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33章

 33


「まあ私は基底部侵入の件もありますし、その罰則としてとか。

 ああ、無理なようなら自主退学って形にしますので……必要書面いただけますか?」

 淡々と続けるナーリェの端整な顔はごく涼しげだ。

 さすがの総長も絶句して、二度、ぱちぱち瞬きしたところで、

「な、ななななな、ナーリェ!?何言ってるの?」

 動転したチャトムがナーリェに言った。

「何ってだから退学手続きの話だ」

「だ、だから……っなんでっ!?学院辞めるの!?」

「お~い、チャトム、辞めるだけじゃないぞ~。さっきの口ぶりだとお前さんも一緒に辞めさせる気っぽいぞ」

 背後からあがるティレグののんきな声にますます混乱が深まる。

 確かにナーリェはさきほど「2件」と……。

「だ、だってそんな……そりゃ確かに責任は感じて……るけど……」

「そうじゃない、チャトム」

 ナーリェは総長からチャトムに向き直る。

「だってもう必要ないだろ。私は基礎過程終わってもう魔法士同然だし。お前はこの学院の『魔法』に向かないってティレグに証明されたようなもんだし」

「けど、だからって……」

「何よりお前の『適性』が分かったんじゃないか。そっちを磨くべきだろ。あれはちょっとない特技だぞ。2人とも能力的にはもう十分だと思って、早く約束を叶えに行こう。出立は、そうだな、3日後くらいで」

「え、いや、その……え?」

 つらつらとしゃべるナーリェをどう止めようかとおろおろしていたチャトムだったが、後半の言葉で目を丸くして硬直した。

 今ナーリェはなんと言った?

「何だ、もしかして考えてなかったのか?あれが遺跡探査でどれだけ役立つか――」

「え?いや……」

「そもそも、遺跡探査が危険なのは対魔術狩り用に、魔術で罠とか隠し扉とかが仕掛けられてるからだろ。魔術生物もいたりして。でもあれなら、そんなの全部なかったことにできるんだぞ。はっきり言ってぶっちぎりに反則技的だぞ」

「……あ、そか、それは考えてなかっ……」

「まあ訓練して指向性を高める必要はあるだろうな。貴重な魔術資料まで片端から無効化されちゃたまらないし……せめて自分を中心に放射状に広がるってのをなんとか……」

「や、そーじゃなくって……その……」

 間違いない。

 約束。

 遺跡探査。

 じわじわとチャトムの顔に広がる喜色を、ナーリェはむしろ得体が知れなく思った。

「……なんだよ」

「ナーリェ……約束、覚えてたんだ……」

「………はぁ!?」

 半ば呆然とつぶやくチャトムに、今度はナーリェが硬直した。

(なんだと?覚えてたんだって……そんなことを……確認するってことは……つまり?)

 チャトムは私が約束を忘れていると思っていたと?

