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24章

 24


 ――マムの、あの力の信用度は……どのくらいだ?

「はぁ?」

 ナーリェの問いをはかりかねて、ティレグから思わずまぬけな声が上がる。

 そんな反応にナーリェは焦れたように、

「だから、マムの予知能力はどの程度、確実なものだと思う!?」

 問いただす勢いと表情は真剣そのもの。

 しかし信頼度だの確実さだのと言われても。

 それは結局、他ならぬサジェイルやナーリェがマーグラムに選ばれているという点をもって示されているのではないだろうか。

(一体何が気になるっていうんだ。信用がおけないとか不安になる要素なんざ、ナーリェにゃないだろうに……ん?)

 そうだ。ナーリェには問題はない。そしてそれは彼女も自覚している。『私を誰だと思ってる』発言はティレグも聞いたのだからそれは分かる。

 彼女がマーグラムの能力を疑うコトがあるとしたら、それは……。

「――チャトムのことか?」

 ナーリェはぐ、と詰まった音を喉の奥でならした。図星らしい。

「チャトムのことをマーグラムが見こんだのが正しかったか、が知りたいわけか?」

 問うなりナーリェは、かっと顔を朱に染めて、再び早足で歩き出した。

 そして振りきるようにぶっきらぼうな口調で続ける。

「……すまない、つまらない事を聞いた。忘れてくれ」

「そりゃ……忘れろというなら忘れるけどさ――」

 つまらないことかどうかはともかく、確かにここで例えばティレグが「マーグラムの予知の的中度は何割ていどだな」なぞと答えたところで、それがチャトムの能力の保証に対してどうという問題ではないだろう。

 それはナーリェにも分かっていて、だからこそ聡明で潔い彼女はそんな事を口走った自分を恥じて、赤くなって忘れろ、などと言うのだろうが……。

「でもよ、それってさ。ガラでもなくそんなこと言わざるを得なかったようなせっぱ詰まった気持ちがあるわけだろ」

「…………」

「ためこむのってどうかと思うけどなぁ。なんなら到着まで話、聞くけど?」

 こんなこと言い出すなんて、オレはずいぶんとこの娘を気に入ってるなぁ、とティレグは他人事のように思う。

 これは結構珍しい――いや、ここ200年ほどでは単に知遇を得る人間自体が少ないのか。

 さらに、その数少ない中のひとりで、これまた気に入りだったマーグラムの教え子なのだから。

(だから世話焼いたりしたくなってんだろな……やれやれオレってやつは)

 そんな風に思うティレグにナーリェは、

「……剣相手にか?」と力なく憎まれ口を叩いたが、一蹴される。

「オレが『剣』ってだけの存在じゃねぇってことは、さっきお前さん自身が根拠あげて得々と証明してくれたじゃんか。

 自我のあるオレ様は、話すべきじゃないと思った事はカイにだって内緒にするぜ?」

「………~~~~」

 ナーリェは彼女にしてはまったく珍しく。

 右手を口元に当てて顔を半分隠しながらもそれと分かる、途方に暮れた表情をはっきりと浮かべた。


「そろそろ……異界魂が濃いな」

 頭が半分内面の思考に使われているらしい、どこかぼんやりした声でナーリェがぽつりとそう言ったのは、しばらく歩いてからのことだった。

 ティレグの言葉に即答をしなかった頭の中では、おそらく迷っているのだろう。

「ああ、そうだな。結界でも張るか」とティレグは話題をそらされても慌てず騒がず応じる。

 ナーリェがは「私が張ろう」と言って左手で印を切りながら小声で呪文を唱えた。

 どこかよそのことを考えているらしいのにしっかりした構成力になかば呆れてしまう。

(さすが天才。こりゃ軸属性がたくさんあるってだけじゃ説明がつかないよなぁ)

