異世界に行ってもみんなヤンでる アナザーŌ
「さあさあ、老若男女、紳士淑女の皆様、ここでこれを見ずに帰ってしまっては末代まで後悔すること間違い無し。我が見世物小屋、唯一の解体ショーは此処でしか見られないですぞ。話の種に見るもよし、冷やかしついでに見ても心奪われる光景に、ましてやかの生命白龍の恩恵を受けし人間の肉はそれはそれは万病にも効くとさえ聞きます。肉を食らう為に入るも良し、けったいな嗜好を満たすも良し。さあさあ、これを見ずして余生を過ごされますか?いいや、私は生きられないですぞ。見物料はたったの銅銭二枚、安いもんですぞ。」
使いふるされた売り文句と古びた幕で閉ざされた入り口の前で揚々と捲し立てるのは当興行団団長、怪しい黒のシルクハット、嘘臭い眼帯、どこぞで拾った杖で演壇を不必要に叩き、垂れ幕には堂々と唯一無二と書かれている。
街灯に群がる蛾のようにふらふらと導かれ、内心どうせインチキだろうと勘繰り、野次を飛ばしてやろうとほくそ笑む者や謳い文句に誘われ何も考えずに入る者、多種多様な種族が会場に詰められた。
一ヶ月を過ぎてもまだ客足は途絶えず何時でも場内は満員御礼で団長としては思わぬ収穫が予期せぬ利益を生んだ事により息巻いて観客を煽る。
「さあさあ、お待たせしました。今宵もかくもこの見世物小屋にお集まり頂き、まことにありがとうございます。さあ、ショーの主役、ユーリ嬢に登場して頂きましょう。」
そうして団長が下手へと消えるや観客の大歓声が会場を揺らすほどに膨れ上がり、上手から彼女が姿を現した途端、更に特に男性客の声や視線はいやらしさを増していく。
俯く姿は哀愁の漂う未亡人の色香を振り撒き、ずたぼろの衣服から垣間見える太股はさながら人形の均整の取れた、理想とされる肉質的で官能に富び、純白の中に浮かび上がる青き血管が妙に色欲を煽る。睫毛は長く、その奥に隠れた瞳が角度により幾重にも映え変わるのに生気は脆弱に、薄幸に溺れ、決して笑顔を見せぬ深紅な唇が不意に歯が除き見ると、その色彩の差がえも言えぬ秀麗を帯び、肩口まで切り揃えられた緑の黒髪は毛先だけが色素を失い、それでも汚れを知らぬ清純な白さを保ち妖艶でいてどこか悲愴さが見え隠れする。年端も行かぬ少女なのに纏うモノは成熟した、且つ色気のある雰囲気を醸して舞台中央に備え付けられた拘束台へと足を運ぶ。
誰がどう見ても絶世の美少女でこんな彼女がどうしてこんな場末の下劣な見世物小屋に居るのか不思議でならないのに興味が勝り、一人としてそれを投げ掛けもせず固唾を飲み見守る。
男性であった面影は消え失せ、一人の少女として皆の目に写り、そして淡々と静かに行為は始まっていく。
気恥ずかしそうに躊躇いながら衣服を脱いでいく初々しさと羞恥に顔色をほんのりと赤く染まり、男性客の声援には熱が籠り出す。一枚一枚と乳房や秘部を巧く隠していくと罵倒が飛び交い彼女は嫌々ながら皆に熟れた体を見せなくてはいけない。
団長からの威圧と客の蔑みと下品な視線の恐怖に震えながら、両手をゆっくりとおろすや豊満な肢肉を晒す。重量感を携え、且つ張りのある乳房と程よく真円を描く桃の突起、幼き故の生え揃わない陰部、ユーリは男性であった頃の強姦や陵辱、拉致監禁のあらゆる屈辱よりも精神を深く抉られる恥辱に抗えず、うずくまりこれ以上体を見せまいと背中を丸め必死に肉体を隠そうと励む。
「もうイヤ。」
男のねっとりとした卑しい視線がひしひし伝わり、性的に見られている事に嫌な気持ちしか沸かず、怯え、今はただ青醒め、戦慄き、余裕の無い心が酷く削られていった。
自身の変化に気付いたのは彼らに救われてから直ぐだった。
首だけの存在になったものの恩恵が細胞と一体化し、本能が生への執着となり心臓や肺、その他内臓、血液が無くとも何とか生き延びられていた。
だが、生存することに躍起になり過ぎていた為、本来の肉体の記憶を失い、細胞がどんな体つきをしていたか忘れしまい、苦肉の策として抱き抱えていたスミンの左右対称の人工的な肉体と偶然、首の蓋を外した単眼族のリリー・デフの幼さが残る中に豊潤とした肉つきの体躯とを元に再生を始め、そうしてユーリは女性へと転換してしまった。
更に悪いことに恩恵と細胞が緊急時に備え学習し、彼もとい彼女の肉体の成長を止め、何時なんどきであろうと再構成出来るようにと形状記憶を試み、ユーリは永遠に成人を迎えられなくなってしまった。
初潮も無く、第二次成長期のままに、艶かしさだけが増し、ユーリは男であった感覚や気持ちが薄れ、徐々に女に染まっていく恐怖に眠れぬ日々が続く。
「口の中が気持ち悪い。」
みすぼらしいベッドに横たわり、何時までも口内に残る粘液と腹部にはまだ異物が残り中から押し上げてくる錯覚に辟易し、ぐったりと再生による疲れもあり、動けず、眠れもせず、時間ばかりが過ぎていく。
