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20章

 20


「ま、ばらばらになると決まったわけでもないし、なんとかなるよ。それに近くに来たら跳べるよね、ティレグ?」

 にっこり笑ってカイが言いきる。

 ティレグが呆れたようにそれをさえぎった。

「そうは言うけどな、カイ。お前さんがひとりだったら、道に迷うだけじゃなく、魔法的な対抗措置がまったくとれないんだぞ」

「――それはマズイだろう。完成度からして、近くでは相当な歪みが出てるんだから、異界魂くらいは出るだろう?」

 ナーリェがあっさり同調する。

 異界魂というのは、巨大な干渉系を作る時の副産物だ。まれに自然発生的な歪みから発生することもあり、一般人にはゴーストと呼ばれたりする。

 異世界の精神体などがついでに流れてくるのだというのが通説だが確証はなく、なんの意識も持たないモヤのようなものから、どう考えても悪意を備えたモンスターとしか思えないものまで様々だ。

 しかし例えモヤのような異界魂でも、異なった世界律を持つ異世界の産である以上、生物が触れると失調をきたすことが多い。ある種の毒だ。

 それを中和する魔法や対抗する結界というのもあるのだが、当然カイには使えない。

 完璧な魔術なら、異界魂に対してなんらかの対策が施されているものなのだが、ライザード=ロウの作とはいえ、ほとんど一夜漬けの魔術装置なら、かなりのもれがある可能性が濃厚だ。

 それに対して魔法的に無防備と言うのはどうか、とナーリェは言う。

「それに犯人が一緒にいる公算が大きいってことは、反撃だってあるかもしれないんだ」

「……考えたくはないことですが……相手は学院関係者でしょうからねぇ……そうなったときの反撃手段は、どう考えても魔法ですね」

 そう言いながら総長はちらりとチャトムの方を見た。

 その視線に思わずどきっとする。

 冷たい水を頭からかけられたような気がした。

(そうだ。無防備っていうなら……あたしだって同じようなものだ)

 異界魂の対応措置は、一応初歩的なモノなら身につけているものの、相当な発生量だと処理できない。

 加えて戦闘力は皆無だし。

 流れと勢いで、当然一緒に行く気になっていたのだが――これでは役に立たない。むしろ足手まといだ。

 また目の前が暗くなる気がした。

(あたし――何もできない――)

 今朝立ち直ったつもりだったのに――。


「――そうですね。よろしかったら次の会合で里にお渡しするつもりだった魔剣をお貸ししますよ。ティラザーグには遠く及びませんが、異界魂を切るくらいのことはできる。もしもの時に何もないよりは良いでしょう」

 総長は少し考えからそう言った。

 ティレグが口笛を――毎度ながらこの音もどうやって出すのか不明だ――吹いた。

「そりゃありがてぇな。オレとばらばらになったときにカイが武器なしってのはおサムイからなぁ」

「いいんですか?ありがとうございます」

「いえ、元々当方の不始末ですから……迷惑をおかけして申し訳ない」

「とんでもない。それより、サジェイル総長は残って用心のための後続隊を編成していただけますか?

 当然そんな必要がないようがんばりますけど……なにがあるか分からないし」

「ええ、それは無論」

「でもとりあえず先発隊として僕らは行かないと……時間がありませんから」

 そこでカイは少し考える。

「んーと、そういえば、これで僕はいいとしても……チャトムも危険だよねぇ……」

 チャトムが、はっと身を硬くした。

 残れ、といわれるのだろうか。

(そりゃ確かに何もできないけど、ここでじっとカイさんとナーリェを待ってるなんて……)

 想像しただけでも胃が縮むようだ。

 うつむくチャトムをナーリェは眉を寄せてみつめた。

(危険な目にはあって欲しくないが……こんな表情のチャトムをひとり残して待たせるのだろうか。

 さぞ不安で心配だろうに……)