「……な、ば――!!」

 ばか、と叫ぼうとして急に力が抜けた。

 ひざが折れてしゃがみこんでしまう。

 なんてことだ。怒りも極まると脱力するものらしい。

「~~~~~」

「ナ、ナーリェ?大丈夫?」

「……大丈夫、じゃない……」

 しゃがんで頭を抱え込んだナーリェの腕の間から、地を這うような声が漏れてくる。

 低くて途切れ途切れだったが、広がった黒髪の下にどんな表情が隠れているか、十分うかがえる声音だ。

「なんだ……それは……私はそんっなに信用がないのか……?っていうか……あれだけ約束にこだわって悩んだ私の立場ってモノは……!?」

 ぶつぶつとつぶやくナーリェにチャトムが慌てて謝る。

 いつもさっそうと背を伸ばしているナーリェなのに。自分はどうも相当なことを言ってしまったらしい。

 ちなみに男性陣はとりあえず話に置いていかれて、そばで成り行きを見守るだけだ。

「ご、ごめんねっあたし……っ!その、最近ずっと自分に自信が持てなかったから……それで、つい、その、悪い方向にいろいろ想像しちゃってて……っ」

 必死に弁明するチャトムだったが、ナーリェは唐突に「……ティレグ」としゃがんでうつむいたまま背後のカイが持つ魔剣に呼びかけた。

「おうよ」と応じる声は明らかに事態を面白がっている。

「お前の言った通りだな……自分の気持ちを率直に伝えるってのは大事なことだ……マムにも同じようなこと言われてたのにな……」

 ティレグはけたけたと笑った。

「そーだろそーだろ。当然分かってるだろうと思ってることが分かってもらえてなかったりするもんなのさ。ちゃ~んと、言わねぇとな」

「……肝に銘じよう」

 ナーリェは諦めたようにふう、と息を吐くと立ち上がった。

「えと…ナーリェ?」

 チャトムが心配そうに覗き込んでくる。

「いや……いい。最近こういうこと話してなかった私も悪いんだしな。……だが」

 じろり、と友人に向けた黒い視線は、怒りよりも呆れを宿していた。

「お前もどうしてそういう発想をするんだ……私が準科目で何を選択してるか知らないのか?」

「へ?ううん、知ってるよ……ええと、数学と幾何学に、魔術史学の古魔器諸史とか魔術師系譜分野でしょ……建築の古代建築各派、材料系構造系……地質学……年代測定系の……鑑定……」

 指折り数えていくほどチャトムの顔が青ざめる。

 両手の指がほぼ折れたところで、ティレグがたまりかねたように爆笑した。

「ぷっ!は、あはははははっ!なんだよそれは~。数学はまあ趣味にしても、それ以外いかにも、まんま、じゃねぇか!」

「そうだ!私は魔術遺跡一直線に、必要そうな知識を片っ端からつめこんでたんだぞ!これでどーして約束の遺跡探査を忘れたんじゃないかなんて思えるんだ」

「確かにそうだな!く、くく……そこまで知っててなぁ……並の鈍さじゃないぞ、それ」

 ティレグに大笑いされて、チャトムは顔を今度は真っ赤にした。

「だってだって……そうだ!ナーリェ、語学は!?

 ナーリェは魔法使うのに最低限の古代語しかやってないじゃない!遺跡の碑文とか書簡、粘土板の解読考えたら、上位・下位古代文語にエルフ語くらいは必須だよ……!?」

 小さめの両手をぐっと握り締めて突き上げ、自分より十センチほど高いナーリェの目を見上げていきまくチャトムだったが、

「ああ、それは別にいいと思って」

 ナーリェはけろりとしたものだ。

「私は語学はあまり好きじゃないし……お前が得意だからそれで十分だろ」

「………………っ」

 あっさり言い放たれてチャトムは固まった。

 これは。なんというか。つまり。

 何年後になるか分からないはずの遺跡探査で。

 隣にチャトムがいるの完全前提な課目選択?

