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異世界仙人  作者: 黒羽光一 (旧黒羽光壱)
竜殺しというか邪竜蹂躙編
13/80

第9話:虚無るというのが動詞として正しいかは微妙な感じ

今回は座禅回

 

「って、そういえば遺跡があったな」

 座禅を組むのに適した場所を捜索中、藤堂太朗はひらめいた。

『――遺跡、というにはあまりに小さい』

「だが元々ここの世界ヒトは遺跡って呼んでいたし、遺跡だろ」

 下山中、突如右の拳で左手の皿を「ぽん」とした太朗。まさにひらめいた、という感じだ。

 遺跡というのは、この世界に太朗たちが来た際、砦の付近、山の中腹より上あたりで発見された遺跡のことだ。

 戦時中のガエルス王国は、武器や薬品といった系統の知識も物体も収拾できなかったそれに見切りをつけたものの、太朗たち「元の世界への帰還方法を捜索する」チームにっとて、それは少々異なる意味合いを持つ。クリティカルに正解というわけではないものの、しかしかの遺跡の壁面に書かれた碑文に、エスメラ語以前の言語で「異世界」やら「転送」やらといった単語がちょいちょい見かけられたのだ。太朗たちのエスメラ語教育と並行して、その碑文の解読にとりかかった太朗たちである。それゆえ彼等は前線近くといえど砦に居を構えていたわけである。

「位置情報わかるか? レコーちゃん」

『――条件解放済み。ナビりますか?』

「道案内をナビると略するのに違和感が果てしないが、まあ頼む」

 ちなみに太朗本人は気付いて居なかったが、これは山頂から下方を見下ろした結果の条件解放であった。だがしかし、移動中普通に崖から飛び降りろと指示するレコーに、太朗は辟易とする。彼が嫌がったことに、レコーは疑問符を浮かべた。

「……いやいや、なんでわかんねーのか。普通に死ぬだろ」

『――藤堂太朗は不死身だ!』

「何故情感ゆたかに叫んだのか……」

『――というのは嘘』

「なんでやねん、レコーちゃん」

『――どちらにせよ量子レベル、概念クラスからの攻撃がない限り、藤堂太朗は死ねないことは事実ですしおすし』

「……いや、なんとなく人外になったような気はしてたけど、そんなにやべぇの? 俺」

『――コメントは差し控えさせていただきます』

「時には無言が肯定であることを知れ……」

 脱力しつつ、太朗は崖を見下ろす。高さは十メートルほどだろうか。単純計算でジ○イアント馬○の五人分だ、高いはずである。下に生茂る木にぶちあたればいくらかショックが緩和されるだろうが、それでも激突時の衝撃は免れまい。やはり躊躇ってしまう太朗に、レコーは言った。

『――これくらい乗り越えられないようでは、目的とする条件解放にはなかなか至らない』

「いや、それは関係なくね? 高所から落ちたら、死ななかったとしても大怪我だろ」

『――今の藤堂太朗は、普通にその程度では死ねない。何かあっても痛みがすごいだけで、腕も折れず、足も挫かず、頭も割れすらしない。あとはそれを我慢するだけの精神力』

「精神力が何で必要なんだ?」

『――魔力とは、精神力。魔法を使う際に、この大陸では精神力で物理現象を引き止せ組み合わせる。それゆえ、魔力の底上げ方法として瞑想が取り入れられている』

「んん? えっと、そんな話を魔法組がしてたような、してなかったような……」

『――そしてまた、精神力の向上は精神制御、抑制とも直結する』

「かみくだいて言ってくれるか?」

『――つまり、理性が強くなれば、発狂するくらいの情報を流されても無理やり矯正して正気を保つことができる』

「……あ、ひょっとして座禅で条件解放が出来るって、そういうことか?」

『――肯定』

 何故座禅をすることで、新しい情報が開示されるかいまいち理解していなかった太朗だが、なるほど、そう言われれば案外理にかなった話しであった。

『――つまり、この程度の痛みに耐えられなければ、追加情報の開示などはるか先だということだぜぃ』

「口調がころころ変わる意味はよくわかんねーけど、まあ、理解した」

 諦めたように立ち上がり、太朗は眼下を見下ろす。一度深呼吸してから再度見下ろし、また空を見る。バンジー初体験の初心者がびびりまくりのチキンレースであるかのごとくだが、しかし、彼は膝をカエル飛びのように曲げ――意を決して跳んだ。