 きっと立体感覚がおそろしくいいのだ。計算力とイメージ力もあるのだろうし。

 そんなことを考えている間にも、異界魂を弾く強固な結界が完成する。

「ごくろーさん。なんか楽だなぁ。オレなんにもしなくていいしよ」

 カイとは大違い、と軽口をたたく。

 魔法素養のまったくない彼と一緒のときは、こういうのは必ずティレグの役目なのだ。

 もっとも盟血主の彼がいれば、この程度の結界をはることはさほど困難ではないのだが。

「――でも、話を聞いてくれるんだろう?」

 ナーリェが皮肉っぽく笑う。

「お?話す気になったか」

「まぁな。考えてみたら本番前に誰かに話しておくのも悪くはないかもしれない。

 ――本当はこういうことで他力を当てにするのは大嫌いなんだが、まあ人間相手じゃないからそれもいいかと思えるな」

 自分もいっしょに冷笑するような静かな憎まれ口。

 そうやって心を決めるやり方は、長く生きているティレグにはいっそ可愛らしく思えた。

 くっくっと笑って「そうさな。独り言とでも思ゃいい」と続きを促す。

「ああいう台詞が出てくるくらいだから……チャトムの事情はある程度知っているわけだよな」

「まぁな。結構話聞いたりしたからよ」

 ナーリェの思案を妨げないようティレグが言葉すくなに応じる。

 彼女はふむ、とうなづいた。

「さっきチャトムにこれが終わったら話があるって言ったんだ」

 ここで歩数にして3歩の間。

「もう――諦めてもいいんだって、言ってやろうと――思って」

「―――?」

 一瞬ティレグは意味を捉えそこねて考えた。ナーリェはかまわず続ける。

「約束にこだわる必要もないって。学院を……やめたっていい、って」

 これはさすがに分かる。

 分かったが一瞬言葉が詰まる。

「お、おいそりゃ――」

 ティレグは色めきたった。色めく顔は持っていないのだが、声の調子が上ずる。

 それは言うべきじゃない。たやすくチャトムの泣きそうに傷ついた表情が想像できる。

 まるで見切りでもつけたと――いや、このナーリェのチャトムへの執着からしてそんなわけはないだろうが、それでもそうとられても仕方ない言い分だ。

「どういうことだ、ナーリェ!チャトムがどれだけ頑張ってるか――!!」

「知っている!」

 ナーリェは間髪入れず苛立たしげに言い放った。

 叫ぶと言ったほうがいいような勢いだ。

「知っているさ!

 実技で苦労していることも!

 その補いに追加課題をやって連日ほとんど眠れていないことも!

 それで頻繁に遅刻していることも!

 なのに進級がなかなかできなくて歯がゆく思ってることも!

 そんなチャトムをまわりの連中がどんな目で見てるかも……!!」

 怒ったような表情だが、ティレグには泣きそうな顔に見える。

「そして……もしかしたら。もしかしたら、私に対してだって気詰まりだと思っているかもしれないんだ……!

 私は、最近――チャトムのあんな笑顔を見ていない――いや――お互い忙しくてろくに話し合ってもいない――。

 それを考えたら、この研究課題のことだって……私ひとりだけ楽しそうに、話せないじゃないか」

「……ナーリェ……」

 うつむいて視線をそらす彼女の顔はこわばっていた。

 固まる表情とは裏腹に、舌は爆発したように滑らかに動き出す。

 ちなみに足も滑らかに動きつづけている。現在の目的を見失ってはいないらしい――ただあまり大声は出さないほうがいいのではないかという配慮は、すでに消えていたが。

「ずっと考えてたんだ、このところ。

 最初はマムの能力で選ばれたんだからってことをよりどころにして、それが顕れるのを待ってるつもりだったけど――もう、4年だ。そしてすでにマムはいない――」

 チャトムを見込んだのは正しかったのかと問う相手もいないのだ。

 もっともそんな姑息なことは、例えマムが生きていたってしたくないけれど。

「だから、この学院にいるのは本当にチャトムのためなのかって。

 ああ見えて結構、チャトムはできるんだぞ。魔法抜きなら優秀といっていいだろう。

 いや――いっそ学問にだってこだわる必要はないかもしれない。

 チャトムは私と違って生活力というのかな、そういうバイタリティがある。

 どこにでもすぐなじめるし、誰とでもすぐ親しくなれる。

 リーンなんか――ああ、これはチャトムがバイトしてる宿屋の娘なんだが」

「知ってる。オレらそこに泊まってるから」

「――そうか、彼女な、チャトムに言うんだ。『いっそあんな面倒な学院なんか辞めてウチの従業員になっちゃいなさいよ。あなたならお父さんもあたしも大歓迎よ』――ふふ、冗談めかしてるけどな。半分本気だろう」

 ナーリェは自嘲気味に笑う。

 確かに彼女ならそういうことも大いに言いそうだ、とティレグには分かる。

 カイとのことをからかっていたのと同じような軽い調子で、腰に手でも当てながら、それでも心の中では友人の身を心配して――言うのだろう。

「そういうのも、いいのかもしれない。

 どこでだってうまくやっていける奴なんだ。いっそ故郷に帰ったって……あの家族なら暖かく迎え入れてくれるだろうな。

 チャトムは、私とは違う――限られた世界でしか生きられなさそうな私とは違うから」

「お前――」

「ふん――勘違いして余計な気を回すなよ?

