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8章

  8


 今日、チャトムが総長に呼び出された。

 視察の案内を頼まれたと言うが、その後会った時は明らかに隠し事をしてる様子だった。

 耳を見るとすぐ分かる。緊張したり不安だったりするとどんなに表情取り繕っても――それが既にできてないのだが――耳が寝てるんだからな。

 ……あまりに丸分かりで気の毒になったくらいだ。

 私だってチャトムに隠し事くらいあるが、それは多分簡単には気付かれないだろうと思うと不公平で申し訳ないような気分になることさえある。

 ――エイザあたりが聞いたらナーリェらしくないと笑うだろう。

 でも直後に昼食をやったら、盛大に耳を立てて喜んだので、なんだか追求する気も失せた。

 野良猫だってもう少し餌付けに苦労するだろうに。

 あとは――ああ、一緒にいた視察の男。アンティークとしか思えない悪趣味な古い剣を差していた。名前は聞いたはずだが忘れた。

 あいつは――気に入らない。なんとなく。


       * * *


 まだ頬が少し熱いようだ。

 チャトムは夕暮れの街を家路を急ぎながら両手で頬を押さえた。

 あのあと、さんざんからかわれながらもカイと早めの夕食を取って――奢ってもらう約束は仕事が終わったら、と言って割り勘にした。ナーリェと食べたかったからだ――泊まって行かないの~?なんてとんでもない事を聞くリーンを振りきって店を出てきた。耳まで赤くなりながら。

 明日の朝、チャトムがここまでカイを迎えに行く約束だ。学院で待ち合わせようかとも言われたのだが、迷われたら困るので用心のためにそうしたのだ。しかし考えてみたらそれはそれでまた冷やかされるネタになってしまうだろう。

(リーンは良い子だけど噂好きだからなぁ……変なウワサ流さなきゃいいけど)

 思わず神に祈ってしまう。

(そりゃ、カイさんは、その、ちょっと……素敵かなーとか思うけど……。

 結構、カッコイイし……優しいし、笑顔には元気付けられたし、それに…多分強いし……)

 なにしろあの有名な魔剣の主なのだから。

(武者修業中、なんてちょっと憧れちゃうしなー…ッ…って……!)

 はっと我に返って頭をぷるぷる振った。すれ違った人が奇妙な顔をするがチャトムは気がつかない。

(違う違う、そうじゃないでしょ!そんなんじゃないんだから!あたしはただの案内役、ティレグもそう言ってた)

 魔剣ティラザーグ。そういえばどうして当然のようにあの青年がもっているのだろうか――。

(考えてみたら今日はあたしが話してばっかり。明日は――もっと――カイさんの事、聞けるかな)

 生い立ちとかティレグを手に入れた経緯とか旅の事とか。

 そこまで考えてはたと気付く。

(ヤだ。浮かれてる場合じゃないのに……カイさんは仕事で――)

 途端に吹き出す後ろめたさ。

 そんな時だった。

「あの、失礼ですが」

 呼びとめられたのは。


「は、ははははいぃ!?」

 自分の思考に没頭していたので、思わず飛びあがって奇声を上げてしまった。

 さらに自分で上げた声に驚く。心臓がばくばく鳴っていた。

 右前方で呆れている気配の人影に向き直る。

「す、すみません、何です――か――」

 そして思わず絶句した。

 そう、その青年を見て思った事はひとつ。

(ほぇ~…カッコイイー……)

 だったりした。

 まあこれは完全に客観的な事実だったから仕方ない。眼前に佇むのは、チャトムがかつて見た事のないような貴公子然とした美青年だったから。

 年の頃はカイと同じか――少し下、くらいだろうか。

 初霜のような流れる銀髪、整った眉目。冴え冴えと輝く青い瞳は、真冬の湖面のようだった。

 例えば女の子を10人集めたとして、カイを躊躇なく格好良いというのは3人くらいのものだろう。(ちなみにチャトムはその少数派に含まれる)

 …まあカイの名誉の為に付け加えると、笑顔なら少しは率が上がるかもしれない。

 しかし彼なら10人が10人とも美形だと認めるに違いない。

 勿論、そう認める事とその顔に惹かれる事はまた別だ。そこは個人の好みの問題に過ぎないのだから。

 しばし陶然のチャトムだったが、相手の青年の方もチャトムを正面から見て負けず劣らず驚いたようだった。

「あ――あなたは……!」

 そしてチャトムの手をがしっと取ると、ぐっと身を乗り出した。

(うにゃぁああああ!?)

