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23章

 23


「で、ジャミー=フレスは『黄金期魔器緒論』の中で結論付けているんだ。

『いかに古代の魔術が優れていたとは言え、全くの無からひとつの独立した人格を生むには至らなかっただろう。擬似的なものは得られたかもしれないが、それはあくまで機械的で味気のない決まりきった応答を繰り返すものでしかあり得ない。滑らかな会話が成り立つ、自我がある、ということは、それとは完全に別次元のことがらなのだ』

 これには私も賛成だな」

 さきほどからナーリェは歩きながら淡々と小声の論議を続けている。

 15分あまりもただ歩くだけではつまらないからと始めた話だったが、流石に理路整然とした話ぶりで、ティレグはなかなか面白く聞いている。

「それを始めとして、オートテレポーターでひとつの個としてとらえられるほどの独立性。それに反して持ち主と、簡易儀式をしないと離れられないような不安定さ。

 更に伝軸に対する感度が異様に高いことや、あの律令士とかいうバカが他の古魔器を放っておいてでも真っ先に追いかける対象であること、などなど。

 どう考えてもお前は『剣士のサポートに便利だろうからちょっとした判断力を付加した便利な道具』なんてレベルを超えている」

「ふぅむ……んで?結論は?」

「お前――召喚魔術の産物だろう。それも主には伝軸の数値がより大きい世界――言わば『ここよりも情報が伝わり易い』異世界からきた」

 ティレグは思わず笑いそうになった。この持って回ったくせに断言する口調が大変「らしい」な、と感じたのだ。

 召喚魔術は、魔術の中でも特異なものだ。通常の魔術が異世界の世界律を導入するだけのものであるのに対し、召喚術ではより大きな『穴』を開けて異世界の『なにものか』を呼び出す。生物であるとか精神体であるとか――明確に定義できないようなシロモノまで。

 異界魂もそれに近いものがあるのだが、こちらは偶発的な派生物であるだけに、もっとあいまいなものになってしまうので、別物に扱われている。

 召喚魔術の問題は、まず通常より大きな歪みを作り出さなければならない事。そしてその後、もとの存在律とかけ離れたこの世界の世界律にさらされ続けるために、自然消滅ならまだしも、暴走の危険があるということだ。

 結局今の魔法でも、負軸干渉に続いて禁じられている。

「古魔器には他にも例があるんだが、おそらく……こう、召喚後に剣などに憑かせて、この世界での具体的な形、器を与えることで、本来すぐ立ち消えるはずの被召喚体をとどめおいているんだな」

 で、持っているティレグを上にしたり下にしたりしげしげと眺めつつ、ここの魔石の機構が、とかここの術紋様が、とか始めるので降参しておくコトにする。

「あ~、分かった分かった。ああ、その通りだよ。

 一応里外秘なんだけどなぁ、ソコまで分かってるなら仕方ない。

 オレは召喚魔術でできてます。仰せのとおり、伝軸系のな」

 肯定するとナーリェは満足そうにうなづいた。

「そうか。うん、やっぱりな。それで『真昏の――」

「おいおい、ちょっとそれは止めてくれよ」

 慌てて呼びかけを遮るティレグにナーリェは不思議そうな顔をした。

「それ?」

「名前だよ、呼び方。かなり恥かしいんだ、大層な二つ名で呼ばれるってのは」

「しかし……力のある古い存在を、不用意に名前で呼んだりしないのは、魔術の常識だろう。そういうものは、名前にも力が宿っているから」

「あ~そりゃ魔法士としては見上げた心構えなんだけどなぁ……」

 しごく当然という顔で言うナーリェにティレグは苦笑したくなる。

 それはその通りなのだ。実際、だからこそティレグには多くの異名がついているのだから。

 しかし、総長が平気でティラザーグの名を呼んでいたように、かなり古いしきたりでもある。

 おそらくこちらに合わせてくれているのだろう、律儀だなぁ、なんて思ってしまう。

「愛称でいいってば。ティレグって呼んでくれよ」

 ティレグがそう言うと、彼女はひどく噛み応えのないものを無理やりかみしめているような、妙な表情を作った。

「……なんだ、その……センスもひねりも全くないニックネームは……?」

 これには少し吹き出してしまう。

「ぷっ……いや、御説ごもっとも。確かにオレもカイが言い出したときはおんなじこと言ったもんだけどな」

 そう、カイがティレグの主になって2日目に、彼は『ティラザーグって長くて言いにくいからニックネームつけよう』とか言い出したのだ。数々の異名を誇るティレグにとっては今更だったが、まず理由がなんとも気のぬけるものだったし、彼が提案した愛称もあまりにヒネリがなくてティレグは呆れたものだった。

