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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
竜殺しというか邪竜蹂躙編
17/80

第12話:言うだけ言っても結局最終判断は個人に任されるところ

今日も一話

 

 

 赤紫の雨の中、藤堂太朗はあまりにも忙しかった。

「次! 処置するからとっとと来い!」

 石材で作られた教会にて、太朗は叫ぶ。倒れた町のヒトビトが担ぎこまれ、治療を行う。運んでいる人間は既に治療を負えた人間や、アイハスなど教会の人間たち。それぞれが頭から足元まですっぽりと被り、雨により身体を濡らさないよう細心の注意を払っていた。

「け、賢者様……、どうか、うちの『もみじ』を……っ!」

「だー、泣くんじゃね、あとあんまり縋りつくな。アンタら親にも被害が及ぶぞ、そしたら赤ん坊はまず助からん。優先順位を考えろ、アンタらほどではないが赤子よりはこの娘は体力があるっ!」

 苛立ちながら叫ぶ彼の足元で、太朗の目の前で寝かされている少女の父親が――松林章雄が膝を折り、泣く。彼等にできるのは祈るばかりであり、それ以外はむしろ邪魔といったところか。薬剤師たちが鎮痛剤を飲ませたり、モンスターのコアからつくられる元素吸引薬のようなものを飲ませたりするのを見つつ、太朗は苦い顔を浮かべる。

 彼の眼前、少女を含めて未だ被害を受けた町民は数十人にのぼる。優先順位として子供から先に、という部分を徹底しているものの、絶対数の問題で太朗の手はまわっていなかった。初動の遅れから既に九人は死なせてしまっている。気を緩める暇などどこにもないのだ。

『――被害拡大中。まもなく四人運びこまれる』

「どうなってんだこりゃ、明らかに外に出てた奴等ってだけじゃないだろこの人数」

『――窓際に居たり、あるいはわずかに雨漏りをしたり。少なからず藤堂太朗の故郷が国ほど建築技術は発展していない』

「嗚呼そうかい。――ふん」

 目の前の少女の腕から、「ヤスナトラの鱗」を切除しつつ、薬剤師やら教徒たる少年少女らに指示を出す太朗。おそらくここの司祭に次いで偉いだろう、腰の低いヘコヘコした男を見つつ、叫ぶ。

「そこでおろおろしてる暇あんなら、魔法で水でも出すなり、魔法砂の予備を準備するなりしておけ! 時間との勝負だ、負ければてめーら全滅だぞ!」

「ひ、ひぃ!? はい、かしこまりました!」

 へっぴり腰でせかせかと走る男。やや太ったその体躯は運動不足が見え隠れするが、しかし太朗の指示には文句を言わず従っている。そもそも広い場所であり、雨漏りの心配の低いこの石材の教会。臨時で混乱していたとはいえど一応貸与するあたり、有能な男でないかもしれないが決して無能というわけでもないのだろう。司祭の、マキシームだったか。それがよほど有能で、出す指示が的確だったということか。

「賢者様! 魔法砂が――」

「今司祭代理が持ってくるから待ってろじーさん!」

 老魔術師は、魔法砂で構成された陣の中央で、太朗同様魔力を用いて施術を行っていた。原理について彼に聞き、サポートと共に実演をした結果、速度こそ太朗ほどではないが地道に魔力で、鱗を追い出していた。

 魔力を流した結果、色とりどりの宝石のようだった魔法砂が黒ずんだ色になっていく。そろそろ術を使うのに限界ということだろう。モンスターのコアや魔族の角を使い作られる魔法砂がなければ、普通は魔法など欠片も使えない。

「はいはい、お待たせいたしましたわ!」

 と、教会の地下から司祭代理を引き連れ、松林みゆきがやってくる。髪を頭の後ろでくくり、エプロンをつけているが両手に持っているのは魔法砂の入った箱だ。

「嗚呼、商売用の魔法砂が……」

「何言ってるんですの神父さん。こんなもの、使う時に使わなかったら宝の持ち腐れじゃありませんの。ほらお爺様、私も致しますわ?」

 老魔法使いの坪に魔法砂を注いだ後、彼女も服から細長い呪札を取り出し、魔法陣から離れた場所にしき始める。魔法砂の塗料を用いた札であり、これはつまり彼女もまたある程度は魔法が使えるためである。