 目の前にこれでもかというくらい気品に溢れまくった白皙の面が近づいてきて、チャトムはパニックを起こしかけた。……が。

「あなた――チャムチャム族ですね!?」

「……はい?」


「ああ…なんと素晴らしい、こんな暗き都市にあってなおチャムチャム族にお会いできるとは!これも師のお導きですね!」

 唖然とするチャトムの前で、その絶世の美青年はなんか一人の世界に入ってしまっている。

 ……まあルックスのせいで芝居がかった仕草が似合う事は似合うのだが……街路の真ん中で空を仰ぎながら大声で叫ぶのはちょっと止めて欲しい。

「あ、あの――」

 恐る恐る呼びかけると彼はばっと振り向いて(いちいち動作が大仰だ)

「ああ、失礼――いやしかし、あなた……見るところ、それは――あの忌まわしき『学院』の制服ではないですか!?」

「は、はぁ!?」

「なんと嘆かわしい――悲しむべき事だ!」

 いやだから胸に手を当ててかがみ込むのもちょっと。ここは劇場のステージではなく、ただの薄闇に染まりかけた街角なのだから。

「良いですか!?」彼は再びチャトムの両手をしっかと取った。

「あなたは生まれながらに、それは素晴らしい天恵を受けているのですよ!それはこの世界への高い帰順性――この美しい世界律の元の安定した存在確率です!」

 ほとんど涙さえ流しそうな勢いだ。

(うわぁ~~~この人変だー!カッコイイけど変な人だー!!)

 チャトムはほとんど竦み上がっていたのだが。

「というのに、そのあなたが呪われた魔道を学んでいるとは……!」

 その言葉にはつい反応してしまった。

「ちょ、ちょっと待ってください……!」

 多分無視した方がいいのだ。なにせちょっと何かのタガが外れてそうな人なのだから。しかし……。

「学院が奉じるのはあくまで『魔法』です!」

『魔道』というのは聞き捨てならない。

「魔法は――素晴らしい学問です!

 それも、言語学に数学、心理学、哲学、物性や史学まで内包する学際的で複合的な分野です。理論と実践が相互に影響し合って発展していくその過程、世代を持って受け継がれる真実を希求する意思。

 あたしは――一学徒として誇りを持って、あの空に浮かぶ学院に学んでいるの……!それを悪く言わないで下さい!」

 常にない断固とした口調でまくし立てる。

 対して青年は、というと……。俯いて肩を震わせている。

「え、あの……」もしかして怒らせたのだろうか。

(キレて刃物振り回されたりしたらどーしよぅ……)

 かなり偏った予測だったがそれも已む無しと言った所か。

 だが息を呑むチャトムの前で、

「くっ……はっはっはっはっは!」

 青年は体を反らせて大笑いしたのだった。


「え…え?」

 戸惑うチャトム。

 しかし……なんだか失礼ではないか?

「い――いや失礼」

 彼はまだ身を細かに震わせながら手を上げて謝った。

「しかし――そうか、あなたのような方があそこで学んでいるというのも、それはそれで良い事かもしれませんね――」

 その先は独り言のようで聞き取れない。だが彼は一人で納得したようだった。

「……おお、そうでした」ぽむ、と手を打つ。

「そう言えばお聞きしたい事があって呼びとめたんですよ」

 まるで微笑のお手本、と言いたいくらいにキレイに微笑む。

 それは確かに金貨100枚の笑顔ではあったが……。

「はあ……」

 どうも素早い切り替えに付いて行けない。…これは……なんとも。

(紙一重っていうヤツ?)なんて思わず考える。

(いや、ダメよね。こういうの偏見っていうんだわ……)

 チャトムらしく、直後に思いなおしたが。

「実は人を探してこの街に来たのです。この辺りで流れの旅人が泊まりそうな宿はどこでしょうね?」

「え……?え、と……そうですね……」

 なんとも気の抜ける簡単な質問だった。今までの前振りはなんだったのだろう。

 チャトムは少し考えて、

「やっぱり中央の通りに沿った宿だと思います。特に入り口か学院前付近の。初めてここに来る方なんかは、横道の、入り組んだ小路に入っちゃうと迷いますから、あの大通りに面した宿を見つけるみたいですね、大体は」

 それを、ほうほう、と頷きながら聞くと、

「なるほどよく分かりました。それならあの者もきっとそうした分かりやすい位置にいるでしょうね……ふっふっふ」

 なんだか最後の含み笑いが怖かったが、チャトムはもう彼の挙動にいちいち驚くのをやめていた。

「どうもありがとう。大変参考になりました」

 言って、彼はチャトムの左手を取ると恭しくその甲に口付けた。

(う、うにゃぁぁああ!?)

