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21章

 21


「ん~と、できたらそのくらいにしてくれないかな」

 チャトムの心の悲鳴を知ってか知らずか、火花散る視線の間に割って入ったのは、のんきな口調のカイだった。

 ナーリェを背後に庇うように立つと、後ろをちらりと振り返って、

「ナーリェ、今君は僕らの協力者だよね?落ちついて、冷静に、この場は僕に任せてくれない?」

 そしてレイドに向き直るとにっこり笑った。

「レイドもダメだよ、いい男が女の子に突っかかるような真似しちゃ。

 それに元々君の標的はティレグと僕だろ?よそ見してちゃおじい様が嘆かれるんじゃない?」

 レイドの頬がぴくっと引きつる。

「と、ゆーわけで、ここは僕の話を――」

「お黙りなさい!魔剣に加えて魔女まで連れ歩くあなたなどに、祖父のことを口にしてほしくありません!!」

 明らかに逆上したレイドが、ばっとコートの裾を翻しながら錫杖を掲げる。

「――アレ?」

「てめ、カイ、バカ!お前ナニ挑発してんだ!?」

「いや僕は話し合いを……」

「こンの……大ボケが!!来るぞ!!」

 カイが提げていた刀袋を放り投げ、音もなくティレグを抜き放って構えるのと、レイドの律令術が発動するのがほとんど同時だった。

「火門二卦、現を発さん!」

 その声でうずまく火炎が現れる。

 今までにない非常に分かりやすい攻撃的な術だった――が。

「くらうかよ!」

 ティレグが叫ぶと、剣を構えたカイの前で壁にぶち当たったように爆散する。

(こっわぁ~~~~!!)

 震えが走るチャトムの横でナーリェが目を見張った。

「なんだ今のは……!」

「話はあとだ、ナーリェ!チャトムを頼む!!」

「あ、ああ……!」

 すぐにナーリェは気を取り直すとチャトムの手を取って身構えた。

 持ち前の頭の回転の早さで、瞬時に状況を判断、いくつかのこれからあり得そうな事態と、それに対応するための魔法を頭の中で並べ立てる。

 屋根の上では律令士が錫杖を構えなおしていた。

「まだまだですよ……地門七卦、波を連ねん!」

 ――ズンッッ

 一瞬奇妙な重圧を感じる。

 ぐらっと体が傾いて、踏ん張ろうとした脚が泳ぐので初めて、チャトムは気づいた。

「地震!?」

(こんなことまでできるの!?律令術って……!)

 裏の通りあたりで壁ごしに、おそらく通行人の悲鳴が聞こえた。そりゃいきなり立っていられないくらいの地震が起きたら誰だって叫びもするだろう。

 チャトムも思わずナーリェの腕にしがみつく。

 ナーリェがチッと舌打ちすると、チャトムとつないでいない方の手の人差し指と中指を立て自分の唇に当てた。

「タイ=エ=ノースアィーク=ジェノム……」

 古代魔術語が滑らかに流れ出すと、ナーリェらしい緻密で無駄のない干渉系が瞬時に構成されていくのが分かった。こんな時になんだが、いつ聞いてもナーリェの呪文の詠唱は流麗でつい聞きほれる。

 直ちに魔法は完成し、チャトムとナーリェの揺らぐ足がふっと宙に50センチほど浮いて安定する。

 浮遊魔法だ。小規模だが迅速なタツィーク方式だな、とチャトムは思う。

(ってそんなこと考えてる場合じゃなくて……!)