「でもこれでもマシになったんだぜ。最初は『ティル』にしようとか言うから、それは平凡すぎて冗談じゃないってとめたんだ。で、『ティレグ』――ま、慣れちまえば便利だからよ」

 ナーリェは今度は苦虫をかみつぶしたような顔になった。

「あの男か……。まあ……他ならぬお前が自分でそういうなら仕方ない。ティレグ、な……黄金期の技術の結晶である召喚魔術の込められた魔剣なのに……」

 なおぶつぶつ言うナーリェ。ティレグは笑い声を含ませながら応じた。

「くっくっ……でもお前さん、名前にこだわるだけあって、絶対カイを名前で呼ぼうとしないよな」

「~~それは」

「まあレイドに対してもそうだけど。そんなにアイツが嫌い?」

 ティレグがずばり聞くと、ナーリェは言葉をつまらせつつもぼそりと

「…………………好きでは、ないな」とつぶやく。

 たまらず笑ってしまった。

「くっ……あははははっ!全くお前さんときたら、妙にカワイイところあるよな。さぞマーグラムに喜んでからかわれただろ」

 ナーリェは切れ長の目をぱちぱちさせた。

「マムを……知っているのか?」

「まぁな。以前直に会ったコトがあるのさ。もう数十年前になるけど。なかなか面白い才能と性格の女だった……な」

 突然ナーリェの歩みがぴたりと止まった。

「どうした?ナーリェ」

 彼女は呆然としているようだった。

「ティレグ」

「お、おう」

「……マムに、会ったんだな?昔?」

「そうだけど」

「彼女の才能についても、知っているわけだ?」

「ああ……お前さんだってそれに引っかかったクチだろ?」

 ナーリェにつられて少々萎縮しながらティレグが答える。

(いや……これは、呆然というより)

 通常より開いた瞳孔、かすかに早まっている動機、じわりと手のひらににじむ汗。

 明らかな緊張状態だ。

「そうなるわけだが……その、お前から見て……」

 彼女らしくもなく言いよどんでいる。

 なんだというのだろう。

「マムの、あの力の信用度は……どのくらいだ?」



「……で、ティレグは伝軸系召喚魔術の産物じゃないかな~と思う……んですよ」

 こちらのほのぼの歩みを進めているカイとチャトムの間でも、ティレグとナーリェと似たような会話が交わされている。上げられた根拠も同じようなものだ。

 ストレートなくせに自信なさげな言い回しがチャトムらしいなぁと、カイは微笑ましく思った。

「かなわないなぁ。確かにその通り。ティレグは伝軸系の召喚魔術でできてる。あれだけ高度な自我を持ってるのはそのおかげ」

 カイがうなづくとチャトムは嬉しそうに手を打ち合わせた。

「やっぱり……!ああ、でもスゴイですよねっ。500年以上ももつ召喚術なんて」

「そうだね。僕の里に数ある古魔器でもそんな破格なのはティレグだけなんだ。彼の製作者の優れていた所は形を与えるだけじゃなく、一個の生命として機能するようにしたことかなぁ」

「生命……ですか?剣に?」

 確かにティレグは生きているように活き活きと会話を交わしてくれるし、召喚魔術の産だというならある意味一個の生命体ではあるわけだが、カイの言っているのはそういうことではなかった。

「うん。さっき僕がティレグと簡易儀式やってたときに血を使っただろう?僕と――というか盟血主とティレグは血液でつながっているんだよ。高密度の生命情報が得られるんだとかなんとか」

 自分の手の傷を示しながらカイが続ける。相当な秘密事項ばかり……のはずなのだが平然とそれをこぼしてしまっている。ティレグがいたらおいおい、と止めたかもしれない。

「盟血主になるには、最初にね、主になるっていう儀式を行うんだけど、それが血を捧げるってもので……いかにも魔剣らしいだろ?で、彼の体内っていうか剣の内部には、そのとき僕が与えた血液がめぐっている。まるで生き物みたいにね。その血を媒介として盟血主とのつながりを強固にし、それを元に感覚器官なんかをリンクさせてるんだ」

「感覚……そうか、ティレグが異世界の生命なのに、あんなに人間っぽいのは、カイさんと知覚系を共有してるから……?」

「というか、僕より前にもずっと何人もの盟血主がいたからね、そういう人達とのリンクを通じて、彼の元もとの知覚器官とこの世界の情報との変換を学習していったみたいだね。今では彼単独でも結構この世界を感じることができる」

