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29章

 29


「――よっしゃ!よくやった、成功だぞ、チャトム!」

「え?えっと……そ、そぉなの?」

 ティレグの歓喜に満ちた叫びと、チャトムの戸惑いの声を聞きながら、部屋のすみの3人はそれぞれに目を見張っていた。

 ナーリェにはこの世界の座標のごく近く――いや、むしろそのもの――の界軸への干渉が見えた。

 魔法でも魔術でも、理論的には可能だと言われつづけてきたもの。

「………重複世界への干渉……!まさか実現できるなんて……!!」

 レイドにはこの世の世界律そのものが、強烈な光のように美しく放射状に広がるのが分かった。

 それこそ律令士として生まれついた瞬間から聞かされつづけてきたものだ。

「………極撰如律令法……!まさかこの目にできるとは……!!」

 呆然と口の中でつぶやく2人に対して。

 カイに分かったのは、部屋がいきなり真っ暗になったということだけだった。

 魔術陣の放っていた光も、天井付近に上がっていた魔法の明かりも、いきなりかき消えたのだ。

(え~と、どうなったのかな……ティレグがああ言ってるし、とりあえず魔術は停止したんだろうか?

 暗くて状況が全然見えないけど……)

 とりあえず頼みやすい相手にお願いすることにする。

「ティレグ……明かり欲しいんだけど……」

「……っとにお前は……緊張感のねぇ……分かってないんだからしょーがねぇけど……」

 ぶつぶつ文句がつきながらも希望は即座に叶えられた。

 先ほどまでのに似たような光球が、ふっと出現して上昇しながら――光を弱める。

 それを見て、ティレグが焦った声をあげた。

「お、おい……チャトム!?」

「ふぇ?」

 弱々しい光に照らし出された部屋の中央では、チャトムがティレグを、すがりつくように抱きかかえて立っている。

 脱力してぼんやりしている彼女に、ティレグが重ねて言う。

「もういいんだぞ!?カタはついたんだから……さっさとそれ、やめろって!」

「へ?やめるって……」

 ティレグに視線を落として、それから慌てて周囲を見まわす。

 床の魔術陣は、光をなくして、黒っぽい線になってしまっている。

 すでに起動音もしないし、完全に停止しているのは明らかだ。

「だから、その感覚を引き出すのをやめろってんだよ!」

 言われてみればなるほど、確かに先ほどまでと同じ感覚が――って……。

「え、や、やめるって……どーやって!?」

「なんだとぉおおお!?」

 実は危機はまだ去っていなかった。


 ティレグの悲鳴にはっと我に返ったのはナーリェだった。

 ちなみにカイは事態がさっぱりで傍観していたし、レイドはまだショックで硬直している。

「おい、ティレグ、今のは……あれだろ、魔法消去……」

「ああ、そうだよ!だから――!」

 ティレグが言い終わらないうちに。

 ズズズ―――と、部屋が軽く揺れた。

「きゃっ……」

 チャトムがバランスを崩してへたり込む。

 ナーリェは青くなり、ティレグの声もますます上ずった。

「や、やばい……」

「チャトム!早く術を解除しろ!このままだと――それこそ学院が落っこちる!」

「えっええええええっ!?」

 ティレグの言葉に、チャトムは毛羽立ったしっぽをはね上げた。

 また頭と視界がぐるぐるし始めてしまう。

 だいたい一体自分が何をしているのかも良く分かっていないのに――状況がまるでのみこめない。

(な、ななななんでそんなことにぃ!?あたし何やったのぉ~~~っ)

