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2章

  2


(うーん、なんとなく、注目を集めてる気がする……)

 つい先ほどまで興味深い『門』の初体験に浮かれていた心が、ざわざわと落ち着かなくなるのを感じながらカイは考えた。

 実際『門』を通るのはなかなか面白い体験だった。

 彼らが使ったのはチャトムのアパートから程近い東門で、学生たちがよく使う通用門だという。

 小ぢんまりした管理小屋の受付で軽い手続きを済ませ、奥にしつらえられた複雑な文様入りの扉をくぐったと思ったら、そこはすでに『学院』内だった。

 ただ隣の部屋に入る、というほどの気安さで、気がつくとガラス張りの広広とした玄関に――ここは『学院』の東棟だそうだ――いたのだ。

 窓の外は、空。

 ただ青一色だった。

 窓に近づいて下を見下ろすと今まで自分たちがいた街が見える。

 感嘆するカイに対して、チャトムはふふ、と誇らしげに笑った。

「なかなかすごい展望でしょう?旅行者の方とか、皆さん驚くんです。

 東と西の門は実用性重視でこんなあっけない感じなんですけど、南の正門は――多分カイさんが迷わず街の入り口からまっすぐ来てたらそこを通ったと思うんですけど――きっともっと驚きますよ」

 なんせ短時間とはいえ空が飛べるのだから、と言うのに、すでに驚いてしまう。

 南門の地上部分は広い広場のような場所で、キーワードで風の魔法が発動して『学院』敷地内まで『打ち上げ』をやってくれるそうだ。

 それはぜひ正門からも入ってみよう。決意するカイ。

「もちろん結界も同時発動しますから危険はないんです。でも時々怖くてわざわざ東西の通用門まで回る人もいますね。

 あたしは……まだ飛行魔法はマスターしてないんですけど、あそこから学内に入るたびに、飛ぶ、ってこんな感じか、って思ってわくわくしちゃいます」

 目を輝かせてチャトムは語る。無邪気な口調の奥に、はやく自分の力で飛んでみたい、という真摯な向上心が見えるようだ。

 きっと素直で熱心なよい生徒なんだろうな、カイはぼんやりそんな風に思って、浮き立った心がさらに、微笑ましさで温かくなるのを感じた。

 ……のだったが。



『学院』の本校舎部分は東棟と北棟の鉤型になっているようだ。

 開放的な外廊下からは画一的な窓が並ぶ校舎の壁面が見える。きっと同じような教室が並んでいるのだろう。適度な装飾も施された外観は、知性と威厳を感じさせるに充分だったが、どこか明るい雰囲気があるのは、そこにいる多くのものがチャトムのように若いからかもしれない。