「なるほど……学習機能をつけたんですね。さすが黄金期の作だわ……!」

 チャトムはひたすら感じ入っている。遺跡探索をするのが夢だというだけあって、彼女はこういうのがたいそう好きらしい。うきうきと話を続ける。

「でもそうすると、盟血主とティレグの結びつきって相当深いんですね?」

「うん。高伝軸系の生命体で、情報力が高い分、他からの影響を受けやすくて不安定なのがティレグの欠点であり危険性なんだけど、一番影響するのが盟血主……ってことになる。だから盟血主の選定には昔から細心の注意が払われていて、ティレグが直々にこれはって人を指名する事になってる。今までは……安定性の意味から、魔術の心得のある魔法剣士とか習熟した老剣士が選ばれていたそうだ」

 簡単に感情を波立たせてしまうような人間では、ティレグがまともにその影響を受けて力の制御が難しくなるのだ。

 だからこそ相応しい人間が現れないときは、里で50年もの間封印されるという事態も生じる。

 この言葉にチャトムは目を見開いた。

「はぁ……そんな若さで、その盟血主になれるなんて……やっぱりすっごいんですね、カイさん……!

 確かにカイさんって落ちついてるっていうか、いつも平静で、羨ましいくらいだもの」

「……それがそうでもないんだけどね」

 ここでカイは微妙な笑顔を作った。素直に感嘆するばかりだったチャトムはきょとん、と首をかしげる。

「僕が異例の若さで盟血主になれた僥倖は……ひとえに僕という人間の欠陥によるものだったから」

「…………え?」

 表情が固まるチャトムと対称的に、カイは淡々と続ける。それこそ……平静に。

「里で医療士を兼ねる祈祷師が言うには、僕は情緒面の発達に欠けている部分がある……らしい。自分ではよく分からないんだけど。まあ、分からないからこそ欠けているんだろうね」

 気安い話しぶりだったが、チャトムはじっと息をつめて聞いている。

「要するに感情の起伏が通常よりも少ないって言うのかなぁ。怒りとか恐怖とかを感じる部分がひどく鈍いんだって。それで精神に波が少なくて、ティレグに深刻な悪影響を及ぼさない。

 だから……多分師匠が――これは鍛冶の師匠ね。彼が僕の作る剣には何かが欠けてる、剣を使うものの心を学んで来い――っていったのも、そういうことなんだと思う」

 そうして笑いながら頭をかくと、

「でも、欠陥だとか病気だとか言われてもね~――僕には自分の感覚しか分からないし……」

 ここでチャトムはいきなり、ぎゅ、とカイの手をつかんだ。

「でも――でも――そんな、欠陥なんて言わないで下さい。悪い事じゃないですよ……!」

 必死な面持ちでなかば叫ぶように言った。顔色が変わっている。

 これには淡々と話していたカイの方がびっくりして歩みを止める。

「だって、そんな――あたしは、スゴイって思うし。きっとひとの支えになれますよ……!

 あたしだって、カイさんが何があっても笑っててくれるから……きっと大丈夫、って。すごく、すごく、安心するんです……!だから……」

 そこまで一気に言い募ってから、ぽかんとしたカイの顔にふと我に返る。

「……あ、あれ?でもこれじゃあたしの都合だけ……?

 あう、いや、でも、その、そうじゃないんです……や、でも安心するのがそうじゃないってことじゃなくって、それはその通りなんですけど」

 なにやら頭がぐるぐるしてきた。

「だから………あっ」

 ここで始めて自分がカイの手を取っていた事に気付いて、蒸気を吹きそうなくらいに真っ赤になる。

 ばっと飛びのくほどの勢いで手を放すと、赤い顔をうつむかせた。

「………すみません……」

「いや……」

 対するカイの方はくすくすと笑っている。

 その笑いにチャトムはますます恥じ入って、やっぱり変な事言いましたよね、とうなだれた。

「そんなことないよ。なんだかティレグと似たようなことを言ってくれるんだなって思って」

 そう、ティレグに初めてこの話をしたときも、彼は

『けどお前のその欠陥がオレにゃ必要……なんだぜ。お前がそうでなきゃオレは今も封印されて退屈持て余してたんだから』と、ぶっきらぼうな口調で言ったものだ。照れていたのだろう。

『よっく覚えとけよ、カイ。まだまだ未熟なお前さんの、オレにとっての唯一の取り柄は、その鈍感さなんだってことをよ』とも言われた。以来しばしば機会あるごとにそれを言ってくるのは、念押しなのだろうか。

