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番外短編2「再会の、その前に」

 その部屋は雑然としていた。

 しかもごちゃごちゃと積まれた雑多な品の数々のほとんどが刃物という、なんだか物騒な雑然さだ。

 そこで向かい合う男と少年は一言ももらさず、みじろぎもほとんどしなかったが、はりつめた空気が静寂を痛いほどに強調し――ている、はず、だ。本来は。

 だが……放置された木箱に腰かけて仔細に手の中の小刀を眺める男の手つきは、かなり無造作なもので、硬くなってその前に立っているはずの少年はどこかぼんやりしてみえる。

 これから自分のはじめて作った作品に、師からの厳しい判断が下されるというのに、もう少し緊張で肩を張ったりしてもいいものではないだろうか。

 そして唐突に男は腕を下げ、視線を上げると、少年に、にっと笑いかけながら口を開いた。

「――わりぃけど、カイ、お前破門」

 内容も唐突だった。



「……なんか……何度聞いてもむちゃくちゃな人だな……」

 道場裏の、井戸端の木陰で休みながら、ヒースはそうこぼした。

 午後の日差しが稽古で疲れた体に優しく降り注いでくる。

「あ~あ。山に一人こもって剣を鍛えつづける孤高の匠ジークリスっつったらオレけっこー憧れだったのに。

 いっぺんあの人の剣が握ってみたい、って。

 なのにさ。夢が壊れた。……それとも、天才ってのはそーゆうもんなのか?」

 そう言って口をとがらす姿に、稽古でかいた汗をぬぐいながらカイは笑う。

 2人は稽古の合間の休憩は、たいていここですごしていた。

 他の門下生はメニューが違うので、まだ道場だ。

「そうかも。修行中もけっこう無理難題ふっかけられたりしたよ」

「っていうか、今お前がしてることそのものが無理難題なんじゃねーの?」

「そう?」

「そーだよ!…っとに……なんでそう気楽にしてられんだよ」

 ヒースはくせっ気をかき回して自分より頭ひとつ高いカイを見上げた。

 21歳になるカイは、その年ごろの青年としては特別長身というわけでもないが、5つ年下のヒースからするとやはり見上げる格好になる。

 年齢差はあるものの、同じ門下生という立場と、何よりカイの希望もあって、2人は対等な友人として付き合っていた。

 もっとも……この道場の誰もが同じ、というわけにはいかない。

 カイは少し特異な存在だ。その年齢にしてまだただの門下生であることも、その経緯も。

 ヒースと同じ年代の、つまりごく普通の門下生たちは、少年らしく年の差を少々もてあまして、カイに近づきにくそうにしている。

 あるいは、感情がつかみにくいとかで敬遠しているものもいる。

 それがヒースからすると不思議でしかたない。こんなにいいヤツなのに。

「オレだったら絶対!めっちゃくちゃ焦ってるぜ?

 ……ていうか、今だって、オレ……ちょっと焦ってるしよ……!」

 投げやりにつぶやいて手ぬぐいを乱暴にしぼる。

 そんなヒースの頭にカイはぽん、と手を置いて、

「若いうちからあんまり先急ぐのは良くないと思うよ?」

 と、また笑った。

「…カイ……それ……じじくせーって……」

「そうだねぇ、16の君からみたら僕はもう立派に年寄りなのかもしれないね」

「イヤそれなんか違う」

「だったら、まだそんなに焦る必要ないじゃないか。

 まだ先は長いよ。年寄りじゃないらしい僕の年齢まで達するにも、君はまだ5年かけなきゃならない」

「……だから…そーゆう問題じゃねぇっての。オレは、中身、の問題を言ってるの。つまりハート。ユーシー?」

「I see.……まぁた変な本読んだね?」

「変じゃねーよ。今流行ってるヤツ回し読みしただけだ…っていうか、お前なんでそんな異様にキレイな発音なんだよ!?」

「年の功、かな?」

「だーからその年寄り発言止めろっての!」

 怒ったふりをしながらも……カイの、こんなところが、ヒースは好きだ。

 彼が自分の前にいて、いつでものんびり笑ってくれているから、自分も肩の力を抜いてがんばれる。

 5年前、自分と同時期にこの道場の門をくぐったカイ。

 同期だね、よろしく、と5つ年下の自分を子供扱いせずに握手を求めてきたカイ。

 僕も見習いだから、と子供にまじって道場の清掃を平然としていたカイ。

 そんなときいつでもその顔には今と同じ、穏やかな笑みが浮かんでいて……。

 それを見ているうちに、ヒースはまた先ほどのことが、しかし先ほどより吹っ切れた気持ちで思い出されて、空を見上げて拳を突き上げた。

「くっそ~…悔しいなっ!

