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番外短編4「花に寄せて」

 目覚めは爽快だった。

 というか、爽快でない目覚めなんてほとんどあったことがない。

 父に「商人たるもの、いついかなるときにたたき起こされても、ベットから出て5分で商談に入れるようでないといかん。商機を逃さぬためにな」と言われて育ったのだ。

 例え深夜までレポートを書いた日だろうと、寝つきも寝覚めもすっきりだ。これはちょっと自慢。

 まず真っ先に窓を開く。

 明るい空は、べったりと濃い青。

 今日も暑くなりそうだ。

 でも朝の風は清々しく髪をなでる。

 それをいっぱいに吸い込んで背を伸ばし、カーテンを整えていると、窓際に置かれた小さな鉢植えが目に入った。

 濃い緑色の葉がちょろちょろ出ているだけの貧相な代物だ。花の時期はまだ先である。

 それでも、最初見たときよりは、ずいぶん増えているけれど。そろそろ株分けなどしてみるべきか。

 それと確か、あまり強い日差しは当てないほうがいいんだったっけ。昼は部屋の中に下げておこうかな。

 正直、花なんかのこういうこまごました面倒を見るのは、ガラじゃないんだけど。でも、これだけは枯らすわけにはいかないのだ。

「……あの2人はうまくやってるのかなぁ」

 エイザは、空を見上げ、この鉢を残していった友人たちのことをつかの間、考えた。



 2ヶ月前の気持ち良い初夏のある日。

 巡察使になった、数日後に出発予定だ、と黒髪の天才少女は言った。

 セーテンのヘキレキ、寝耳に水だ。

 思わずカタカナが頭によぎったくらいショックだった。

(そう!もちろん漢字が書けなかったワケじゃない。まさかお疑いの方もあるまいけどっ?)

「ちょっと!なんで言わなかったのよ、いつ決まったのよ、アタシは仲間はずれ!?」

 まくしたてても、彼女は眉ひとつ動かさなかった。

「学長会で決定されたのはついさっき。真っ先に報告に来たんだぞ」

「それにしたってなんだっていきなり……!」

「ちょっと前に、過程終了後は研究に入らずに外を見てみたいっていったら、総長が勧めてくれて。

 あの総長だからな。早過ぎる進学の弊害は身にしみてるらしくて、外の世界を見てみるのも良いだろうって」

 なにしろ総長は13歳8ヶ月という基礎過程終了の最年少ホルダーだ。その彼が言ったとなると重みがある。

「ただ、学生じゃ正式任命は難しいからとりあえず見習いで、同行者が必要だって」

「ちょっとまさか同行者って……!」

 目は自然に、ナーリェの横で、こちらは大変すまなそうな顔をしている巻き毛の愛らしい少女のほうに泳ぐ。

「まあ、活動の補助のために、語学に堪能で、私と相性の良いヤツがいいと希望を出したら――」

「――なによそれぇ!?名指ししてるようなもんじゃないのぉ!!」

 無愛想で気難しいナーリェと気が合う人間などそうはいない。それでさらに語学って――。

「えっと、その、そういう、わけなの。――ゴメン、ね」

 小柄なチャトムは、上目遣いでこちらの反応をうかがいながら謝ってくる。

「あ、あたしも、外……行ってみたかったから、その、エイザたちと別れるのは寂しかったんだけど、けど、ナーリェも一緒だし、うれしくって――。

 あ、でもね、仮採用だから、再審査のために1年後にはまた戻ってくるから、そんな長いこと留守ってわけじゃないんだよ――あ、や、それで正式に決まったら、その、また……ってことはもちろんあるんだけど」

「~~~~~っっ」

 はっきり言って、行くなとか言ってやりたかったが……やりたかった、が!

(そんな嬉しそうな顔されて何も言えるわけじゃん~~~っっっ)

 こちらをうかがってくる大きな瞳は不安そうにゆれていたが、目元は桜色に紅潮していて、頬は明らかに緩んでいる。

 何より嬉しそうにぴこぴこ揺れる、チャムチャム族そのものの猫耳が雄弁だ。

 思いついてちらりとナーリェに視線を戻すと、こちらは無表情を保っているが――もう数年の付き合いになるのだ、エイザには分かる。

 これはめっちゃくちゃ機嫌が良いときの表情だ!

