第10話:賢者と呼ばれはしたものの実感などあるわけなし
レコーちゃん大暴走
※今回も更新分は三つなので、あしからず
遺跡の入り口から叫び、かけてくる少女に、太朗は頭を傾げた。
「……賢者?」
『――アイエエエ! ナンデ!? 賢者ナンデ!?』
「なんぞ、なんぞ?」
再び座禅の姿勢に入ろうとしていた太朗は、足を崩して飛びあがり、地面に降りようとした。
飛び過ぎた。
天井に、手がついた。
「……なんぞ!?」
流石にこれは、意味が分からなかった。地面に降り立つと、少女が腰を抜かして太朗を見上げて居た。服装は黒いローブで魔法使いのようであるが、所々に色々な文字の刺繍がされており、あまり魔法使いのような印象は受けない。
むしろもっと宗教的なニュアンスを感じ取る太朗だったが、そんなことは置いておいて。
『――条件開示、解放。聖女教の教徒の服装。ここ数年の資源の安定にともない発生』
太郎が一番最初に新たな条件開放で知った知識であった。
しかし、頭を捻る。彼女が腰を抜かした理由は、おそらく太朗でさえわけがわからなかった今の自分の挙動だろう。気分としては、ぴょん、と飛びはねたくらいの感覚だったのに、何が起こったか天井である。見た目も体感も以前と何ら変わりないため、太朗の疑問は迷走するばかり。
レコーの注釈が入って多少は理解できても、根本的にはいまいちである。
『――魔力の拡張が身体機能の拡張につながった』
「わかんねーからもっと噛み砕いて」
『――充分噛み砕いてる。藤堂太朗の肉体は現状、魔力で元素をよりあつめて生前の姿を維持している状態。種族値もなく、魂と心に元素で肉体が寄り集まって居るような状態。それゆえ、魔力が上昇すれば元素の動きや出力も上昇する』
「あー……つまり、何?」
『――魔力の上昇が身体機能の』「だあらそれはわかっとるっちゅうに」
突如何事かわけのわからないことを言い出す青年に、少女は涙目である。他人に視線には鈍い太朗であったが、流石に目の前で引かれれば気付くらしく、脳内でレコーと会話をしつつ、彼女の手をとった。
「あー、大丈夫か?」
「へ? あ、はい賢者さま」
さきほどの話から相手の手を握りつぶしてしまわないよう、相当力加減に気を使う太朗。そのかいあってか、少女は何ら問題なく立ち上がることができた。
頭をかく太朗を見て、少女は、はっと思い出したようにその足元にすがる。
「け、賢者さま! お助けください! おねがいします!」
「あん? てか、賢者ってなんぞ?」
「賢者さまは賢者さまですよね? ずっと、ここで瞑想していらした」
「あー、まぁ……」
『――条件解放。二月弱微動だにせず座禅を組んでいた藤堂太朗を、この少女は聖人の類だと誤認した』
誤認だ。確かに誤認だ。太朗はただ座禅をして、ちょっと宇宙まで逝ってきただけである。それを少女に言おうとして、しかしどの言語でも的確な説明ができないと本能的に理解。本格的に自分の価値観が人間ばなれしつつあるような気がして辟易する太朗に、レコーが説明を入れた。
『――下手に誤認を解く必要もなし。現在の藤堂太朗ならば、大抵の事態は解決可能』
その大抵の事態というのが何なのかというのが果てしなく謎であったが、太朗は少しかがんで、少女と目の高さを合わせた。黒系の髪と目に、まるっこい顔。どことなく東洋人のようなそれを連想させる顔立ちは、しかしガエルス王国においてはさして珍しいものではない。かつて砦やら王宮やらで話したり食事をしたりした現地人たちのことを思い出しつつ、太郎は聞いた。
「……町の魔術師のおじいさんが、病気にかかってしまったんです。町で売られてる薬でなんとかできなくて、でもおじいさん以上に知識のある魔法使いもいなくて、だから――」
『――条件解放、解決可能確率、八割』
「とんでもねーな」
少女ではなくレコーに対する回答だったが、しかし少女は青ざめる。そういえばレコーの言葉は第三者には聞こえなかったなと思いつつ、太朗は無言でレコーと会話をする。
まず、そもそもこの少女の言ってることは真実か。
『――肯定。情報を追加すると、藤堂太朗が瞑想して一月あまりのころ、一度この場に老人と共に訪れたことがあった。その際、藤堂太朗はあまりに座禅に集中し過ぎていて、外部の接触を完全にシャットアウトしていたゆえ、記憶にない』
うげぇ、と思うものの、それを表情には出さない。なれば、どれくらいの速度で向かわなければならないか。
『――条件解放、部分開放。現状ならば急いだ方がよし。付け加えると、先ほどの身体能力をつかえば強化魔術なしで二時間ほどで下山可能』
「時速何キロなんですかねぇ」
不安そうに見上げる少女のことを一瞬忘れ、思わず突っ込みを入れてしまった太朗。
彼女の頭をなでようとして、一瞬ためらい、恐る恐る撫でる。
「パワー調整とか任せられるか?」
ま出来るだろうという予想のもとに確認をとる太朗。
『――肯定。出力設定については?』