『――IGAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』

「収拾してくる知識に偏りありすぎるだろレコーちゃあああああん!」


 さもありなん、地面に激突して悶絶しながらも、レコーへの突っ込みを欠かさない太朗であった。





 結局、レコー嘘つかないといわんばかりに太朗は死ななかった。体に障害が残る事もなく、痺れや痛みこそあったものの、それらすら蓄積せず、ある程度の時間と共に消えて行く始末。素足の裏に石が刺さったかというような痛みすら、もはや感じないというから恐ろしい。

 ここまでくると、「人外になったかもしれない」ではなく「人外である」と確信を持って断言できる状況だ。太朗は半笑いしつつ、肩を落して歩いていた。こころなし、リーゼントの毛先も元気がなくなっている。

 そしてレコーのナビゲートを頼りに、遺跡に到着した太朗。遺跡、といっても大きさは神社の社程度だろうか。石とガラスで組まれた、壊れかけの建物。ただし屋根などは残っており、千年とかそれくらい単位の古さでないことが、なんとなく理解できる。

『――聖女教の遺跡。施設としては、亡国の民衆たちが集い生活をしていた場所』

「へぇ」

 テキトーに返事をしつつ、室内へ入る太朗。と、中を見れば大分荒らされていた。かつて石板やらがあった箇所は瓦礫の山がつまれており、それらの破片に彫りこまれた文字などが見えたり見えなかったり。

「今思ったけど、こういうのって見たら俺、その内容を理解できんのか?」

『――肯定。ON/OFFの切り替えも含めて可。

 ただし、該当する言語の文法構造を最低限理解しておく必要がある。文法や単語、言語の文化背景の理解などが、そのまま翻訳の精度と細かさに関わってくる』

「便利なんだか不便なんだか。そゆところは、会話とかと違うのか」

『――もちろん、魔力が上昇すれば基本的な部分に関する情報も閲覧可能になる』

「やっぱり座禅組めと、ねぇ……」

 一長一短というべきか。能力の微妙な不便さに肩をすくめる太朗。その教会なんだか神殿なんだかよく分からない施設の奥、祭壇のような場所に近づき手を置いた。

「……ここ、良さそうだな。平面だし、足元どっしりしてるし」

『――この罰当りめがぁ』

「だから棒読みで言っても説得力低いっての。これ石造りだし、そう簡単には壊れなさそうだし……、うん、良いんじゃねーか?」

『―― 一応コメント。不敬。マナー違反。ゴミ虫』

「そこまで言われると別なところ探さないといけない気がしてくるが……。ないな」

 太朗はそう言って、祭壇の上に腰を下ろす。そして足を上にする形で胡坐をかき、軽く両手を合わせるポーズ。結跏趺坐けっかぶざと、テキトーな法界定印といったところか。

 その状態で太朗は目を閉じ――意識を、集中させた。





 風の音。

 風でゆれる木々の音。

 こすれる葉の音。

 風のふきつける建物の音。

 たゆたう薄い石の臭い。

 風で流れる土の臭い。

 わずかに風でかたむく身体。

 肌にふきつける、やや冷たい風。

 外耳に少し刺さるような錯覚を覚える。

 傾いた体を微調整する筋肉の音。

 少しだけきしむ骨の音。

 耳の奥に流れる血流の音。

 わずかな呼吸音。

 脈動。

 ざらつく舌。

 かわいた味。

 風が僅かに入り込み、刺激される口内。

 暗転してるはずなのに、わずかばかり光が見えるような視界――。


 座禅を組んでる太朗に、現在知覚出来る全てのものが、普段意識していないようなものばかりだ。もともと好きでやりはじめた座禅ではないものの、しかしこういった部分は懐かしさを覚える太朗である。以前はここに仔狼やら川に関する情報などが脳内に流れ込んできていたが、それすらなく、音は非常に小さい。耳鳴りさえもが段々と小さいなっていき、その体感を表すなら、無常である。

 わずかばかりに変化していないように思っている己でさえ、時折体幹がゆらぎ、調整しているのだ。それに限らず、周囲の何ら変哲もない光景さえ、微々として変化、流動を繰り返している。この感知と自分の状態とに意識を傾け続けることは、変化を求める人間としてはなかなか難しい。既に人間でさえなくなってしまった太朗であっても、そういった気持ちはある。だがそれと同時に、今の彼はそのわずかな無常さを感知することにさえ、意味を見出せるようになっていた。

 それらの情報が、彼の中でどのように編纂されているかは、当然本人にもわからない。処理だけで、どれほど時間が経過したかすら定かでないほどである。寒さや熱さの変動からいまだ数日ほどだろうが、休まず、寝ず、緩急すら付けずに己を物体のように扱う行為は、確かに並大抵でないほどに精神が狂いそうになる。ふとその制御から手を離せば、狂気という名の解放と幸福とが全身を支配することが、太朗には本能的に理解できた。だが、それすら跳ね除け、知覚に意識を専念させる。