 ナーリェも心中複雑だ。

 が、二人とも次のカイの言葉は予想外だった。

「できれば一緒に来て欲しいんだけどな……」

「――え!?」

「――なんだと?」

 ばっと同時に顔を上げて、カイを見る。カイは誤解して思わずたじろいだ。

「う、ごめん、イヤならもちろん良いんだけど。

 ほら、道が分かってる人が多い方が僕がひとりで放り出される確率が減るから……」

 チャトムとナーリェは目をぱちぱちさせた。

 そうか、そういうのもアリなのか……。

「でも僕の不甲斐なさのために危険な目にあわせるわけにいかな――」

「いえ!行かせてください!!」

 残念そうなカイの言葉が終わる前にチャトムは身を乗り出して言った。

「この街を守るお手伝いがしたいんです。それに……」

 そして相好を崩す。心底嬉しそうな笑顔だった。

「あたしは、案内役。でしょう?」

 カイも「うん、そうだったね」と笑みを浮かべる。

 ナーリェはほっと息をついて、チャトムの頭をぽんと叩いた。

「……ま、3ヶ所に別れるうちで、私か、こいつか、このやかましい剣か、と一緒になればいいんだからな。二十七分の十九……確率は高いさ。もしひとりになったら、大人しくじっと待ってろ。終わってから私が迎えにいくから」

 うん、とうなづきながら、具体的な数字を出してくるナーリェらしさに苦笑してしまう。

 ティレグもくっくっと笑った。

「せいぜいチャトムとカイがひとりっきりにならないように祈ろうぜ。――ナーリェ、ついでにその確率は?」

「二十七分の二だな」

「……むぅ……言っておくけどティレグ。あなただってひとりだけじゃ困るんだよ?動けないんだからっ」

「お、言ったな。けどオレはまだ自衛手段があるしー」

「五十歩百歩って気がするけど」

「カイは黙ってろ」

「――最悪でも一組は機能する。私がいるからな」

 ナーリェがミもフタもなく言うのを総長はくすくす笑いながら聞いていた。

 正直かなり心配だったのだが、これはカイの言った通りなんとかなってしまうかもしれない。

 そう思いながら立ちあがって扉を示した。

「では、そういうことで、カイさん、武器をお貸ししますので、こちらにどうぞ。

 ――二人は西門で待っていてください」


(さっきは……妙に……こう、悔しかったなぁ……)

 チャトムと並んで廊下を歩きながらナーリェは考える。

 すでに授業が開始されているので廊下は静かなものだ。

 そういえば次の授業はソリギル所長の特別講義だったのだが、サボってしまうことになる。少し惜しいが……まあ『真昏の闇』に接する機会には代えられない。

(それにのけ者はイヤだし。さっきも……チャトムを笑顔にしたのはあの男だった)

 我ながら勝手だと分かってはいるのだが、そういうのはやはり自分の役目であって欲しかったのに。

(なんであんな簡単なことが思いつかなかったかな……天然には勝てないってことか?)

 大変なときだっていうのにこんな益もないことを考えてるなんて、きっとこれもマムに笑われるだろう。

 そんなことを考えて慣れた廊下を歩いていると、不意にチャトムが口を開いた。

「あ、あのね、ナーリェ。さっきはありがとう」

「――私は何もしてないぞ」

 というか、何もできなかった、と自虐的に考える。

「そんなことないよ。庇ってくれたでしょう?迎えに行くっていってくれて、嬉しかった……ちょっと悔しかったけどね」

 ちろりと舌を出す。

 ナーリェは思わず苦笑した。

(結局……こういうところが適わないんだよなぁ、チャトムには)

 何もできなかったと悔しがってる横からありがとうなんて言われてしまうのだから。

 しかしまだ甘かった。

 チャトムは少し迷ってからナーリェの制服の袖のあたりを遠慮がちにつかむと、

「……と、あと……ね」

 じっとナーリェの目を見上げて――小柄なチャトムはナーリェより頭半分ほど背が低いので――言った。

「なんだ?」

「えっと……うん、終わったら。これが片付いたらね、ナーリェに聞きたいこと……っていうか、話したいことがあるんだ」

(――それは――)

 それは、むしろこちらの台詞なのだが……。

 ナーリェはつい足を止めてしまった。

「私も――」

 そう。なにやらばたばたして誤魔化してしまったが、記念館の前で思ったことは嘘じゃない。

(マムに笑われないように――覚悟を決めなきゃな)

「私も、話したいことがある。これが終わったら時間をくれるか?」

 チャトムの答えは「うん、もちろんだよ」だった。



 総長に渡された剣を入れた刀袋を肩に提げると、カイはティレグに道を教えられつつ、西門に向かった。

 サジェイルは自室に戻っていった。学院関係者の召集でもするのかもしれない。

 歩いている最中、ふとティレグが口をきいた。

「しかしさっきのは良かったぞ、カイ」

「へ?何が?」

「チャトムに来いって言っただろ。正直総長殿がいつ危険だからチャトムは連れていくなって言うかひやひやもんだったんだ」

「ああ……あれ?ふぅん、ティレグそんなにチャトムがついてきて欲しかったんだ。僕としては正直に思いつきを口にしただけなんだけど」

「……意図的じゃなかったんだな……」

「あはは、まぁね」

「あーのーな……言っただろ、万一のときはもしかしたらチャトムが切り札になるかもしれないって!

