第11話:時間は薬だとヒトは言うけれど、それすなわち毒物だと断言してないかな
今回は一話です
砦跡地にて、太朗はレコーに確認をとっていた。
『―― ……』
「おーい、寝んなまだ真昼間だぞー」
『――はっ、失礼。でも、藤堂太朗のごとく一晩中起きて居られるほど、私はやべぇことにはなっていない』
「こっちだってなりたくてなったわけでもねーぞ。まそれに助けられたと言うのも事実だし、何とも言えんな」
肩をすくめつつ、太朗は砦をざっと観察する。一度、強化された脚力で跳躍し、全体を俯瞰したりもする。そうすることで条件開放がはかどるかは定かではないものの、なんとなくだがやってみるだけ、彼の精神にも余裕が出て来ていた。
『――条件開示、開放。
藤堂太朗の記憶する枠組で言う「戦闘組」と「魔法組」は砦に残り、しんがり。「帰還方法捜索組」と「参謀組」は、王宮へ』
「その後の足取りは?」
『――解放条件は、王宮前。情報追加としては――』
より詳細に語られたレコーの話しを総括すれば、太郎が居なくなってからおおよそ二月後に、隣国 (名前が長ったらしいので太朗が概略だけで良いといった)が侵攻して来たらしい。その後、戦闘の結果としてこの場所は放棄される。以降この場所では、その隣国が牛耳って居たらしい。宗教的な理由から遺跡を破壊したのも彼等とのことだ。
「余計なことしてくれやがる」
『――御主人様はぁ、帰りたいのですか?』
「いや、そもそももし帰れる手段があったとしても、俺帰っちゃいけないんじゃねーのか、能力とか種族? 的に……。まいいや、続けろ」
『――といっても、続けるほどはない。ガエルス王国がこの場所を取り戻したのは、それから七年後、王国が隣国を吸収した時。宗教も聖女教会に統一され、以降十三年続いている』
「本当にあんまりなかったな」
『――肝心の情報としては、町にクラスメイトが何人か暮らして居る模様』
「マジか?」
『――東洋系の顔立ちが多いため判別は難しいものの、実は子供が出来て居る人間も何人かいる』
「……」
『――?』
「……いや、時間ってこえーよなぁ」
たかが、二十年。されど二十年である。少年が成人に成長し、壮年が老人に至るに充分なその時間は、大志が挫折と困難にまみれるだけの時間であり、ささやかな幸せをつかみとれるだけの時間でもあった。そうだ、二十年である。太朗たちの年齢が十六、七歳であったこをふまえてみても、子供が出来ているのがいるという可能性は、検討してしかるべきだったかもしれない。
とてつもない孤独感に襲われる少年は、只一人、十七歳。
「……一応念のため聞くが、アイハスはどうなんだ?」
『――否定』
「そっか」
なんとなくほっとしている自分にげんなりしつつ、太朗は砦の敷地を出て、山の斜面を下る。例によって衝撃波、というかソニックブームを撒き散らしながら爆進。木々が轟音で揺れ、踏み出した川に一瞬水のない空間ができたりする。そういった部分で一切動じず走行を続けるあたり、太朗もなれたものだ。
町に下り広場に出ると、太朗は周囲を見回す。異世界に来てからは砦で過ごした期間の方が長く、王宮の場所がわからないためだ。
「いっそここで飛んじまうか、また」
『――それ、一発で通報』
「あっ。あかんわ。……感覚が浮世離れしはじめている」
その場でしゃがんで、頭を抱える青年。ちなみにそんな彼の風体は相変わらずヤンキーなので、町民の視線を集めること必至だった。
『――普通に道を聞けば良いのではないかと』
「あー、そうだよな、うん」
『――さっきから何だか様子が変ですよぉ? 御主人様ぁ』
レコーの指摘はもっともであるが、残念なことに太朗にはどうしようもない。その身はヒト種ならずとも、結局メンタルはまだまだ弱い。精神力を上げたところで、上げた後にその使い方を決めて腹をくくらない限り、あんまり効果はないのだった。