 なんでオレらまだ剣が貰えないんかな~……少なくともお前は、十分な腕なのに!」

 ここ、アドの里で戦士を目指すものは、修練をつみ、それなりの腕と師が認めると、魔力のこもった武具を与えられる。それでようやく半人前を1歩脱することができる。

 そして武者修業に出され――通常特に期限は決まっていないが、たいていは2、3年だ――無事に帰ってきてはじめて一人前に仲間入りだ。

 彼ら2人はすでに師のお墨付きは貰っていたのだが、肝心の魔具がまだ選ばれていなかった。

 里に山とある魔具のうち、どれがその者にふさわしいかを決めるのは、鍛冶祈祷の占いだ。それらしい反応が占刀に現れるまでは、例えカイのように門下生で一番強かろうと、魔具が与えられない。

 こういうのを託宣待ち、という。

 ヒースは2ヶ月ほど、そしてカイはなんと1年ばかりこの状態だった。

 こういうことはめったにない。噂によると祈祷師達は、カイの魔具がなんとか見えてこないものかと、やっきになっているとか。

「仕方ないよ。託宣がまだじゃね。それに……」

 他の門下生よりスタートが5年遅くて、しかも彼の決意によると、そのあとさらに10年の武者修業を行うつもりだっていうのに、それが1年も宙ぶらりんのまま。

 ヒースにしてみればそんな状態で正気でいられる方がオカシイのだが、カイはそんな自分の現状にも関わらず、くすくす笑っている。

「師範はむしろほっとしてるんじゃないかな」

「……はは、やっぱ師匠、まだ諦めてないんだ」

「うん、毎日言われているよ。まだ気は変わらないのかって」

「ま、オレだって気持ちは分かるぜ。お前ホント強いもん。いっそすっぱり戦士になっちまえよって思う」

 そう言うと、カイはひどく穏やかな笑顔でヒースの頭をなでた。

「そんなことないよ。君ももう少し体ができてきたら、すぐに僕より強くなる」

「……なんか嘘くさいぞ。さっきの稽古でも、1本も取れなかったのに」

「最近、君の技荒れてるからね~」

「くっそ~それ師範代にも言われたぞ……」

「誰から見ても分かるってことだね」

 ヒースが言い返そうとしたそのとき。

「……カイさ~ん、ヒースさ~ん」

 道場のほうから小柄な人影が走ってきた。

 まだ入ったばかりの門下生の少年だ。かすかに息をあげて、緊張気味に取次ぎをする。

「あの、師匠が……お呼びです。門のところで待ってるって……」

「おぅ、分かった。今行く」

「ありがとう」

 ヒースはうなづいて稽古着を正し、カイは少年に笑顔を向けた。



  * * *



 そのときの、ことは。

 今でもはっきりと思い出せる。

 師の、からかうような、それでいて挑むような目。


「なんかお前の打った剣はどっかなにかが致命的に欠けてるんだ。剣の形なのに剣じゃねェ」

「……剣であることの定義はなんなんです?」


 苦々しく、それでいてどこか面白そうに笑う口許。


「凄み、かな。見るものの畏れを呼び起こすような。

 その辺に転がってるオレの剣見て分かるだろ。いや、分からないようなヤツにゃ、危なっかしくて作り手としても使い手としても、刃物なんぞ持たせられやしないがな。

 お前の剣にはそういう怖さが全然、まったく、さっぱり、ない。

 雲か霧みたいにつかみ所がない。そのくせ……。

 イヤによく切れる。それこそ雲か霧みたいに肉も骨もさっくり切れるだろう」

「でもそれは……つまり、僕が未熟だからじゃないんですか?」


 小刀の重さを確かめるような、もてあそぶような手の動き。


「いいや。未熟ならむしろ気負いがそのまま出て、ひどく落ち着きなく斬るぞ斬るぞって雰囲気を放出するような作になる。そんなの見るやつが見りゃ、かわいいもんだけどな。

 習熟するってのは……むしろその凄みがスマートになってくってことさ。

