茗荷6
誠二さんは直子の作ったカボチャの煮物を口に入れた。
「ああ、上手い。直ちゃんは頭が良い上に、料理もうまいんだね」
「なんか、プロに言われると恥ずかしいです」
直子も誠二さんの用意した料理を食べた。
「美味しい」
「そりゃ、それで商売してるからね」
「このわかめと茗荷の合えもの。茗荷の味が引き立っていて、すごく美味しいです」
「これは店の裏庭に生えていたものを、分けてもらったんだ」
「ええ、この前、私がいただいた」
「茗荷ってくせがあるだろ、味も草みたいじゃないか。でも、そのくせがたまらないんだよ」
誠二さんはビールをぐいっと飲んだ。
「ああ、ビールもとびきり上手く感じるな」と言った。
「そういえば、直ちゃんは恋人と上手く行っているのかな。たまに車で送り迎えしていた」
「あの、彼とは別れたんです。というか連絡が取れなくなってしまって、自然消滅みたいなものです」
「そうなのか…」
「理由も良く分からないんです。でも、そうなってから思ったんですけど、別に彼のこと、本当は好きじゃなかったんじゃないかって。だから、悲しい気持ちにもならないんです」
「そうか、直ちゃんは強いから、この茗荷のように、生える場所を変えて、毎年、上手く生きていけるんだ。…それにしても、直ちゃんのような良い女と別れるとはね、その彼氏も馬鹿なことをしたもんだ。こんなに綺麗なのに」
「また、お世辞を」
「お世辞なんかじゃないよ。俺が初めて、寿屋で働くようになったときは、まだ高校生で若いなあって思ったけど、いつの間にか、大人の良い女になったように思えるよ」
誠二さんがそういうとインターフォンが鳴った。
「隆かな」と誠二さんが玄関に向かった。
「ごめん、遅れて」と言ってずかずかと部屋に入ってきた。兄は誠二さんを兄のように慕っていたから、このアパートにも何度も着ているのだろう。
「隆、お前、久しぶりだな。久しぶりなのに遅刻とはな。俺らはもう一杯やってるぞ」
「いいなあ。仕事が押しちゃって、すみません」と兄は茶目っ気のある笑顔で誠二さんに答えていた。
「それで、なんだよ、話って」と誠二さんは兄が席に着く前に尋ねた。
「まあ、その前にこっちも一杯やらせてくださいよ」と言って、すわり、ビールをぐびっと喉を鳴らせて飲んだ。
「ああ、仕事の後のビールは美味しいですね」と言った。
「まあ、急ぐことないか…。カボチャの煮つけは直ちゃんが作ったもの、残りは俺が作った。食べてみろ」
兄は三種類の料理を口にした。
「ああ、うまいなあ。直子の料理は久しぶりだけど味付けは変わらないね。誠二さんはさすがプロって感じだ」とうれしそうな顔をしてパクパク食べていた。
誠二さんはビールを飲みながら、その様子を微笑みながら見ていた。一通り食べ終わったあと、兄は切り出した。
「俺、もう、駄目かと思っているんですよ。直子にも先日駄目だしされたんです」
「何を?」
「俺、人妻と付き合っているじゃないですか。考えれば、もう5年にもなります。そのころ付き合っていた婚約者を捨てて、彼女にほれ込んだ。相手もそうだったと思っています」
「ああ、そうだったな」
「相手も、離婚をして俺と一緒になると、約束をしました。でも、約束はしたものの、離婚への進展が一向にないんです」
「そうか、俺は結婚も離婚もしたことがないからな、わからないけど、離婚は相当なパワーが必要だというぞ」
「相手がどうしても承諾しない…、だから、約束を守れないかもしれないって言い出したんです」
「そうか。それで、お前はどう思ったんだ」
「それでも、惚れた女だったから離れたくないと思っています。でも、このまえ、直子にそれを話したんです。そしたら、そんなの辞めろって。そりゃ、思いますよね」
「うーん…」
誠二さんは黙ってしまった。
「俺はさ、昔、神楽坂の料亭で働いていたんだ。そのときも腕の立つ板前として重宝されていたんだけど、なぜ、小さな日本料理屋にやってきたか、知っているかい?」
「いえ、」
直子も兄もごくりと喉を鳴らした。腕の立つ誠二さんが何故、このような小さな店で働いているかは、皆の謎だったからだ。