「……あ、トードさま! 今日はどうなされたのですか?」
「……とうどう、な。トードだとカエルになっちまう」
彼に駆けよるのはアイハスである。今日もいつも通りの聖女教の制服に身を包み、無垢な目で太朗をみつめる。老魔術師を救って以降、どうしてか太朗はこの少女に懐かれて居るらしい。座禅を組んで軽く瞑想していると「祭壇はダメですよ!」と注意をして引き摺り下ろし、別な台を用意したりしてくれている。太朗的にはそっちだと足元がややぐらつくので趣味ではないのだが、ともかく彼女は太郎の世話をやいてくれる。無論毎日ではないが、祈りを捧げに来る際は必ずであった。
太朗もそれだけでは申し訳なく、彼女の手伝いやら勉強を見てあげたリしている。なまじ面倒見の悪くない十七歳少年。教会のちびっ子たちの扱いも、多少乱暴だが手馴れたところがあった(少なからず風体で恐がられないと言うだけで相当異常である)。
ちなみに、彼女や老人に名前を名乗ったところ、次のような返答が得られた。
「藤堂太朗だ」
「トードゥ……、タオウ?」
どうも、彼の名前はエスメラ語だと発音しにくいらしい。以前は気付いていなかったが、どうも自分をはじめとして日本語の名前は、区切り方だとかアクセントだとかが現地人には理解が困難であるらしい。ともかく、そういった事情から太朗は、トード・タオと呼ばれるようになっていた。意味合いを地球語に照らし合わせればヒキガエル道である。さっぱりわけわかめなネーミングであった。
「それで、本日はどのようなご用件で?」
ごく自然に尋ねてくる彼女の目には「何かお力になれませんでしょうか!?」といわんばかりの喜色が浮かんでいる。
「あー、ちょっと王宮に行きたいな」
「王宮ですか?」
頭を傾げるアイハス。なんでも、彼女がこの町に来てからだと、そんなものを見たことも聞いた事もないとの事だ。おや? と疑問符が浮かぶ太朗。とりあえず例の老魔術師に話しを伺いに行き、ようやく、隣国を吸収した後に別な箇所に王宮を建てなおしたという事実を聞いた。
「元々、あちら側の王宮があった場所を崩したと聞いております」
「はぁ。ん――、王宮の跡地とかって、今はどうなってる?」
「それですと――」
老魔術師が町や周辺の山々の概略図を広げ、現在の位置と、目的とする位置とを指差した。広場を中心に四方へ伸びる道を、割合素直に通った先だ。
「で、ここは何だ?」
「墓地じゃのう」
「墓地?」
『――共同墓地とかじゃないみたいですよ? 御主人様ぁ』
何故か口調がきゃぴきゃぴメイドモードなレコーだったが、それはともかく。どうやらガエルス王国は土葬であるようだが、広場に一度土葬し、その後に共同墓地に入れるという習慣らしい。元々ガエルスの面積が小さかった事に端を発したこの墓地習慣だが、どうやら現在も何ら変化なく続いているらしかった。
『――慣性の法則、ではないけれど一度停止したものを動かすのは骨が折れる』
「まそだわな。それに、そんなに困って居ないならわざわざ変える事もないだろうし」
「「?」」
太朗の独り言に顔を見合わせる二人。説明のしようもないので、太郎は半笑いを浮かべるに留めた。
※
「あ、こりゃわかんねーわ。流石に変わりすぎ」
集合墓地を見て、太朗は思わず唸る。彼の体感でいえば数ヶ月前まで、そこには木造の城が存在したはずなのだ。しかし今やその場所には、何百と墓標が掲げられている。石に彫りこまれた名前が個人個人を識別しており、いちいち数えるのも面倒だ。周辺に飢えられた木が、なんだか妙に生き生きと葉を生茂らせているのを見て、げんなりとする太朗。言及する必要もないくらい、彼には二十年という時間は、あまりに重すぎた。
「マキシーム司祭によると、私の両親もこちらに眠って居るかもしれないそうです。その、無名の遺体もこちらに埋葬されているので……」