 いつもは冷めてる目の光が踊っている。そもそもナーリェは、チャトムが楽しそうだと倍機嫌が良くなるヤツだ。

 大好きな友人の。

 こんな表情を。

 2つ並べられて――

 何も、言えるわけがなかった。

 諦めの表情をみてとったのか、チャトムはおずおずと持っていた包みを差し出す。

「それでね、エイザに、これ――預かってほしいと思って」

 包みの布を解くと、そこには――見覚えのある鉢。

 これは――。

「預けるなら、エイザだと思ったの、絶対ちゃんと面倒みてくれるし――それに、実は……フェリーナがね、おうちの都合で、故郷に帰るらしいから……」

「…………マジ?」

 何も言えるわけがない。言えるわけないけど――。

 代わりにちょぴっと泣きたくなった。



「まあでも、これをアタシに預けるってのは、ちょっと嬉しかったけどさ……」

 そのときのショックを思い出しながら、鉢の葉を軽くはじいてつぶやく。

 いやしかし、むしろ、由来を考えれば当然か。

 次いで、コーヒーをいれる湯を沸かしながら思い出してみる。

 この鉢を初めて見た日のことを。



 マム・マーグラムが亡くなったのは、1年半ほど前の冬の日のことだ。

 人材発掘の貢献で『マム』の称号を与えられた偉大な知の母のことは、当然エイザも知っていたが、ほとんど隠居同然になっていた彼女に直接の面識はなかったので、特にどうということもなかった。

 葬儀も、本人の希望でささやかに内輪で開かれていたので、参加もしない。

 授業前に教官が言って、しばらく黙祷した程度だ。

 ただ間接的なつながりとして――彼女と親しかっただろう友人の身が気がかりだった。

 チャトムとナーリェ。

 マムが亡くなったということは、彼女たちが『最後の子』ということに……なるわけか。


 今ごろは告別式だろうか、なんて、葬式に参加して学院を休んでいる2人の友人のことを考えながら、上の空で授業をこなした。

 といって、ただ遠くから心配しているというのはエイザの流儀ではない。

 気になるのなら様子を見にいく。

 即断即決。

 その日の授業が終わるなり、足を2人の友人のすむアパートに近い東門に向け――た、その途中で。

 ひときわ輝く淡い金髪の主を廊下で見かけた。

 あれは……。

 髪の房のはしから飛び出す、とがった耳を認めて確信する。

「フェリーナ先輩!」

 呼べば綺麗な髪がゆれて、これまた綺麗な緑の目がこちらに振り向いた。

 ナーリェに紹介されてから、そう何度も顔を合わせたわけでもないが、相変わらず精霊めいた美貌だ。

 彼女を見るとエイザは必ず、小さいころに見た絵本の、妖精のお姫様の挿絵を思い出す。

 実際、目の前のエルフは、その挿絵とそっくりの微笑を浮かべて、エイザさん、と言った。

「やだなぁ、止めてくださいよ。さん付けってどーも苦手なんです。呼び捨てのほうがイイ感じだと思いません?アタシの名前って」

 彼女はくすくす笑う。

「そうね、そうかも。じゃあ、あなたがその敬語と『先輩』を私の名前につけるのをやめてくれたら、私もそう呼ぶわ」

「りゃりゃ。ダメですかね……アタシにしちゃ珍しく緊張してるからこうなるんですケド」

「う~ん、でも私も自分の名前は下に何もつかないほうが気に入ってるのよ。それに、あなたは普通に話してくれるほうが『イイ感じ』よ?」

 エイザの口調を真似るのに、思わず吹き出す。

 なんだ、エルフといっても意外に話しやすいんだ。

「なるほど、やっぱり慣れないことはするもんじゃないってことね、じゃ、これからはフェリーナ、で」

「ハイ。よろしくね、エイザ。……うん、そうね、確かにこの響きのほうが素敵だわ」

 フェリーナという名のほうが何倍も綺麗な響きだと思うのだが、でも誉められれば嬉しいので素直に礼を言った。

 そして、ようやく自分が彼女を呼び止めた理由を思い出す。

「そうだ、フェリーナ。今日の講義はもう終わり?」

「ええ、そう。もう帰るところなんだけれど……帰りにナーリェのところに寄ってみようかと思ってるの」

「あ、なぁんだ、アタシも気になってて、もしよかったら一緒に行かないか聞こうと思って呼び止めたんだ」

「あら。やっぱり考えることは同じね。じゃあ……ご一緒しましょうか?」

「はっ、姫。お許しあるなら随行を勤め申し上げましょうぞ」

 絵本に出てきた老騎士のセリフに、フェリーナは、なぁにそれ、と言ってまた笑った。



 彼女と歩くと、学院でも街でも視線が集まったが、エイザはきれいに黙殺した。だからこそチャトムなどとも仲良くできるわけだが。

「そういえばフェリーナはマムに会ったことある?アタシはないんだけど……」

「以前1度だけ、臨時講義にいらして、お話ししたことがあるわ。とても……魅力的な方だった。それだけの私でもなんだか悲しい気持ちがするもの。2人にはつらかったかもしれないわね。特にチャトムはとてもマムを慕っているようだったし……」