 慌てて前を見上げると、カイが跳んで――いや、飛んでいた。2階の屋根まで届く高さだ。

 多分ティレグの飛翔魔術かなにかだろうが、一瞬ひやりとする。

 が、カイは何事もなくひらりとレイドのいる屋根に着地。

 そこから二歩、間を詰める動きは、正直チャトムの目では追えないほどだった。

 ――ガッ

 閃光一閃。

 ティレグが振るわれたのだと、黒い光がよぎるのでかろうじて分かったが――遠目だということも手伝って、どんな動きなのかまではさっぱりだ。

 気がつくと錫杖を弾かれたレイドが、屋根の上に仰向けに倒れてこむところだった。

 彼の態勢が崩れたせいか、集中が乱れたか、術が解けて地面の揺れがおさまった。

「ぐっ」

 背中をしたたか打ちつけたレイドの喉もとに、黒い剣先がつきつけられる。

「――ヤレヤレ。あまりこういう構図ってスキじゃないんだけどなぁ……まあ仕方ない。これで僕の話、聞いてくれるよね?」

 カイの笑顔に、レイドが秀麗な顔を屈辱に歪めた。

「――く、誰がっ!」

「……君の大っ嫌いな、魔術書絡み――だとしても?」

 その言葉にレイドがぴくりと反応した。

「今、あっぶなーい負軸干渉魔術が発動するかどうかの瀬戸際なんだよね……」

 ぽそりと独り言のように(それでいて聞こえよがしに)つぶやかれるカイの台詞に、レイドが明らかな動揺を見せた。

 それに思わずチャトムが声を上げる。

「あ、あたしからもお願いします!今、今……本当に大変なの……!」

 その声に、屋根の上の青年二人が、ナーリェの腕に抱きついたままのチャトムの方に顔を向ける。

「こんなとこで時間とっていられないし……それに、それに今のはなんだか違う気がします……!」

 必死の表情。ナーリェの浮遊魔法でまだ足が浮いていることも忘れているようだ。

「律令士って、この世界の法則を護るお仕事でしょう……!?いくら魔法は使ってなくても……街の通りの真ん中でこういう力の使い方ってなにか違う……!ケガした人とかもいるかもしれない……!」

 泣き出しそうな声に、ナーリェは(地下の基底部に影響はないだろーな……地震対策は施してあるはずだから大丈夫だとは思うが……)とかまず思ってしまった自分をちょっぴり反省する。

 これはレイドにもこたえた。……まあ言葉の内容以上に、相手が『チャムチャム族』なのが効いたのかもしれないが。

「――分かりました、お話をうかがいましょう……」


 なにやらごたごたのうちに人数がひとり増えた一行は、

「とりあえず時間もねぇし、オレの感知じゃ幸いケガ人とかもいねぇみたいだから、後始末はあとで総長殿に任せるとして、オレらは逃げよう」

 というティレグの言葉にしたがって、さきほどの場所から走って離れた。

 ここまでで交わされた会話は、主にチャトムとレイドのもので、前を歩くカイとナーリェを完全におきざりにして進んでいる。

「実際さきほどのあなたの言葉には胸をつかれましたよ。あれは不用意に使うものではないと祖父から戒められていたのに我を忘れて……。

 私もまだまだ修行が足りないようです……賢明なチャムチャム族の…」

「あ、や、あたしチャトムって言います……」

「おお、チャトムさん!チャムチャム族らしい素晴らしいお名前ですね……!」

 チャトムの手を取ってうっとり誉めるレイド。

 前を歩いていたナーリェの額に青筋が一本浮いた。

「は、はあ……まあチャムチャム族は名前が種族特性のひとつですし……あの、呼び捨てでいいですよ」

 このへんでもう一本。

「とんでもない。敬意と親愛をこめてチャトムさんと呼ばせてください……ああ、申し遅れました。私はレイドゥエル=ライエラーズ。どうかレイドとお呼びください」

「あ、はい……レイド、さん……。あれ?ライエラーズ?って……もしかして『ライエン=ル=アー=ズィ』……」

 このへんでまた一本。

「ええ!ええ……!よくお分かりですね、その古い言葉が元になっているのです、我が一族の名は。素晴らしい!さすがに言語感覚と知識が豊かでいらっしゃる」

「いえそんな。ああ……だから『ライエンの使徒』って」

 さらにもう一本……まあつまり、このあたりまででナーリェの機嫌は最高潮に悪くなっていた。

「ちょっと待て」

 ツンドラ地帯を吹き抜ける風を思わせる声で振り返り、一行の歩みを止めたナーリェは、

「なにかうやむやのウチに人数が増えているのが気になるのだが?まさかコレの手を借りる気じゃあるまいな?」

 と、レイドを指しつつカイをじろりとにらみつけた。

 しかしカイは柳に風といったふうで、

「え?ダメ?」とこの上なく気の抜けた切りかえし。

「――~~~~~!何を考えてるんだ!!

 お前だって冒険者なら守秘義務くらい心得ているだろう!?

 どうせあの総長のことだから、内密にコトを運ぶように言ったんじゃないのか!