気分は悪いのに、不規則な生活なのに、体調が崩れる事はない。病気も怪我も直ぐ様治癒され、痛みはあっても長引く苦痛をここ最近感じず、相反する体と思考が余計にユーリを堕落させる。麻薬にも手を出し、曇る気持ちを晴らそうとしても効きはしない。
「今日もみんな食べてたな。」
根拠のない団長の口車に乗せられ、狂ったようにユーリの血肉を貪る観客はある種、彼女を神格化させているのではと感じる、不老不死の一部分を食らえば自分もまたその力を手に入れられると信じているのだろうか、不憫に思えて仕方がない。
どうしてみんな、そこまでして生きたがるのだろうか、絶望にさえ見放され虚無感ばかりがユーリに味方する心境が自然とどうしたら死ねるのか、狂気に触れられなくなるのか、そればかり考えるようになっていた。
仕事が終われば団長に奉仕し、ご機嫌取りをして、少ない給金を意味もなく貯める事が今の彼女がのめり込める趣味として、生き甲斐として支え続けるも否応に単眼娘は訪れる。
「ウーリ。」
舌足らずに喋るリリーはユーリの有無を聞かず、懐へ飛び込み頬擦りをして甘える姿は未だ幼く子供心を残すも、容姿や年齢的にはユーリより容易く大人であり、不思議と不自然さは見当たらない。
居住地を持たず、またその日暮らしの過酷な環境下では勉強など出来る筈もなく意味を為さない、そして芸のみに特化するよう洗練された日々がリリーの適応力を奪っていった。
元々、孤児であった事、そして団長が教養の無い粗忽で短気である事実が絡み、リリーはまともに会話も出来ず、また見よう見まねで喋るがその殆どが無意味なもので。
「ウーリ、ウーリぃ。」
ここ最近のお気に入りはユーリであり、谷間に顔を埋め、目一杯に抱き付き、何度も名を呼び、蒸れた乳臭い香りをたしなむ具合に押し付ける。
ユーリは少し呆れるも可愛いげのある行為に慈しみ微笑み、彼女の柔らかな髪を手で梳かす、年は上なれど妹が出来たような、ナターシャを彷彿とさせ、あの懐かしくも甘く幸せな日々が久しく心に舞い降りた。
「ウーリ。」
満喫したのだろう身を起こし、その大きな瞳を輝かせかと思うと悪巧みをした笑みと瞳を歪ませ、戸惑わず拳をユーリの腹部へめり込ませる。甘美な時間は露と消え、またリリーの発作が始まった。
リリーは愛を知らなかった。
団長の厳しい教育が怒鳴られ、殴られ蹴られ、罵倒が飛び交う中で唯一、練習が終われば必ず抱かれ頭を撫でられ、愛でた言葉や優しい口調で褒められる、この一連の作業がこうした暴力が愛情表現だと思い込む事態へと繋がり、彼女にはそれが日常であり常識として体に刻まれて、愛しい者は何でも手を出さずにはいられない。
暴行とはつまり愛情の裏返し、愛しい故に殴り、愛しているからこそ蹴るのだと、現にリリーは恍惚に触れ、イヤらしく瞳を濡らし、いたぶるのを止められず、かと言って手加減を知らず、呻くユーリを尻目に拳が肉にめり込む感覚が、肌に愛した証が、淫らにリリーを愛のままに突き動かす。
疲労が達し動けないユーリに一切の配慮を加えずに馬乗りのまま握られた右手が振り落とされ、その度に反射として空気が洩れた呻き声を上げ、左手が意識をはっきりさせようと張り手で乾いた音を上げる。
全力で向かわなければそれこそ失礼に値する、芸人だからこそ全身全霊を以て尽くさなければならないと赤く腫れ上がる体に尚も拳が捩じ込まれていくのに後を追うように恩恵が全てを無かった事にする。
愛でても愛でても決して埋らないユーリの肉体にリリーは拳が痛くなろうと構うこと無くいたぶり続け、徐々に唇を大きな三日月に広がり、吐き出される息と共に笑いも溢れ、疲れ果てるまで行為は繰り返される。
「ウーリ。すき。すき。あは、あはは。」
荒立てた呼吸に体を揺らし、恍惚とユーリを見下すと、内出血を起こし、赤みに染まり膨れ上がる肌は次第に原型を取り戻していく。そうして、元のキメ細やかな肌になるや、リリーは優しく彼女の髪を撫で下ろし、赤子をあやすみたいに微笑み、朝を迎えるまで側で抱擁をした。
これがユーリの日常となり、既に馴れた光景に彼女は一種の安堵を手に入れつつある。一から破綻した生活がユーリの心を天から地へと落とすこと無く、端から底辺に置かれ、心を、気持ちを蹂躙されないのだから、彼女にとって見れば一番安定した生活とも言えた。
それでも女性の体には馴染めない、勝手の知らない体躯はユーリの中で齟齬を生み、居心地の悪さだけが際立つ。
そもそも男とは何なのだろうかと疑心に駆られ、自身の不遇をどうにか振り払う為にあれこれへ理屈を並べては自分は男だと暗示の様に唱え、また戻れると確証も無い微かな希望を胸の内に秘めて、そうして何時か戻った時の事を夢想し、また始まる狂宴に向けて覚悟を決めるしかなかった。