 推移をぼんやり見守っていたカイは、そのままぼんやりとつぶやいた。

「………ねぇティレグ」

「……なんだカイ」

「今、僕……すごくさらーっとのろけられたような気がしたんだけど」

「安心しろ。オレもだ」

 自覚なく言ったらしく周囲の沈黙に疑問顔のナーリェと、両手を振り上げたまま硬直したチャトムが首まで真っ赤なのを見てとって、サジェイルもくすっと笑った。


「けどよ、ナーリェ。なんでまたそんなに急ぐんだ」

 ティレグの一言がチャトムの硬直を解いた。

「そ、そだよ、ナーリェ。何もこんな今すぐ……」

 3日後というのがどういう根拠かわからないが、旅立ちにはそれ相応の準備というものが必要なんじゃないだろうか。各方面への挨拶とか手続きとか。

 せめてナーリェは卒業くらいちゃんとすればいいのに、とチャトムは思ったのだが。

「あんまりのんびりしてると例の律令士が追ってくるぞ」

「……うっ」

 師匠~とか叫んで追ってくるレイドの心象風景に思わずたじろぐ。

「それに今ならお得な利点が」

 とナーリェは続けてひとさし指を立てた。

「多少旅慣れてて腕も立つ便利な護衛と、お前の能力開発に必要な知識と、私の研究素材がワンセットでついてくる」

 怪しげな物売りのような口上で指を三本立てる。

「……はにゃ?」

 それっていうのは……。

「……ってちょっと待てお前、そりゃオレらのことか!?」

 当然即座にティレグが叫んだ。

「つか、オレの研究は止めろ!研究は!」

「探求心をなくしたら学徒として終わりだ」

「オレの他に向けろよ!遺跡に!」

「平行するくらいできる。私を誰だと思ってるんだ」

 ここでナーリェはカイにも話を振る。

「――あんたにとっても、悪い話じゃないだろう?

 旅暮らしで、話し相手が剣一本、たまに会う知人はいかれた美男子ひとりっていうのは、寂しい上になんか歪んでるぞ」

「ははは――そう?」

「そうだ。それがいきなり両手に花。旅路が華やかになっていいじゃないか」

「自分で言うなよ、自分で!」

「それに――」

「クソ、無視かよ!?」

「私たちがいれば、少なくともパーティー詐欺にはもう引っかからないぞ」

「あ、そういえばそうかな」

 そんな応酬は、正直チャトムの耳にはほとんど届いていなかった。

 ナーリェの言ったことを理解したとたんに、何やら頭がぽやーっとなってしまったのだ。

(え?えとえと?ナーリェとの約束で……旅に出て、魔術遺跡を探査して……それに、カイさんとティレグが……い、いっしょ?に?

 ――それって、なんか、それって……うわぁ、うわあ……)

 ぽーっと頭に血が上って、熱に浮かされたような視線がさまよい、いきなり話を向けられてきょとんとしているカイの目と合った。

 その瞬間、かっと、ますます頭に血が上る。

 反射的に冷やそうと両手をほほに当てるが、手まで熱くなっていたのでぜんぜん効果がなかった。

 そんなチャトムをみてカイが微笑む。

「――うん、そうだね。ありがたい話かも」

「……オイ、カイ!」

「別に武者修業は1人でなきゃいけないって決まりはないし、目的もなくうろついてるだけだし。魔具の発見は里でも推奨されてるくらいだから、2人の遺跡探査に付き合う利点もある。

 それに、僕にはいい勉強になるんじゃないかな」

「……う、それは……」

 感情も表情も豊かなチャトムと、内面は相当な激情家のナーリェだ。

 心というものを学ぶにはいいかもしれない――という含みに、ティレグは反論できなくなった。

「……ええいっ、もー好きにしやがれ!主の決定には従うさ!どーせ剣には人権も決定権も発言権もねぇんだ」

 投げやりにしゃれにしか聞こえないことを言い捨てるのを、カイとナーリェが笑う。

 と、そのとき。

 それまで沈黙を保っていた方向から声があがった。

「さて、まあ盛り上がっているところに申し訳ないんですが――」

 サジェイルだ。

 唐突に口を開いた総長に3人の視線が集まる。

 ティレグも……見える目はないが多分注意を向けた。

「学院としてはいきなり優秀な学生を2人も手放す、というのは困りますね」

 にっこりとんでもないことを言ってくる。

 ナーリェは総長の机に手をついてつめよった。

「な――何を言うんです!学院の入退学は生徒の自由意思がまず尊重されると、学生規則のどこをみても書いてあります!そりゃ私たちはある意味奨学生のような扱いかもしれませんが、それだってマムの個人的な遺志で彼女の私財を――」