 私は魔法士としてなら一流になれるだろうし、そんな自分を誇りに思ってる。

 しかし、愛想はないし、人付き合いは面倒だし、態度も尊大らしいし。社会性は皆無ってもんだろう?」

「まーな」

「――正直で結構。

 だから、まぁ私がここにいるのには必然性がある。この閉鎖空間が一番私を活かす。

 でも――チャトムはそうじゃないだろう。

 それでもあいつが『魔法』にこだわるのは――」

 ナーリェはふと、昨日のエイザの言葉を思い出す。

 彼女の意見はいつも的確だ。的確過ぎて――時々痛い。マムと同じだ。

「私がここにいるから。私との約束があるから、なんだ――」

 まだ何も分からなかった幼いころに、それでもこの上なく真摯に、ひとつの約束を交わした。

 あえて最近話題に乗せたりはしていないけれど、それでも。ずっと。今も、そのために――。

「私の存在がチャトムをここに束縛する。私との約束がチャトムを魔法に拘泥させる。

 だったら――真実彼女のことを思うなら。

 いっそ『私はもう研究の世界に入ることにするから、お前も約束なんか気にせず好きにしろ』とでも――」

「――ッばっかやろう!!」

 息もつかずに言い募るナーリェの言葉を、怒声がさえぎった。

「なんだそれは!お前はそれでいいのかよ!?」

 表情を持たない剣のくせに、情感豊かな声で明らかな怒りを表すティレグに、ナーリェも負けじと声を張り上げた。

「良いワケが――ないだろう!!

 私はチャトムが大切だ!悲しませたくないし嫌われたくない!

 今までずっといっしょだったのに――離れるのなんてごめんだ。

 チャトムはどこででも、ひとりでも、やっていける奴だけど、私にはあいつが必要だ――そんなことくらい、分かってる!

 でもそれは私の都合で――」

「いーや、分かっちゃいねぇ。お前ときたら、賢いくせに肝心のところは全っ然分かっちゃいねぇ。

 自分の都合を優先させまいって犠牲的精神はご立派だけどなぁ。自分のことを考えなかったら相手のこと考えてるってことにはならないんだぜ。

 優しくチャトムのこと気遣ってるつもりで――その実あいつを見くびってるのさ。学院のボンクラどもと同じだ」

「――『真昏の闇』――言っていいことと悪いことがあるぞ――」

 ナーリェの声は危険なほど低くなっていたが、ティレグは動じない。

「ああ、そうさ。オレはそのくらい分かってる。分かってないのはお前さんだろ」

 そう、彼はかなり久しぶりに真剣に怒っていた。

(なんて小娘だ。何でもかんでも知ってるくせに、なんだってこんな単純なことが分かっていないんだ?)

 それはつまり経験の浅い「小娘」だから――なのだが、そんなことにも気が回らない。

 ティレグは、ナーリェ同様にチャトムのことも気に入っていたからだ。

 その彼女はまさしく今朝、まさしくこのことで、泣いていたのだ。あの白い石の連なる墓地で。

「何がチャトムのためだ……『言ってやるべき』だって……!?

 確かにお前さんは『美人で優秀な自慢のお友達』で、他から見たらお前さんがチャトムの面倒を見ているよーに見えるだろうけどなぁ……」

「何言ってるんだ、そんなんじゃない……!」

「ああ、むしろ逆だって思ってるんだろ、だったら!

 いや、少なくとも対等な友人に対してなら!

 して『やろう』とか、相手に黙って自分だけつらさを背負い込もうとか、ふざけた事考えるんじゃねぇ!!」

 ナーリェの手は今にもティレグを折ろうとするのをこらえているかのように――実際に折れるような腕力は彼女にはないわけなのだが――震えていた。

 怒りにまかせた早足は、迷いなく道の分かれた十字路を突っ切っていく。

「――そんなの――だって、あの、チャトムなんだぞ……!?