「なんかこう、戦ったりとかしない時は以前のくらいで。大丈夫?」
『――おーきーどーきー』
と言われた瞬間、太朗の体にずしり、という重みがのしかかった気がした。次の瞬間には慣れたが、おそらく制限がかかったということだろう。普段どおり(といっても二ヶ月ぶりだが)の感覚で少女の頭をなぜても、摩擦熱で火がふいたりとかしなかった。
「あー、ま心配すんな。対価は何かもらうが、助けてやれるらしいぞ?」
「?」
目に涙を浮かべる少女に、太朗は、ニヒルに笑いかけた。
※
山下りは迅速だった。少なからず少女を背に庇い、直線移動は背後をみつつやらないと、衝撃波で少女が傷つくくらいには迅速だった。太朗からすれば「なんぞこれ」としか言いようのない状態である。しかしそれを実現する自身と、移動方法を提案し両手とその他全身とのパワーバランスの調整をするレコーとに、何とも言えない感情が胸を過ぎった。
お姫様だっこの状態で、少女は叫ぶ。
「あ、あの、賢者さま――っ!」
「何だちっこいの」
「あ、アイハスです! あの、賢者様――っ!」
「どした、口元押さえて」
『――嘔吐まであと二十秒』
「なんぞ、酔ったか! ちょ、ちょっと待ってろ、そこに川とかあるから!」
流石に吐瀉物をそのまま放流するような無粋なマネはしないが、急いで彼女を下ろした後、地面に穴を掘って(ちなみに一蹴りである)、ここに出せと指示をして事なきを得た。体調不良による粗相に対して悪意を持ちはしないが、それでも臭いが残るのは耐えられないらしい(太朗、これでも一張羅である)。
手や服の一部など汚れた箇所を川で洗わせ(最低限流すのみだが多少の妥協はあった)、彼女の持っていた水筒で口を漱がせて捨てた。吐瀉物は太朗により埋められ(こちらも一蹴りである)、再度リバースマシーン状態に。
「……速度落してもらって構わないので、もっと安全に運んでいただけると有難いです」
さもありなん。
町につくのにさほど時間はかからなかった。石と木の建物が入り乱れ、足元はレンガで舗装されている。その光景を見ていると、初めて見た光景だと言うのに妙な懐かしさが胸にこみ上げてきた。
「……って、ああ、ここの広場みたいなところか。俺らが来たの」
「?」
頭を傾げるアイハス。太郎は光景を一瞥したのみで、彼女に道の先導を促した。今は、かつてを懐かしむために来た訳ではない。太郎の感覚は郷愁を感じさせるほどに経過していないものの、それでも見知った光景が変貌しているのに、何とも言えない寂寥があった。だがそれよりも、 最低限目的を先に果たそうと、彼はアイハスに続いて行った。
道中、太朗の異様な風体が注目されること必至だったが、たいして呼びとめられる事もなかったのは、彼の格好が意図した通り威圧感を放っていたか、それとも少女が聖女教会関係者であることが効いたか。
『――後者です、御主人様! 前者だったら事案です、通報されてますぅ!』
楽しいかい、レコーちゃん。
『――それなりには』
レコーの扱いにも、段々慣れてきた太朗である。さて、少女に案内された木造の建物。高床式倉庫を連想させる鼠返しがついたその建物に入る。なれた感じで少女は奥へ行き、寝かされている老人へかけよった。
「賢者さま、どうか――」
「ふむ。……さて、これはなんぞ?」
白いヒゲの長い老人(まるで仙人か長老である)。その老人の身体は震え、衰弱しているようだ。だが別に蕁麻疹が出ているとか、痙攣が激しいとか白目を剥いているとか泡を吹いているとか、そういったことはない。風邪の酷い症状のようにも見えなくはない。
だが、太朗のその予想は、レコーに否定される。
『――条件開示、部分開放。“明滅と停止の邪竜”』
「あん?」
『――この老人は、邪竜の悪意に犯されている』
どういうことだ、と言いつつ、太朗は老人の脈を計る。人間は基本的に運動効率が上がれば、脈拍が少なくなっていく。成人するまでの子供時代のそれが早いのはそんな理由だが、しかし、それにしては老人の鼓動はゆるやかすぎやしないか。
「……なんぞ?」
『――ヤスナトラは、管理代行。開示条件が不足しております』
「ならば、悪意に犯されているとは?」
『――ヤスナトラの生存のため、生命力を吸われている』
なるほど、わからん。よっぽどそう言ってやりたいところだが、しかしその説明は、アニメとかによくあるタイプのわかりやすいものだった。生命力とか生命エネルギーって何ぞ? というのが常々彼の思っている疑問であったが、某国民的龍玉バトルインフレ漫画などの必殺技とか、完全にそれである。そういったものを吸収されていると言うことは、要するに、病気でも何でもなく殺されかかっているということだろう。
「どうするべきだ?」
『――かのヤスナトラは、己の鱗をしのばせる。忍ばせた生物が死ぬと同時に、その鱗が分散し、周囲に被害を拡大させる』
「うげ、えげつな・・・。なら、対策はあるのか?」
