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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
竜殺しというか邪竜蹂躙編
14/80

間章3:外から見たらこうなるかもと予想はしておくべきだった

 

 

 アイハスは孤児である。少なからずマキシーム女司祭に引き取られた時には、既に両親は影も形もなかった。戦乱続く世の中、そういった福祉などのケアはこの大陸の場合宗教がになっていた。そのため、彼女が修道女になるのは必然と言って良かったろう。

 彼女は今年で十三歳。黒髪、白い肌、琥珀のような瞳は可愛らしいものの、この大陸の美醜感で検討されれば、そこまでではない。特に低い鼻や薄い唇など、その最たるものだろう。そんな彼女は毎日生きていることが幸福で、日々、神様に感謝していた。

 ある時、アイハスはマキシームに聞いた。

「司祭さま。どうして女神様は、私の両親を救ってはくださらなかったのでしょうか」

 別段そのことに恨みがあるわけでもなく、ただ純粋な疑問であるという声音で彼女はマキシームに聞く。ケープで顔がかくれているが、マキシームはほっそりとした顎元を指でなぜ、にっこりと微笑んだ。

「かつて私に、神が本来救うのは世ではなく心の安寧である、と言ったヒトが居ました」

「そのヒトは、司祭さまの先生?」

「いえ。私が、まだ聖女教の庇護に入る前のことですね……。そのヒトと共に、あるヒトを救おうと頑張って居た時に、彼は彼女に言いました。だから、現実の事象に対しての善悪や救いをそこ求めるのは、本来の意味では間違っていると。結局何を思い何を成したか。それを全て神におしつけるのは、人間の怠慢であり、傲慢でしかないのだと」

 マキシームは手を重ねて祈りながら、続ける。

「この大陸は、とあるヒト、最初のヒトが女神の導きで切り開いたと言われる大地です。そして、空には大々天翅(だいだいてんし)が、海の底には邪神が、大地の下には地底の女王が、それぞれ居ると言われて居ますが――しかし、運命の女神は、果たしてどこに居るのでしょうね」

「……司祭さま?」

「彼女の役割は、見て、導くこと。運命が運命として、その意味を果たせるように。エスメラ様はそうおっしゃられたようですが、私にもよくわかりませんね。

 事実、世から戦争は未だなくなっていない。

 悲劇は繰り返されるし、これらすべてが女神の導きならばと断じて、責任を放棄し糾弾したい時もあります」

 別段、この発言は聖女教において一切間違って居ない。神はあがめ奉るものではなく、懐疑し試し納得するものだからだ。

「しかし――その考えもまた、傲慢なのかもしれないと、私は思います。

 もし仮に女神が導いたとしても、それを手に取って解釈し、荒れ狂うのはヒトの側なのですから。それこそ魔族も、人間も。勝手な事を言って、自分たちの都合の良いように弁護をし、相手を蹂躙し、蹂躙し尽くして――そこまで行ってもなお気づくことができないほどに、業が深い生きものなのかもしれません」

「……司祭さまは、つらいんですか?」

「多少は」

 肩を震わせつつ、彼女はアイハスの頭をなぜた。「でも、それで諦めてしまうのはどうにも仕方締りがわるのです。だから、私は教会にいます。

 ここならば、貴女のような悲劇も防げるかもしれない。

 私と彼が救おうとしたようなものさえ、救えるかもしれない。

 過去は十全として過去のものであっても、しかし未来までものが、それで全て確約されてしまっているということはないはずです。だから――私は、足掻こうと思います」

 そういうマキシームの横顔は、非常に凛々しいもので、アイハスは嗚呼自分もこうなりたいなぁと、深く深く思った。





 マキシームが巡礼に出て久しく、アイハスは遺跡で祈りを捧げる。聖女教においての遺跡は文献的な価値も大きいが、当然宗教施設としての価値も高い。古い修道院にて祈りを多く捧げれば、それだけより徳の高い祈りになる、というような考えが存在した。

 それゆえ、一日も早くマキシームのような立派な修道者になりたいと、アイハスは祈りを捧げる。薬品の教えを受けたり小さな子供たちに文字の読み書きを教える傍ら、週に二日ほど山を登り、祈りを捧げるのが習慣化していた。

 しかしここ一月は忙しく、ようやく暇が出来るようになった。

 久々に彼女が祈りを捧げに向かった古い遺跡に、この日は異変があった。

「……あれ?」

 古い石の祭壇。背後のガラスから光が降り注ぐそんな場所に、ヒトがいるように見える。祭壇に座る人影は、彼女からすれば大人の男性だ。足を組み、手を合わせ、背筋をまあまあ適当に伸ばし座る男は、白い髪型と、何とも威圧感のある格好をしていた。

