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異世界に行ってもみんなヤンでる アナザーDD

飛び上がりそうな位に上体を起こし、呻きと悲鳴が交錯した中、確認する様に顔や体躯、そして秘部に触れ未だ生々しく残る夢の残像が彼の呼吸を乱していた。

ガラス窓を覗けばカーテンの隙間から陽射しは漏れ、陰と陽とのコントラストが夢の真意を彷彿とさせ、快適な室内の筈が豪雨に当たったかの様に寝汗でまみれ、背中に走る冷たさが視界を明瞭にし、どんよりとした重苦しい空気を一掃していく。

長い夢を見ているようだった。

それも鮮明で、痛みも感情も哀愁も孤独も、全て無意識が起こす意味不明な出来事、気持ちではなく、そう、明晰夢に近く救われない物語り。

でも、どうしてだろう。

彼の瞳は涙に濡れて、悲しくとも懐かしく充実していた錯覚がユーリの心に僅ながらの齟齬が生まれた。夢が現で現が夢なのかと疑問を抱いてしまう位に現実味を帯びた記憶の整理が起こす現象が頭から離れず、更には嘲笑っている。

今の生活が幸せだからこそ、意識の奥底には不幸を望んでいるのかも知れない。そうして無意識に反映され、無惨に冷酷に無慈悲に愛に振り回されたのか、今はもう意識が冴えると共に夢の内容もまた消え去ってしまい、気味悪さだけが残り、ふと隣を見下ろした。

穏やかに寝息を立て、何の悩みも持ち合わせない様な無垢な寝顔にはまだ幼さが垣間見えるもそのしなやかな脚線と瑞々しい肌質、何よりも閉ざされた瞼から伸びる睫毛と鼻筋の通りの良さとの絶妙な間が秀麗で顔に垂れる疎らな髪がそこに淫気を振り撒く。

だが、久しぶりに感じたお馴染みの光景は彼女の姿だけでよくよく室内を見渡せば、白で統一された簡素且つ潔癖さを呼び起こす床に塗られたワックスの光具合、個別を確立する為寝台を中心に湾曲するカーテン、そして腕や鼻から伸びたチューブ。

不気味な夢と見知った人物とが不安と安堵を同時に受動した事で事実、現実よりも先に自分自身を落ち着かせるべく見たい物しか見えなかったのかもしれない。

「ん、優君?」

うっすらと開かれた瞳は充血し起き掛けの微睡んだ視線を泳がせたが突然、驚愕に見開かせたかと思えば目尻に涙を溜め、嬉しそうに微笑み優希に抱き付いた。

「良かった。優君、このまま起きないのかと思ってたの。」

そうして彼女は噛み締める様に「良かった」と呟き、一層抱き締める手に力は入り息苦しくなるも漸く非日常から脱したのだと言う実感が湧き、優希は安心したのかそのまま彼女に凭れ掛かり眠る。

彼女に何度助けられたか。小町(こまち) 優芽(ゆうめ)のニゲラに似た果実の甘い香りが鼻腔を擽り、でも気持ちは安らぎ落ち着く彼女の温かみと共に辛さも悲しさも分け隔てなく癒されていく。

どんなに心が廃れても、肉体が酷使されても会話し生活を共に過ごしていれば自然と健やかになる位に彼女は常識ある、一般的で時には子供っぽい頼れる近所のお姉さんで。

両親の代わりを務めてくれて、保護者の様に接してくれて、姉みたく親身に相談に応じてくれて、遊んでくれて、優希にとっては欠かせない人物だった。




長い間、眠りから覚めていなかったのだと知らされた。

季節は過ぎ、年を跨ぎ、筋肉は衰え、知らぬ間に成長を遂げ、それでも変声期を迎えられず、ただ柔らかみが増して、丸みを帯びて、眠り姫の様に智能とそぐわぬ官能を身に纏っては現実を受け入れきれず、戸惑う事でしか心を落ち着かせられなかった。

「ユーくん!!」

奇跡とは果たして幸福なのだろうか。

何をしていても疲労感に抗えず、授業の殆どを寝て過ごし勉学には追い付けず、友人との会話にも付いていけない。周囲の気配りが自身の無力さ、足手まといかを知らされ自然と心に壁を作り意固地になって助けを毛嫌いしてしまう。