「ナーリェ……っ」

 口角泡を飛ばしそうな勢いにチャトムは思わず彼女の袖を引いた。

「止めるな、チャトム、たとえ総長にだって私を引き止める正当な権利は――」

「ええ、ありません、が。提案くらいは許されるはずですよ」

 ナーリェの憤激をさらりとかわす穏やかなサジェイルの言葉に、ナーリェと、その袖をつかんだままのチャトムが振り向く。

「早まらないでください。何も足を止めようなんて思ってません。

 ですからこれはあくまで提案ですが。2人とも。『巡察使』は知っていますか?」

「――それって……マムの……っ」

 チャトムは目を見開いた。

 もちろん知っている。それはある意味、大変有為な才能を持ちながら奔放な性格を学院上層部にもてあまされたマーグラムのためだけに、50年近く前設立されたポストだ。

 学長会に直属するのだが……成り立ちにふさわしく、その活動内容は「各地を視察して魔法学に有益と判断された情報を報告する」といういいかげんな(しかしマーグラムには妙にふさわしいとも言える)もので、活動費用も零細だったらしい。

 だったらしい、というのは、この10年ほどこの地位が空席だからだ。

「そうです。マム・マーグラムが年齢を理由に退任してから、後任がいなくて……というか、必要がなくてもう忘れられかけていますが」

 総長は指を組んで、言葉を待っている2人を見上げると、いたずらっぽく笑った。

「もしその気があるなら、私があなたがた2人を推しましょう――学長会で、明日にでも即決させて見せますよ。

 その任務についている間は、そうですね……休学扱いにでもして」

 ナーリェとチャトムは顔を見合わせる。

 チャトムの目はきらきら輝いて(どうしようナーリェ、ウソみたい、マムとっ!マムと同じお仕事だよ!?)と如実に語っていた。

 ナーリェの方はあまりウマイ話なので少々うさんくさいような気がしており――案の定。

「ただ、もちろん」

 とサジェイルは続ける。

「卒業してもいない学生を正式に任命するのは難しいので――候補、見習い、の扱いになりますがね」

 やっぱり、とナーリェは思いつつ、

「まあ当然ですね。半人前ですから。具体的にはどういう扱いになるんですか?」

「活動内容はそのままですが、あなたの言ったとおり半人前ですので、給金兼活動資金は2人で1人分。不足分は自給することを期待します。そして――そうですね、1年後に再審査を行いましょう」

「再審査、ですか?」

「ええ。遺跡調査をするつもりなら、当然その研究成果や、手に入った古魔器を学院に送ってもらうことになりますが、そういった成果を見て、1年後に正式に採用するかどうか決めるということで」

「1年後にいったん戻って来いということですね……」

「言ったでしょう?優秀な学生を手放すのが惜しいんです。そういう形でもつながりは保ってほしいというのが私の希望です。ああ、正式採用の場合も、3年置きの審査が入りますから、妥当だと思いますが」

 ふむ、とナーリェは考えた。

 なんだか鎖をつながれるようではあるが、まったくの根無し草は初心者にはツライかもしれないし、カイに里があるように、自分たちにも本拠地はあったほうがいいだろうか。

 巡察使は前例からして、異様なほど自由度のある職だ。目的地も視察対象も、本人の裁量に任される。そう窮屈でもないかもしれない。

 というか、やってみて嫌なら1年後に改めて退学してしまえばいいし。

 ささやかでも活動資金が出るのも魅力的だし、背景に『学院』があって、いざというときにその名前が出せることがどれほど有利にになることか。公的にあたれる情報がぜんぜん違ってくる。

(それになにより)とナーリェはちらりとチャトムに目をやる。

 じっとこちらを見つめる瞳が(どうしたのかなっどうしたのかなっあたしはスッゴクやってみたいんだけどっナーリェはイヤなのかな……っ)とあからさまに語りかけてきて……。

(マムの恩も私の数倍感じてるチャトムだからな。あれだけないがしろにされても学院大好きだし……)

 学院と完全に縁切れにならない方が嬉しいに決まっている。

 そんなことを考える間中、チャトムはじーっと期待と不安半分のまなざしをナーリェにそそいでいて……。

「………分かりました、学長会への推薦をお願いします……」

 結局、いくつもの利点より、チャトムの目ひとつに負けたナーリェだった。

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