「う~ん、それだとアタシはナーリェの方が心配だなぁ。あの子って、自分が傷ついてるのに加えて、チャトムが落ち込んでると、倍傷つくし。しかも、自分が傷ついてるって自覚がないからさぁ――やや?」

 話しながら街路の角を曲がると、少し先の花屋の前で、見知った横顔を見つけた。

 なんと、目的地前で人にばったり会うことの多い日よ。

「噂をすればってヤツね――ナーリェ~~!」

 今度は黒の、綺麗な髪がゆれて、綺麗なこれまた黒の目がこちらに振り向いた。

 実は彼女を見ても、エイザは昔読んだ別の絵本を思い出す。挿絵は――氷の魔女。

 もっとも、挿絵にそっくりの、底意地の悪そうな高笑いをするナーリェというのには、お目にかかったことがないが。

「エイザ……フェリーナ」

 その中間あたりで、軽く目を見張ったところをみると、ナーリェは2人の出現というより、2人が一緒であることに驚いたようだ。

「そおよ~。素敵なお友達が、なんと2人も!お見舞いに来てくれたのよ~。人徳よね~――チャトムの」

「見舞いって、別に病気になったわけじゃないぞ……」

「まぁっ友の温かな真心をそんな無下に扱うなんてことが許されるの!?」

 言いながらナーリェの顔色を観察する。

 はっきりいってあまりよくない。

 ことさらまぶたがはれてるとか、目が充血してるとかではないのだが。

 眼の付近に疲れがちょびっと見える――これは、体の不調を隠すのが上手いナーリェにしては、まったく珍しいことだ。

 そして珍しいといえば、その右腕に抱えている大量の花も珍しい。

 恐らく、今そこの花屋で買ったものだろう。白い一重の花弁に、濃い緑色の茎の対称があざやかだ。

 園芸花としては一般的な、確かプラジウムとかいう、ちょうど今ごろ咲く花である。

 ちなみに、清楚というか、地味な花なので、エイザはさほど好きでもない。

 それが何十本も束にされ(花束なんていう可憐なまとめ方ではぜんぜんなかった)無造作にナーリェの腕におさまっている。

 彼女が花を抱えているところなんて、まず初めて見るのだが、いや、しかし――。

 これは、なんとも――。

「でも、ナーリェ……その、お式はもう終わったのではないの?」

 フェリーナも花を見とがめたらしくそう尋ねた。

 それを察したナーリェが、自分の手元に一瞬視線をやってから、ああ、とうなずく。

「そう。これは別に献花用とかじゃないぞ。研究材料だ」

「研究って……」

「実験台にしようかと思って」

 こんなときに何の?とは言いかねるのだろう。ナーリェが困った顔をした。

 しかしエイザには別のことのほうが気にかかった。

 耐えきれずに口を出す。

「それにしたってね、ナーリェ。

 ――その、色気のない持ち方はどういうこと!?

 なんでそんなに花が似合ってないの!?」

「……は?」

「大体ねっ!若い娘で、しかも美人で、花抱えてりゃ、それなりの、こう、華があるもんでしょう!?」

「……何を言ってるんだ?だから、その……花はここにあるだろ」

「ボケはいいからっ!なのになんでそんな、味も素っ気もない感じなの!?おかしいわよ!

