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34章

 34


「なんかみょーにあっさり送り出すんだな」

 ティレグがぼそっと言ったのは、もう今日は遅いので帰りなさい、という総長の言葉で、ナーリェとチャトムが帰り支度のためにいったん総長室を出たあとだった。

「もっと渋るかと思ったぜ。普通ナーリェは学院に置いておきたいだろうし、チャトムのことも買ってただろ、総長殿?」

 サジェイルはくすくす笑った。

「そうですよ、ですからあんな面倒な提案までして退学を止めたんです。それに――外の情報も重要ですよ」

 と、チャトムたちの提出した報告書の表紙をなでる。

「これを一通り信用するとして――律令術という未知の領域があることも分かったわけですしね」

 その言い回しにティレグはぎくっとする。

(コ、コイツ……どこまで気づいてやがんだ?)

 結構ナーリェがいろいろしゃべったので、そこから推察したのかもしれないが……。

 脂汗流しそうな魔剣だったが、その主は平然と

「そうですね。あの2人なら面白がって研究するかもしれません。ティレグも知ってることは教えてくれるだろうし……研究報告書を楽しみになさってください」

 と言って笑った。

「ええ、そうですね。いろいろ、楽しみですよ」

「――でも、寂しくなっちゃいますね。2人がいなくなると」

 今日もチャトムに宿まで送ってもらう予定で2人を待っているカイは、窓を見上げる。

 北側の部屋なので見えないが、きっと月が明るいだろうと思わせる空の澄み方だ。

 その視線を追うように、総長も窓を見上げて――。


 ――サズ。


 ふと、耳の奥に懐かしい声がよみがえる気がした。

 自分の名を、ああ呼ぶのはあの人だけだった。

 サジェイルの郷里には人の名前を縮めて呼ぶ習慣がなかったので、非礼だと他の人間には許さなかったからだ。

 それでも――彼女の快活な声で、転がすようにその名を呼ばれるのは、決して悪くなかった。

 あるいは、と彼は何度も思ったことを再び思う。

(――あるいは、私は……礼儀がどうとかはどうでもよくて、ただ彼女以外にああ呼ばれたくなくて他人にはやめさせていたのかもしれない)