「じゃ、てめーら頑張るぞ。夜になるまで続きはしまい。それまで、何としても生き延びろ!」

「「「おお!」」」

 教会の中に、一致団結した町民たちの声が響いた。





 藤堂太朗の肉体は、生物種を超越している。既にその身は人間と呼ぶに値せず。現在のそれは元素、魔法を構成する形ある自然法則が寄り集まり形成された、ヒトのような形をした名状しがたい何かである。それゆえ、肉体はそれを害するものを許容しえず、はじきだす。

 レコーからのその説明を聞き、太朗は空を見上げる。赤紫の雨は、すべて太朗の体表面で恥かれている。一体これはどういうことのか、という質問に対する解答は、ひどくシンプルなものだった。

 この雨には、生物種の肉体を害する要素が含まれている。

『――ヤスナトラの鱗』

 老魔術師が殺されかかった、生命力を奪われる呪いのようなもの。おそらくそれが、この雨全体に混じって降り注いでいるのだろう。それを知った瞬間、太朗はアイハスを抱え、老魔術師共々教会へと走った。服のお陰かアイハスには影響が少なく、そのまま教会で今働いてもらっている。

 何を考えることもなく、太朗は動いていた。教会でも、引き取られている孤児たちや修道女らが被害にあっていたが、それらにも高速で処置を行う。この段階で全体的に体力を消耗しており、老魔術師にかけられたそれとは比較できないほど、吸引力が強かったらしい。

 その後、次々に教会に駆け込んでくるヒトビトの治療に追われる太朗。やはりというべきか、太朗のように一発で呪いを破棄することは出来ないらしい。

『――相手の呪いの圏外へと行けば、術は維持されない』

「でも、連れ出す時間もないだろ。というか相手すらどこに居るかもわからねー」

 幸い教会の制服をすっぽり被ると、雨を軽減させる効果があるらしく、それを指示して無事な町民や、治療後に動ける町民らに救助を手伝ってもらっていた。段々と合流してくる魔術師たち。何か協力できることはないかという彼等に方法と概念とをさらっと説明し、対応を続ける。

 結果として、それらは深夜まで続き、多くの町民たちは現在、患者も治療者も教会で寝入っていた。

「……で、こりゃどうしたものかねぇ」

 手元にあるズタ袋。膨れ上がったそ中には、鱗が大量に含まれている。

『――滅却は、現在の藤堂太朗では不可』

「まわかっちゃいるがな。……ん、現在?」

『――肯定。将来的に、「現象」の概念の理解が進めば、魔術を「調和」させて発動そのものを対消滅させることが可能』

「意味わからんが、将来的には呪いが解ける、と。でも――今じゃないなら意味がないな」

 雨上がり。二つの月が見える空にて、太朗はため息をつく。

「……聞くぞレコーちゃん」

『――なんなりと』

「降った雨は、町の住民たちから生命力を喰らおうとしていた」

『――肯定』

「じゃよ。――降り注いだ雨は、どうなる?」

 鱗がどのような性質を持つか、ざっくりとしながら理解している太朗だ。おおよその見当はつけていたが、しかしレコーの言葉を待つ。彼女の解答も、一切の私情がはさまれない事実のみであった。

『――ひねりもなく、浸透し、生命力を吸い上げる。現状は何故か吸収が止まっているが、いつ開始されるかは定かではない』

「……そうか」

『――土地の生命力が吸い尽くされれば、すなわち元素が存在できないということ。元素がないということは、生物種が存在できないということ。死の土地、悠久の砂漠、生きものの死に果てた大地のみが残る』

「……これは、災害とわりきるようなものなのか?」

 このまま行けば、町の運命は到底明るくない。そこに憤りを感じるものの、それが自然の流れだとすれば、彼にあらがう術はない。災害だとしても、それに応対する技術が今の彼等にはなく、また太郎だけがどれほど頑張ったとしても、実現させられる可能性は低いだろう。死にたくないのなら別な場所へ逃げるというのが一番的確な対象法だ。

 しかし、レコーは否定する。

『――部分否定。ヤスナトラ、邪竜のもたらすことは災害のごとくであり、邪竜そのものもまた災害のようなものと化している。そもそもヤスナトラとは【検閲削除】により創造されし管理代行』