 それをこんな得体の知れないどころか、明らかに学院からすれば不穏な人物に事情を明かして協力を依頼するつもりなのか!?」

 一気にまくしたてる。

 ティレグは思わず(おお、熱いなナーリェ)とかなんとか思ってしまった。

 これはむしろレイドの登場で、敵意がカイからそれたとみるべきかもしれない。

(だってナーリェって自分の気に食わない相手ほど冷淡に対応するタイプだもんな。カッとなって怒鳴りつけるくらいの方がイイ傾向ってもんだ)

「う~ん、でもレイドは間違いなく魔術の妨害行為とか破壊工作とかのエキスパートだよ。今のお役目を考えたら、きっと助けになると思うけど」

「その妨害行為が、学院の意志で動いている私たちに向かないとどうして断言できるんだ!

 律令士がどんなものか詳細は分からんが、おおよそは聞いたし、今の『ライエン』があのライエン=イーゼルのことなら、どんなものか私には想像がつくぞ!?」

 さすがにナーリェはチャトム達の会話で律令士の内実をなんとなく察したらしい。

「それに今後のこともある。今回の件はおそらく学院のトップシークレットに属する性質のものだし、これから行く場所は間違いなく魔法学の秘中の秘……魔術書を回収しても、あそこがその破壊工作とやらの対象になったら取り返しがつかないだろう……!」

「……ナーリェ?」

 言い募るナーリェに、チャトムが不安そうに眉をひそめる。

 レイドもさすがにむっときたようだった。単に相手が『魔女』だから反感を持ったという可能性もあるが。

「……ふ、なにやら随分な言われようですね……!事情はまだ全く分かりませんが私はこの世界の基本律を守護せんとする律令士。正当な要請にしたがって己が交わした制約を一方的に破るような人間ではありませんよ!」

「はっ、どうだかな。どれだけ規律に従おうと、そのルールを読む眼が盲信で曇っていては、読み取られた意味も歪むものだしな」

「さすがに、我欲と際限のない知的好奇心とやらに流されるまま、世界存在を危険にさらす堕落した魔道の徒はうがった見方をするものですね」

「なに、規範を理知によって読み解く術も知らず、ただ諾々とカビの生えた思想に従う事に喜びを見出すような人物の行動は、私の柔軟な頭の理解の範疇を超えているだろうというごく簡易な推測にしたがっているにすぎないよ」

 冷たい火花再び。

 交わされる嘲笑と冷笑が外気を五度くらい下げるような錯覚をチャトムは抱いた。

 かなりビビりながらナーリェの袖をつんつん、と引く。

「ナ、ナーリェ……ちょっと落ちついて……今はともかく……」

「私はな、チャトム」

 にーっこり。不気味な満面の笑みでナーリェが振り向いた。

「私情が混じっている事も自覚していてあえて言うが。

 まず学徒の立場として魔術を否定する輩なんぞ許せん。

 さらに主義としてああいう硬直化した古い志向の人間が嫌いだ。

 ついでに、思い込んだら一直線型の、視野が狭く常識と思慮に欠ける、ルックスだけが取り柄の人格破綻者は生理的に受け付けないんだ!」

「………ナーリェ……」

 ナーリェのひととなりをしっているだけに、その言葉には有無を言わさぬ重みがあった。

 彼女は学内でも有名な親魔術派で、常々、リスクを恐れずにもっと積極的に古代魔術を研究し、魔法法則の究明に役立てるべきだと言っているくらいだ。

 そのために、魔術復興の動きが下火になっている現状を憂えているし、数冊しかない魔術書の封印に象徴されるような、現在の学院の保守的姿勢を不満に思ってもいるのだ。

 最後の異様に詳細な形容については……以前全く同じ評価をナーリェに与えられた人をチャトムは知っている。

 彼女がこの世で最も苦手とする人物――ナーリェの父親、だ……。

(相性最悪……ぜ、ぜつぼー的かも……)

 これに対してレイドが何ごとか言い返そうとしたのだが、

「ちょっと待って」とカイがティレグの柄の先で軽くレイドの肩を叩くと、魔剣への嫌悪感でか口をパクパクさせて硬直してしまった。

 そのままカイがナーリェに向き直る。

「ん~…でも言わせてもらうとさ、ナーリェ。

 彼が根っからの魔術否定派だからこそその力が今回の仕事に役立つんだし。

 思考硬直してるからチャトムなんかに言わないで欲しいってお願いされたら絶対に口外しないだろうし。

 視野が狭くて一直線だから、とりあえず魔術書とかティレグって至上目標があったら他に目がいかないよ。『魔法学』には迷惑かけないと思う」

「……う」

 ナーリェの台詞に応じてつるつる出るカイの言葉にナーリェも詰まった。

(上手いですっカイさんっ!ナーリェは論理性を重んじる傾向があるから、筋の通った説得に弱いんですっ)