 てっきりそのためのフォローかと思ったのにお前ってやつは……」

「ああ、そういえばそんなこともあったっけ」

「おいおい……お前は相変わらず――まあいいか、結果オーライってことにしといてやるよ」

 恩着せがましいティレグの口調にカイは苦笑してありがと、と言いながら刀袋を抱えなおした。

「でも総長が貸してくれた剣、結構な品だねぇ。そのうち里のものになるんだって思うと少し気安いし」

「ま、オレには及ばないけどな」

「はいはい……ティレグは類稀な逸品だよ」

 アドの里と学院は、ここ20年ほど密かな友好関係にあり、定期的な取引までする間柄だった。

 互いが求める古魔器の交換、などはその最たるものだ。

 里では未だに魔具の収集が熱心に行われていて、旅に出ている戦士などが積極的に古魔器の類を発見しては持ちかえる。

 一方学院でも遺跡が発見されるたびに調査隊を組んでいるわけで、研究価値の低い武具などが手に入ることもままある。

 そういった物品や、情報を互いにやり取りするための会合が両者の間で持たれており、この剣は次の会合で、里に引き渡される予定のものだ。

 そう言えば、もともとカイがティルバイにやって来たのも、その取引の打ち合わせの使者であったのだ。

(――まあ、こんなことになるとは思わなかったけどね)

 しかし自らが伝えた不吉な予言を現実にしないために、できるだけのことはしよう。

 里長もそれを望んで自分をここに送ったに違いないのだから。

(修行中の身だしね。きっと得る所もたくさんある――ねぇ師匠?)

 里を出て以来会っていない師の顔を思い浮かべながら西門に早足で向かうと、そこにはすでに二人の少女の姿があった。


「西門から出るのが一番近いんだ。南門ほど目立たないしな」

 二人を先導しながらナーリェが説明する。

 近道だと言って小路に入り込んだおかげで、あたりの人気はすぐなくなった。

 細い街路をくるくる曲がるので、チャトムは心得顔でついていっているが、カイにはすでに自分がどのあたりにいるのかさっぱりだ。とりあえずひたすらナーリェの歩を追う。

「地下への入り口まで急げば10分、そこからテレポーターに入って、各地点まで飛んで歩いて……更に15~20分ってところかな……。

 ふぅ、こんなことなら犯人に習って地下直通の転移魔法陣でも作っておくんだった」

 ナーリェがぼやくのも無理はない。

 実際真下にあるはずの現場にぐるりと迂回していかなければならないのは、時間が惜しいときは非常に気がせくものだ。

「でも、まだ使えるようになって間がないんでしょう?仕方ないよ……それにひとり分の質量がやっとっていうんだし」

 チャトムがフォローしたが、ナーリェはかえってむくれた。

「本腰を入れたら、すぐに3人送れる程度の技は身につけられたぞ。私を誰だと思ってるんだ」

 そんなやり取りに、仲が良いなぁ、などとカイがほのぼのしていると。

「ふ……ふっふっふっふっ……」

 なにやら。

 上――そう、上から含み笑いが。

 チャトムはぐらりと自分の体が傾ぐのが分かった。

「やっと見つけました、黒き混沌よ……!今度こそ引導渡してさしあげましょう!!」

 実に、本日2回目のシチュエーション。

「~~~~またかよー!!!」

 絶望的な、というかほとんどやけっぱちな口調でティレグが叫んだ。


 今回は幾分低くて2階建ての緑色の屋根である。

 目に焼き付くような純白のコート。

 つきつけられた錫杖。

 既視感を覚えるまでもなく、なにもかもがそのまんまだ。

 唯一の救いは、人気のない裏通りでギャラリーがいないこと。

「先ほどは不覚を取りましたが、今度はそうはいきません!あるがままの正当なる世界律を保つため――」

 まだその先も続いていたが、はっきり言ってチャトムの耳には入っていなかった。

(てゆーか、急ぐのに急ぐのに急ぐのに……!)