「……あの、すみません、そこ座っちゃだめですよー」

「……」

 男は無言のまま、その体制を維持している。どうしたのかな? と思い近づくアイハス。もし体調不良で動けないのならば、町までかついでいこうと思っていた。これでも教会の仕事で町民の手伝いやモノ運びも多くこなしており、見た目よりは力持ちな少女。

 だが、下から少女が覗きこんでも青年はその姿勢を崩さない。

「……」

 のっぺりとした顔をしていた。白い髪が、その印象に拍車をかける。

 全体的にまるで彼そのものが風景の一部であるような、そんな錯覚を受ける自然さだった。

 見た目相当に派手派手な黒服であるにも関わらず、それすら違和感を超越している。そこに「在る」という只それだけの行為が、しかしその存在に対する違和感を霧消させるような、そんな存在の希薄さがあった。

「でも、いけないんですよ、おじさ――きゃっ!」

 男に触れようとした少女は、びっくりして手を引っ込めた。

 彼の体にさわり、ゆすろうとした瞬間、電気にやられたような痛みが、彼に触れた瞬間手先に走る(もっとも電気にやられたことなどないので、少女の体感ではびりびりびりっときたというのが適切だが)。

「……どういうことですか?」

 疑問を抱くも、しかしその回答が得られるわけもない。

 もう一度触ってみたが、別に何もおこらない。その場から動かそうとしないかぎり、男の体は別に普通であるらしい。

 祭壇に座り、眠って居るように見える男。自分が触れた瞬間にも、一切、微動だにしていない。まるでヒトではなく、モノのようである。形だけが人間をしている石であるかのような、そんな違和感があった。

「まさか、ひょっとして呪い? それとも死んでらっしゃる……?」

 理解できない事柄は悪魔とか呪いのせいにするのは、どこの世界の宗教でも大体一緒である。

 もっとも彼の口元に耳を近づければ、わずかに呼吸音が聞こえるので後者の可能性はないようだった。胸に手を当てれば、妙にゆっくりとしていたが拍動も感じられる。

 とすれば――動くことが出来なくなるような呪いか、あるいは動くと死ぬ呪いなのか。

「は、はわわ、どうしたらよいでしょうか……っ」

 一度祈りを捧げてから、少女は一目散に山をおりて、町一番の魔法使いの家に。長いひげを持つ老人は、慌てるアイハスの様子に只ならぬモノを感じ、急いで「魔法砂」と魔法書を手に持ち、急いで走った。

 よく遺跡に祈りに行くから身体能力を上げる魔法をかけてくれ、とよく頼られる老人であるからして、少女は娘か孫のように可愛がっていた。その緊急の頼みとあっては、断るわけにもいくまい。

「こ、ここです!」

「ほう、これは――」

 もし呪いであるのならば、基本的に解く術はない。だが術者を発見し、術者が作った陣を破壊すれば呪いは溶ける。それゆえかけられた呪いがどういったものなのか、その呪いを和らげ、患者に心当たりがないか尋ねて探すというのが、この時代にようやく出来始めた解呪の方法だ。呪いの陣は、あまり遠くに設置することが出来ない。もし遠い場所で呪いを発動すれば、対象に呪いそのものが掛からないどころか、行き場を失った呪いが術者へと跳ね返る。また、一度掛かった呪いも早々にその範囲外に出てしまえば効力を失うということなどもあった。

 だが、しかし――目の前で固まったように動かない青年を見て、老人はアイハスの頭をなぜた。

「何、心配はいらぬよ」

「何故ですかっ、こんなに大変そうな顔をなさっているに」

 涙目で叫ぶアイハスに、老人は苦笑いを浮かべた。

「表情がこれなのは元からじゃろうて。いや、そうではなくてな。

 おそらくじゃが、これは修行の一環じゃろう」

「修行?」

「そうじゃ。エスメラ教でも、瞑想はやるじゃろう? 精神を鍛え魔力を上げる儀式じゃ。こやつが行っているのは、それを更に高度にしたものじゃろう。動かそうとすると痛みが走ったというが、これは――うむ」

 老人も青年を動かそうとして、そして、唸る。

「高度って……、でも、さわると痛いんですよ、おかしいじゃないですか!」

「確かにおかしい、と思うかもしれないが、しかし、これはすごいかもしれんぞ?