 どれだけそれを直接に感じさせずに内に込められるかが……刀鍛冶の力量ってやつだとオレは思う。

 でもどんだけやったってなくならねぇ。

 ……剣は、な。結局のところ、切る、壊す、殺す、そのための道具だ。

 そのために特化した形状を持ち、その性能を突き詰めて材質を選ぶ。

 存在の目的そのものが、そのまま形になる。

 それで生まれた形なのに、目的を感じさせないお前のコレ。

 はっきりいって怖ぇんだよ、ワケが分からん」

「…………」


 軽妙でいて真摯な、飾り気のないその言葉。


「思いっきり不満そうな顔だな。てめーが無理なら他のとこに弟子入りしてやるってツラだ。

 ……まあお前だってハンパな気持ちでこの5年頑張ったわけじゃねェだろうからな。

 ポイ捨てで野放しってのもかえって危ない気がするし……そうさな。

 もしどうしてもってんなら剣を使う者の心を学べ。そしたら見えるものもあるかもしれん。

 これから戦士としての修行をやりなおして、武者修業の旅に……10年出ろ。その上でまだしつっこく諦めてないようならオレが修行の続きをやってやる。

 けどそれでものになる保証はできないぜ。十数年回り道したあげく、やっぱダメだ、お前は話にならんってことになるかもしれん。

 素直に戦士に転職した方が賢いと思うがな……どうする?」

「――それは、もちろん」


 そして――そのとき胸に起こった、自分の、想い、も――。



  * * *



 道場の門の下に、背の高い男が立っている。

 精悍だが気さくで親しみやすい顔つきは、今は妙に渋面だ。

「すみません、お待たせしました」

 カイとヒースが頭を下げようとすると、男は別に謝ってもらうほど待ってない、とそれを制した。

 彼が2人の師、ライズその人だ。

「とにかくついて来い、里長がお待ちだ」

 そう言って、歩き始める。里長の住居は少々奥まったところにある。といっても狭い里のことゆえ、この道場からなら、歩いて10分というところか。

「さっ里長が!?」

 ヒースにとってはかなり緊張のいる相手だ。師について1歩踏み出しながら、思わず声が裏返った。

 それを見て、ライズはようやく顔を緩める。

「そんな固くなるな、カッコだってそのままで構わん。しゃちほこばるような用事じゃないとさ」

「だ、だってそんなオレら2人って……どー考えてもその……」

「ま、多分魔具の件だろうな」

「それって……!」

 期待に顔を輝かせるヒースに、ライズは苦笑する。

「待て待て、まだ喜ばしい話だとは限らないぞ。喜ぶのは早い」

「でも何か進展があったとか……ってことですよね?」

 こちらは落ち着いて歩を進めるカイ。ライズの渋面が復活した。

「……かも、な。なぁカイよ」

「はい」

「……まだ、気は変わらないわけか?」

 なるほど、渋い顔の理由はこれか、と2人は思う。

 ジークリスの友人(というとなぜかライズは怒る)であるライズは、6年前、半ば押し付けられるようにしてカイの身柄を任されたものの、持ち前の面倒見の良さで、ここまでカイを戦士として育ててきた。

 ただ……面倒見の良すぎる彼からすると、カイの立場が相当に不本意らしい。

 ことにカイが戦士として頭角をあらわしてきた前後から、ことあるごとに、

「お前には才能がある、強くなれる、戦士になれ、鍛冶師なんぞやめろ、あんなふざけた野郎に無理に師事することはない」

 と繰り返してきたのだ。……そしてそのたびに笑顔でやんわりきっぱりと、カイの鍛冶にかける決意を聞かされることになっている。

 特にあとは魔具さえ与えられれば、武者修業に出るだけ、という見通しが立ったここ1年は、それこそ毎日忠告を繰り返してきた。(もっとも、カイから見ると、その半分はジークリスに対する文句言いたさゆえのようである)