『自分達が居なくては優希はまともに生活出来ない』と思われたくない。

「ユーくん、あの、その、ご免なさい。」

彼女の姿を見るだけで体は強張り震えが止まらない。

面と向かい目を合わせる事さえままならず、心の内側では早く帰ってと祈るばかり。

「私、どうかしてたの。ユーくんの恋人になれて舞い上がってたし気持ちも昂ってたし。だから、悪気は無いの。何て言うか、振り向いて欲しかったし、見て貰いたかったの。」

水原の感情は懺悔と恋慕を吐露したせいか高揚し、落涙と共に艶めいた微笑みで言葉は連なる。

「やり過ぎだって分かってても、これで漸くユーくんを一人占め出来るって思ったら止まらなくって。ユーくんの気持ちも考えないで先走って、迷惑…ううん、残酷な事しちゃったって、ずっと考えてたの。」

二人きりの教室に響く彼女の濡れた声色と啜り泣く音、水原は優希の手を握り躍起に自身の過ちを認め、そして恋情は未だ続いている事を告白した。

「だから償わせて下さい!ずっと、これからも、優希君が全快して、勉強にも追い付ける様になるまで。支えさせて下さい!」

そうして席を立ち改まり彼女は懇願した。

恋人としてではなく介護人として優希の側に居ることを願ったのだ。

「私に機会を下さい。罪悪感とか後悔とかでお願いしてる事じゃないの。私の気持ちは今でもユーくんを好きなの!愛してるの!!……だから、また私とこれからを再出発しよ?」

以前よりも容易く優希を持ち上げ、抱き抱え甘く囁かれる誘惑は彼の心をぞんざいに踏みにじる。

その蕩けた笑みは骨が軋む音と共に優希を苦悶に色付かせ、真っ直ぐな瞳から耐えられない程の恐悦が垣間見え、チロリと唇を舐める真っ赤な舌が捕食者を彷彿とさせ、言い知れない不安が彼の内情を酷く狂わせていた。

密着した二つの膨らみ、生暖かく顔を撫でる吐息、甘みの中には汗やシャンプーの香りがない交ぜとなっては内側から弄び、抱き締める両手からは気持ちの表れとして力強く絡み付き苦しめ、期待を込め頬を赤らめ徐々に近付く乙女の唇は柔らかくそれでいて慈しむ様な包容力と唾液に彩られ、抵抗さえ、彼の力ではじゃれていると捉えられてしまう。

机に押し倒され、水原は身を乗りだし発散出来なかった気持ちをぶち撒けるかの如くねぶり、まさぐり、疲労と快楽が交差する中、朦朧とし、脱力し、彼女はここぞとばかりに蹂躙を重ねる。

再出発する為の区切りを付けるつもりなのか、それとも欲望の赴くまましているのか、学校であろうと恥を捨て、頭だけを抱え上げ、両足を腰に巻き付け、何時までも唇を重ね続けた。




「あ、おかえり優君。」

エプロンに身を包み優芽は慌ただしく台所を動き回り、忙しなく電化製品はうなり、優希を迎えた。

「あら、祝ちゃん。久し振りね。」

「ご、ご無沙汰してます。」

優希の腰に腕を回し補助職に徹していた水原は戸惑いながら返事をしていたが明らかに怪訝そうに顔を歪ませ腕に力は入る。話には聞いていたもののやはり現実を目の当たりにすると不快で仕方がない。が、彼を間接的ながらに傷付けてしまった負い目が感情を濁らせ、苦悶に笑顔を作り良い人を演じなければならなかった。

気持ちが優希を問い詰めたくて仕方がない。

感情が優芽を排除したくて堪らない。

だのに、嫌われたくない。不要と思われたくない。

こうでもしてすがり付き一人寂しく過ごしてきた日々を考えてしまえば、不快な気持ちは和らいだ気がした。

毎日お見舞いに行った。

沢山呼び掛けた。

でも、優芽は必ずそこに居て、笑顔を絶やさず、優希の手を握り何をするでもなく面会時間ギリギリまで居座る。

何時しか、彼女の顔を見るのが嫌になりお見舞いに行かなくなっていた。

まるで自分の居場所を奪われたみたいで。

自分の気持ちを盗まれたみたいで。

優希を追い込んでしまった負い目は酷く心を歪ませ、全てが祝の恋路を邪魔する存在に思えてしまい、疑心暗鬼に不信感ばかりが募り、しかし優希への思いは増すばかり。

思い出は美化され、負い目は醜悪となり、その相反した二つが祝を掻き乱し優希をより我が物にしたいと、償いと愛情を捧げたいと堅牢に祈りは、願いは叶わなければならないと使命感を携え始めた。

恋人であった自負と確固たる自信とそうして揺るがぬ想いが徐々に彼女を染めていく。

優芽に悪気は無いのかもしれないが運命の前には犠牲を伴わなくてはオカシイ話だ。


祝は潔く彼を手放した。


そこには何の感情もない、ただ純粋な愛の為。

そして、介護と銘打つ愛の奉仕故の行動だった。


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