 どこからか聞こえる教壇に立っているだろう教官の声、かすかなざわめき、遠くから響くどーんどーん、という音は、演習場で行われる魔法実技の授業だろうか。

 学校特有の雰囲気を感じながら広い廊下を歩いていると、授業時間中のせいか数は少なかったが、そこここでチャトムと同じ制服に身を包んだ学生たちと行き違う。

 だが。

 その視線が……なんとも居たたまれない感じなのだ。

 自分は見るからに学外者だから、それが珍しいのだろうか。

 時々生徒同士で、こちらをちらりと見ながらこそこそと耳打ちし合う。

 あまり歓迎されてないのかな、とぼんやり考えたときだ、横を歩いていたチャトムがふと立ち止まった。

「チャトム?どうし…」目的の教官室についたのか、と思ったのだが、

「ごめんなさい」

 唐突に謝られて面食らう。

「えーと……?」

「やっぱりこんなことしてもらうんじゃなかった、かな。

 ……さっきから、その、あんまりいい感じしないでしょう?これ、あたしのせいだから」


 カイは立ち止まってしばらく考える風だった。

「……うーん、なんとなく注目を浴びてる感じはするけど」

「…そ、それだけ、ですか?」

「はは、相方にもよく言われるんだけどね、僕、人間関係の機微に疎いらしくて」

「…あいかた?」

「うん、そのうち紹介できると良いね。

 そいつが、おまえときたら特に悪意に関しては象より鈍感だ、なんて言うんだよ、失礼なことに」

 わざと憤慨した風なカイに、チャトムは悪いと思いつつ、くすっと笑った。

 なんとなく納得してしまったのだ。

 少なくとも、用心深くて悪意に敏感な人間だったら詐欺にはあわないだろう。

 そうして肩から力の抜けたチャトムを見てカイも微笑した。


「あたしね、こんなだから」

 言ってチャトムは耳をぴこぴこと揺らした。

 カイの笑顔のおかげで気負いなく笑って言えていることがなんとなく嬉しい。

 どこまで本気でどこからが自分に対する気遣いなのかは良くわからなかったが、きっとこの人はとても自然に、直感的に、人の憂鬱を払える人なのだ。そんなことを思う。

「みんな、あたしがここにいるの場違いだって思ってるんです」

 それは正直苦しいはずの告白だったが、カイは首をかしげた。

「こんな、って……」

 その意味を考えながら、改めてチャトムをまじまじと観察してみる。

 チャムチャム族にはよくある小柄な体格、愛らしい童顔。

 ふわふわした茶色の巻き毛や、くるっと大きく虹彩のくっきりした琥珀色の瞳もこの種族には良く見られる特徴だ。

 そして自分の眼前でぴょこぴょこ揺れる、ふさふさと柔らかそうな白い毛をまとった耳。

 とりあえずこれを一言で表すならば。


「……可愛い?」


「な、なななな、何言ってるんですか!?」

 だがチャトムの言わんとしたことはまったく別だったらしく、彼女は思わず後ずさって否定した。

 首筋まで赤くなって。

 そんな様子は確かに可愛いとしか表現のしようがないとカイは思うのだが、

「ちがいますよぅ!そうじゃなくて!!

 チャムチャム族は魔法の適性がないって、常識でしょう!?」


 適性。チャトムの言う通り、魔法を使う、という技能には不思議と種族間で大きな能力の開きがある。

 個人差はもちろんあるものの、例えばこの地上にもっとも数が多いと思われる人間は、かなり使えるほうだろう。

 特に優れた素養を持つものが多いのは、やはりエルフ族や有翼人エラン種、双紫族…といったところか。

 そして反対に奇妙に魔法の才が全くといっていいほどない種族もいて、その代表格がチャムチャム族だ。彼らのほとんどは、どれだけ研鑚をつんでもごく基礎的な魔法も使えないのだという。

 言われてみれば、種族人口がかなり多く、そこらの街でも頻繁に見かけるチャムチャム族が、先から学院内ではチャトム以外、見当たらない。


「じゃあチャトムは…変り種?」

 あっさり言うカイに、チャトムはわざとむくれて見せる。

「かわりだねって……もう少し言い方ないんですか?」

「あー、ごめん」軽く頭をかいて「でもチャムチャム族なのに、魔法、使えるんだろう?」

「初歩の初歩は、ですけど。だからてんで落第生です、あたしってば」

 さらっと言った自分にチャトムは内心驚く。

 かなり、結構、相当、コンプレックスだと自分でも思っていたのだが。

 彼ののどかな雰囲気は、なぜそれをこうも軽々と言わせてしまうのだろう?