 なんか意味もなく道行く人の心をときめかすよーな、可憐かつ美しい風情を出すのが義務ってものでしょ?いち乙女としてっ!」

「意味もないことが義務なのか……?」

「と・に・か・く!例えばフェリーナならもっと、いい感じに……いや、やっぱダメだわ。フェリーナにはプラジウムじゃ地味過ぎて、花のほうが負けるわ……」

「あの、エイザ……?」

 すでにエイザのノリに、ナーリェもフェリーナもついていけていない。

 エイザは構わずぶつぶつと考え込むと、

「あ、そうだ、チャトムよ、チャトム♪

 チャトムならぴったりだわね。あの子なら、可憐に愛らしく、うふふなお花畑で白いリボンとレースが舞い散りそうな感じに……っ」

 意味不明なことをつぶやいて、ぐっとコブシを握るエイザに、ナーリェがなにかを諦めた表情を作り、とりあえずフェリーナに向かい合った。

「あ~……その、チャトムのことなんだが……よかったら協力してくれないか?」



 ウチにくる前に話を聞いてくれ、というナーリェにつれられて、近くの喫茶店に入った。

 隣席に花を置くナーリェの手つきは、やはり実験素材を扱うにふさわしい事務的なもので、エイザは不満だったが、とりあえず茶を囲んで話を聞くことにする。

「実はな。――なくんだ」

 ナーリェの第一声はそれだった。

「はぁ?」

「だから、チャトムが泣くんだ」

「そんなの……まあ、当然、でしょう?」

 親しい人が亡くなったのだ。

 ナーリェの340倍(エイザ比)は感情を素直に出すチャトムならば当然だろう。

「うん、だけど、花が枯れるって、泣くんだ」

「………花が枯れるって……それも当然でしょ……」

 自然の摂理というものである。

 ナーリェの言葉をとらえかねて、エイザは眉をしかめた。

 いつもの明晰さが完全に影を潜めている。

 こんな要領を得ない話し方をする人物ではないのだが……。

 見れば、運ばれてきた茶も、ぼんやりとかきまわすだけで、口をつける気配がない。

(これはやっぱ、相当こたえてるわね)

 フェリーナがふと言葉をはさんだ。

「花が枯れると、チャトムが悲しいの?」

「うん……」

 ナーリェはうなづきながら、ふう、と息を吐き、ゆるやかな渦を描くカップの水面を見つめながらぽつぽつと話し始めた。

「2日、いや、もう3日前になるのか。実は私たち……マムの自宅に行ったんだ」

「……それって……」

「そ。たいした用もなくって、単にお見舞いって程度だったんだけど。まさにってタイミング……。風邪気味らしいけど、割と元気そうだった、なんて言い合ってたのに……」

「………」

「いや、まあ、それは、いいんだ。むしろ、ちゃんと会えてよかったと……思ってる。

 そうじゃなかったら、ずいぶん訪ねてなかったから、きっともっと後悔しただろ。ただ……そのときに、おみやげをもらって」

 カップをかきまぜていたスプーンをカラン、と放す。

「それが、花、なんだ……プラジウム」

 ……少し話が見えてきた。

「マムの家の庭にたくさん咲いていて……チャトムがきれいだって言ったら、少し持っていけって、切花にして、一束貰ったんだ。そうだな、確かにチャトムには似合ってたよ。茎がガラスでできてるみたいに丁寧に持って、それこそ花が咲いたようなほころんだ顔を近づけてにおいをかぐと、瞳の琥珀色が白い花びらに映り込む気がした」

 ……おいおい……スゴイ描写ね……とかちょっとエイザは思ったが、普段は控えている(つもりらしい)ナーリェの「チャトムバカ」っぷりがセーブできないでいるのも、多分心身ともに疲れているからだろうと、突っ込むのも気が引けた。

(しかし、元気になったらからかいのネタに使ってやろうと、密かに胸のネタ帖に書きこんでおく)

「そのときは、本当に嬉しそうに、ウチの花瓶に飾って……けど、こんなことになっただろ」

 ナーリェはすっかり冷めた茶のカップを横に押しやった。

「葬式の間もずっと泣いてたけど……家に帰ると、花を見てまた泣くんだ。

 最後のプレゼントになったのに、切花じゃすぐ枯れちゃうって――割と持つ花らしいけど、それでも1週間もしたら捨てなきゃいけなくなる、それがツライって」

 フェリーナは、雨に打たれた花といった感じの憂い顔で、そう、とため息をつき、

「それで実験用の花、なのね……でもナーリェ、まさかその、マムの花を、枯れないようにしよう――なんて思ってるの?」

「そ、それはちょっといくらアンタでも……」

「いや、別に、そこまでは」

 苦笑してからわずかに目を伏せる。

「ただ――やっぱ『枯れ』たから『捨てる』って行為は悲しすぎるだろ……だから、せめて何かの形でとっておけるようにできないかと思って。そうやってなにかの機会に、故人を偲べるように、してやりたいなと。それなら、まだ、救いがあるじゃないか」

 贈り主の後を追うようにしぼんでしまう花というのは確かに残酷だ。

「いい知恵があったら貸してくれないか。友人がたくさん心配してるって分かったら、チャトムはけっこう慰められると思うし……」

「それはもちろ――」すぐにうなづこうとするフェリーナを、エイザは言葉をはさんでさえぎった。

「待ってナーリェ」

 エイザの固い声音に2人が驚いたように視線を注ぐ。

「なんかそれずいぶんじゃない?たくさん友人が心配したら慰められるんじゃないか?