 それを思うときはいつもそうであるように、今回も彼は苦笑した。

 何度もこんなことを自問する自分がおかしかったのだ。


 ――サズ、すごいのよ。

   私ったら、この年になって今までで最高の宝を見つけちゃったかもしれないわ。


「……正直なところを言うと」


 ――とっても大きくて綺麗な光なのよ。

   ふたつ、ぜんぜん違う色合いなのに、重なり合うともっと大きく、綺麗になるの。

   きっとあの子達は、2人一緒に学院に名を残すようになるわ。

   ううん、きっと学院には収まりきらないわね。

   遺跡を見て回るのが夢なんだって言っていたし……。


「引き止めたいと……思わなくもないんですがね」


 ――だからね、サズ。そのときはきっと……気持ちよく送り出してあげてね。

   私はもうあまり見守れないと思うんだけど、あなたなら安心だわ。


 そう。

 私はいつも送り出す側だから。


「……約束ですから」


 空よりも遠いところを見るような目で、独り言のようにささやくサジェイルに、カイは思わず声をかける。

 なぜだか、自分が前にしているのが、幼い少年のような気がしたのだ。

「来年も」

 窓からカイに振りかえったサジェイルは、初対面の時と同じ『総長』の顔をしていた。

「来年も、多分また来ます」

「……そだな。チャトムたちに付き合うのなら、ちょうどいい、ついでにまた伝令に立てと、人使いの荒いゼイレルなら言うだろうからな」

 軽いティレグの言葉に、総長は品よく笑って、

「そうですか、それは嬉しいですね。では、どうかそれまで――」

 丁重に頭を下げた。

「あの子達を、よろしくお願いします」

「――我が盟友たる剣に誓って」

 カイが敬礼し、ティレグも続いた。

「オレのマヌケな主殿に誓って」



 アパートに帰り着くなりばたばたと部屋を調べ始めたチャトムに、ナーリェは呆れた。

「おいおい、明日からがあれこれ手続きや用意があって大変なんだぞ。今日は早く寝ろ」

「う。わ、わかってるけど――荷物とかどう片付けようって思って……」

 ナーリェはあくびをしながら、

「そんなのもともと持ち物少ないんだ。家具の類は大家とか近所で引き取ってくれるように頼めばいいし、学用品は同級生とかにばらまけば喜ばれるだろ」

 と、チャトムを部屋のベットまで引きずって行く。

「あ~うん……分かった」

 観念して寝支度をはじめるチャトムだったが、突然、

「そうだ!ナーリェ!」とベットから身を乗り出して、自室に戻ろうとしたナーリェを呼び止めた。

 その勢いで枕が転がり落ちる。それを拾い上げてため息をつくナーリェ。

「……せめて着かけた寝巻きにそでをちゃんと通してから言え」

「う、ハイ。………で、え~っとね、あの……鉢植えをね」

 と言って窓に置いてある小さな素焼きの鉢を指差す。

 小さな細い葉が土から出ている。

「やっぱり持っていけないでしょ?だから、エイザに預けたいな、と思って。ナーリェのは、持っていくつもりだけど」

「ああ……そうか」

 ナーリェは枕をたたいて形を直した。

 思い出す。その冬場に咲く花は、エイザとフェリーナにも関わる思い出の品だ。

 思えばあのときも、もしかしたら自分はフェリーナを知らず傷つけていたかもしれないのだが。

 それでも、4人で花を囲んだことは、大切な思い出だと思った。

(そっか、チャトムが言っていたのはこういうことかもしれないな)

 なんとなく納得しながら、枕をチャトムに渡した。

「そうだな、それがいい」

 確かに、自分たちと一緒にフェリーナを思い出させるそれは、エイザに預けていくのがふさわしいだろう。

 チャトムは渡された枕を抱えてほっとした表情を作る。

「明日は、あれ持って、エイザに知らせに行かないとね」

「……突然巡察使になって旅に出ることになったなんて言ったら、きっとあいつのことだ、すさまじく怒るだろうな」

 なんで言わなかったのよ、いつ決まったのよ、アタシは仲間はずれ!?とまくし立てる顔が目に浮かぶようだ。

「フェリーナもいなくなっちゃうかもなわけだしね……うう、謝るの大変そう。一番最初に行こうか」

「そうだなぁ……まず学院に行って総長と詳しく話を詰めることになるだろうからな、そのあとで――って、チャトム、なんでベットに入らないんだ?」

 枕を抱えたままナーリェの後ろについているチャトムは、「あ、えと~えへ」と不明な言語をもらし、ナーリェの手を握ると上目遣いで、

「今日は一緒に寝ちゃ……ダメ?」

 とか言い出した。

 耳の端が少し丸まったようになる、小さいころからのお願いのサインを見て、ナーリェは盛大に脱力する。

「………なんなんだ、それは」

「だって!なんかいろいろあったし、すんごい予定も決まっちゃったし、今夜は興奮してなかなか眠れなさそうなんだもん!今朝早かったから眠いハズなのに。

 だからね、寝るまでちょっと話とかしてたら、落ち着くしさ」

「安ベットだから狭いんだぞ……」

「平気平気。実家で慣れてるもん。

 昔はよく、一緒のベットに放り込まれてたじゃない」

「~~~寝相、少しはよくなったんだろうな……」

 それは承諾も同然だったので、チャトムは満面の笑みでうなづくと、飛び上がってナーリェについていった。

 廊下をほんの数歩横切るときも、なぜか体重の軽いチャトムのほうがぱたぱたと足音をさせるのが、相変わらずナーリェには不思議でならない。

 そのチャトムは、仏頂面のナーリェに続いて部屋に入り、うきうきと枕を並べる。

「久しぶりだねぇ、一緒に寝るのって。手つないで寝よっか~」

「お前はいくつだ……」

 ごそごそ着替えるナーリェは、なにやら頭痛を覚え始めていた。

「まだ17です。あたしね、今朝、8年前の、あの誓いの冒険をしたときのこと夢で見たんだ。

 覚えてる?あの時も手つないだまま眠っちゃったよね」

 ナーリェはぴくっと眉を跳ね上げた。

「ああ……も・ち・ろ・ん!覚えているとも」

「あ、あは。あはは……ごめん……忘れてるかもなんて思っちゃって……」

 むっつりとナーリェが明かりを消した。友人がベットに入りやすいよう、チャトムは掛け布を少しめくってあげる。

「別に。他人の心の中を勝手に忖度してもしょーがないってことがよっく分かったからなっ」

 投げやりな勢いで横になるナーリェだが、それでも、暗い中で、するっとチャトムの手を握ってくれて――チャトムは顔をほころばせた。

「へへ……でも、もう夢じゃなくなるね。ああいうのが、また、できるんだね。

 今度は、カイさんとティレグも一緒に――」

「下手したら、もう1人やかましいおまけがついてきてな。――よく考えてみたら、獲物と理想の師匠が一緒に行動してるってのは、アイツにとっても美味しい状況じゃないか……?」