『――鱗を体外に排出し、消滅させれば良い』
それに追求するより先に、太朗の目の前にうすぼんやりとしたウィンドウが出てきたように見えた。それは、Webサイトの動画再生画面のようである、左下に再生と停止。右側に画面拡大率調整と画質、音量などのアイコンが付いており、何とも不可思議な感覚に襲われる。
とりあえず、画面中央の再生ボタンをタップ。
『――レコーちゃんの、わくわく☆ 邪竜病魔退治講座ぁ~』
画面に映し出されたのは、何と形容すれば良いか。白いワンピース姿の美少女 (腰のあたりからコウモリの羽根のようなものが生えている)が、先端が三日月型になっている指し棒を持ち、フリップの張られているホワイトボードをバンバンしていた。
表情は無表情。平坦な声だが、なんだか聞き覚えのあるそれ。青髪ショートヘアーがゆらゆら揺れており、たいそう可愛らしいが、マグネットの貼り付けやマジックでの描画などがめっちゃ乱暴だった。
『――まず、ヤスナトラが植えつけた鱗は、分解されて全身でまばらに存在しています。これは、もし体の一部が何らかの事情で破壊された際、残りの箇所からでも生命力をちゅーちゅーするためです』
人型……、ヒト? 雑に書かれた人間のシルエットと思しき何かに、赤いマジックでめっちゃ斑点を打っていく少女。
『――これらは普段どこにあるのかと言えば、一定ではありません。体の中に常に残留していれば、それは異物として認識されます。なので、――これらは、血流に溶け込んで居ます』
H2O、と乱暴に書く彼女。そこにマグネットが張られたドラゴンフルーツのような絵 (右下に提供:綯夜宰と書かれていた)を、ぺたりと貼り付ける。
『――そして、これらは人体が死んだ際、蒸発する水分にまぎれて周囲に飛散されます。生きて居るうちは一体だけ骨のずいまでしゃぶろうっていう、ふてーやつでっせ親方ァ』
しかし、と指し棒がカメラにつきつけられる。
『――逆に言えば、本体が生きて居るうちには消去が可能です。凡人にはほぼ不可能、時代が後になればそういった技術も出てきますが、今それができるのは、そう! 御主人様だけなのですぅ!』
次の瞬間、なぜかメイド服へと変化している少女であるからして、もはや画面内は不条理空間である。太朗は、口を半分開けて呆気にとられて映像を見ていた。
『――やりかたは、簡単。藤堂太朗の今の知覚ならば、人間の体内にあるそういった異物を、知覚することが出来る。そして、知覚した上で、体の中に魔力を流し……、あ、それは私が補助しますが、体の一点に集中させる』
言いながら、少女は斑点を消していき、左手のあたりにひたすら赤マジックを連打。
『で、その箇所を切除すれば、あーら不思議! 鱗が飛散せず、そのまま排出されました、とさ』
頭を下げる少女。テロップで「※これでも百パーセントはとれませんが、0.5パーセント未満のエネルギー消費分なので日常生活に負担はありません。また、寿命についてもこの程度ならば一日二日程度の誤差なので、あしからず」と流れた。
一通り見終わって、なんだかわかるような、わからないような感覚に陥る太朗。他にも色々と、主にレコーの姿と思しき美少女について聞いたりしてみたかったが、
『――以上、おそまつさまでした』
「ああ、うん、そう」
太朗は、コメントを放棄した。
※
結論から言えば、本当に大した事はなかった。
魔力を体内に流す、という体験した事もない行動を太朗が自力でとるのは難しく、レコーの補助を入れながら、老人の腕の一部に集中させていく。感覚としては、粘土をこねるというか、とにかく手でモノを丸めるというようなイメージだ。
そして浮き出た赤いホクロのようなものを、焼いた刃で切除する。出現した鱗は、宰が描いたとおぼしき絵に結構似ていた。老人の血が付着していたそれを一度洗わせてもらい、そこら辺にあった小さい袋につめて、太朗は服の胸ポケットにしまった。
「賢者様、何かお礼は出来ませぬかな……?」
「じーさん、無理すんな」
震える声の老人。見た目はがおってはいたものの、行動は妙にはきはきとしている。生命力を吸われていた以外は本当に正常であったらしい。今回のこれの詳細を語らず、太朗は「謎の病気を治療した魔術師」ということで、通してもらった。
お礼をしたい、という彼に対して、太郎が要求したモノはあまりに少ない。
買物につきあい、見繕ったアイハスでさえ、かなり驚いていた。
「……本当にそんなもので、良いのですか? あの人ならば、希少な薬や写本を分けてもらえたかもしれないのに」
「な~に、俺に今必要だったのは、これくらいしかないってことよ。モノによっては、対価と対価はプライスレスっってことだ」
「は、はぁ……」
頭を傾げる少女。そう言う太朗の両足には、――真新しい灰色のブーツが、それぞれ装着されていた。
お忘れかもしれませんが、太朗さんずっとはだしではいてないキャラ(下着)でした