 は?なにそれ。あたしらはダシ?オマケ?このお茶の横の角砂糖?」

「いや別に――角砂糖は角砂糖で必要な人間には必要だと――」

「んなことが言いたいんじゃないのよっ!

 いいことナーリェ。そりゃあんたはチャトムと悲しさを共有できるのかもしれないけどねっ!

 アタシらだって心配でここまで来てるのよ。アンタに協力するだけなんてオマケ的扱いはゴメンだわ」

「エイザ――」

 フェリーナが困惑しているのにも構わず、エイザは続けた。

「やるならやるわよ、アタシたちも別個にね!ね?フェリーナ!」

「え、ええ?」

「何を言ってるんだ、エイザ?」

「挑戦してんのよ。そうね、例の花を2、3本ずつ貰って帰って、それぞれ長持ちさせる形にして持ち寄って、誰が一番チャトムを慰められるか競争しましょ。そうだな、花の枯れる前――3日後の休日に勝負よ!」

 ほとんど呆れたような表情のナーリェの前に、エイザは立ち上がると挑戦状がわりに、伝票を叩きつけた。

 なんかもう2人はその勢いについていけない。

「あの、エイザ……?私も?」

「当然よ、フェリーナだってチャトムのこと気にしてたじゃない。それをこのチャトムバカに思い知らせてやるのよ!」

「あ、あのな、エイザ――」

「ふん、魔法の技量じゃ2人に比べてアタシが不利とか思ってるかもしれないけどね。何も成績だけが人生の役に立つわけじゃないわ!その分アタシにはここに」エイザは自分の頭を指し示した。「光るアイディアってヤツがあるのよ。人が喜ぶもんを考え付くのが商売人ってね!」

