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15章

  15


 憑き物が落ちたようにすっかり明るい表情になったチャトムは、墓地を後にし、カイを伴って学院に向かっていた。お仕事の続きを、というわけだ。

 朝の落ち込みが嘘のように気分が晴れ、足取りも軽い。

(もう今ならなんでもやっちゃうぞって感じだな~)

 などと鼻歌混じりな上機嫌をティレグに茶化されたりして。

 別になんの問題が片付いたわけでもなく、むしろもろもろはこれからなのだが、それでも気力が湧いてきたというのは重要なことだった。

 例えば昨日のことにしても、今になって考えれば、ナーリェの台詞は全て「お前が心配なんだ」と大声で叫んでるようなものだった。

 危機感がないと言ったのも、カイの人となりをよく知らないナーリェにしてみれば、「危ない目にあわないように気をつけろ」ということだろうし、キツイこと言ったのもチャトムの勉学が遅れないかという気遣いからだろう。

 落ちついて見ればそれだけのことでも、今朝の沈んだ気分ではどうしようもなく辛かったのだ。

 でももう大丈夫。ナーリェに会ったら心配かけてごめん、と謝ろう。

 そして……勇気を出して聞くのだ。「あの約束、まだ覚えてる?」と。

 もし、もし万が一応えが芳しくなかったら……その時は……。

 ――と、一瞬また沈みかけた気分を頭をぷるぷる振って追い出す。(……その時は、そのときよ!うん。そうなってから考える)

 気合を知れて両手の拳を胸の前で握ったところで、不思議そうな顔のカイと目が合った。目が「大丈夫?」と問うている。

 ……この挙動は……今気がついたが……横から見ていたらさぞ不審だったろう。

「え、えへへ」思わず笑いで誤魔化した。カイもなんとなくつられて笑ってくれる。

 そろそろ人通りの多くなってきた街路で数瞬意味のない笑みを交し合う二人。

 ……通行障害かもしれない。

 その時のことだ。

 唐突に、前ぶれなく、これまた笑い声が降ってきた。

 ――そう。降ってきたのだ。上から。


「フ…フフ……はぁっはっはっは!!ようやく見つけましたよ!!!」

 一瞬にしてチャトムの笑みはこわばった。

 これは……この声は。大変遺憾ながら聞き覚えがある。

 というか。

 派手な抑揚も異常に高いテンションも、そして何より「人家の屋根から声が降ってくる」というシチュエーションも、泣きたくなるくらい近い記憶の中にとどめられていた。

 上を見上げるのが怖い。

 でも見ないままにするのもそれはそれで怖い気がする。

 ……結局チャトムは振り仰いだ。声の聞こえた左手前方の建物を。

 南の大通りほどではないとはいえ学院の東門に程近い街路はそこそこ広く、両脇には数階建てのアパートがひしめいていた。

 そのうちのひとつ。屋根裏も含めれば4階相当の高さがあるだろうそこ(つまりは昨夜より少し高い位置だった)に――「彼」は超然と立っていた。

 赤い屋根板に栄える白いコートがひるがえる。手には黒い錫杖、この距離からでも判別できる端整な面差し。

 右手からさし込む陽が銀の髪に当って光を弾く。それが月光でないことくらいが昨夜との相違点だろうか。

 ……いや、もうひとつ。ここはもっとずっと……人通りが多い。

 つまり……一体何ごとか、と上を見上げる人間が昨夜よりも多かった。そしてその注目は、彼が話しかけているこちらにも向いているわけで……。近くにいた通行人が数歩あとずさって、チャトムとカイの周りに空間ができた。

(あああああっ!!)チャトムは心の中で叫んで頭を抱える。はっきり言って恥かしい。

 そんな彼女にかまわず、彼の口上は続いている。

「あなたのコトだから大通りだけを徘徊しているかと思いきや、意表を突いてこんなところにいたとはね!