 やがてある段階になると、収拾した情報を元に認識している世界が拡張される。体内を中心とした範囲から、徐々に、徐々に広大になっていく。遺跡全体の内部を完全に掌握した段階で、彼の感覚は視覚に影響を与え始める。見えて居ないにも拘らず、そこには居堰の内部の光景が幻視される。俯瞰したような、多角的に自分を中心とした縮図は、しかし中心にいるはずのおのれ自信の知覚を希薄にさせるものだ。太朗はそれを忘却しないようにしつつ、更なる意識の集中を続行した。

 彼自身が物理的に知覚出来ない範囲へと伸びる、認識の手。阻害されるもののない静寂が周囲を包む中、結果として彼が体感するのは、広大な認識不能の領域と、無自覚的な無意識との対話。己の認識の世界からありもしない部分へとアクセスしようとする結果、その先の世界は己の想像力と、収拾している情報を元に再構成される。そして、認識の範囲が膨大なまでに拡張される。細かな認識ができない程にその幅が広がり、既に山一つを覆うほどとなった。 

 ここまでくると後は早い。知覚は全体に溶け込んでいる自分を更に希薄にさせ、己自信すらその光景と一体だと認識させる。一体化した己はまるで己ではなく、山そのものが己であり、己は山であるという認識に摩り替わる。しかしその上で自己の意識や認識を持ち得なければ、それは只の狂気と変わらず。太朗は我に返らず、しかし己を忘却せず、意識を更に研ぎ澄ませ、浸透させていく。

 やがて大陸全土を覆い、その意識は惑星すら逸脱する。物理的に知覚できる範囲ですらもうなく、その知覚は只の錯覚かもしれない。しかし太朗の体感は既にここにはない。より高位の範囲を認識すべく、さらなる高みへその手を伸ばす。

 果てしない暗闇の濁流。あまりにも、あまりにも広大なその知覚において、太朗というちっぽけな個体は、感覚として喪失されている。いわば、その意識は虚無の中にある。虚無の中において己自身の存在のちっぽけさを理解し、同時に世界の、宇宙の、そして法則と規則性の巨大さと、概念の希薄さに飲まれていく。有為、無為、そこにさしたる違いはない。只、在るというその情景が、見えもしないその知覚が、更なる世界へ身を投じさせ――。


「ここから先は、君にはまだ早いかな? ボクがとりあえず、帰してあげよう」


 その果てに壁のようなものを感じ、その向こう側から聞き覚えのある声が聞こえた気がした。失われかけていた太朗という自我が呼び覚まされ、拡張されていたものすべてが太朗の内部に収束した。

 思わずはっと、目を開ける太朗。全身からは汗をかき、両手はこころなしか震えている。開け放たれた窓から空を見れば、まだ日が昇っている最中である。

「……どれくらい座禅していた? レコーちゃん」

『―― ……』

「……? おい、どうした」

『―― ……っ、はっ、失礼。休息していた』

「あ、お前も休息とかするのか」

『無論。私は藤堂太朗ほど滅茶苦茶な存在ではない』

 己の頭の内に響く声に、太朗は困惑する。「それ、俺が滅茶苦茶だって言ってるぞ?」

『――違わない』

「まあ違わないんだろうが……、でもま言い方とかあるだろうに。

 で、質問に答えてくれ」

『――七十日』

「二月とちょっとか……。つか、そんなに動かないってことができるのが驚きだよなぁ」

 硬い場所に腰を下ろしていたにも関わらず、尻も痛くなく、座っていた箇所も膿んで居ない。生理現象と無縁の身体とはいえ、幾ら何でもやりすぎ感が出てくる太朗だった。

「あと気のせいじゃなけりゃ、綯夜の声が聞こえた気がするんだが、何だありゃ」

『――条件解放。部分的に解放。

 綯夜宰の居た場所は、ある意味この宇宙の真理の一旦。人類が触れるには未だ早い叡智』

「どういうことだ?」

『――アーカシックレコードに隣接している概念の領域。今の藤堂太朗は、まだ接触するべきではない』

「知ったら発狂確定のものだってことか? うげ……」

 再び座禅の姿勢をとり、そんなことを言っていると。

 遺跡に来訪者が現れた。

「――た、たけてください、賢者さまっ!」

「……は?」

 その少女の登場に、太朗は怪訝な表情を浮かべた。

 

 

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