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27章

 27


「――ってワケだ。弁解の余地もねぇ……」

 珍しく素直に陳謝するティレグだが、チャトムの耳には半分も入っていない。

 代わりにレイドが思うさま悪態をついてくる。

「まったくです……!魔女がどうなろうと知ったことではありませんが、我らが怨敵としても、あまりに嘆かわしい醜態です……!そも、祖父の代よりの――」

 だがこちらは誰も聞いていない。

 移動はすでに駆け足になっていた。

 3人(と1本)は、先を急いで地下通路を走り抜ける。

 緊急事態だったし、ティレグまでそろえば、道順で迷うこともまずない。

 異界魂の処理も格段に早くなっているのだが――それでも異界魂のたまり場に来て、足を止めてレイドの術やティレグの魔法を待つたび、チャトムは焦れた。

(ナーリェ、ナーリェ、ナーリェ………!!)

 泣きそうな顔で息を詰めて走るチャトムを見るのはティレグも忍びなかったが、それでもまだ言わなければならないことがある。

 ……いっそ、こちらのほうがよほど気が重い。

 しかし、何も知らずに現場に飛び込むのは危険だ。

「チャトム」

 走るのに必死な様子の彼女の意識をこちらに向けようと、少し強く呼びかける。

「それだけじゃねぇんだ――しっかりしろ、落ち着いて聞けよ。

 犯人の、ことなんだ」

 その言葉にチャトムの耳がぴくりと動くのが、走っている最中でもはっきり分かる。

「カイが跳べる距離まで来るのを待つ間、残ってた影人の魔力波動を調べてたんだ。

 ――知ってる、奴のもんだった」

 チャトムが息を呑む。

(ああ、まったく嫌な役回りだ――)

「考えてみりゃ、ナーリェがあっさり基底部構造を明かしてやがったから、あちらさんも多分同じ手段とったんだろうと思ったけど、そんなんフツーできるこっちゃねぇんだよな」

 つい遠回りな言い方になるのを聞いて、カイが苦笑するのがティレグだけには分かった。

(くっそ~っオレは気が重いんだよ……!)

「けど、最初っから、ここの構造分かっていておかしくない奴もいるんだ。影人の作り方だってもしかしたら知ってるかもしれない。なにしろ――ここが造られた100年前はおろか、300年前だって、彼らにとっては手の届く『一昔前』なんだから」

 チャトムは、はっとした表情でカイとティレグの方を振り向いたが、すぐに唇をかんで視線を前に戻す。

(――気づいたな)

 でも、言っておかなければならない。はっきりと。

 カイとレイドも、相手が何者か知っていたほうが、現場に踏み込んでからの対処だってしやすいに決まっている。

「犯人は――」



「安心して、長く気を失ってたわけじゃないのよ。軽い薬だったもの。

 でも――やっぱりあなたが来たのね」

 微笑を浮かべる相手を、にらみつける。

 床に転がったままだから、むしろ相手の優越感を刺激する挙動であったのかもしれないが。

「さすがよね。とっさにちゃんと異界魂用の結界を張ったの?

 下手したら、ここに連れてくるまでに、異界魂の影響でおかしくなってしまっているんじゃないかと心配したのよ」

 そういえば異界魂にさらされた様子はほとんどない。

 今も結界が自分の身をとりまいているのにナーリェは気づいていた。

(ティレグだな……ありがたい……)

 あれはどうしたのだろう。床に転がっているのだろうか。

 悪いことを、した。何もできなかったのが悔しい。力が及ばないのは本当に……つらい事だ。

(チャトムはいつもこんなほぞをかむような思いをしているのかな……)