 里長から直々に話があるとなれば、やはりどう考えても魔具のこととしか思えない。

 これで魔具が決まったら、と思うと、カイに目をかけているライズとしては食い下がりたくなるのだろう。

 だが――カイは笑顔で即答した。

「はい、もちろんです」

 とたんに鍛えられた肩をがくっと落とす師を見て、ヒースは思わず気の毒になってしまったりした。

 単純で一本気で気の良い彼が、ヒースは好きだ。強いのも尊敬してる。だが、それだけに……カイの話を聞くたびに、きっとカイの師匠の無茶には振りまわされているんだろうというのも確信できた。

 というか、すでにカイにも……少し……振りまわされているような。

「え、えと、あ、里長のウチですよっ!早く行きましょう師匠っ!!」

 オレだけは師匠の味方だ、なんて心に決めつつ、棒読みでフォローを入れてしまうヒースだった。



「よう来たな」

 ゼイレルはいつもと同じく、薄暗い部屋で敷布に端座して3人を迎えた。

 いつ見ても思うのだが、毎度彼は、座る位置はおろか、姿勢まで1ミリも動いていないような気がする。

 背が曲がっているせいで、小柄でやせた体は、より小さく、ほとんど人ならぬものに見える。

 アドの里を束ねる老人は、しわに埋もれた口をこれまたほとんど動かさずに、座れと促した。

 師のライズを中心に、カイとヒースが1歩控えて座り込む。

「さて……用件の見当はついていような。カイとヒースの魔具の件じゃ」

 部屋にしわがれた声が響く。

「まず、ヒース」

「はいっ」

「おぬしの魔具が決まった」

「……!あ、ありがとうございます!」

「うむ、めでたや。ソーンの槍と言うてな。まずまずの品ぞ」

「槍ですか……!」

「ああ、明日にも授けよう」

 里長の動かない口許が、ほんの少しほころんだ気がした。目を見開いて喜ぶヒースに、ライズとカイも言葉をかける。

「良かったな、ヒース!槍か、うん、お前にいいと思うぞ」

「おめでとう。頑張ってね」

「あ、ああ……ありがとう!」

 しばしにぎわう部屋だったが、里長が再び口を開く気配があったので、3人はすぐに居住まいを正した。

「して……カイよ」

「はい」

「これで今のところ、里で託宣待ちはおぬしだけじゃな」

「……ということになりますね」

「正直祈祷たちもほとほと困っておってな。で――ひとつ、問いたいのだが」

「何でしょう?」

「おぬし……こう祈祷を困らせてまで辛抱強う待っておるというのは……11年前のアレで手を打つ気はないわけか?」

「……はい?」

 きょとんとするカイに、里の長は深々ため息をついた。

「………………やはりな。まさかとは思っておったが……」

 心底呆れた。そんな声音だ。

 こうまで里長が感情を明らかにすることなどまれだったので、ライズは戸惑いながら、思わず声をあげる。

「あ、あの……里長?何のお話なんです?」

 するとゼイレルは、むしろおかしそうに口を開いた。

「ふふ、こやつはな。よりにもよって里の至宝のことを忘れくさっておるのじゃ」

「は?」

 意味がわからなくてカイを振りかえっても、彼も首をかしげている。

「まさか覚えておらんとはな。アレについて何も言い出さんから、てっきり何かこだわりでもあって……剣士を本職にするつもりはないからもっと適当な魔具ですませるつもりだとか……他の魔具を与えられるのを待っているのかと思ったが。やれやれ」