 パニクっている間にも、また部屋が軽く揺れた。

「鎮まれ!混乱するな――事態がますますひどくなるからっ!」

 ナーリェが言うが、チャトムは「そんなこと言ったってぇ~~~」すでに半泣きだ。

 しかしナーリェは慣れた様子で叱咤する。

「ばかっ!お前が今やったのだって――ひとつの魔法には違いないんだぞ!」

「そ、そうなの……?」

「そうだ!忘れたのか!?レアール=ドゥ=ソフィール=アガスタン=ティル=マニ=アグッ!!」

「あっ……」

 最も耳になじんだ古代魔術語に、ふいに涙が引っ込んだ。

「泣きながら統御できる魔法なんてあるもんか!マムが笑うぞ――ほら、唱えてみろ」

「う。うん……レアール=ドゥ=ソフィール=アガスタン=ティル=マニ=アグ……」

「意味はマムに教わった――お前、この言葉好きだったよな?」

「うん……マムがこれ、好きだったから。学院の理念なんだって……『知と理が魔を統べる』……」

 マーグラムのことを思い出すと、すっと気分が落ち着くのが分かる。

「そうだ、知識と理性でおさめて見せろ……!」

「分かった……そうか、魔法なら……」

 とりあえず一般的な魔法の停止方法などを思い出してみる。

 ぱん、と両手を互い違いに打ち合わせて、界軸への干渉を完全に断ち切るイメージを浮かべて。

 この世界の軸座標を心の中で唱えつつ――「……解呪」

 ぴた。

 ――と、部屋の揺れが収まった。

「あ……」

 今までの感覚はもうない。

 ナーリェの目にも、さきほどまでの特異な干渉系が消えたのが分かる。

「よし。なんとか……なったな」

 胸をなでおろす2人だったが、ティレグの苦々しい声が水を差した。

「……まぁな……無事に、ってわけでもねぇけどよ……」

「え?」

「……もしや……」

「今のでちょこーっとだけど、浮遊魔術に影響が出た。多分メンテでなんとかできる程度だが……」

 2人の顔が引きつった。

「まあ気にすんな。北側の高度が数メートル下がっただけさ。ちょいと床が傾いただろうけどな」

「…………っ!」

 チャトムががくーとひざと両腕をついて肩を落とす。

(……うにゃぁああああああ……なんてことしちゃったのぉ~………)

「き、気に……するな。負軸干渉が起きてティルバイがごっそりなくなるよりは百倍マシ――」

 とフォローを入れるナーリェだったが、横合いからの叫びに阻まれた。

「―――素晴らしい!!!」

 状況かえりみず、感極まった声を上げたのは――。

 さきほどから忘れられていたレイドである。

 ずずんっとチャトムに近づくと、無造作にチャトムの手元のティレグを蹴り飛ばして(当然「なにすんだてめぇ!」と抗議があがったが、もちろん無視した)チャトムの肩に手を置きながら、片手を握りしめた。

「夢のようです――!まさか極撰如律令法をこの目にできる日がこようとは――!!」

「は?あ、あの……」

「しかも口伝に伝わる以上の素晴らしい効果……ああ!ライエン師も照覧あれ!あなたの理想が今ここに……!」

「レイドさん?」

 彼は、びくびくしながらこころもち身を引くチャトムにも、背後でぶつぶつ言っているナーリェにも、先ほどから罵り続けている魔剣にも、ぼんやり状況を見守っているカイにもまったくかまわず、チャトムの手を両手でしっかと握りしめ、真摯に熱烈にチャトムを見つめながら――中身はアレでも顔が顔なので、こんな状況でなければチャトムも相当どきどきしたことだろう――のたまった。

「どうか師匠と呼ばせてくださいっ!」

「―――っ」

 石化するチャトム。ティレグからは即座に「アホかぁ!!」と罵声が飛んで、カイは向こうで大笑いしている。

 そしてナーリェは――

「……ール=ノー=ゼムッ!!」

 唱えてレイドをびしっと指差した。

 ――ぱたり。

 途端にあっけなく倒れこむレイド。

「ちょ、ちょっとナーリェ!?」

「おーおー……過激だな~」

「ふん――眠らせただけだ……!」

 まだ足りぬといいたげに憤然とするナーリェ。

 レイドがチャトムの肩に手を置いたあたりから眠りの魔法を唱えていたのだった。


「――ま。律令士なら、背後で魔法使われても気づかないくらいに興奮したって、無理はないさ」

 とりあえず眠らされたレイドと気絶したままのフェリーナを、並べて横にしながら、カイはティレグに尋ねた。

「そうそう……それなんだけど。結局なんだったの?僕にはさっぱり――」

 チャトムが情けなさそうに続く。

「あ、あたしも……よく、分かってない…んだけど」

「ふむ。まあ律令術としてはともかく――魔法としてなんだったかってのは、ナーリェ、分かったんだろ?」

 話を振られて、魔術陣を改めて検分していたナーリェがうなづいた。

「ああ……間違いない。あれは――重複世界への干渉による魔法消去、だな」

「え、ええええええ!?」

 驚くチャトムに対して、カイはまだきょとんとしている。

 ティレグは毎度のことなので諦めて、詳しく説明し始めた。

「つまりだな……魔法ってのは、異世界の世界律を導入してなんらかの現象を起こす。んじゃ、この世界にそっっくり同じ世界ってのに干渉できたとしたら、どうなる?」

「そんな世界ってあるの?」

「ある」ナーリェが即答した。

「世界律特性をあらわす十界軸の座標がまったく同じ、であるのに確かに同一でない異世界――重複世界が、ある、はずだ――というのが、限定ハーシス確率論で証明されている。それも、無限に存在するはずだ」