 こんな状況でもそんなことを考えてしまう。考えずには、いられなかった。

 自分は目の前のことが信じたくないのだろうな、と頭の片隅で考える。

 ナーリェのいる場所は、ただっぴろい石造りの部屋のすみで、他の部屋や通路にあったような魔術的紋様はいっさい見受けられない。

 光源がないために、天井の中央に光球が浮かんで部屋を照らしている。多分『彼女』が作った魔法の明かりだ。

 向かい側と左右の壁に、広い通路がつながっている。

 がらんとした空間の印象はまさしく倉庫。来たことがあるから分かる。

 目指していた北部の資材置き場に間違いない。

 ただ、1週間ほど前に来たときはなかったものがある。

 床一面に描かれた、直径20メートルほどの魔法陣。

 部屋の片隅につまれた、魔法資材や本のたぐい。

 魔法陣の真ん中では――彼女が今も、魔法陣の細部に描き込みをしている。

 青い塗料に混ぜられているのは総長の言っていた歪率粉だろう……。

 見ればもう仕上げ段階だとすぐ分かる。ティレグの言っていた通りだ。

 さすがに――斜陽の天才ライザード=ロウの描いた論理図形は美しい。

 こんな状態でなければ見惚れていただろう。

 異世界への歪みを生み出し、固定し、計測する、洗練された機能が手に取るように分かる。

 ――ただ一点、疑問のある箇所がないではなかったが。

 しかし何より優れているのは、徐々に干渉系の軸座標を下げていくシステムだろうか。

(おそらく啓振方程式のリーヴ展開における誤差を逆手にとって、下方修正を施す仕組みだな……なんてことを思いつくんだろう……!)

 確かにそれは天才の遺産としてふさわしい研究ではあった。

 けれど、いや、だからこそ、これはもっと開けたところで研究されなきゃいけない。

 こんな地下ではなく、魔法学の権威の集まるあの天空の学院の研究所で。

 多くの学徒が目にする価値のある、そうすべき実験だ。

 というのに――!

「――どうしてだ、って顔してるわね」

 彼女は立ちあがると、とがった自分の耳をそっとなでつつ目を伏せた。

「そうね、きっとあなたには分からない……不思議で仕方ないでしょう?

 優しい先輩だと思っていたのに、って」

(――その、通りだ……)

 まったく口はきけなかったので、肯定の意味でも、威嚇の意味でも、相手から目をそらさずにらみ続けた。

(なぜ……どうしてだ――フェリーナ―――!!)


 尊敬、というと言い過ぎだが、とても刺激になる相手だと認めていた。

 ライバル――というには、年齢のゆえか相手はあまりに穏健で、競争意識がなさそうに見えたけど。

 エルフならではの知識量と魔法力。彼女と一緒に課題などをやると、まだまだ魔法には深みがあると思い知らされると同時に、古い知識に対する期待が高まった。

 寿命の長いエルフは、魔術時代の知識をかなり秘匿しているからだ。

 初めて会ったのは、創作呪文のゼミだったろうか。簡単な魔法の呪文を自作する講義で、ナーリェはこれ以上ないという自信を持って、論理的で能率的な作呪をしていたが、フェリーナの発表を聞くたびにうならされたものだ。

 彼女の作る呪文は、詩的で美しく、森を抜ける風のように快く、理屈以上の効果をいつも上げているように感じられた。

 その方向性や発想は、自分には全然ないものだったから、毎回楽しみだったのだ。

 フェリーナもそう認めてくれたようで、それからも何度か同じ講義で課題を一緒にやったりした。

 チャトムやエイザにも紹介して、特にチャトムに優しく接してくれるのは嬉しかった。

 自分とは違った種族の間で通じるものもあるらしく、学院では針のむしろ状態のチャトムが、なついているのにも安堵した。

 自分にとっても、数少ない友人だ。

 それがなんだってこんなことをしでかしているのか。

(どういうことだ。調査隊のすきを見て魔術書を盗み、学院保管の歪率粉をくすねて、こんな地下深くでこっそり急いで研究を進める?

 なんだってこんなこと。……私――例えば私、だったら……そうだな……)

 例えば、その優秀さゆえに、偉大な魔術の書かれた書物に惹かれた――というのはどうだろう。

 今の魔法学の世界は割合保守的で、きっと『ゼロの書』も、他の魔術書同様に、学院と王室の管理下に置かれて、自由な閲覧もできなくなるだろう。

 そういう現状に対する苛立ちは、ナーリェの中にもある。

 しかしフェリーナは、そんなナーリェの思惑を否定するように繰り返し言いきった。

 唇をかんで、苛立たしげに。

 綺麗な珊瑚色の唇が色をなくすのが、せっぱつまった印象を与える。

「あなたには分からないわ。分かりっこない。私の気持ちなんて……!

 たいした努力もなく平然と飛び級を重ねるあなたには!

 頭を悩ませることといったらいつも、チャトムをかばうことばかりなんでしょう?」

「――~~~!?」

(……何を言ってるんだ……!)