 胸を張るエイザに、ナーリェは少しむっとしたようである。

「そういう大言は後悔と恥の元だぞ」

 根が結構好戦的にできているナーリェだ。疲れて短気になっていることもあって、完全に挑発にのった形だった。

「ふふ~ん、アナタこそ。どうせろくに寝てないっぽいその様子じゃ、いいアイディアもなにもあったもんじゃないでしょーよ♪楽勝楽勝♪♪敵はフェリーナのみね!」

 ナーリェも伝票をつかんで立ち上がる。乱暴に引かれて椅子の上げた悲鳴が、ゴングのように聞こえた。

「言いたいことはよーっく分かった!良いだろう、私が伊達にお前の倍の進級スピードなわけじゃないことを思い知らせてやるさ!」

 足音荒く出口に向かう2人に、フェリーナは慌てる。

「ちょ、ちょっとナーリェ、エイザ――」

 すると2人は同時に、険しい顔で振り向いて、

「もちろんフェリーナも手加減無用よ!」

「もちろんフェリーナも手加減無用だぞ!」


 第1回チャトム慰め大会開幕――だったりした。


「もう、エイザったら――喫茶店では何を言い出すかと思ったわよ」

 帰路につきながらため息を吐くフェリーナに、エイザはえへへとごまかし笑いする。

 結局2人はあのままチャトムとナーリェのアパートに押しかけ、チャトムの様子を見て、形見分けと称して花を3本ずつもらって帰ってきた。

 ちなみにチャトムはナーリェと対称的に、泣きはらしたのが明らかにわかる目元で、フェリーナの眉をひそめさせ、エイザにさんざん小言を言わせた。

「いや~だってさ。なんかむ~っとしちゃって」

「ナーリェに悲壮感がただよってたのが?」

「え?」

 虚をつかれた顔のエイザに、フェリーナはくすっと笑った。

「心配になって、の間違いでしょう?きっとあれでよく寝るようになるわね、ナーリェって意外とああいうとこ単純で子供っぽいから」

 それでわざとああ言う風に言ったんでしょう?と続けると、エイザは

「そんなことないよぅ、アタシ深いこと考えてなかったもん」

と花を持っていないほうの手をぱたぱた振った。

 そんな照れ隠しがカワイイ、とフェリーナは思い、ほんの少し前まで他人行儀に話していた彼女にそんなことを思う自分がおかしくなって、また少し笑った。

「まぁ、面白そうだし、私もやってみるわ」

 その笑顔と、持っている花をそっとなでる細い指のきれいな動きに、一瞬エイザはみとれてしまう。

「あなたの光るアイディアも、楽しみにしてるわね」

「うぅ、期待を裏切らないように頑張るわ。――ナーリェに花を持たせすぎるのも実際シャクだしね」


 かくて3日後。

 チャトムとナーリェのアパートにて。


 チャトムは何事がおこっているのかさっぱり、という面持ちだった。

 フェリーナとエイザが訪ねてきたかと思うと、唐突にテーブルにつかされ、ナーリェも加わって、なにやら真剣な面持ちにぐるりと囲まれたのだから、まあ無理もない。

「えっと……その……これって、何……?」

 彼女のふわふわ柔らかい髪の毛と大きな瞳を目にするたび、またしてもエイザが思い出すのは、妖精の絵本だ。

 ただし。

 発達した耳で空を飛ぶ、つぶらな瞳のついたもこもこの毛玉、といった小動物的外見の。

 現在その妖精は、琥珀色の瞳にかすかにおびえた色をともして、耳を震わせている。

「別に怯えなくて良いぞ。ただの発表会だ」

 ナーリェが言うと、おびえは不審に変わった。

「は、発表会って……」

 エイザはにっこり笑って、持ってきた紙袋をテーブルに置いた。

「こないだ来たとき、プラジウムもらって帰ったでしょ?

 あれ、実は、ナーリェの提案でさ。それぞれ、マムの花を長持ちさせる方法を考えるためだったのよ。あんたのためにね。

 んで、方法はそれぞれで考えて、今日いっせいに見比べるって趣向なわけ」

 チャトムの大きな瞳がぱちぱち瞬く。フェリーナも自分の包みを置いて、席につきながら微笑んだ。

「そう。頂いた花が枯れてしまうのが悲しいって……聞いたから。何かできないかと思って。知恵を絞ってみたの」

「……ナーリェ……!」

 チャトムが驚いたように見つめるナーリェが、自宅の気安さで無造作に席につき、

「そういうわけだから、お前は私たちに黙って感謝して、ありがたく受け取るように。まあ、外形をとどめるという点において、私のものに優る手法などあるはずもないが」

 と、懐から花を取り出したところで、『発表会』が始まった。


 まずナーリェが取り出したのは、まさにそのままの形を保った白い可憐な花だった。

 純白の花びらも、みずみずしい葉も、茎の切断面さえ、数日前のままだ。

 花瓶にさしておいた残りの花は、無残にしぼんでうなだれているというのに。

「ナーリェ……?こ、これ……?本当にあの花なの?」

 思わずしげしげと花を見つめるチャトム。

「ああ。そのものだぞ」

 得意げにナーリェが口の端を上げる。

「マジ?」とエイザは疑わしげ。

 フェリーナは感心したような表情ながら、

「あら?でも……」

 とつぶやいて、そっと花に手をふれた。

 そしてすぐに「……なるほどね」とうなづいた。

 チャトムとエイザもそれにならって、ナーリェの差し出す花に触れてみる。

 ――つるり。

「…………」

 なにやら、とても生の植物とは思えない触感が。

 まるでロウソクにでも触れたような……。

 顔を見合わせるチャトムとエイザ。

 ナーリェはそれに構わず、とくとくと説明を始める。

「薬物と魔法で、植物の表面の物質組成の配列を変化させて、樹脂化するという、私のオリジナルの技術だ。実は先月提出した論文の応用なんだが……理論的には4、50年このままもつ。実地応用例として、次のオリ研に使おうかと――」

「樹脂化、ね。なるほど」

 それならばこの手触りも納得がいく。

 チャトムはほぇ~と感嘆しながら表面の硬化した切花をいじっている。

 いち早く気づいたフェリーナもため息をついた。

「う~ん……確かにすごいわ。生体組成を表面だけ変えて形を保つ魔法なんてものを、ささっと作っちゃえるところはさすがとしか言いようがない……」

 しかしそれに対して、ただひとり。

「でもさ、これって結局」

 エイザは、遠慮なく淡々と言い放つ。

「生花を造花にする技術じゃないの」


 ナーリェは凍りついた。


「…………そうか。そういう見方もあるのか」

「そうとしか思えないわよ!触っても味気ないし、においもなくなってるし!標本作ってんじゃないのよ!?