 こやつは……、魔力をあまりに練りすぎて居る!」

 衝撃を受けたように青年を見る老人。何がすごいのか少女には理解できなかったが、だが、老人の続く言葉を聞き、目をまんまるにした。

「……おそらくは、身体を魔力で固定し、精神集中だけを行っているのじゃ」

「……へ?」

「それ以外全ての要素を斬り捨てて、只ひたすらに瞑想のみに明け暮れる。一体どれほどの理由があれば、そこまで己の本性(ほんせい)を無視できるというのじゃ。ヒトとは動物、すなわち動くモノじゃというのに」

「……つまり、ものすごい魔法使いということですか?」

「魔法使いという枠組だけでとらえられるかは、恐ろしく怪しいの。一体どのような方法をとれば、そんな滅茶苦茶なことが可能だというのじゃ……」

 只ひたすら青年に衝撃を受けている様子の老人。少女は、老人の言葉を咀嚼しながら青年を見る。相変わらずといった風に、のっぺりとした顔を微動だにせず、ぴくりとも動きさえしない。時折吹きこむ風で髪がゆれるのみ。その髪さえも、なんだか変な形状を崩す事さえない。ひとしきり彼を観察し終えた後、少女は、思わず呟いた。


「……賢者様ということですか?」

「……うむ、ここまで恐ろしい行為を出来るとなれば、そう呼ぶのが適切やもしれぬ」


 感心するような、畏怖する様子の老人に、少女は、青年を見てそう言った。

「でも、何で賢者さまがこんな不敬なことをなさるのでしょう。賢者というからには、多くの知識を持ち、ヒトビトを導ける立場のお方というのでしょうに」

「いや、それは少々買い被りじゃぞ? 根本からしてそもそも間違っておる」

 頭を傾げるアイハスに、老人は言う。

「賢者とは、その道の知を極めたものだ。極める過程で、逆に余計なものを全て根こそぎ捨て去るものも多い。マキシーム殿などは、少々特別な事例だろう」

「司祭さまが?」

「ああ。軍事や国の動きや外交や、そういったものを知った上で薬や、街の貨幣の動きや、教える才能さえある。こたびの巡礼とて、ガエルス王国が新に手中におさめた土地を調べに行くと、それが主目的じゃろう。

 だが、そういった万能に知を極めて居る者以外にも、賢者と呼ばれる人間は居る。そして大半の賢者は、己の道が極まったものだ」

「そうなのですか……」

 少々苦い顔をしつつ、姿勢を崩さない青年を見るアイハス。敬虔なる聖女教会の教徒である彼女からして、祭壇に登るその様は色々思うところがあるのだろう。それを見て笑いながら、老人は彼女の頭をなで宥める。

「じゃが、賢者様がマキシーム殿が居ない今、この場に来たというのは女神の導きやもしれぬな」

「女神様の?」

「ああ。ひょっとしたら今後、かのヒトの手が必要な事態が起こるかも知れぬ。その時に手を貸してもらえるよう、今の我々は誠心誠意、女神に祈りを捧げるほかないのだろうなぁ」

 老人の言葉に納得できないまでも、彼女は、彼と共に女神に再度祈りを捧げた。





 来る日も、来る日も。

 青年は、まるで山のように動かない。雨風がたとえ屋根のある遺跡でしのげるとは言えど、肩に鳥がとまり、蛇が足に捲き付くあたりまでくれば流石に限度があるだろう。刃をつかって蛇を殺したりしながら、アイハスはやはり驚く。

「ひょっとしてこのヒト、本当に、まったく動いていないのですか?」

 いや、まさかそんな。不眠不休なのかどうかすら見た目からは判別できないが、普通食事をとったり、飲み物を飲んだり、あと排泄をしたりなど、最低限生物としてこなすことが義務付けられている行為というものが、あるはずだ。だというのに、だというのに、青年は動く事もない。

 その疑念を解消すべく、その日のアイハスは野宿をすることにした。遺跡に泊まり、青年が動く瞬間を目に収めようというのだ。それを確認する事で、自分の中にわきでた曰く名状しがたい恐ろしさが緩和されるのではないかと、そう思いながら。

 だがしかし――その期待は、欠片も当ることなく裏切られる。否、あるいみ期待通りというべきか……。

 青年は、本当に、微動だにしていなかった。アイハスがうとうとしていた時間帯は流石に勘定には入れて居ないが、だが、見よ! 朝明をを後光とする、座禅を組んで微動だにしないその姿を! 名状しがたい神聖さというか、神々しさというか、何ともいえないその有難み(?)をどう表現すべきか。格好がちょっとヤンキーっぽいのが玉に瑕であるが、そんなこと異世界においては関係ない。

「賢者さま、早く起きないかなー」

 いつしか少女は、そう思いながら日々、遺跡に足しげく通うようになっていた。

 

 

丁度座禅時の意識拡張が大陸前後に入った当りです。

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