「はぁ。それはご愁傷様。……ってか、マキシーム司祭って?」
「私を拾い、育ててくれたお方です。とてもすごいお方なんですよ? トードさまにひけをとらないくらい」
「ふぅん」
そこのところ、どーなんだいレコーちゃん。太朗の思考に対して、しかしレコーは『――だが断る!』と断言した。
「なんぞ?」
『――ややこしくなる』
「あん?」
「どうされました?」
「あ、いや、何でもねーよ。……んん、しかしなぁ」
『――条件開示、開放』
レコーの読み上げる話は、あまり太朗にとって気分の良い物ではない。というのも、クラスメイトの死が、いくばくか確認できてしまったからだ。
王宮にたどり着いたクラスメイトたちは、集まり、会議を開く。当時そこには何故か委員長の姿はなく、新たなリーダーも居ない状況で事態は混乱していたらしい。そこに戦闘組が帰ってくると、ある男が自分こそリーダーだと主張し、全体を引っ張る事になった。
『――その男は、阿賀志摩辻明』
「うげぇ」
辻明は、全員で戦闘をするべきだと主張した。当然これには反対が上がる。参謀はともかく、帰還方法捜索組はそもそも戦闘系統がからきしできないという理由で集められた面子だ。しかしその際、反抗した一人の頭を辻明は刎ねた。
呆気にとられる周囲に、辻明は花浦弥生を強引に引き止せ、周囲に「戦わないクソは死ね」のたまわったらしい。その後も逃げようとする生徒含め、当時その場に居た生徒四十人中、九人が辻明と、仲間の兵死によって見せしめにされた。
アイハスに聞こえない程度に、小声で彼はつぶやく。
「……あー、ちょっと前言撤回する。弥生、その当時の段階だけだがどうなってた?」
『――虚空を向いて、うふふと笑っていた。阿賀志摩辻明が胸を鷲掴みにするのも、特に反抗せず受け入れていた』
嗚呼、明らかに精神の均衡が崩れている。肝心の太朗がどう足掻いても助けてやる事ができないのが、口惜しく、苦い。
出力を押さえた状態で地団駄を踏む太朗。びっくりするアイハスに、悪いと言いつつ、のっぺり顔には苦悶がにじみ出ている。本来なら死んでいたとか、過ぎてしまったことだから仕方ないだとか、いくらでも言うことは出来るが、今の太朗はとてもそんな気分になれない。いくら前向きな人間であっても、それなりに矜持のある人間ならば、尊厳と自由を踏みにじられ、なぶられる行為に憤りを覚えてしかるべきだ。もし生きていれば、阿賀志摩辻明には何らかのペナルティを負わせようと太朗は決心した。
だが、別に相手と同じ畜生に落ちてやる必要はない。これは復讐などではない。無論、完全にその気持ちがないかと言われれば否定できないが、だが、それが主たるものではない。理不尽を強いる悪意には、立ち向かえるならば立ち向かいたい。義侠心なのか正義の心なのか、ともかく太朗は珍しく激情に燃えていた。
「……でも、問題はやっぱり弥生だからなぁ。今頃、まともに生きて居られれば良いが」
「や、よい?」
「あー、何でもないさ」
「左様でございますか……」
じっと墓場を眺めているように見える太朗に、少女は何を思って居るだろう。少なからず、少女も思うところがあるのか墓場の先を――その向こうにいるはずの両親の幻影を追っているのだろうか。
ちらり、と横を向き背後をみる太朗。向こうで、三人の男女が歩いていた。親子である。両親子供どれも東洋系の顔立ちをしていた。
「お父さん、だいすきです!」
「おお、あんがとなー。お父さんも『もみじ』のことは大好きだぞー」
「お母さんも大好きですわ。おうどんも食べたいですけど」
そんな会話を交わしているのを聞き、太朗は、目を見開き顔をそらした。
『――松林夫妻』
ああ、うん。いきなりでビビった。のっぺりフェイス自体は半眼無表情のままだが、しかし背筋は汗だくだくである。あの二人は、太朗のかつてのクラスメイトだ。覚え違いでなければ砦に、向かった太朗が最後に目撃した生徒たちであり、老狼 (当時は仔狼だったが)の母親を殺していた二人だったはずだ。魔法組と戦闘組。なんだかかなり仲むつまじい様子である。
