11章
11
チャトムは今日も楽しそうにあの男の案内をしていた。
直接話してもやっぱり第一印象以上に相性の悪い男だ。
……あんなムカツク人間に、なんだってあんな無防備な笑顔を向けて見せるんだか。
チャトムの気が知れない。
気安さと敬意の混ざった親しげな視線。
親密にささやき合っては同時に笑う。
そんな全てがひどく腹立たしい。
………そして、考える。
そういえばここ最近、私は――
声を上げて笑うチャトムを、見たコトがなかったのだ。
* * *
結局、チャトムは再三の試みにも関わらず、探査魔法にことごとく失敗して、ティレグが探査をやりなおしたらしかった。
「せっかくティレグにまで手伝って貰ったのに……」
と耳と顔を伏せて意気消沈する彼女を慰めるのはカイでも大変だった。
ティレグまでが「まあまあ、途中までイイ線いったじゃねーか。上出来だって」などと言って励ました。これは大変珍しいことだ。
さらに「その気があるなら明日も少しこうして付き合ってやろう」とまで約束し、加えて
「でもって、お勤めも果たしつつ根性見せたら、ご褒美にお前の『軸属性』教えてやんからよ。こんなとこでくじけてんな」
と言った。
……あまりに稀な優しい台詞のオンパレードに、カイは口にこそしなかったが、天変地異の前触れかと密かに思った。
さすがにこれにはチャトムも顔を輝かせて
「『軸属性』…!あたしにも属性、あるの!?」
と身を乗り出した。
『軸属性』というのはつまり十界軸との相性のよしあしのことだが、主には相性の良い軸を言う。十の軸について、魔法士によってそれぞれ干渉しやすい界軸があり、その個性は魔法の得意分野に如実に表れる。
よって自分の軸属性を知るのは魔法を使うためにとても重要なこと……なのだが、チャトムは今まで魔力波動が弱すぎてこれが検知できない、と言われてきた。どんな魔法も使えないと言われているようなものだ。
それがティレグにはわかるのだろうか。
「そりゃあるさ。誰にだって属性くらいある。特にこんな風に同調を繰り返せば、どんな弱い波長だろうとオレには分かるぜ」
「やる」
自慢げなティレグに、チャトムは間髪入れず答えた。
「明日もやろうね!」
まあ、このくらいでやる気がすぐ復活するのが、チャトムらしいと言えばとても彼女らしい。
彼らのやり取りを見てカイは微笑んだ。
「で?結局知りたいことは分かった?」
その晩。
昨日とほぼ同じような流れで宿に送ってもらい(女の子に送らせるというのも少々問題があるとは思うのだが)夕食を一緒にとってチャトムと別れた後。
部屋に落ちついてやっと、カイはそう聞いた。
質問と言うよりは確認という感じの確信に満ちた物言いに、ティレグは肩をすくめ――ているような声で応じた。
「は、やっぱりオメェは勘付いてたか」
「まぁね。だってティレグ、言ってることが無茶だっただろ。君は――」
そう言いながら上着を脱ぐ。
「自分で周囲に見せようとしてるほど無鉄砲でも強引でもないからね。人に何かさせるときは、たいていもっと理性的な言葉で説得するじゃないか。チャトムは話の分からない相手でもないし」
寝る支度を整えつつ平然と言うカイだが、ティレグにとっては少々こそばゆい台詞だった。
「だからああ言うことを言い出す時は、大体他に目的があって、でもって相手のことを結構気に入ってるとき。後暗さを誤魔化すみたいに無理を言うんだよね――というのが、ここ2年の僕の人物評なんだけど?」
「~~~~~勝手に言ってろ」
だいたい人物評ってのはなんだ、剣に向かって、などと埒もないことをこぼす。
もし人間だったら赤くなっていただろう口調に、カイはくすくす笑って、清潔なベットのシーツに(おそらくリーンが昼間変えてくれたのだろう)嬉しそうに座った。
「まあ、だからなにか、チャトムに魔法を使わせてみたいのかな、と思って協力したわけなんだけど。どうだったの?」
ティレグは少し考えて、「まだ――はっきりしたことは言えねぇ」
「けど、あれはもしかしたらもしかするな。――全く、お前ときたら妙な所で異常に強運だから驚くぜ。
よりによって、この件に巻き込まれるべくこの街に来て、最初に会ったのが、いや拾われた、が正しいんだけどな。それがあのチャトムだとはな」
「……つまり?」
「万一のときに、あの小娘が切り札になるかもしれないってことさ――そんな事態にゃならない方がいいんだけどな」
「で、お前の方はどうだったんだ?」
今度は反対にティレグに聞き返された。
「なんか図書館前で合流した時、機嫌が良さそうだったからな。なんかイイことでもあったか?」
「ん~、さすがだね」
カイは常に笑顔を絶やさないため、かえって他人には表情が読みにくい。それでもティレグにはほんの少しの気分の上下も大体知れてしまうのだった。
「実はナーリェに会ったんだよ」
「ナーリェに!?」
これは意外だったらしくティレグは高い声をあげた。
「うん、ちょっと話した。――なんか僕嫌われてるみたいだよね」
あっけらかんと言うカイに、ティレグは「そりゃ昼間のにらみ方を考えりゃそうだろーな」と納得しつつ、呆れたように呟いた。
「……それが……機嫌が良くなるような良いコト、なのか……?」
「っていうか、良いコだな、と思ってね」
「良い子ってお前……ひでぇ扱い受けたんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど――でも、大切なもののために怒ることが出来るのは素敵なことだよ」
さらっと言われてティレグは一瞬沈黙した。
「クールに見えて……って言われたとおりだね。大事なもののためにちゃんと感情を揺り動かすことができて、それに、何が自分にとって大事かもちゃんと分かってるんだと思う。
だから良いコだと思ったし、僕は、彼女みたいな人は好きだな」
ティレグはなお何か言いたげに数瞬沈黙したが、結局口に出しては
「けど向こうには嫌われたけどな」と言った。
カイもそれに笑ってうなづく。
「まぁね。でもチャトムじゃないけれど、彼女が犯人じゃないといいなって思うよ……ほんとに」
その頃チャトムは街路で空を見上げていた。
「おお、これはこれは!昨日のチャムチャム族の少女ではないですか!!