 さすがに一瞬硬直するチャトム。

 そして青年は「では!」と服の裾を翻して一陣の風とともに立ち去った。

 チャトムはそれを虚しく見つめるのみ。

(最後まで……なんていうか……オンステージな人……)



 ナーリェが帰って来たのは随分遅くなってからだった。

 チャトムは久しぶりに早く眠れると思いながら、寝る準備をしているところだった。

「おかえりナーリェ」

 迎えるチャトムに、ナーリェは帽子と上着を壁にかけながら答える。

「ああ、ただいま」

 ……随分疲れているようだ。

 そういえばここ10日ほど帰りが遅いことが続いている。

 チャトムは胸に一瞬差した陰をあえて無視して笑顔を作った。

「お疲れ様。今日も遅かったね」

「まあな」

「やっぱり研究課題を決めてる所なの?」

「うん。ほとんど決めてるけどな」

「そっか、そうだよね、もう転移魔法できるんだもの」

『学院』は、生徒が一人前の魔法士になるまでに、7つの段階を課している。

 つまり、鉛・鉄・青銅・銅・銀・金・白金の基礎7過程である。勿論魔法学の必修科目以外の準科目もあって、教養のためにそれらをいくつか取る事も求められるが。

 最後の白金の過程のクリア課題が転移魔法であり、白金の過程にあるナーリェがそれをマスターしたということは、認定試験を受けさえすれば、学院卒業の資格を得られる事を意味する。

 卒業すると学生は魔法士の資格を得て、象徴である銘入りのロッドを与えられ、様々な職を求めることが出来る。

 だが7過程修了者は望めば、更に学問を極めるために、卒業せず研究生になる事も出来た。

 学院内にあるいくつかの研究室に所属して、魔法学の発展に努めるのである。ちなみに研究生を3年行って希望を出すと、教官に志願する事もできる。

 そしてそのためには個人で何らかの自由研究を行い、研究成果を学長会に提出し、それぞれの研究室長に認められる事が必要だった。

 どの研究室に所属するかはかなり重要な問題だし、そのためには研究課題を吟味する必要がある。例えばエルフのフェリーナもその課題を選んでいるはずだ。

 ナーリェはそのフェリーナと並んで将来を嘱望される優秀な生徒であり、いくつかの研究室からすでにお呼びがかかっていると聞いた。

「卒業しないで研究生になるんだね?」

 研究課題を決めていると言う事はそういうことだ。

 ナーリェが卒業するとは聞いた事はなかったし、そもそも彼女があっさり卒業するなんて研究部が許さないだろう。

「――まぁな、まだ3年以上あるんだ。当然だろう?」

「……うん」

 当然、と言ってくれる事がチャトムは素直に嬉しかった。まだしばらくは一緒にいられるのだ。

(ナーリェはまだあたしを置いて行かない)

 本当は、安心ばかりもしていれられないのだが。

「それよりチャトム、もう寝るのか?」

 寝間着のチャトムを見てナーリェが聞いた。いつもなら何らかの課題に追われている時間だ。

「うん――総長がね、カイさん――あ、昼に一緒だった人ね。彼の案内をしているうちは課題とか授業を保留しておいてくれるっていうから、明日も早いし、今日はもう休もうかと思って」

「……ふぅん」

 返事が返るまで一瞬の間があった。

(あれ、なんだか……不機嫌?)

 ほんのわずか固まった表情で、付き合いの長いチャトムにはそれがわかった。……理由は思い当たらなかったが。

(疲れてるのかな。課題とかあるかもしれないし……あんまり長話付き合わせちゃダメだよね)

「ナーリェ、お風呂入れるから――」

 チャトムがそう言うと、ナーリェは頷いた。

「分かった。先に寝てていいぞ」

「あ、うん……」

(本当はカイさんのこととか、さっきのおかしなひとのこととか話したかったけど……)

 今朝のことなんかは結構笑えると思うので、チャトムは少し名残惜しかったが、また明日でも良いし、と自分に言い聞かせた。

「じゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ――久しぶりにゆっくり寝れるからって寝過ごすなよ?」

「ふーんだ、そんなことしないもん。ナーリェこそ転移できるからって朝寝坊しちゃダメだよ?」

 むくれて見せるチャトムに、ちらりと微笑を投げてからナーリェはバスルームに入っていった。

 チャトムも、その笑顔に安心しながら自室に戻ったのだった。


       * * *


 ■1日目結果報告。

 学院西地区、演習場周辺を調査。反応なし。

 備考・カイナック=ラキソル氏の体調を慮って、夕方前に引上げ。

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