 ライズとヒースの怪訝な視線を受けながら、カイは頭をひねった。

 11年前。

 自分が10歳のとき。

 というと……あの試しの儀式のことだろうか、やっぱり。

「あのときすでにおぬしの魔具は半分決定されておったのじゃよ。

 むしろ、ここまで祈祷師の占いが上手く行かんのも、おそらくおぬしを他の魔具の主にさせまいとする妨げが、かの魔剣からあったせいであろうな……」

 魔剣。

 山と積まれた武器。所狭しと並べられる防具。その他用途をはかりかねるもの。

 その中でも――剣。

「といって、あれほど奥で慎重に封印されているものなど、占刀に写らんしのう……」

 暗い兵器庫の奥の奥。

 名刀の数々の中でも、ひときわ、美しい……過去の技術の粋を極めた、その、黒い――。

 不意に、何かの声が、記憶から立ち上った。


 ――なかなか面白い波動をしている。

 ――この身、その手に預けても……

 記憶にとどめおけ。我が――


「……ティラザーグ」

 カイが浮かされたようにその名をつぶやくと、里長がくっとのどをならした。

「ようやく、思い出したか」

 仰天したのはライズとヒースである。

 なんだってここで、魔具を集めるアドの里でも随一といっていい魔剣の名を、はっきり言ってその魔力と500年の歴史からすると、口に出すのも一瞬ためらわれるようなその名を、耳にするのか。

 というか話の流れからすると……?

「ちょ、ちょっと待てそれは――」

「おいカイ、お前まさか……!」

 里長の前だということも忘れて腰を浮かせる2人。

 カイはえへへ、とのんきな照れ笑いをして頭をかいた。

「そういえばあの儀式のときに、そんな名前の剣に声かけられたんでしたね。すっかり忘れてましたよ」

 いやあの、そんな。剣に『声をかけられる』って。

 それは――。

 どう考えても本物か!?

「カイ~~~~~~~~!!!!!?」

 ゼイレルの家の屋根が飛ぶかというほどの、怒声とも悲鳴ともつかない叫びが響き渡った。



 ライズはまず怒った。

「何を考えてるんだ!なんで黙ってたんだお前は!?

 あぁ!?忘れてたぁ!?ふざけるな!なんで忘れられるんだ!里でも最高ランクの魔剣なんだぞ!ここ50年使用者が出てないくらいの!!」

 怒りは里長にも飛び火した。

「そもそもあなたもどうして教えてくださらなかったんです!あの儀式で『無星赤月』の盟血主の候補が出ていたと……!

 は!?カイが鍛冶師になると言ったから口止めした!?なんなんですかそれは!あの剣の主になれる者がどれだけ希少か分かっておられるんですか!?」

 当然ジークリスにも矛先が向いた。

「そもそもその場にいながら、面白いから弟子にするだと!?ジークは……あいつは昔っから……ッ!」

 ひとしきりジークの悪行が連ねられると、次は説教交じりの説得になった。

「…だからな、そういうわけだから、あの魔剣の主ってのは、それはスゴイことなんだ……歴代の盟血主を並べれば、そのまま里の最高勇士録になるんだぞ!いや違うな、そもそもそれだけの数がいない……そういう剣なんだ。

 そんな剣の主が、本職鍛冶師を目指してるだと!?そんなバカなことがあっていいのか!?

 な、カイ、思いなおせ、言ってきただろ、お前には素質がある、強くなれる、そんなスゴイ魔剣が持てるならなおさらだ……!」

 最後は泣き落としに入ってきた。

「頼む……カイ……!オレは一剣士として、歴代の里の英雄を尊崇するものとして、お前の才を惜しむ……!!」

 そうしたライズのセリフの合間を縫うように、ヒースの、驚きの声や羨みの嘆声、興味津々の質問などが飛ぶ。

 しかし結局。

 カイはその全てを笑顔でしのぎきった。

 自身の意思に少しの揺らぎも見せなかった。

 それこそ魔剣の盟血主の資格、と小さくつぶやいた里長は、

「明日両名の魔具の授与を行う」

 と宣言して、3人を追い出した。

 ――日は、とっくに暮れていた。


 数時間におよぶやりとりで、ライズとヒースはすっかり疲労して、帰路につく足取りもどこかおぼつかなかった。

 対して渦中にあったはずのカイは、なぜか、というべきか、当然、というべきか、平然としたものだ。

 月明かりの中、そんな確かな彼の足取りを眺めながら、ライズはひとつ、長々と嘆息した。

「やっぱり……結局、お前はジークの、弟子なんだなぁ……」

 落としていた肩を上げ、星空を振り仰ぐ。

 カイとヒースも足を止めて、彼の顔を見上げた。

「ホント、あいつと全然同じだよ。オレが欲しくてたまらないものを平然と投げ捨てて、オレにゃ理解できないとこを目指すんだ。揺らぎも迷いもない足取りで。こっちなんか少しも振り返りもしないで。風みたいに軽々と」

