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茗荷  作者: 花村かおり
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茗荷5

それから数日たったことであった。直子はいつものように寿屋の前を通って、家に帰るところで誠二さんに会った。

「直ちゃん、お帰り」

「ただいま」

いつものように答えていた。

「昨日、隆から電話が来たよ」

「何か言っていましたか」

「俺に相談したいことがあるっていうんだよ。直ちゃんには、もう話しているかもしれないけど、それで、今夜俺のアパートにくるって言うんだ。直ちゃんも一緒にどうかな?」

「ええ…、いいですけど。私も兄のことは心配しているんです。どういうつもりなのか」

「じゃあ、決まりだ。今日は予約が入っているお客さんが7時までだから、8時にはアパートにつけると思うから、隆と一緒においで」

「ええ、じゃあ、悪いけどお邪魔しますね」

直子は誠二さんのアパートに言ったことはないけど、近所だから住んでいる場所は知っていた。いい年をした腕のいい板前が住むような家ではなかったが、男一人だから十分なのか、その小さなアパートだった。

家に帰ると兄に携帯電話に電話をした。

「直子だけど、お兄ちゃん、今、電話大丈夫?」

(ああ、大丈夫だよ。)

「誠二さんに聞いたんだけど、今日、誠二さんのアパートに行くって聞いたけど、直ちゃんも一緒にどうかって」

(そう、誠二さんがそういうなら。誠二さんは直子のこと気に入っているからなあ、昨日も直ちゃん、いい女になったなんて、言っていたんだぜ。男二人だと暑苦しいと思ったんだろうよ。本当は男二人で相談したいこともあったんだけれどもさ。まあ、いいさ、直子だったらいいよ、一緒に行こう。)

「じゃあさ、誠二さんのアパートの前に8時半ぐらいに待ち合わせしようよ」

(分かった、じゃあ8時半に)

いつもように両親の料理は用意をしたが、自分は食べず、自分の部屋に向かった。あっと思い出して、台所に戻り、かぼちゃの煮つけをタッパにつめた。誠二さんの部屋で食べようと思ったからだ。

自分の部屋で着るものをしばらく思案したが、先週買った可愛いリボンがついたピンクのカットソーとジーンズを身につけた。デートでもあるまいし、近所の小さなアパートに行くだけなのだから、あまりおめかししても不自然だろうし、なんとなく中途半端な格好になってしまった。でもまあいいやと思った。

「ちょっと、友達と飲みに行ってくる。少し遅くなるかもしれない」と母に告げて、家を出た。

8時25分ぐらいに誠二さんのアパートの前に着いた。30分を過ぎても兄は現れなかったので、携帯に電話をした。

「お兄ちゃん、もう、着いてるよ」

(そうか、ごめんな、仕事が押しちゃってさ、20分ぐらい遅れるから、先に行っていてもらえるかな。)

「いいけど、できるだけ早く来てよね」

(分かっているよ。誠二さんだって男だからな、大事な妹に手を出されても困るからな。じゃあな)と兄は、電話越しで笑って言ってから、電話を切ろうとした。

「あ、まって、誠二さんのアパートの部屋番号いくつ?」

(あ、ああ、2回の1号室だよ。悪いけどよろしくな)といって今度こそ切った。急いでいたのだろう。

直子はアパートの2階の1号室の前でインターホンを押した。

誠二さんは上下スウェット姿で玄関のドアを開けた。

「直ちゃん、いらっしゃい、待っていたよ」

「あの、兄が少し遅れそうって連絡があったので、先に来ました」

「あいつ、人を誘っておいてなんだよなあ。まあ、いいや、入って入って」

誠二さんの部屋は男の人の部屋というのに綺麗に整頓されていた。整頓というより、物がないといったほうが良いだろう。

「まあ、座ってよ」と言うと、誠二さんは台所に向かった。

なんとなく誠二さんの後を着いていった。

「何かお料理しているんですか?」

「何もつまみもないとね、寂しいだろうから」

台所は職業柄か、様々な調味料や調理器具が並べられていた。

「あ、勝手に入ってごめんなさい」と無意識とはいえ、人の家を勝手にうろついてしまったことを謝った。

「いや、何も隠すものはないから、いいよ」と誠二さんは言った。

誠二さんはイカとサトイモの煮付けと、大根とゆずの酢の物、茗荷とわかめの和え物を作っていた。

「あの、私もかぼちゃの煮つけ作ってきたんです」と直子はタッパを誠二さんに渡した。

「直ちゃんはいつも夕食を作っているんだってね。お母さんから孝行娘だって聞いていたよ。ありがとう」と誠二さんは言いながら、品の良い器にかぼちゃの煮つけを移していた。

これらの料理を全て、部屋の小さなテーブルに並べると誠二さんはビールでも飲むかと言って、冷蔵庫からビール瓶を出し、二つのコップになみなみと美味しそうな泡がのったビールを注いだ。


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