茗荷2
とんとんとドアをたたいて「すみません」と声をかけると「あいよ」と威勢の良い女将さんの声が聞こえてきた。
寿屋は料亭のような品の高級料理をメインに固定客を抱えていて、景気も良いみたいだった。中からはお客さんの笑い声が聞こえていた。
「あら、直子ちゃん、今日はどうしたの」
「すみません、父が寿屋さんの茗荷がほしいっていうもので、分けてもらえませんか?」
「いいわよ、芳夫さんは茗荷が好きだものね。ねえ、誠二さん、庭から茗荷とってきてあげてよ。」と女将さんは言った。
誠二さんはこの料理屋の板前さんである。板前らしく、白い帽子と衣装を身につけていた。髪の毛も短く、皆が抱く板前さんの典型のような清潔さを持っていた。
「ええ、いいですよ」と言ってので、
「私も一緒に取りに行きます」と誠二さんについて行った。
当初はその前は女将さんと旦那さんの二人で切り盛りしていたが、誠二さんは直子が高校生のころ、この店にやってきた。神楽坂の有名な料亭で働いていたのをやめて、この料理店に勤めるようになったと聞いていた。誠二さんが勤めるようになってから、料理店は繁盛するようになったように思える。年に何回か家族で食事に行くことがあるが、誠二さんが作った料理は全て、美味しかった。女将さんも旦那さんも誠二さんのことを一目おいているようであった。
裏庭で誠二さんは茗荷を見繕って、4束摘み取って直子に見せた。
「お父さんはこれで満足かな」
「ええ、こんなにいただければ大満足です。ありがとうございます」と答えた。
誠二さんには妙な色気がある、飾らない板前さんの格好で、年も40は過ぎているだろうに、一言、一言に色気を感じた。
「ここの茗荷は毎年生える場所が変わるんだぜ、去年はあっち、今年はここに生えている。まるで意思をもっているようだね」
「そうなんですか?」
「そう、不思議だろ」
「不思議ですね」
「そういやさあ……、直ちゃん、いくつになったんだい」
「今年で25になりますよ」
「そうかぁ、どうりで綺麗になるはずだ」
直子は誠二さんにそんなことを言われて、心臓がドンッとなって何も言えなった。誠二さんは、そんな直子をじっと見つめている。
しばらく経って、「お世辞ありがとうございます」と私は言った。
「いや、お世辞じゃないよ。それに直ちゃんは頑張りやだからね、公認会計士になりたいんだろ。おれそれ聞いたとき驚いたよ」
「でも、なりたいだけで、なれるかどうかは難しいんです」
「いや、直ちゃんだったら、できそうだよ。意思が強そうだからなあ」
「いえ、でも難しいですよ」
「あはは、とにかく頑張ってよ」と言って、はい、と言って、家に戻った。
心臓がまだどきどきしていた。誠二さんと話すといつも、そうだ。でも誠二さんにとっては私なんて小娘で相手になんてしてくれないだろうと直子は思っていた。それに誠二さんには恋人がいるようで、時々店にも顔をだしていた。清潔そうな誠二さんと対照的に、派手な水商売系の匂いのする女の人だった。
家に帰ると「お母さん、もらってきたよ」と台所にぽんと茗荷を置いて、自分の部屋に戻った。心臓のどきどきはしばらく収まらなかった。