 泣きたい気分のチャトムの横で、ナーリェが怪訝な表情で、至極イヤそーに屋根の上を指差した。

「なんだあの派手なバカは」

 ――ずっぱり。

 そんな擬音語がチャトムの脳裏をよぎった。

 これにはさすがにチャトムも焦る。

「いやちょっとそれはナーリェ……初対面なのに言いすぎじゃ」

 しかしティレグは反対に、あったら手まで叩きそうな調子で、大いに同調した。

「はっ、まったくもって正しい評価だ。さすがだな、ナーリェ」

「あはは、なんだか散々な言われようだねぇ」

 カイはのどかに笑っているし。

「――の、深遠なる……ってひとの話を聞いてませんね!?」

 ひとりで先を続けていたレイドがたまりかねて叫んだ。

「そりゃお互い様だろ……」とティレグがぼやく。

 しかしナーリェはこめかみをひくひく震わせながら、

「いや……残念ながら私は聞こえてしまったぞ……魔道だの、道はずれた外法だの……ひっじょーに不快な単語の数々だった」

 とつぶやくと、「あれは一体なんなんだ?」とカイとチャトムを交互に見た。

「えーと…なんていうか」

 言葉につまるチャトムをおいて、答えたのはティレグだった。

「簡単に言うと、350年間も魔術を世界から根絶することを狂信的に至上命題としてる律令士って生き物だ。蛇よりしつっこくオレを狙ってて、ぼーふらのよーにドコにでもわいてくる」

「な……まだそんな前世紀の遺物的硬直思想が生き残っていたのか!?」

「ああ……ある意味、天然記念物ものだ……」

 チャトムとカイは顔を見合わせて苦笑いするしかない。

 レイドはレイドでもちろんそんなやりとりは聞いてないようだったが、改めて下の街路の面々を眺めて表情を凍らせた。

「しかも……なんですか、それは……!」

 衝撃を受けたというように震える指で指差す先にはナーリェがいた。

 人数がひとり増えていることにようやく気付いたらしい。

「見える……分かりますよ、私には……!

 それは忌まわしき魔女です……!!世界に混沌と歪みをもたらす黒い6つの柱……」

 なるほど流石はまがりなりにも律令士、とティレグは内心思った。

 ナーリェの魔法士としての才能を感じ取ったらしい。

 魔女とは、禁魔時代に使われたものですでに死語だが、女魔術師に対する一種の蔑称だ。

 6つの『軸属性』を持ち、魔法学の最高峰たる学院にあってなお光る才は、間違いなく多くの大規模魔法を行う潜在力を備えている。

 魔術の産物のティレグほどではないにしろ、異世界の世界律導入を忌み嫌う律令士としてはどう考えても愉快な存在ではないだろう。

 一方魔女呼ばわりされたナーリェの方は、ぴくりと綺麗な形の眉を跳ね上げた。

「ほーぉ……魔女……」

 薄い唇がすっと切れるような笑みを浮かべる。

 それを見てチャトムは思わず身をすくめた。

(うわぁ~~~ナーリェ怒ってる、めちゃくちゃ怒ってる!?自分だってさっきけっこうスゴイこと言ったくせにぃ~~)

 付き合いの長いチャトムには分かる。ナーリェは憤るほど冷静になるタイプだ。ひんやりとした笑みを浮かべるさまは、もとが冴えた美貌なだけに……正直言って怖い。大変怖い。

「なんとも光栄な称号じゃないか。いまだ魔法士の資格も得ていない一介の学院生徒をして魔女とはな……!」

 あえてそう言った口元は微笑んでいたが、全然笑っていない目で屋根の上を見据える。

「くっ……なんて忌々しい居直りを!あなたには更生の道は欠片も残されていないようですね……!!」

 そう言ったレイドも軽蔑の視線を下に向けていて、黒い目と青い目の間で冷たい火花が散っている錯覚をチャトムは起こした。

(てゆーか、あたし達、急ぐんじゃないのぉ~~~!?)

 焦りと怖さで涙が出そうになるチャトムだった。

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