またお会いしましたね。縁があると言うことでしょうか」
……上から声が降ってきたからである。
というか――。
「あのー……なんで屋根の上に?」
このまま上を見つづけると首が痛くなりそうだと思いながらもそう聞いてしまう。
そこには昨日会ったおかしな美青年が、3階建てのアパートの屋根の上に直立していた。
しかもなんとも夜目に目立つその姿。
上下共に衣服が真っ白なのだ。
季節に見あわぬ純白のコートが空近く月光を弾いて青白く輝く。
それは彼の髪や目の色に映えて美しいコトは美しいのだが、やっぱり場違いに目立ちすぎてこっけいな感じがしてしまう。
さらに手に持っているのは奇妙な輪のついた黒い杖で――錫杖というものだ、と気付く頃には返事が返ってきた。
「少々探し物をしておりますのでね。ここからだとよく見えるかもしれないと思いまして」
「それはー…その」
ネコでも探しているならあるいは有効かもしれないが、どう見てもよく見えているのは彼の方である。実際チャトムの周りには何ごとかと野次馬が集まり出しているではないか。もう夜だというのに。
……恥かしいかもしれない。
「えっと、よい案かも…しれませんね。じゃ、じゃあ頑張って……見つかるように祈ってます」
とりあえず奇異の視線を向けられるのに耐えかねて、チャトムは薄情と思いつつそう言って立ち去ろうとしてきびすを返す。
しかし彼の方は言葉をそのまま受けとめたらしく、感激の面持ちで、
「お気遣いどうも!ええ、ええ、勿論頑張りますとも……!!」
と拳を握り締めて天を仰ぐ。
「ご縁があるようですからきっとまた会う事もあるでしょう。それまであなたもご壮健で!」
「は、ははは……」
屋根の上から手を振る彼。チャトムは乾いた笑いを浮かべて家路を急いだ。
背中に野次馬の視線を感じながら。
(あんまし嬉しいご縁ではないかも…しれない……)
チャトムが家に帰りつくとすぐにナーリェも帰ってきた。
「いま帰った」
いつものように無愛想にことわりをいれて部屋に上がる。
久しぶりに割合早い帰宅だ……が。
「おかえりー…ナーリェ……?」
なんだか今日は昨日に輪をかけて不機嫌だ。
「どうかしたの?研究課題が思ったように進まないとか?」
「そんなことはない。私を誰だと思ってる?」
こういうことをさらっと言ってしまう辺り凄い性格ではあるのだが、実際実力は伴っているし、品のある美しい横顔できっぱり言い切られると意外と嫌な感じはしない。
「…あ。うん。そっか。そうだよね」
まあそうやって素直にうなづいてしまうチャトムもチャトムだが。
しかしナーリェは言葉に反して妙につかれた仕草で荷物を置くと、深く息を吐きつつテーブルについて手を組んだ。
そんな様子を心配そうに見るチャトムに気付いて、ナーリェは微笑んで見せた。
「大丈夫だ。実際驚くくらい上手くいっているよ。ほぼまとまりかけてるし、内容的にも充実してる。これが完成したらクーゲル教官の基礎論理研だろうとソリギル教官の先端融合研だろうと楽勝だと思う」
と研究室の中でも人気が高く難関で知られる部署の名前を出す。
「うわぁ、凄いじゃない」
感嘆のため息をこぼすチャトムだが、ナーリェは淡々としたものだ。
「まあな。だけど調子がよいとかえって楽しくて止まらなくなるんだな――ずっとやりたかった課題だし、つい寝食がおろそかになる」
「うーん、そっか、それはナーリェらしいけど、でも、体には注意しないとダメだよ?」
「…ああ」ナーリェは気のない返事を返すと、反対にふと思いついたように聞いてきた。「……で?お前の方はどうなんだ?きちんと役目は果たせているのか?」
チャトムは思わずうろうろと視線をさ迷わせる。
「あー…うん……どうかなー」
ぴこぴこ、と耳を2回上下させた。……これは自信のないときによく見せる仕草だ、とナーリェには分かる。
「頑張ってはみてるんだけど……どぉも成果が上がらないし……ちょっと不安、かな。
相手のね、ひとは、優しい人だから不満めいたコトなんか全然言わないけど、だからかえってね、役に立ててないんじゃないかなーなんて思っちゃう」
照れたように、それでも柔らかく笑った顔が、話題の人物への好意をあからさまに示している。
(優しい?あの得体の知れん男がか!?)とナーリェは思ったものの、口に出しては
「……別にただの視察で成果もなにもないだろ」と言った。
慰めたつもりだが不快感がつい口調ににじんだ。
チャトムは困ったような顔で「まあそうなんだけど」と笑う。
…成果。
――ヘッドハンティングって奴かなーなんて――
なぜかエイザの声が頭をよぎって、ナーリェはひどく不快な気分になった。
そんなワケはない。あるはずがない。
エイザも言っていただろう。自分が何も聞いていないのだから。
……なんだか腹立たしさのあまりに涙が出てきそうだ。
そしてナーリェはそんな気持ちを押し隠すために、無理矢理言葉を発した。しかし言葉を選ぶ余裕もなく、つい気にかかっていたことがそのまま出てしまう。
「――総長は、なんだってお前を指名したんだろうな。もっと――」言いながら後悔する。
こんなことを聞いて、私はどんな答えを期待しているんだ?