 チャトムは思わず内心喝采を送る。

「で、レイドも大丈夫だよね?君の律令術は一時的な表層の部分に流されて、より重大かつ深刻な歪みを見逃すような事は許さないだろう?」

「――も、もちろんですともっ!」

 カイの言葉に、反射的に胸を張ってレイドも答える。

「――よかったぁ!じゃあ皆で頑張りましょうね!!」

 最後に両手を打ち合わせたチャトムの満面の笑みが、二人の「なんか上手く言いくるめられたような気が」という感覚を吹き飛ばして、その場をまとめあげる。

(ま、カイとチャトムのコンビネーションの勝利ってとこか?)とティレグは思った。


 諦めたように淡々と歩くナーリェについて、一向は早足で潜入路に向かっている。

 ちなみに、参入までにさんざんもめた割りに、レイドへの説明は簡略を極めた。

「学院から魔術書が盗まれてね、それを実行しようとしてる人がいるから止めなきゃいけないんだ」

「場所は地下って分かったとこでな、これから向かう。オートテレポーターが働くから位置に注意してくれ。現地は学院中心から子の方角に六部三符てとこだな」

 ――とカイとティレグがそう言っただけでレイドは了解したようだった。

 詳細にこだわろうとしないところが「一直線型」の所以だろうか。

「え?そ、それだけでいいんですか?道に迷いません?」

 うろたえるチャトムにレイドは微笑む。

「ご心配には及びません。律令士は元になった方術の性質から、力の流れと方位を読み解く術に長けているものなんですよ。負軸干渉の危険がある魔術なんてものなら遠くからでも察せられます」

「便利な歩く方位磁針だな」とナーリェがトゲのある台詞をつぶやきながら足を止めた。

「まあなんにせよ――到着だ」

「こ、ここ?」

 チャトムがきょろきょろしたのも無理はない。そこはただのありふれた行き止まりの街路だった。そっけない家々の壁に囲まれて古びた石畳が敷かれている。

 ナーリェがうなづいてひざをつき、地面の一部を軽くなでた。

「そう。舗装されて表面を覆われてしまっているが、ここからキーワードを唱えるとオートテレポーターが発動する。――準備はいいか?」

「あ。ちょっと待って。ティレグとはぐれてもいいようにしておくから――」

 カイが言ってティレグの刃を少し引き抜くと、軽く親指に傷をつけた。

「何をするんですか……?」

 不安そうなチャトムにティレグが答える。

「なんつーかオレって結構存在が不安定だからよ、なんの処置もなく盟血主としばらく離れると危険なんだよ。昨日お前さんと講堂に行く時も、カイがなんかごちょごちょ言ってたのに気付いたろ?」

「あ、ああ……そういえば」

「それと同じだよ。も少し丁寧にやるだけ」とカイは笑って、血の流れる親指をティレグの鞘に押し付け、刻まれた紋様をなぞるようにしながら「汝は剣」「――是」「我は主」「――是」「信託の再認を乞う」「――可なり」といった短い問答を繰り返す。

 興味しんしんで見つめるチャトムとナーリェ。レイドは不快そうに視線をそらした。

 やがてカイは指を離し、

「――ん、コレでよし。あとはティレグと一緒になった人が持ち運んであげてね。――レイド、君でもね?」

「――不本意極まりないですが、まあ状況が状況ですからね……」

「それはオレの台詞だっての。とにかく、どんな組み合わせになっても、能力の及ぶ限り早く現場地点に急行、魔術の完成を阻止するんだぞ」

「あと、魔法陣破壊が目的とは言え加減はしてくれ。浮遊魔術を支える基底部に損壊でも生じようものなら大惨事だからな」

 ナーリェがレイドを一瞥しながら言う。チャトムが慌てて

「最悪の場合、学院が降ってきて、あたし達生き埋めになっちゃいます……から……っ」

 と付け加えるが、自分で言っておいてその内容に青くなる。

「まあ、そういうことだ。精一杯気をつけてくれ。

 では行くぞ――レーズエール=ライド=ム=アクーナム=ケルベ……」

 ナーリェの声に、ぼんやりとした白い燐光で石畳に魔法円が浮かび上がる。

「……アスクール=フェイ=リ=ツス=ブレーク」

 呪文が終わるなり、光がぱっと眩く輝き――それがおさまると、そこにはすでに誰の姿もなかった。

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