「でも適性はどうあれ、学ぶのは良いことだよね。

 『学院』が掲げてるのは『魔術』じゃなくて『魔法』だろう?」


「そう…です」

 カイが何気なく言った一言に、思わず驚く。

 専門外でその違いを知っている人は少ないからだ。

「よく、知ってますね。魔術と魔法、なんて」

「まあ、ね。相方が割とそっちの方に詳しくて。僕もさっぱり門外漢ってわけじゃないんだよ?」

 ぼんやりして見えるかもしれないけどね、とカイは笑った。

 そして記憶を探るように宙を見上げ、

「えーと、『魔術』は技術としての魔。基本原理より術の手法や効力を追求するもので、大禁魔時代以前のもの。

 対して復興期を経た今では、術の基となる法則や原理を重んじる学問としての魔が尊ばれて、これを『学院』なんかは好んで『魔法』と呼んでいる。

 ……ついでに宗教がからむと『魔道』かな。

 と、これで良かったっけ?」

 つっかえつっかえ、そこまで言い切る。

 それでもその内容はまさに教科書どおりと言っていいものだ。

「ええ、ええ、その通りです」

 思わず感嘆の息をついた。

 カイは照れながらも少し得意げに、

「はは、ありがと。

 まあ、だから『学院』なら魔法が使える使えない以上に、学ぶ意欲が大事なのかと思って」

「うーん…それは、まあ建前としてはありますけど。

 進級試験なんかはやっぱり一定の術が使えるか、とかになっちゃいますし、学徒っていうより魔法士になるためにここに通ってる人なんかも結構いますから。

 ……チャムチャム族なんてあたし一人です」

 苦笑いするチャトムに、カイが笑いを含んで、

「じゃあ、やっぱりチャトムは……」

 あとをチャトムが引き取る。

「変り種、ですね」

 そして顔を見合わせて二人で笑った。


 そうこうするうち北棟2階の教官室に到着する。

 ニームザル教官に、カイは自分を助けていてチャトムは遅れたのだと熱弁した。

 あまり熱心なものだからチャトムの方は横で赤くなって恐縮していたが。

 そして教官は、追加課題を出すことで欠席は不問にしてくれると言って、チャトムを次の授業に、カイを用があると言っていた総長室に、送り出したのだった。


「どうも、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げるチャトムに、カイも一礼する。

「いやいや、こちらこそありがとう。助けてもらった上に道案内まで頼んじゃったからね。

 このお礼に、数日中にきっと夕食奢りに行くから。

 ……あ、数人だったらお友達も一緒でいいよ?」

 思いついたように付け加えるのは、下心なしのアピールだろうか。

 そんなカイにチャトムはまた笑って、

「楽しみにしてます。そうですね、同居人のコも一緒だと嬉しいです」

「うん、楽しみにしてて。僕もしばらくは宿を取ってティルバイにいるつもりだから。

 って言っても、あんまり高いものは勘弁だけどね?」

 なにしろ文無しの身であまり大見得も切れない、とおどけた仕草で続ける。

 それにまた二人でひとしきり笑って、廊下の左右に別れた。



「なぁ、カイよ」

 今までただの剣の振りをしていたティレグが小声で話しかけてきたのは、最上階4階にある総長室までの階段上でのことだった。

 魔剣ティラザーグ。

 カイの愛剣にして現在唯一の所有物、そして数年来の相方である。

 なにしろ自我を持った道具などというのは現代の『魔法』でははっきりきっぱりと不可能技だ。大禁魔時代の秘魔術でも難しい。

 それもそのはず、ティレグが言うには魔術時代のしかも黄金期に作られたと言うのだから……少なくとも500年は経ているわけだ。

 古魔器がごろごろしているカイの故郷でも群を抜いた年代ものになる。

 その古さと稀少性、くわえて危険度にかけては人後――いや、剣後か――に落ちないバケモノみたいな名剣だ。

(とゆーかバケモノそのものだよな、なんつっても喋るんだからよ)

 とカイの師匠などは笑って言ったものだった。

 確かにそうだとカイは同意し――ついでに

(でも、その笑い方とか喋り方とかが、師匠にそっくりですよね)