「師匠……」

「……師範」

 2人の門弟の声に応えて向き直った顔は、いっそ清々と笑っていた。

「オレと、ジークな、同期なんだ。試しの儀式も、日を合わせて同じときに受けた」

「それは……聞いたことがあります」

「ふぅん。でもこれは聞いたことないだろ?アイツ、めちゃくちゃ強かったんだぞ。あんときまで皆一緒に受ける戦士の訓練で一番だった。オレは一度もアイツに勝てたことがなかった」

「そう……なんですか?」

 確かにジークリスは仕上げた剣で試しに、型をやっていたりして、それはなかなか様になっていたが、とカイは思い出す。でも戦う姿は見ていないので、強いかなんて知らなかった。

「ああ。オレは戦士になるってずっと思ってたからさ、かなわない相手がいるってのはそりゃ悔しかった。ガキなりに、ジークの素養にゃ格別光るものがあったからな。悔しくて羨ましくて、でも……きっといつか負かしてやるって、対抗意識ビンビンでな」

 その続きは……なんとなく予想がつく。

「あれだけ強いんだから……オレは何の疑いもなく、アイツも戦士を志すんだって、思ってた。また一緒に修行に励んで……きっとそのうち、追いつくこともできるって……けど、アイツ言いきりやがったよ、オレは作る、鍛冶師になるって。お前とおんなじ目でな」

 ライズはニッと笑って、再び歩き始める。2人も慌てて続いた。

「勝手なもんでな。考えてみりゃジークの口から一度も戦士になるなんて聞いたことなかったのに、そう言われて……ひどく裏切られたような気になった。自分で思いこんでただけなのにな。

 勝ち逃げする気かよって、言ったらさ、アイツ……なんて言ったと思う?」

「……なんとなく、想像できます……」

「はは、そうだろうな、アイツ全然変わってないから。

 お前がなんと言おうとオレは自分の決めたことを曲げる気はさらさらない。勝負したかったら、オレと同じ土俵にくるんだな、って――クソ、思い出してみたらなんて可愛くないガキだ。これで十歳だぞ!?」

「……あはは。師匠らしいです……」

「で、オレは戦士になるんだふざけるなってんで、殴り合いになってそのままケンカ別れ。っつっても、引きずってんのはオレだけで、あいつは3日で忘れたみたいだけどな。平気で声かけてきたから」

「……本気で全然変わってないですね……」

「オレに言わせりゃお前も同類だけどな。

 んで、以来畑違いで直接対決することもなくなって、オレは――結局アイツには勝てないまんまだ。師範なんてものになっても、道場任されてみても、お前ら育てても……アイツに勝てないまんまなんだ」

 静かだが影のある横顔に、ヒースは思わず声を張り上げた。

「そ、そんなのっ!今やったら絶対師匠のほうが強いですよ!」

「……鍛冶師に剣で勝って、それで勝ちって喜べるか?お前」

「……そ、それは……」

 確かに。そう言う問題ではないのだ。

 ライズが勝ちたかったのは、自分と同様に戦士としての道を選んだジーク、なのだから。

「でも師範は結局」

 黙ってしまったヒースに変わって、カイが穏やかに声をかけた。

「それだけこだわってても、師匠と同じ土俵に立とうとは思わなかったんですね」

「そりゃあ――オレは戦士になりたかったし」

「どうして?」

「どうしてって――それは、だから……強いってのはかっこいいと思ってたし、シロクロはっきりつくのも好きだしさ、親父が、その……強かったからちょっと憧れてたし……体動かすのは気分いいもんだろうが」