「それは、この世界と、裏と表というよりも、もっとずっと近い、ぴったり同じものでありながら、それでもどこか微妙にずれている――そういう世界であるっていうのも、魔法学の基礎です」

 チャトムが両手をぴったり合わせて示しながら説明する。

「ふーん、まあともかくそういう世界ってのがあって。そこに干渉して……その世界律を引き出してきたら……ん?」

 首をひねった。

「それって、何も起こらないんじゃないの?」

「ああ、そうだ。まさに何も起こらない。この世界と同じ世界律が現れるだけなんだからな」

「通常の空間だったらその通り。でも――そこが、他の魔法で歪められた世界律が現出している場だったら?――ちょうど、ここみたいに」

「――あ」

「そうなんです……この世界のと同じ物理法則がそのまま上からかぶさってくるから、他の世界律がかききえて、魔法が無効化されちゃうんです」

「つまり――お前の言った『何も起こらない』状態が強制的に作られる」

「そっか……それが魔法消去?」

「そういうことだ」ここでナーリェが難しい顔になる。「ただ……理論的には確立されていながら、今まで実際には、魔術でも魔法でも重複世界への干渉は確認されていなかった。理論的に正しい実験を何度しても、重複世界にアクセスできない。幻の術だったんだ」

 チャトムもこくこくうなづく。

「ま、そこが人間を中心に発展してきた魔法の限界だな。魔術だって、エルフとか人間とか、魔法適性の高い種族の間で栄えたものだったわけだし――オレが以前知ってた、たった一人、この術が使える奴だって、チャムチャム族だった。

 もちろんチャムチャム族なら誰でもってワケじゃねぇ。これは先天的な軸属性の問題みたいでな。魔法的素養の低い種族の中でもひどく稀に、言わばこの世界そのもののに属性を持つ奴が生まれることがあるのさ。それが――お前だ、チャトム」

 ティレグが言うと、チャトムは大きな目をぱちぱちさせた。

「もっとも、どんな異世界に干渉しようとしても、属性が強烈に重複世界に向かっちまうから、稀有な能力の代わりに、他の魔法は一切使えないと思っていい。初歩の初歩、明かりの魔法を使えるようになったってことだけでも驚きだ。とんでもなく頑張ったんだろうな?」

 これはむしろナーリェに向けた言葉のようだった。確かにそうだった、とナーリェは重々しくうなづき、チャトムがかすかに顔を赤くした。

「チェルも……そうだった。オレの――というか、オレのかつての盟血主の、友人だったチャムチャム族だ。350年ばかし昔のことになるが」

「……それって……」

「そ、魔術狩りが始まった頃。時代が時代だったから……あいつは時の政権側にうまいこと取りこまれて、里に駆け込んだオレの主とは敵同士になっちまって――でも、結局なりきれなくて、狩る対象のはずの魔術師かばって、あっさり死んじまったそうだ」

 ティレグが言葉を切ると、一瞬痛々しい沈黙が漂う。

 誰もが彼の長い生の重みを感じずにはいられなかったのだが――

「抜けた奴だったからな。そゆとこもチャトムに似てる」

 からっと声のトーンを変えてくっくっと笑った。

「ちょ、ちょっと……それってどおゆう……」

「お人よしで、わが身のことになると危機感がないってことだろ」

 チャトムがむくれると、ナーリェが容赦無くつっこんだ。その通り、とティレグが笑う。

(……もしかして、カイさんを警戒心なく家に上げたこと、まだ怒ってるのかしら……)

 昨日の剣幕を思わず思い出してしまうチャトム。

 ティレグの話は続く。

「んでもって、時代のごたごたもあって、奴のことは魔法史には記録が残っていないんだが――実はその頃にチェルは、ライエン=イーゼルにも会ってるんだな」

 これにはカイもぴんときた。

「……なるほど。律令術の開祖にとっては、奇跡的な手法に思えただろうね」

「そりゃ感激したろうと思うぜ。なんたって全ての忌まわしい歪みを無理やり正す、重複世界への干渉による魔法消去。

 当然のように、究極の秘奥義、至高の目標にまつり上げて、極撰如律令法とかいう大層な名前をつけた。

 奴らから見ると、この世の世界律そのものが全体に――普通の律令術は、世界律の一部を増強したり減衰させたりして術を行ってるんだけどな――強化されるように見えるらしい。