 しかし!世界は常に私の味方!!いかに巧みに隠れようともこの私がこうして見出してしまう――そう、ここにすでにソレの滅ぶ必然は示されているのですよ!!」

 言うなり錫杖をふって、こちらを差す。こちらを……。

「あれ?」

 黒い杖の先端の向かう先は……ぼんやりと屋根の上の彼を見上げる、カイだった。

 むしろ「彼」はチャトムの存在にも気付いていないようだ。

「さあ、此方の世界の基本律の敵!黒きゆがみを産み出す混沌の異分子よ!

 我が律令術にて己があるべき世界へ立ち戻るといい!!」


「え?え?」ワケが分からず混乱するチャトムをよそに、ティレグが舌打ちして低い声でうなった。

「……ライエンの使徒か………………相変わらず進歩がないなあいつは………」

 周囲から人が引いているので、チャトムくらいにしか聞こえなかっただろう。げんなりとしたその口調。

「えと?あの、お知り合いなんですか……?」

 つられて声をひそめて尋ねたチャトムに、カイはちらりと視線を流して「まぁね」と笑って言った。

 そして改めて屋根に向き直る。

「やぁ、久しぶりだね、レイド。相変わらず元気そうでなにより」

 にっこり笑って手を振りながら言う態度はたいそう友好的なもので、チャトムの混乱に拍車をかけた。

(えっと、ていうか、なんかあの人の台詞は敵対宣言みたいに聞こえたんだけどなー…?)