「……うっ……で、でも律令術っていうのも、面白そうだよねっ。東方の方術っていうのも、もっと知りたいな……」

「なら東の方に行こう。簡単なことだ」

「………ああ、そっか。もう、そういうのも、アリなんだね。あ、でもやっぱり最初は村に顔出しに行かないと家族が心配しないかな……」

「~~っ、い、嫌だぞ私は……」

「……もう、ナーリェったら。まだ帰りたくないんだ」

「別に……お前の家族に会うのはやぶさかでない。しかし……アレと対面するのは……っ!都合よく旅行にでも行ってるならいいが……」

「じゃあ、帝都に行くのとかも、イヤ?」

「…………う~ん……帝都は割と見てみたいな。王室所蔵の本とかもあるし……」

「あたしも。あ、あと海も見てみたいな。南に行ったら、たくさん船が見れるんだよね……」

「南部の商業都市の極彩色のにぎわいは、筆舌に尽くしがたいぞ……私が行ったのは小さいころだからあまり覚えていないが、原色の塊が次々目に飛び込んできた印象がある」

「なんかスゴそう。……あ、でもカイさんの予定も、ちゃんと……聞かないと……」

 チャトムはひどく幸せそうな顔でうとうとし始めた。

「……ああ……迷っちゃうねぇ……1年じゃ絶対全部行けないね」

「その先もあるさ。何十年と」

「…うん……。…なんだかね、ナーリェ、あたし……こんなふうに、明日がくるのがすごくすごくわくわく楽しみなのって……久しぶりなんだぁ……」

「――そうだな。私もだ」

 本当に。ほんの数日前まで。

 毎日同じことの繰り返しばかりで。

 いつも変わらないことを悩んでいて。

 チャトムとの距離が開くばかりだなんて、思っていたのに。

 でも気がつけば、ぜんぜんそんなことはなくて、チャトムは昔と変わらず、こんなに近くにいたのだ。

「これは、もう……あの夢は見る必要なくなっちゃうな……ナーリェの、気持ちも、聞けたし……アレ?」

 チャトムの目はすでに半分閉じていたが、それでも言葉は続く。

「そういえば、ナーリェ……基底部から戻ったら、話、あるって……言って、たよね?」

 ナーリェは掛け布の下でぎくっと体を硬くした。

「う、あ、あれは……」

「あたしの、話はねぇ……ナーリェが約束、覚えてるかって聞くこと、だったんだ、けど……ナーリェは?」

「私は、その……」

 正直もうあまり話したくなかった。

 ティレグに怒られ、笑われたアレは、今思い返すと、かなり……恥ずかしい無駄な思い込みだったような気がする。

 そもそも、チャトムは相手が約束を忘れているんじゃないかと悩み、ナーリェは相手の重荷に約束がなってるんじゃないかと悩んでたというのは、まったく見事なすれ違いっぷりだ。

(チャトムは自責が過ぎるけど、私の悩みはティレグの言ったとおり傲慢だったよな……)

 それもチャトムの能力が分かって、勝手に解消されてしまった訳だが。

 いやしかし、とナーリェは闇に目を凝らしながら生真面目に考える。

 そろそろ暗さに目が慣れてきていたので、見なれた自分の部屋の形がぼんやり分かった。

(しかし、チャトムが話したのに、私は黙っているっていうのも、卑怯だよな……)

 自分はチャトムの話を聞いて怒りも呆れもしたけれど、ちゃんと話さないと、チャトムにはそういったこともできないのだ。

(うん、そうだ、やっぱり一方的なのはよくない)

 ナーリェは決意を固めて、半ば半身を起こすと、

「あのな、チャトム、実は、私の話って……」

 チャトムに向き合ったのだが。

「いう、のは……」

「すー…すー……」

「……………」

 返ってきた反応は、健やかな寝息だった。

「……人に話ふっといて寝入るなよ……」

 なにやら馬鹿らしくなって、ナーリェはばふっと枕に頭を戻した。

「もういいや、何もかも明日だ。

 ――私も、寝よう」

 深く息を吐いて、ふと片手に目をやる。

 チャトムの一回り小さい手が重なっていた。

 この手にどれほど、ひとの重みと温かさを教えられてきただろう。

(……昔の、あのときも、私は実は結構こたえてたんだけど、チャトムがほけほけと先に寝入ったから、呆れてるうちに眠ってしまってたんだよな……)

 そうして、温かな友の手を握りなおして、目を閉じた。

 明日も、そのさきも、この手がそばにあるように。

 祈るのは性に合わないので、そうなるよう努力しようと決意しながら。

 安らかな眠りは、すぐに訪れた。


       * * *


 ■3日目結果報告。

 学院基底部にて、件の魔術陣を発見。停止に成功。

 備考・停止時に些事あるも、問題なく処理される。

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