 余計な事まで言って延髄に一撃見舞われた。

 口は災いの元である。

 ともかくそんなシロモノを携えている事が知られると面倒に違いないので、普段人目があるところではティレグは話したりはしない。

 自然応じるカイの声も低いものになった。

「どうしたの、ティレグ?珍しいね。確かに今ココに他人はいないけど……こんな、いつ人が通るかも分からないところで?」

「ふん、珍しいのはお互いサマだろ?お前こそナンパなんてしなれない事してんじゃねーか」

「ナンパ?ああ、チャトムのこと?」カイはくすくす笑うと、

「言われてみると確かにナンパの定番って感じだね。…可愛いコだったし?」

 楽しげに言うカイに、ティレグは舌打した――いつもながら剣のクセに、一体どうやってこの音を出しているのか、全く不明だ。

「ったく、お前は経験値足りねー若造のくせに、こうやってからかってもちっとも慌てやがらねぇんだからよ。面白くねー」

 500年以上剣をやってる彼からすれば誰だって若造だろうに。

「動揺して欲しかったのか。それはすまなかったね」

 苦笑混じりに言うと、ティレグは渋い顔――を人間ならしているに違いない声で答える。

「けっバカ言うな。お前のほとんど唯一の取り柄は、その鈍感なトコロなんだぞ。オレにとっちゃな」

「その割には、その鈍感さがいつも君の悪口の対象だけどね――で、本題は?」

 まさかチャトムの事をからかうためにこんな所で内緒話でもないだろう。

「ふん――まあ鈍いお前は気付かなかったかもしれないけどな。何かおかしいとは思わなかったか?」

「うーん……と。……さっきの教官さん、箔付けにしてもヒゲが似合ってなかったよね」

 しかしなんとか考えた答えはティレグのお気には召さなかった。

「違うわ!チャトムのことだ、チャトムの!」

「チャトムの?」

「そうさ――というかあいつに向けられる視線、だ。

 ありゃあ、種族の違いのせいで劣等生になってるってだけのヤツに対するにはちょっと行きすぎだ。

 むしろ……非難や嫌悪感向きだしって感じだったぞ。

 ……あるいは、そうだな、ねじけた嫉妬かな」

 明らかに不快そうに言うのは、なんだかんだ言ってもティレグもチャトムのことを気に入ったという事だろう。あるいは周囲の態度がよほど腹に据えかねたのか――。

「非難、嫌悪、嫉妬……?」

 カイは眉をひそめた。それらはあの笑顔の明るい少女に向けられるには、いささか相応しくない感情ではないだろうか。しかし――

「――でも、敏感な君が言うからには確かなんだろうね」

 これには勿論「当然だ」という答え。

「それに……」

 珍しく言いよどむ黒い剣。

「まだ何かあるの?」

「あの――雰囲気は……いや――多分そんなことはないとは思うんだがな……」

 続く台詞はほとんど独白に近い。

「ちょっと似た感じの波動のヤツを知ってたんだ。……単にチャムチャム族で魔法をやろうなんていう変わり者っていうだけかもしれないけどな」

 歯切れの悪いティレグを、しかしカイはそれ以上追求しようとしなかった。

「ふぅん……まあ、いいけど。一応これだけは聞いておくね。

 その波動が似ているってことは――良い事?悪い事?」

「――分からん。まあ周囲にとっては特異ではあっても危険ではないと思う。

 お前にとっては……どうかな、関わりなく終わるかもしれないし、良い方に転ぶかもしれん」

「君にとっては?」

「オレにとっては――」しばしの思考のあと、苦笑に近い声が漏れた。「もう、関係ないな。400年くらい前なら狂喜したかもしれないが……」

「そうか」500年以上もの歳月というものを思いながら頷く。

「それよりお前はどうなんだ?」

「僕?」

「そうさ。お前がこれで夕食奢って終わり、と思ってるなら、どのみちオレらにはどうでもいい話だ。あの娘がどういう存在かなんてのはな」

「そうだねぇ。こればっかりは成り行きと縁次第だからなんとも言えないけど――僕はなんとなく、長い付き合いになるって気がする」

「そりゃあ、勘か?推測か?願望か?」

「カン、かな。でも少し願望も入ってる」

 その答えにティレグはため息をついた。

「どうかした?」

「だってよ、お前の推測なら絶対に確実に盛大に外れるに違いないけどよ、カンは時々妙に当るもんな……しかも願望混じりってことは、機会があったらそーなるように積極的に動くってことだろ?」

 なんだか随分な言われようだ。

「でも、悪い事じゃないんだろ?」

「まぁな。でもな……なぁんか厄介事になりそーな気がすんだよなぁ……」

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