 そしてこのカイの言動には2方向から即座に異議が飛んだ。

「バカヤロウ!カイ!あんなのを気安く呼んで挨拶なんぞするんじゃねぇ!」

「あなたに体調を心配されるいわれなどありません!!」

 押し殺した罵声はティレグのもの。

 貫くような抗議は「彼」――レイドのもの。

 声音こそ違え、タイミングは完全に同じだった。

「…あの、怒ってるみたいですけど……」

 思わず分かりきった事をおずおずと言ってしまうチャトムだったが、

「ああああ!あなたは!」

 屋根の上から降ってきた声に身をすくませた。

「先日の親切なチャムチャム族の方ではないですか!」

 ……どうやらようやくチャトムの存在に気がついたようである。

 ついなんとなく愛想笑いなどして、「は、はぁ、その切は……」

 意味不明な事を口走ってしまうが、彼にはそんなことは聞こえちゃいなかったようだ。

「な、なぜあなたのような方がそんなモノと一緒にいるのですか!?」

 いや、なぜって、そんな。まるでオーガと手でも繋いでるくらいの口調で責められても。

 やたらと理不尽な状況に、チャトムはカイの方を見る。彼も苦笑していた。

「え?……その、だって」

 ねぇ?とカイと目を見合わせる。そんな仕草にレイドは頭を抱えた。

「くっ……なるほど、読めましたよ……あなた、怪しげな甘言を弄して彼女をたぶらかしましたね!?」

 ――一瞬自分の目が点になるのがチャトムには分かった。

 一体いつ自分は甘言にたぶらかされたんだろうか。

 いやまあ結構優しい言葉をかけてもらって励まされはしたけど。

「どこをどう読むとそうなるんだ……」

 ティレグのうんざりした声。

 カイも困ったように微笑んだ。ここまで言われてなお余裕をもって。むしろかすかに楽しそうに。

「うーん、たぶらかすってやたらと人聞き悪いなぁ……」

 なんだか昨日から同じような事で責められる気がする、と続ける。

 意味がよく分からないチャトムが首を傾げる間もなく、レイドは、

「問答無用!」

 言いながら足場の屋根を蹴って飛び降……「ちょっと待って、そこ4階!?」

 思わず叫ぶチャトムだったが、事態は既に彼女を置き去りにして進行している。

 はためく白いコートが翼のようだ。ポーズは決まっていたが……決まりすぎて芝居っぽいのも先日と変わらない。

 そして飛び出したレイドは、すぐさま錫杖を一振り。

「風門三卦、流を束ねん!」

 そんな言葉を発した瞬間、爆発的な風が巻きあがる。

 着地の衝撃を和らげるどころか、それをばねにして方向を変え、落下の勢いをもってレイドはカイに躍りかかる。

 しかしカイの動きも素早かった。

 チャトムを庇うように抱き込んで横にスライド移動。驚いたチャトムが一度瞬く間にはもうティレグを抜き放っている。

 ――――ギィンッッ

 杖と剣、鋼鉄のぶつかり合う音が響いた。

 不快な金属音に身をすくませ耳を伏せるチャトムを背後に庇って、カイが間合いをとる。

「いきなりこれは――ないんじゃないかな。まずお話し合いからってわけにいかない?」

 態勢はすでに戦闘モードとしか思えないのに、普段と変わらない穏やかな声でそう言った。

 レイドはぴくりと眉を跳ね上げて、杖を正眼に構える。

「あなたがその黒の歪みから手を離してからお話は伺いましょう――雷門五卦、伝を派さん」

 ――ッヂィッッ―――

 焦げるような音がして、何かがカイに向かってくる――ような気がした。

 魔法ではない。魔法なら何をしているかチャトムにも分かるのだが、魔法を使ったときの界軸への干渉系が――これの見かたは学院で最初に叩き込まれるので、いくら落ちこぼれとはいえチャトムにも分かる――全く見えなかった。

 これに対するカイの対応は短い。ティレグ、と呼びかけると、おう、任せとけ、とこれも短い返答があった。

 ティレグの漆黒の刀身が一瞬ぶれるようになって(チャトムはこのとき初めて抜き身のティレグを見たことに気がついた。なんとなく銀色の刃が隠れていると思っていたのに、真っ黒とは意外だ)こちらは魔法的な「何かの流れを絶つ」ような干渉が起きた。学院で習う魔法とは少し手続きが異なるが、異世界の世界律を導入する原理はあまり変わらない――ティレグの術だ。

 間髪いれず別の干渉系が派生して、カイが剣を一振りすると術が発動するのが分かった。

 こんな場面では改めて思う。呪文がいらないなんてなんてお手軽で便利だろう。

 剣を中心に黒い霧状のものが生じて、広がりつつレイドに迫る。視界を奪う魔術だ。

「山門六卦、律を示さん」

 しかしレイドがそうつぶやくと、その黒霧が干渉系ごと彼の前で消える。

(あ、ちがうかな……消えるっていうより……散った…霧散?)

 チャトムが首をひねる間にも、二人は再び接近戦で組み合っている。というより、レイドの攻撃をカイが受け流している感じに近い。

 突然街中で始まったバトルに、通行人は遠巻きになって、人だかりを作っている。

 その1歩手前で観戦している状態のチャトムはぼんやりそう考えた。

(……って……!いや、そうじゃなくて!)

 そこでいきなり我に返る。

(こんな、えっと……どうしよう、止めなきゃ…!?)

 おろおろ考えたものの……でも。

 どうやって?

(……………えーと……)

 武器同志がうなりを上げていて、スピードは目で追うのがやっとで、なんかよく分からない術も織り込まれていて、お互い真剣っぽくて、間に割って入るなんて勇気がどうとか言う前に身体能力として不可能だ。

 ――なんかもうとりあえず、手出しもできずに立ちすくむしかなかった。


「旅先で知った顔に会うのはそれなりに嬉しいけど――でもよくココが分かったよね?」

 のん気に話しかけつつ、レイドの払いをかわす。

「ふん――3日ほど前、最寄の村でガラの悪い連中に、会いましてね!