「それだけですか?」

「それだけってお前……だ、だから、言葉にしにくいこととか今ちょっと思いつかないようなこととかもひっくるめて全部だよ!」

「ちなみにヒースは?」

「オ、オレか!?」

 唐突に話を振られて、ヒースは軽く飛び上がった。

「オレはえーと……なんとなく」

「ってなんだお前その答えは!?」

「師匠こそはっきりしないじゃないですか!」

「大人にはイロイロあるんだよ!」

「うっわ汚ね~都合悪くなるとそれかよ!?」

 先の空気を消し飛ばす騒ぎに、カイは思わず声をたてて笑った。

「ってカイ!笑ってんな!」

「そーだ、それならお前はどうなんだよ!?」

「うん?僕?」

 矛先を向けられた元凶は、慌てず騒がずにっこりと微笑んだ。

「僕は考えたことないよ。理由なんて」

「っ――」

「あんだけ頑固に言う事聞かないでおいてそれか!?」

「え?ここでモノをこの手で作り出す喜びが、とか、刀を打つとき散る火花の美しさが、とかそれらしいこと言った方がよかったですか?」

「……………少なくとも少し気が鎮まったかもしれないぞ」

「それはすみませんでした。でも――結局、決めるのは僕、でしょう?」

「――忌々しいことにな」

「だったら理由なんて『そうしたいから』だけで十分です。

 自分を説得するのに、他人にするみたいにもっともらしい言葉を連ねる必要なんてないじゃないですか。

 ただの自分の欲求だけで十分、僕は納得しますよ」

「~~~~~……」

 に~っこり。不動の微笑み。

 ライズとヒースは思わず顔を見合わせた。

「……なるほどなぁ……そりゃ確かにオレの数時間の『説得』より強力だな」

「……なんかもう言葉もない」

「結局その程度だと思うんですよね。言葉にすると逃げてく感じがするし、どうせ言葉にしきれないし。だから理由なんて考えたことはないけど――僕は、作る。鍛冶師になるんです。何年かけてもね」

「ああもう分かった!聞いたようなセリフを何度も聞かせるな!」

 ライズはカイとヒースの頭を乱暴に撫でる、というよりかき回し、

「ちくしょー!もうしょーがないってこったな!ジークが鍛冶師なのも、オレが戦士なのも、ヒースがオレの弟子なのも、カイが『無星赤月』の盟血主のくせに剣士にならねーってのも……!」

 本当は、分かっていたのかもしれない。

 カイをジークに押し付けられたときから。

 今日からはオレが師匠になるから、と言うと、カイは、師匠が2人もいたら紛らわしいので、師範とお呼びします、と答えたのだ。例の笑顔で。

 それから6年。年数の上ではジークより長く師であったというのに、カイは決して自分を師匠と呼ぼない。

(結局、そういうことだ)

 妙に晴れ晴れした気分で星空を再び見上げると、後ろから2人の、

「しっかしもったいないよな~。才能なんて形のないものならともかく、ティラザーグだぜ?あんなすげぇ魔剣の主になるのにさぁ」

「あはは、もったいないなんてことないよ。ティラザーグの主になることが、『鍛冶師として』役に立つかもしれないじゃないか」

 そんな話が聞こえてくる。

 道場はもう目の前だ。

「よぉしお前ら!今日は祝いだ!!宴会するぞ~!」

「やったぁ!」

「……今からですか?」

「もち!あ、皆には魔具の名前は秘密にしような!でもって、明日いきなり驚かせる!」

「……師匠……自分がたまげたからって、皆を巻き添えにしようとしてません?」

「うるさい」

「ほどほどにしましょうね。明日魔具の授与があるんですから」

「お前ら師の心遣いをなんだと思ってるんだ……」

 まあいいさ。

 騒ぎ足りなかったりしたら、酒持って、山小屋にこもって(製作に集中するためだとか言っていたが、単に人付き合いが面倒だったからに違いない、とライズは確信している)根暗に剣を打っているだろう悪友の所に押しかけて、今回のことについて愚痴ってクダ巻いてやる。

 ついでに積年の恨みを一席ぶつのもいいかもしれない。

 どうせ相手は3日後には忘れているのだから。

 そうだ。ぜひ、そうしよう。

 ライズはひどく晴れやかな気分で、道場の門をくぐった。



  * * *



 そして、彼らは再び出会う。

「――ずいぶんと、遅かったんだな……。もう来ないかと思ったぞ」

「あはは、ゴメン。すっかり忘れてて」

 ――それが、11年ぶりに聞いた、主と見込んだ者の第一声。

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