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茗荷  作者: 花村かおり
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茗荷7

「俺はね、16のころから別の日本料理屋で板前修業をしていて、26歳になったころ、親方の紹介もあって、神楽坂の有名な料亭を紹介されて働くようになったんだ。ちょうど直ちゃんと同じぐらいの年齢だった」

16歳というと中学をでてすぐ、板前修業を始めたということだ。直子には想像のつかないことであった。

「神楽坂の料亭でも重宝がられてね、一年も経たずに、一通りのことは任されるようになったんだ。そしてね、少し自分に自信が出てきたというか、余裕が出てきたというか、ある女に惚れちまったんだ。俺はそれまで料理一筋で生きてきたものだから、心底女に惚れるってことがなかったから、あっという間にはまってしまったんだ。でも相手が悪かった」

「そうなんですか」

「相手は、その料亭の女将で年も30歳そこそこでとても綺麗な人だった。まあ、雇われ女将さ。でも経営をしていたのは企業のお偉いさんで、その愛人でもあったのだ。でも愛人という境遇が彼女も寂しかったんだろう、俺が思いを伝えると、すぐに恋人のような関係になった。俺は女将が愛人としてこの店で働いていることも知っていたけど、仕方がないことだと思って、5年ぐらい働いた。もちろん、周りには気づかれないようにこっそりね。料亭はその間に評判があがり、お客もどんどん増えていった」

直子も兄も誠二さんの言葉の一言、一言に聞き入っていた。

「でも5年経ったある日、女将に店を辞めてほしいと突然言われたんだ。愛人に関係がばれてしまった、このままでは、私は店を辞めなければならない。でもここまで育てた私の料亭を手放したくない、辞めたくない。だから、別れてほしいってね。俺は彼女の気持ちが痛いほど分かった。その料亭をやめ、紹介された寿屋へ一ヶ月も経たないうちに、移ったんだ。彼女との関係もきっぱりあきらめてね」

「そんなことがあったんですか」

「そのときは、不幸のどん底に居たような気がしたよ。でもこの町の人たちは優しいし、寿屋の旦那さんも女将さんもここにやってきた事情は何にも聞かなかった。小さい店だからお客さんの反応も厨房に立っているだけで分かったから、やりがいは感じて一生懸命働いた」

「ええ」と直子はうなづいた。だから寿屋は今も繁盛しているのだろうと思った。

「でも、彼女への思いは5年経っても、10年経っても薄れないんだ。あのときの気持ちが一人でアパートでビールを飲んでいるとふと面影を思い出してしまう」

「あの…、時々、誠二さんに会いに来る女性は、恋人なんですか?」と私は聞いてみた。

「恋人といったら、そんなものかな、でも強い恋愛感情は彼女には沸かないんだ」

誠二さんは遠い目をして言った。

「しかしね、先月の末にその惚れた女から、店に突然電話があったんだよ」


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