 実際には、カイは別段、チャトムやティレグが気を回すほど傷ついたり落ちこんだりしているわけではない。むしろ感情が少ない彼には、実感や自覚が薄いので、淡々と事実を述べているだけに過ぎなかったりする。それでも、そうやって自分に生じない感情まで先回りして想像して気遣ってくれるというのは、嬉しくもありがたくもある。

 カイには可笑しくて仕方がないのだが、剣のくせにやたらと人間くさいティレグは、そうやって鈍いカイの代わりに心を痛めているようなところがある。きっと当のティレグもばかばかしいと少しは思っているかもしれないが、さぞつらいだろうと気をまわしてしまうのだ。

 あるいは心を学べと武者修業に出されたカイにとっては、感情過多なほどの「生きた剣」というのは、最高の相棒と言えるのかもしれない。

 そんなことを思い出しながらカイが顔に浮かべた笑顔は、チャトムが今まで見た中でも最上級の、包み込むような柔らかさを感じさせるもので――「ありがとう」と嬉しさのにじむ声が続く。

 それだけでチャトムは現金なことに、自分の気分がむくむく上向きになるのが分かった。

 意味もなくぴんっと背筋を伸ばして、赤みの残る頬がぱっと笑顔になる。

「い、いえっどういたしましてっ。あの、元気でました?」

 これも、カイには微笑ましい言葉だった。

 そう、これも……ティレグがしそうな気遣いなのだ。『元気でたかよ』なんてぼそっと言ったりして。

 そう思うと更に可笑しいような嬉しいような気分が増して、「うん、おかげさまで」とカイは余計なことは言わずにうなづいた。

 チャトムから返ったのは言葉でなくて、満面これ笑顔、という表情だった。



 レイドは足を止めた。

 ここまで順調に歪みを感じる方向に、猪も真っ青な素晴らしい勢いで直進してきた彼だったが、問題が発生したのだ。

「おや……これは」

 ――分かれ道。

 通路が二股になっていて、行く手にふたつの通路があるのである。

 律令士の鍛えぬかれた感覚が示す方向は――ちょうどその中間。

 ナーリェやチャトムならば基底部の機能からどちらに行けばよいか類推できるのだが、彼には基底部設計図面に関する予備知識は全くない。

 しかし彼は慌てず騒がず、ふっと微笑して髪を跳ね上げた。

「ふ……こんなことくらいで取り乱すようでは、祖父から継いだ大望が泣くと言うものですっ」

 そう、もちろん彼にはちゃんと打つ手がある。

 高々と錫杖を構えると、柄の先を地面に向けて突き立て――

 ――ガツッ

 硬質な音が響いた。

「ああっ!?石造り!??これでは羅針陣が描けないではないですか……!?」

 彼は勢いよく跳ね返されてしびれる腕で頭をかかえた。

 幸運にも彼はひとりきりだったので、『言った端から取り乱してるぞ』とか『っつーか最初から気付け、それくらい』とかツッコミをいれるナーリェもティレグもいなかった。もっとも、いたとしてもそのような台詞は黙殺していただろうが。

 羅針陣とは彼の得意とする一種の占術で、世界律の流れと時間と方位の規律性から探し物の詳細な位置を割り出す、律令術というよりは、その元となる方術にあらわされている技術だ。

 ティレグを探す時などに、結構これが活用されていたりする。標的が遠すぎたり、反対に近すぎたりすると上手く方角が特定できないのが問題と言えば問題だが。

 なお地面に特有の陣を敷き、それをもとに行うため、当然石造りの床では、土のように陣を描く事ができない。

「くっ……これも忌まわしい魔道の徒の陰謀と言うものでしょうか……!?」

 錫杖を握る拳を怒りに震わせるレイド。しかし、勿論そんなわけはない。

「しかぁし!」

 白いコートをばさりっとひるがえす。大変絵になっていたが、当然ギャラリーはいない。

「そんな小細工は無駄というものです……!!私にはなお心強い導き手があるのですから……!」

 ふっふっふ、と不気味に笑うと、彼はもう一度ばしっと錫杖を構えた。

 そう。そこは仮にもプロフェッショナル。

 歪みの感知にかけては、いくつもの手段を持つのが一流の律令士と言うものだった。

「いざっ」

 レイドはもう一度渾身の力を込めて錫杖を地面に突き立てると、

「ライエン師よ、我を導きたまえ――!!」

 気合の入った祈りを偉大なる開祖に捧げつつ――錫杖を握る手を離した。

 ――カラーン……

 支えを失って右に倒れる錫杖。

 乾いた音が通路に響き渡る。

「よしっ!師の導きによると、こちらですね!!」

 素早く杖を拾うと、彼は間を置かず右側の通路に走りこんでいった。

 ……………一体彼は現場に到着できるのだろうか――。

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