「いや、検閲削除て」

『――条件開放が満たされた場合復活。

 そして、邪竜による災害が、絶対不可避であるかどうかは、また別な話。藤堂太朗が、文字通り「死」を覚悟すれば、不可能ではない』

「……ほとんど死なないみたいなことを言われている、俺が死を覚悟するようなことをすれば、可能だと?」

『――肯定。ほぼ死なない、とはいえど藤堂太朗は、カテゴリー上は辛うじて人間ベースを逸脱していない。そして“明滅と停止の邪竜”は、藤堂太朗が戦闘するに現状、最も相性の悪い相手である。詳細はあと数時間座禅を組めば成立するが、しかしどちらにせよ、その事実は変わらない』

「そりゃ、あんま避けたい未来ではあるかなぁ……」

 そう言いつつも、太郎の腹の内は揺れて居るらしい。

 ろくに話し合いをしていたわけでない町の住人。自分のことすら忘れていた元クラスメイト。なにより己が死した後、愛する彼女の尊厳すら守れず、不条理が続いた未熟な国家。学がさほどない太朗でさえわかる、現代人の感覚と比較すればガエルス王国は、未だあまりに幼い国だ。二十年経って多少変化しただろうか? 否。宗教施設が福祉や戦後の始末の代行を成し、教育機関らしい教育機関すら出来ていない現状、国にとっての二十年など瞬き一つほどの瞬間なのだろう。

 だが、彼の内にくすぶる感情は、何と形容すれば良いか。あまりに、あまりに冒涜的すぎやしないか。このまま放置すると言うのは、太朗自信の矜持に対する背信に他ならない。己自身が不条理にさらされ、回復することが出来ないだけの時間を置き去りにさせられてしまった。その事実で更に強化されているだろう矜持。十代の少年少女が一度は経験する全能感と交わったそれは、かつて花浦弥生を救えると後先考えず行動できたものであり、それを彼は未だ失って居ない。

 同時に、内側で迸る彼個人の欲求。眠りたい、食事をとりたい、そいった感情とは無縁となってしまった藤堂太朗だが、そんな今の彼を支えているのは、花浦弥生の安否と現状についての確認と、何かできることがないかという薄らぼんやりとした感情だ。レコーに頼らず自身の手でそれを見つけ出し、どうにかしなければいけない。今の自分ではなく、かつての自分が果たせなかった過去への弔いに他ならない。二十年は、狂気が狂気でなく平常になってしまえるだけの、長い、長い時間だ。現在となっては、彼自身が例えどれほど彼女を救いたいと想ったところで、経過した時間が残した爪跡がそれを許しはしない。だからこそ、太朗のその想いは何倍にも強固なものとなっている。

 レコーの話しを総括すれば、己が身を賭せば町を救えるかもしれない、ということである。

 そして、太朗は己の矜持と己の願望との狭間で揺れていた。

「……あれ、トードさまぁ?」

「……なんぞ、アイハス。もう子供は寝る時間だぞ」

 と、教会の屋根に登ってくる少女。うとうとと目をこすりながら、屋根についた天窓を開け、ひょいひょいと太朗の隣にやってくる。

「寝れねぇのか?」

「……なんだか、怖い夢をみました。覚えてもいないはずの、お父さんたちが死ぬような」

「そうか」

 ぽすん、と彼の肩に頭を預ける少女。太朗は一人っ子であるが、なんとなく従姉弟の、妹のような少女のことを思い出していた。頭をぽんぽんと撫でると、少女は押し殺したように、言葉を紡ぐ。

「……みんな、死にませんよね」

「それを断言するのは、俺には難しい」

「そう、ですか……。そう、ですよね」

 太郎が酷い形相で自分を抱き上げた際、もしかしたら彼女も、降り注いだ雨こそが原因であると気付いているのかもしれない。その鱗がどのような性質なのか、ざっくりと彼が魔術師たちにした説明で理解はしているはずだ。ゆえに、そんなものが大地に降り注いだとしたら、という想像は、難しくないだろう。