「もっと気の利いた人間だって時間のある生徒だっているだろうに」
しかし嫌な顔をするかと思ったチャトムは、むしろ顔を輝かせた。
そう聞かれたのが嬉しいらしく、
「そうなの、ナーリェ。実はね、カイさんに会ったの昨日の朝、ナーリェが転移しちゃってからなのよ。それが可笑しいの……って言ったら失礼かな、でもカイさんったらね……」
弾かれたように話し出した。
(あ、あれ?おかしいな……)
チャトムは戸惑っていた。
仕事の事は秘密だと言われたが、出会いの事くらい話してもいいだろう。視察の人間だって旅をしてここにたどり着いたには違いないのだし、とそう思って昨日のこと――詐欺にあったとか方向音痴だとか、ほのぼのした笑い話だと思っているのだが――を話しているのだが。
なにやら話すほどに、ナーリェの機嫌が急降下しているのがわかるのだ。
今や彼女の眉ははっきり寄って、チャトムならずともその苛立ちが分かると言うものだ。
「……で、その縁でご指名があってガイドをすることになったのね」
ナーリェは頭痛をこらえるようにこめかみを押さえた。
「んとー…奢ってもらう時は一緒に、行こうね?」
機嫌をうかがうように言うチャトムに、ナーリェは静かに口を開いた。抑えた声がかえって怖い。
「……つまり、お前は、人の家先で倒れているような不審人物――しかも若い男だぞ?それを平気で自分しかいない家にあげて、わざわざ朝食を恵んでやったわけだな?授業に大幅に遅れているのも構わずに?」
決して激しい口調ではなかったが、なんとなく圧迫を感じてチャトムはひるんだ。
「え?う、うん……だって見捨てて置けないじゃない……」
「ばか!」
いきなりナーリェが怒鳴る。端正な顔が、怒りで壮絶な迫力をかもしていた。
「危機感がないのはお前の方だ……!もしそれが良からぬ考えを持った輩だったらどうするんだ!強盗とか!
お前は一人で、私もいなくて、相手は剣を持った男なんだぞ!?」
「け、けどカイさんはそんな人じゃなかったよ――」
「結果的にはな!でも何かあってからじゃ遅いんだぞ!
しかもなんだそれは……お礼に食事を?まるでナンパの常套句みたいじゃないか」
そう、吐き捨てるように言う。こんなに怒るナーリェを見るのは滅多にない事だ。
「ナーリェ……」
「大体、チャトムお前……そんなことに喜んで、へらへら遊んでる場合じゃないだろう!?」
チャトムは聞きたくなかった。その言葉は。
少なくともこの友人の口からは。
「授業も課題も放ってなにが案内だ……!
このティルバイにいるのはなんのためだ!?」
それはきっと昨日も今日も学院で囁かれていた言葉だろう。
カイと歩いている時も、実習の時間も。
冷たい視線と共に交わされる陰口。
それでも彼女の口からは決して聞く事はないと思っていたのに。
「……ナーリェ……」
呼ぶ声はチャトム自身でも情けないくらい震えて、湿っていた。
潤んだ琥珀色の瞳を前にして、ナーリェの動きがハッと止まる。
数瞬の氷のような沈黙。
ナーリェがかすかに唇を震わせたが、声にはならなかった。
代わりに何かを振りきるように立ち上がると、きびすを返す。
「……もう、寝る」
呟くような言葉を残して、まっすぐな黒髪が自室に消えた。
一度も振りかえらずに。
* * *
■2日目結果報告。
学院北・東・南東地区、校舎裏から講堂周辺を調査。反応なし。
備考・講堂内を除き、建物は昨日に引き続いて調査せず。