 私が正直にお前が心配だから他の道でも考えてみたらどうだなんて言ったら――そんなことはない、心配するなって――そう言うに、そう言って笑うに、決まってるじゃないか……!!」

「だったら」

 ティレグの声は落ち着いてきている。

「――だったらそれが、チャトムの意志なんだろう」

「――――!」

「お前さんが大切だ、悲しませたくないし、嫌われたくないし、離れたくない、っていうのが。チャトムの意志なんだろ」

 ナーリェはかっと白い頬を朱に染めた。

 羞恥か憤りか――彼女の心の中はずいぶん波立っていてティレグにも判然としなかったが、いまだ去らぬ怒りに燃える瞳とあいまって、その表情は、とても――美しかった。

 なるほど、そう言えば昨日カイは嬉しそうにナーリェに会ったと言っていたのだっけ。

(こういう表情を見たのかもしれねぇなぁ……それで『良い子』だってか?ふん――あいつらしいぜ)

 ぽけぽけした相方の笑顔を思い浮かべると、ますます気分が落ち着いてきた。

「チャトムのその意志を尊重するなら、そんなだまし討ちみてぇな真似はしないで、誠実に、率直に自分の正直な気持ち、を――!?」

 ティレグの言葉はそこで止まる。

 彼の感覚は、現在いる通路の背後――先ほど話しながら通りすぎた十字路のあたり――に、人影を察知したのだ。

 続いて発したのは警告のための呼びかけだった。

「ナーリェ!」

 彼女が振り向くより早く、すでにティレグは術を仕掛けている。

 運動神経の伝達系を狂わせて相手の人間の動きを止める術だ。

 しかし――まったく効果なし。

 人影はまっすぐこちらに向かってくる。

 いや。人影というか。ここまで近づいても真っ黒な――

「『影人』だと!?」

 意外さのあまりティレグは思わず叫んでしまった。

 それは機械的に動く黒い木人形で、内部に魔術がこめられていて操者の命令を果たす。

 現代の魔法では作られないが、魔術時代にはゴーレムや石像翼竜などよりお手軽なので、単純に人手を必要とする場合などに重宝したものだ。

 人形相手に神経系を狂わせる術を使ったってそりゃ効果はないだろう。

 しかし、影人は遺跡でよく残骸が見つかるし、たまにまだ動くものが残っていたりもするものなのだが、ここは遺跡のように見えても、あくまで現代的に作られた学院施設下部のはずなのに。

 ティレグは軽く舌打ちして、今度は物理的に相手の足元を束縛するような術を練り上げた。

 このときすでにナーリェも振り向いていて、突如現れた敵(だろう、おそらく)に対処すべく、とっさに呪文に入っている。

「マーデ=グラン=ディーゼナム……ぐ!?」

 しかし途中で遮られた。

 背後(今までの進行方向からすると正面だが)からもう一体忍び寄っていて、彼女の口を布をあててふさいだのだ。

 ナーリェが振り払おうと肘を振り上げるより早く、人形のひざ蹴りがみぞおちに入る。

「―――!?」

 打ち所が悪かったものか、それとも当てられた布に薬でも仕込んであったのか。

 ナーリェはあっさり気を失った。

「おい、ナーリェ!」

 最初の一体の動きを止めたティレグだったが、力なく垂れたナーリェの腕からするりと落ちてしまう。

(ヤベェ……気ィ失ってやがる……!そろそろ異界魂がしゃれにならん濃さなのに、意識なんて失ったらめっちゃ危険だろうが……!)

 ティレグはとっさの判断で、ナーリェが気絶したせいで解けた結界を瞬時に張りなおした。

 しかし――それがナーリェの動きを止めた影人に致命的な猶予を与えてしまう。

 そう。逃走の猶予を。

 その影人は床に落ちたティレグなどには目もくれず、ナーリェを抱えて走り去った。

「…ッてめぇ……!」

 それの足ももう一体と同じく止めようとしたのだが――間に合わない。

 カイのいないティレグは力が半減していて、術の有効範囲もかなり狭まっていたのだ。

 そしてそれはすでに有効範囲外に到達してしまっている。

 ――もちろんティレグは独力では動けない――追跡不能。

 すでに影人もナーリェも目的地方向に消え去っている。

 あとには投げ出されたティレグと、足を地面に縫い付けられて、じたじたと腕を無意味に動かす最初の影人が残された。

「ふ……不覚不覚不覚……!!!」

 盟血主がいないせいで知覚が半減しているとはいえ、話に気をとられて、2体も影人が接近しているのに気づかなかったなんて。本来なら魔術波が感知できたはずではないか。

 さらに最初に状況を見誤って術の選択を間違ったのも手痛い失敗だ。

 まったく地面に怒り任せにたたきつける腕がないのが呪わしい。

 せめて気分だけの歯軋り音など混ぜつつ己を叱咤した。

「いや……まだ、まだだ……!」

 まだすることもできることもあるし、希望も――かーなーり頼りないが、ある。

「この借りはきっと――いや必ず返す!」

 そのためにも――頼む。

「頼むから、ひとりで迷子になっててくれるなよ……カイ……!!」

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