『――条件開放。藤堂太朗が土砂崩れに飲まれた際の声かけがきっかけで、付き合いはじめ結婚』
「って、何それ俺キューピッド?」
『――元々興味がお互いあったところに吊橋効果』
結果的に太朗は後押ししただけで、いずれそうなった可能性は高かったかもしれないというレコーからの一言だった。
もう一度だけ、ちらっと確認する太朗。抱きかかえられている七歳くらいの女の子と、さきほどは気付かなかった母親の腕に抱かれている赤子。にこにこ笑いながら歩く三人 (赤ちゃんは寝て居るので三人)は、非常につつましやかで、幸せそうだった。
ふと、松林章雄が太朗の方を見る。流石にこちらの視線に気付いたらしい(太朗のシルエットだと、振り返ってことがモロバレだった)。夫たる彼は怪訝な顔をしつつ、家族の手を引き足早にその場を去った。
『――ひょっとしてヤンキーな異世界人? と思われた』
まあ正体が露見しないなら別に。
『――それ以前の問題として、松林章雄の記憶には、既に藤堂太朗の顔の情報が欠損している』
「……へ? あれ、マジ?」
『――おおマジ』
そこで、はたと太朗はようやく気付いた。例えば殺人事件があったとする。その被害者がクラスメイトであったりするならば、その情報は記憶に焼きつくだろう。だがしかし、現実として太郎は果たしてどういう扱いを受けたことだろうか。レコーから確認はとれていないものの、おそらくは流れ弾に当ったか、不用意に足を滑らせたと流布されているのではないか。とすれば、まあ、もともと特徴の薄い顔である。なおのこと覚えられていない可能性が高かった。
『――肯定。付け加えるなら、夫人、松林みゆきに至っては副委員長という存在が居たことすら忘れかけて居る模様』
「うげ、世知辛い……」
『――やーい、無意味リーゼント』
「うるせっ、野盗対策とかも兼ねてんだうるせっ」
レコーに文句を言いつつも、しかし太朗はため息。時間の暴力性を、今日一日で一体何度体感させられたことだろう。突然しゃがんで足元に指先でらくがきを開始する太郎に、「どうされました、お気を確かに!」と叫ぶアイハス。見た目にすれば両者の格好や、場の関係で相当に酷い光景だ。ちなみに描かれている絵は、アイハスをデフォルメしたようなそれだった。
「あー、大丈夫だから。少しそっとしといて」
「そっと?」
「色々思い出したくないこととか、な」
「……かしこまりました。そうですよね、トードさまは賢者さまですもの、そこに至るまで辛い経験も多くあったことでしょう。知り合いも多くなくされたことでしょうし……、想うことも多いですよね」
今日はおじいさんの家で魔術を少し教わるので、御用があれば後で来てください、と少女はかけだした。
「……実際死んだのは俺な件について」
『多くを語らない藤堂太朗が悪い』
「語ったって信じちゃもらえないだろうし、下手すりゃモンスターとかの扱いだろ? やってらんねーよ。円滑に弥生と阿賀志摩の捜索が出来るなら、それに越した事はねーさ」
そんな話をして居ると、ぽつり、と雨粒が彼の足元に。雨は段々と勢いをまし、ザーザー降りになっていった。しかし、嗚呼、なんということだろう。太朗の体表面で、その雨粒が全てびしゃびしゃと弾かれるではないか!
「……って、いや、これおかしいだろ。前雨降った時は普通に濡れたし、これも座禅の効果か? こう、魔力で雨を弾いてる的な」
太朗は何気なくそう聞いたつもりだったが。
『――警告。緊急事態』
レコーの返答は、いつになく真面目なものであり――。
よく見れば、夕焼けでもないのに降りしきる雨は、少し赤紫がかった色をしていた。
宰「ドラゴンフルーツの色は何色だったっけ?」