「……アイハス。もし、お前が土地を捨てろと言われたら、どうする?」

「?」

「そうしなければ、みんな死ぬと言われたら。死にたくなければ逃げろ、と言われたら」

「……そう、ですねぇ」

 アイハスは、月を見上げながらつぶやく。「――朝、目が覚めると、鳥の泣き声が聞こえるんですよ。起きて祈りを捧げていると、マキシーム司祭が頭をなでてくれるんですよ」

 少女の言葉を、太朗は無表情に聞き続ける。

「おひさまが登ると、近所の小さい子たちが、教会にあそびに来て。たまに家のお仕事を抜け出して来てる子たちもいるんですけどね。そして遊んだり、勉強教えたり、時に大人たちに怒られたりすることもあります。

 春には、少しだけすっぱい臭いがするんですよ。山の花の香りなんですけど、爽やかな感じの風で。夏はトウモロコシとヒマワリが。秋はりんごで、冬は雪のしっとりとした、臭いなのかよくわからないけど、そんな感じで」

 ばらばらに紡がれる少女の言葉は、一貫性がない。しかし、そのどれにも共通するものが一つあった。そしてそれは、とても大きな一つであるように太郎には感じられた。


「私は――この町が、この町の住人が、みんな、みんなみんな大好きなんです」


 太朗を向く満面の笑み。それは間違いなく無垢なものであり、彼の心にちくりとした痛みを残す。

「だから、できれば私はここで生きて、ここで命を終えたいと思います。時々巡礼とかで出立することがあっても、やっぱり、ここに帰ってきたいです」

「どれほど死ぬのが確定していても、か?」

「ええ。あとたぶん、大人達もみんなそんな感じだと思います」

 どうしてだ、と太郎が聞く前に彼女は微笑んで続けた。「ここの土地の人たちは、多くはやっぱり砦が奪い返される前から住んでいたヒトやその子供たちが多いんだそうです。そんな彼等が、わざわざ自分達の親とか、家族とか、そういったみんなが殺された場所に、好き以外の理由で舞い戻ってくるでしょうか?」

「……そうか」

 太朗には、理解できない概念である。しかし同時に、理解できる感覚でもあった。彼が花浦弥生に対するようなそれで、多くのヒトビトはこの土地に執着しているのだろう。それは、確かに重く、はるかに退けるのが難しい感情だった。

「でも、命あっての物だねだとは思うがな。死んでしまったら、殺されてしまったらそれこそ意味がない。どうしようもなく強いられて、それに抗うことが出来ないなら、流されるのではなく――って、寝てるか」

 横を見ると、アイハスはすーすー寝息をたてていた。十三歳という年齢をかんがえれば大人びた部分も多い少女だが、こういった点は年相応というべきか。そっと抱えて、太朗は自分の上着を乗せ、そのまま教会の中へ。音をたてずに彼女を寝かし、ユニオンスーツのような上半身のまま、教会を後にした。

『――ずいぶんと、勝手な意見っ』

 レコーは、何故かちょっと不機嫌そうな声をしていた。「なんぞ、どした?」

『――別にぃ。でも、あんなことを言われたら藤堂太朗は逃げられない』

「んん、ま、な」

『――自覚もなく、逃げ道を塞がれると言うのは、藤堂太朗が嫌う不条理の一種』

「だが、だからといって俺がそっちに抗うと、ここら一帯は何ら因果もないだろう事態にさらされるわけだ」

 苦笑いを浮かべながら太朗は歩き、広場に立つ。「レコーちゃん、最初に言っておくが俺、戦闘とか全然できんぞ? 武器のブローカーみたいなのは動きが見えたから出来ただけで、んな、“邪竜”なんて仰々しい名前を持つようなやっこさん、自力でどうにかできるなんぞ思えん」

『――でも、やると』

「まあな」

『―― ……サポートは可能。今の藤堂太朗以上に、藤堂太朗の身体性能を私は把握している』

「そうしてもらえると助かるな」

『――引き返すなら、今。敗北はすなわち、二度目の死。二十年越しの復活すら無意味になり、また勝利したとしても絶対生きて居られる保障は薄い。そもそも現状、藤堂太朗が命をかけるだけの価値が、私には見出せない』

「ん、そうかもしれん。だがまあ――」

 太朗は、ポケットに手を突っ込みながらつぶやいた。


「――せっかくだから、やってみるよ」


 レコーは、何も答えない。太朗の言ったそれが本心かどうかすら問わず――そして、彼は月夜の空に舞った。

 

 

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