頭を殴る。かの邪竜の本体が、おそらく今鱗で接続された状態になっているこの頭の箇所なのだろうと聞いた情報から判断し、ひたすらに殴り続ける。その一撃一撃は、小さなこぶしであるはずなのだが、何故だろう、竜にとっては巨人の一撃に等しい威力を誇って居るように感じられてならなかった。

 果たして現在、太朗たちがどう町民に映っているか。それについては嫌でも後日知ることになるだろう。だが、彼はその程度の予想すら出来ないくらい、そっちを気にすることさえできないくらい、怒りが全身を支配していた。

『こ、この、調子に乗るな――!』

 苦し紛れとばかりに、邪竜の胴体から鱗が放たれる。しかし、歯牙にもかけず太朗はそれらを蹴飛ばし、殴り飛ばし、竜の顔面にたたき付けた。目が、鼻の穴が、頬が、とさかが、ツノが、様々な箇所に竜自身が打ち出した速度の何百倍もの速度で撃ち返された、己の鱗がつきささり、悲鳴を上げた。

「うるせぇ」

 首元まで下降し、喉仏を蹴り飛ばす太朗。潰れた喉から空気と血が吹き上げ、一切容赦がない。

「レコー、もう片付けたい」

『―― ……仕方ない、もう。条件開放、一時開放。

 今のまま連続で使われたらたまったものではないので、一回のみに絞る』

「それでコイツ倒せるんなら構わん」

 と、太朗の体にうっすらとある感覚が過ぎる。それは、二つの概念の結合だった。物体の固定化と、物体の気化。拡散するその要素が固定化した要素にぶつかり、ばらばらにし、しかし固定されたもの事態の性質を大きく損なわず、周囲を蹂躙する。

 その感覚を、太朗はそのまま表した。両手をかかげ、自身が感じ取った「固定化」と「気化」、すなわち土の元素と風の元素を魔力でありったけ、かきあつめる。

『あ、あぶぇおうーおおいざッ!』

 「な、何をするつもりだ」とでも言いたいのだろうか。もはや言語にならないそれを発する邪竜に、嗚呼、今、彼を超える不条理が、螺旋を成して降り注ぐ――!


天誅(死にさらせ)


 太朗のその一言と共に、邪竜の肉体は――複数の、積乱雲を内包した嵐によって、粉々に打ち砕かれた。

 

 

追記:2015/2/6

すみません、深夜更新分ちょっとお休みさせてください・・・ 調子が良ければお昼か夜には今日の分投稿致しますので・・・

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