 だもんで、ライエンはチャムチャム族ってのはすっげぇ素晴らしい種族だってほれ込んだワケ。

 しかも口伝にまでしてたみたいだな。――レイドの反応を見る限り」

 それで初めて会ったときからやたらと友好的だったのか、と思って、つい脱力してしまうチャトム。

「それは師匠に、とか言い出すのも当然って感じだねぇ……」

 カイの言葉に更にがっくりとくる。

(師匠?師匠って?マジ?本気?――いや、でもレイドさんのことだから、いつでもどこまででも本気だろうし……)

 ほんの短い付合いなのに、やたらと確信が持てる。

 目を覚ましたら、またあの勢いで迫ってくるのだろうか。

 ――ちょっと、かなり、切実に。

 勘弁して欲しい。

「――確かにすごい威力だったからな。理論的に、相当強固な魔力排除が行えるといわれていたが、ここまで問答無用とは思わなかった」

 ナーリェがぐるりと部屋を見まわしながら言う。

 ティレグも調子付いて「確かに。学院は傾くし。オレも危うくぶっとぶ所だった」と言ってからから笑う。

 チャトムは改めて青ざめて腕をぐるぐる回した。

「……っ!そうっ!そう、だよ……っ!!

 あたし、あたし……早く総長に謝らなきゃっ!!すぐ戻って――」

「ちょっと待て、チャトム」

 ナーリェが制して床の一角を指差す。

「気絶した人間が2人もいるのに、か?」

「う……」

「さすがに僕も、2人抱えていくのは大変だなぁ……」

「……っじゃあせめて、あたしひとりだけでも戻って、ちゃんと負軸干渉は止まりましたって言ってきます!きっと不安だと思うんです……っ」

「けど、総長なら探査の魔法なんかで、それはすでにわかってると思うが……」

「でもでも、あんなことがあって、あたし達の帰りを待ってたら、いきなり学院がぐらぐら揺れて、床が傾いたんだよ……!?」

「…………それはまあ確かに。混乱もありそうだしね」

「それなら私が」

「だめ!ナーリェは縛られたりして疲れてるでしょ!?あたしが行くから!」

 それは別にたいしたことない、と反論しようとして、ナーリェは思いとどまる。

 しばし考えて、

「――まあ、そうだな。確かに報告は早めにしたほうがいいかもしれない。私達は、2人のどちらかが目を覚ましてから後に続くってことで。

 ……ひとつ約束してくれるなら、帰り道を教えてやる」

「なに?」

「詳しい報告は私達が合流してから。特にお前がこれをやった、てことは総長にも話さないように」

「…………???」

 チャトムは不思議な顔をするが、なぜかティレグからナーリェの援護があった。

「安易に謝るなってことだ。負軸干渉は止まった、そのときの影響で浮遊魔術に影響があったようだが、すでに問題無いからメンテに入ってくれ、犯人の身柄は確保してあって、後からオレらが連れてくる――これで十分だろ?」

「……けど……」

「ダメなら私が戻るが」

 不安そうなチャトムにすかさずナーリェが言うと、

「~~~分かったよぅ!ナーリェ達が戻るまで、詳しいことは言わない!これでいい?」

「よし。じゃ、帰り道だが、出口に使える転移ポイントで一番近いのは、そこの通路から」3つあるうちの左側の通路を差す。「3部屋抜けて、マジャル印のある分岐を右に行ったところだ。起動ワードは入るときに私がやったのと同じ。覚えてるか?」

「うん。大丈夫」

「それで、南門近くの路地裏に出るから」

「分かった!」言うなりチャトムは走り出す。

「ありがと!またあとでね~~!」

 ――ものの数秒で、白いしっぽは見えなくなった。

「――おーおー……急いでんな」

「チャトムなら罪悪感びしびしだろうからな。――多分止めても聞かなかった」

 諦めたように嘆息するナーリェ。ティレグが茶化す。

「それにしたってやけにあっさり折れたじゃねぇか」

「それは――」レイドとフェリーナの寝ている場所に目をやる。「あの2人のどちらが先に目が覚めるにしろ、その場にチャトムがいないほうがいいような気がして」

「――まぁ、そうだな。――で?最後の約束だが。

 学院にはどこまで報告するつもりだ?」

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