 酒場でこぼしていましたよ……持ち主から引き離したとたん血を垂れ流す不吉な剣のことをね!」

 それを追うように放たれた軸足を払うような足技。

「へぇ?ティレグそんなことしたんだ?」これもさがってかわす。

「そりゃそーだろ、オレみたいな見るからに高級品が、何事もなく手元に残ってたなんて、本気で思ってたのか?」

 ティレグの言葉にカイは苦笑して応えた。

 少し低くなったこちらの態勢に好機を見たものか、闘いの最中に話し込む彼らが気に食わなかったものか、レイドは勢いののった突きを放った。

「分かるでしょう!――とにかく、それはこの世界にあってはならないものなんですよ!」

 鋭く突き込まれた杖の先に、刃の腹を添えるようにして方向をそらす。

「そう言われてもね――僕にとっては相方だしね」

 そのまま杖の軌跡をなぞるように間合いを詰める。一瞬レイドがしまったという顔をしたのが眼の端に見えた。

「それに今は大事な仕事中だから、ね!」

 剣の柄に両手を添えて、相手の腹部に叩き込んだ。

「――ぐ」

 やや下方から急所を一撃。痛みで身を折るレイドの呼気が一瞬止まった。

「ティレグ!霧を!」すかさず出した指示には「分かってらぁ」と返事がある。

 同時に再び黒い霧が広がる。それが広がる速度と同じ位のスピードで彼自身は後退した。

 今度は瞬時には消されない――そしてその数秒があれば十分だ。

 カイは剣を収めつつ迷わずチャトムに駆け寄ると、その手を引いた。突然のことに驚く彼女の顔。

「――逃げよう、今のうち」

 呆然としているように見えたが、そういうとカイの意図をすぐに汲んだようだった。

 いきなり目の前で剣技を繰り広げられてもあまり怯えていないのは正直助かる。

 それどころか逆にカイの手を引いて「じゃあこっちの裏道に」とまで言ってくれた。

 通りからいくつも出ている小路のひとつに走り込む。

 背後に野次馬のざわめきと、レイドの卑怯ですよとかなんとかわめく声が聞こえた。


「ごめんね、突然。怖かった?」

「え?いえ……その、ちょっとだけ。あ、でも、やっぱりカイさん強いんですね。素人目にもなんか、すごかった……」

 二人は人通りの少ない小路を迂回して東門に向かっている。何やらワケの分からない騒動はあったものの、学院には行かねばならない。急を要する仕事が待っているのだから。

「そんな大したものじゃないけどね」

 照れつつ頭をかくカイだが、ティレグの遠慮ない一言が飛んだ。

「当然だろ、ただのぼんくら剣士だったらオレが盟血主に選ぶもんか――ま、オレの主にしちゃ、コイツはまだ全然だけどよ」

 カイは肩をすくめてみせる。チャトムはくすくす笑った。

「……でもなんだか、レイドは君を知ってるみたいだったね?」

 問われてチャトムは少し困った顔をした。

「いえ、道を聞かれた程度と言うか。人探しをしてるからって……あ、もしかしてあの時言ってたのがカイさん?」

 二日前の出会いを簡単に説明する。カイはこくこくとうなづいた。

「あー…そうか、なるほどね。多分そう、彼が探してたのは僕――いや正確にはティレグ、かな」

「やめてくれ……もううんざりだ、あいつらのしつこさには」

 心底うんざりした声でティレグが応じると、カイも苦笑した。

「まあ、仕方ないね。今回は自分のまいた種と思ってあきらめなよ。血の滴る剣なんてね?他にいくらでも方法があったはずなのに」

「そりゃ少し演出過多だったかもしんねぇけどよ……」

 そのやり取りに不思議そうな顔をするチャトムに、カイが説明した。

 いわく、先日あった詐欺の面々に持ち去られそうになったティレグが、それを阻むためにちょっとした演出をしたらしい。

 ……で、その実演をしてもくれたのだが。

 柄や鞘の精緻な彫刻の間から血とおぼしき赤い液体がじわりとにじみ、黒い刀身から滴る様は、はっきり言ってホラーだった。誰が見ても呪いの魔剣である。

 確かにこれなら持ち去ろうという勇気はくじけるだろう。

「でもティレグを売りさばくのを諦めた詐欺の人達が、どうも近場の村でそんなことをもらしたらしいね。で、それを聞きつけたレイドが多分問い詰めたんだろう。僕がどこに向かったか」

「そんでもって行き先を知って追ってきたんだろうよ。お前さんがあいつを初めて見たのが一昨日っつうなら、時間的にも合うしな」

 なるほど、と経緯に納得する一方で、理由がまださっぱり分からなかった。

「で、その……彼はなんでカイさん、いえ、ティレグ?――を追ってきてるんです?なんかこう、すんごく嫌われてる感じでしたけど」

 チャトムの問いにカイは苦笑をいっそう深くする。ぞんざいに答えたのはティレグの方だった。

「あいつは律令士。――時代錯誤の魔術狩りなのさ」

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