 頭にかっと血が上った。

 最後の言葉には心当たりがあるだけに反発が強まる。

 舌打ちしたい気分だったがもちろん猿ぐつわが邪魔で無理だ。

 むぐむぐうなるのがせいぜいで、反論もできやしない。

 代わりに口内の布をぎりぎりかみ締めて心の中で叫んだ。

(分かってたまるか、他人の気持ちなんか!!)

 まあ、分かっていたらチャトムのことでこんなに悩んだりしない。

(じゃあ、フェリーナには私の気持ちが分かるって言うのか!?

 チャトムを気にしながら恐る恐る進級してる、私の気持ちが!!

 夢に向かって勉強するほど、なんだか不本意な立場になってくんだぞ……!)

 別に天才なんて呼ばれたいわけじゃない。

 将来のチャトムとの遺跡探査に向けて、十分な知識を身につけられるだけで良かったのだ。

(それさえ最近は危ういんだぞ……)

 自分で考えていながら、ちょっと涙が出そうになる。

(だいたい、努力もなくってのはなんだ。私だって人知れず頑張ってるんだ!)

 これは事実だ。動機はこれも「チャトム」なのだが。

(だって、努力もなくのうのうと才能にあぐらかくだけの私じゃ、恥ずかしくて努力家のチャトムの横にいられないじゃないか……!)

 そう。余人にはあまり知られていないが――というか当のチャトムも知らないだろうが、ナーリェにとってチャトムにふさわしい友人とは、少なからぬ条件が必要だ。

 いつも報われない努力を必死でしているのに、周囲に対しては笑って見せるチャトムだ。

 だから自分も、才能以上に勤勉であろうと思ったし、それを人に気取られないようにしようとしてきた。ポーカーフェイスはチャトムよりずっと得意だから、後半に限っては、チャトムをはるかに上回る成果を上げていたようだが。

(でもチャトムにふさわしくあろうと努力するほど、チャトムとのクラスは離れていくんだよな……)

 これがここ数年ずっとつきまとっている、ナーリェのジレンマである。

 だがフェリーナは、ナーリェの思惑など知らぬげに、ふいっと顔をそらせて、魔術陣に一筆入れた。

 その横顔はたいそう思いつめたもので、秀麗な面がこわばっている。

 彼女のこんな表情は初めてみた。

「でも……もういいわ。

 これで、示せるもの……!あなたにも、みんなにも……!!」

 興奮か怒りかあるいは何か得体の知れない感情かに、細い体を振るわせながら、フェリーナがゆらりと立ちあがる。

 さらりとゆれた金の髪は、いつも美しいと思っていたはずなのに。

 このときばかりはひどくまがまがしく見える。

 何かを掲げるように両腕を広げて――

(まずい!!完成した!?)

 じたばた身動きするナーリェに、一瞬、嘲笑を向けた、まさにそのとき。


 ――パキィイインッ


 鉱石が砕けるような、音。

 フェリーナは慌てて振り返り。

 ナーリェはがばっと身を起こした。

 近い。

 場所は――

 真ん中、向かい側の通路だ。

 それに続く足音と、罵り声。

「……ばっかやろ、レイド、てめぇ!こっそり壊すとかできねぇのか!」

 ばたばたばたばた。

「あなたこそやかましいですよ!そもそも、悪の魔術人形を打ち砕くのに、私がなぜこそこそ事を運ばなければならないのです!?」

 どたどたどたどた。

「不意打ちとかの概念は、お前のその見かけ倒しなオツムの中には入ってないわけか!?」

 だだだだだだだだ。

 通路をこちらに向かって駆け抜けてくる一行が何者か、丸わかりだった。

(………あいつら………)

 思わず力が抜けるナーリェ。

 反対に、フェリーナは体をこわばらせる。

「まだ……後続がいたのね……!

 でも、もう遅い……!」

 すっと息を吸い込む。

 フェリーナが口を開くのと、3人が部屋に乱入してくるのはほぼ同時だった。

(―――!やめろ、フェリーナ――――!!)

 無言のナーリェの叫びも。

「……フェリーナ………!」

 部屋に入るなり発せられたチャトムの声も届かず。

「ナーデ=フェノーク=エル=マータ!」

 ――無情な呪文が響いた。

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