 まったく……これだから、ナーリェは。花、ってものの、基本的な情緒を消し去ってどうするのよ!風情ってもんを解さないから、こういう色気のないことしちゃうのよ!」

「くっ……」

 言葉に詰まるナーリェというのは、なかなか珍しい見ものだ。

「で、でも嬉しいよ!とってもキレイだものっ!色と形は、そのままなんだし!ずっとこのままなんでしょう?」

 慌ててそうかばうチャトムというのは、別に珍しいわけでもないが。

 それでも、生花もどきに頬をよせるようにする姿は微笑ましく、数日前エイザが予想し、ナーリェが誉めた通りに似合っていたので、エイザもそれ以上追い込むことはしなかった。

「ま、チャトムがそういうならいいわ。でも、私のはもうちょっと風情のあるものだからね?」

 そしてエイザの差し出した紙袋は、片手で持てる程度の大きさだった。

 がさがさと口があけられて、中から出てきたのは――

 小さなかごにあしらわれた、ほどよく沈んだ色合いの小さな花々。

「……ドライフラワー?」

 チャトムのつぶやきに、エイザは大きくうなづいて、

「そ!花の保存方法としては定番でしょ?」

 それを差し出す。

 愛らしい意匠の編みかごに、乾燥させたプラジウムが3輪、それを取り囲むようにもっと小さな乾燥花や、リボンが配されている。

 ほのかな香りもして、情緒と風情、と主張するだけの事はある。置物としてはかなり趣味が良いだろう。

「カワイイ……!」

「本当。素敵ね……」

「プラジウムなんて香りが弱くてドライフラワー向きじゃないし、時間も少なかったから、けっこう苦労したのよ?」

 チャトムとフェリーナに賛嘆されて、エイザは機嫌よく応えていたが。

 ナーリェが不機嫌そうにぼそっと難をつけた。

「……偉そうにアイディア勝負と言った割にひねりがないな……乾燥させたら色もにおいも変質するし……」

 先ほどの報復だろうか。

 エイザは平然と、

「奇をてらえばいいってもんでもないでしょ?この、地味な花を中心に可愛くまとめるアレンジが、私のセンスの見せ所なのよ!」

 と胸をはる。ナーリェは口を開きかけたが、

「う、うん、すっごく可愛いよ?ナーリェ、これここに飾ろう?ね?」

 横の棚を指しながら、そうチャトムに言われては、それ以上は言えない。

「……別に、構わないが」

 結局そう言っただけにとどめた。

「じゃぁ、これからここに置かせてもらうねっ!ありがとうエイザ!」

「うん――でも、ね。チャトム」

 エイザの声のトーンが微妙に落ちた。

「これは所詮ドライフラワーだから。半年もしたら、香りもなにもなくなって、ただの花のミイラになっちゃうわ……色も、においも、変質して当然なのよ。花は、枯れるものなんだから」

「………っ」

「その花の姿を惜しんで、ドライフラワーにするってのも、いいとアタシは思う。

 だけどね。約束してほしい。半年したら、ミイラになっちゃったこれは捨てるって。

 今は無理でも、半年後には、捨てられるようになっていて欲しい」


 エイザの言いたいことがわからないチャトムではない。

 もとより、思い出をたくしての花の保存なのだから。

 これは。つまり。

 ――マムのことを、言っているのだろう。


 花と命は枯れて、色と記憶は移ろい、香りと悲しみは薄まり、そして思い出になる。

 そうして、思い出にしていって欲しいと、エイザは言っているのだ。

 夜も眠れないような悲しみと決別すること。

 それが……花を捨てる、ということなのだろう。

 今は構わないけれど、時間がたったら、そうできるようになって欲しいと。


 チャトムはなんだか泣きたくなった。

 マムとの別れが悲しいからなのか、それともこの友人の思いが胸に染みたからなのか、それは分からなかったけれど。

 ナーリェも沈黙している。

 エイザはじっと目を向けて、答えを待っているようだ。

 ――が、チャトムはためらった。

 エイザの言葉を振り切ることも、自信を持ってうなづくことも、できなかったから。正直な、気持ちとして。

 そんな重い空気を和らげるように、不意にフェリーナが柔らかい声を発した。

「そう、ね――でも」

 3人の視線が集中する中、つ、と細く白い指が動いて、ナーリェの作った『枯れない花』をつまむ。

「ずっと、変わらないものも、あるわ。きっと。

 ナーリェの花みたいに、ね?」

 そう、静かに微笑む彼女は、その場の誰より長い年月を重ねている。

「どれほど記憶が薄らいでも、思い出が風化しても。

 きっと変わらず伝わる想いがあるの。私はそう信じてる」

 そうして、フェリーナは最後に、自分の持ってきた包みを開いた。

 重そうなそれは、丁寧に布に包まれていたが、それが取り払われる。


 現れたのは――1輪の、花だった。

 花はしぼみかけているものの、紛れもなくプラジウム。

 ただし……鉢植えの。


「……!」

「……フェリーナ……」

「まさか、これは……!」

 驚く一同に、フェリーナは優雅に微笑んだ。

「私のも、魔法よ。残念ながらオリジナルではないけれど。

 植物を再生させる、エルフのヒミツの魔法なの」

「そうか、根を再生させたのか。なるほど……さすがだな。一体どうやって……」

 興味しんしんで見つめるナーリェ。フェリーナはくすくす笑って、

「ダメよ、秘密だから教えられない。本当はあまりやっちゃいけないことになってるしね。

 それにそれほどすごい魔法でもないの。

 切られてからかなり時間がたってしまっていたから、根を再生できたのは、この1本だけだけ……」

「じゃあっ……!」

 チャトムが言葉につまりながら鉢に触れる。

「じゃあ……これも、マムの花なんだね……っ?」

「ええ」

 淡い金髪を揺らして彼女がうなづくと、空気までゆらめくようだ。

「花はもう終ってしまうけれど、ちゃんと世話をしたら、来年も咲くと思うわ。

 株分けすれば増やせるみたいだし。

 来年咲く花や、増やした株は、マムからもらった花そのものではないと思うけれど、それでも……この源があるから、そういう可能性が生まれるの。

 ――生命は、つながっていくものだから」


 そんな、エルフらしい彼女の言葉が何を暗示しているか、その場の誰にでも分かることだった。

 エイザでさえ、じんときたのだから、『マムの子』と呼ばれる2人にはなおのことだっただろう。

 いのちは、つながっていく。

 変わらぬ想いを、乗り越える強さを、受け継がれる生命を、花にたくして。

 チャトムは泣きそうな顔で、それでも笑いながら受け取った。

 ありがとう、と言って。


 ――ありがとう。

 エイザとフェリーナの帰り際、チャトムは改めてそう言った。


「ありがとう。

 あたしね、多分もう、大丈夫。

 命は枯れるものだけど、でも、伝えられたことがあるから。

 あの人の心が、少しだけど、あたしにもつながっているから。

 きっと乗り越えていける。

 それに……それでも、変わらないものがあるんだよね。

 あたしの、思いとか。あの人のおかげで、今ココにいるんだってこととか。

 だから、もう、大丈夫。

 今日は、花の世話の仕方を調べてから、ドライフラワーの香りと、造花っぽい生花を飾って、よく眠ることにするね」



(――で、ナーリェも照れくさそうにぼそっと「今日は、ありがとう」って小声で言ったもんだから、アタシってば思わず聞こえないフリしてまた怒らせたのよね、確か)

 そこまで思い出して、思わず独り笑いするころには、朝の支度はすっかり整っている。

 日常の始まりだ。

 切り替えの速さも、父親に叩きこまれた心得のひとつ。

「よぉ~し!回想、終り!今日も1日、未来の超ヒット商品に向かって、きりきり勉強するわよ~!」

 カツを自分に入れて、最後に鉢をちゃんと日陰に移したことを確認してから、扉を開いた。

 いやはや。自分でも感心してしまう。

「ふぅ……ホントに、2ヶ月もたつのにまだ便りのひとつもよこさないあのコたちと違って、アタシの友情に厚いこと!

 ……っとに……そろそろ近況くらい知らせて来いってのよね!フェリーナもだけどっ!」


 ――腕を突き上げて叫んで、通行人をおびえさせたエイザはまだ知らない。

 その日、その足の向いている先で、学院に届いた友人たちの私信付き報告書が、待っていることを。

 彼女が歓声とともにそれに目を通すのは――

 2時間後の、ほんの少し未来の話。


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