万年荷物持ちが今日も気分よく帰ります
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◆モノローグ
ショウが冒険者登録をしたのは十四のときだった。
現代でダンジョンが出現してから、もう三十年近くになる。
冒険者業はすっかり職業として定着して、ギルドはハローワークみたいな顔をして街中に建っている。
スキルもランクも、今どきはスマホで管理だ。
そういう時代に、俺のスキルは「ステータスウィンドウを開閉できる」。
笑えばいいと思う。俺も最初は笑った。
ただ一つ――誰も知らない事実がある。
俺はそのウィンドウを、物理的に掴める。
殴る。踏む。盾にする。荷物を載せる。
ウィンドウは俺の意思に従って空中に固定され、質量を持ち、破壊されない。
バレたら面倒くさい。だから隠している。それだけだ。
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◆パーティ:スパークエッジ
「ショウくんだっけ。Dランクの」
ギルドのロビーで声をかけてきたのは、四人組だった。
リーダーのタスク。長身で装備が高そうで、それを知っている立ち方をする男だ。最近Bランク昇格を自分で言い触らしていると聞いた。ショウを見る目が、最初から「使えるかどうか」で計算している。
「荷物持ちが欲しくてさ。低ランクでも、まあ連れていってやれないことはないかなと思って」
「へいへい」
「もうちょっと嬉しそうにしてくれよ」
そう割り込んできたのは、双剣使いのリナだった。小柄で笑顔が似合う見た目をしているが、ショウへの視線は最初から値踏みのそれだった。
「私たちのパーティに同行できるだけでも経験になるでしょ、Dランクには」
三人目、盾役のゴードンは腕を組んで黙っていた。タスクに同意するタイプらしく、頷き方が上司に合わせる部下のそれだった。話すより威圧で済ませるタイプだ。
四人目は弓使いのセラ。
一言も喋らなかった。ショウをちらりと見て、すぐ視線を外した。
興味がない、というより、最初から人数に入れていない目だった。
ショウは肩をすくめた。
「まあ、好きに使ってくださいよ」
タスクが満足そうに頷いた。「わかってるじゃん。Dランクはサボるなよ」
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◆:ダンジョン
入ってすぐ、リナが声を上げた。
「……何それ」
ショウの横を、透明な板が浮いている。その上に今日の荷物が全部載っていた。
「俺のスキルです。ウィンドウに荷物置けるんで、便利で」
「ウィンドウって……浮いてるの?」
「まあ」
「気持ち悪い」
タスクが鼻で笑った。「荷物持ちがサボらないくらいには使えるスキルってことか」
ゴードンも笑った。セラは見ていなかった。
ショウは何も言わなかった。
別に傷ついてもいないし、言い返す気もない。
ただ、少し退屈だと思った。
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◆:予想外の強敵
ダンジョン中層。
順調に進んでいたが、通路の奥から巨大な影が現れた瞬間、空気が変わった。
ミノタウロス級。中層に出るはずのない格だ。
タスクが一歩引いた。リナが舌打ちをした。ゴードンが盾を構えたが、足が止まっている。セラは後方に下がって矢をつがえたが、手が震えていた。
「おいショウ! 前出ろ、囮やれ!」
タスクの声は、三秒前までの余裕とまったく違った。
「Dランクなんだから、それくらい――」
ショウはタスクを見た。
それから、ミノタウロスを見た。
「……面倒くさいな」
小さく言って、ため息をついた。
ぱん、と一枚、ウィンドウを展開する。
透明な板が空中に固定される。
「は? 何してんの早く――」
ショウはウィンドウを掴んだ。
両手で。しっかりと。
リナの声が途切れた。
ショウはすでに走っていた。
ミノタウロスの顔面に、ウィンドウを叩き込む。
ガッッッッッ――!!
壁が揺れた。粉塵が舞った。
ミノタウロスがよろめく。ショウはもう一枚を展開していた。
「おらぁっ」
二撃目、頭頂部。
ミノタウロスは音を立てて崩れ落ちた。
静寂。
ショウは肩を回した。
息も切れていない。特に感慨もない。
「……スッキリした」
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◆:Dランクの荷物持ち
タスクが口を開いた。
「……お前、何者だ」
「Dランクのショウですよ」
「ふざけんな、なんでDランクが――」
「囮やれって言ったのあなたですよね」
タスクが黙った。
リナが何か言いかけて、やめた。
ゴードンは盾を下ろしたまま固まっていた。
セラだけが、ショウをまっすぐ見ていた。さっきまでと違う目で。
ショウはウィンドウを閉じ、荷物を床に置いた。
「荷物はそこに。あとはご自由に」
手をひらひらと振りながら、入口へ向かって歩き出す。
「お疲れさまでした。いや~、いい気分だ」
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◆:ギルド
ギルドに戻ると、受付嬢がため息をついた。
「また何かやらかしたんじゃないでしょうね」
「何も。気分よく帰ってきただけですよ」
「……はぁ。無事ならいいですけど」
ショウは笑った。
ギルドは彼を評価しない。誰も彼の真価を知らない。
だが、それでいい。
むしろ――そのほうが楽しい。
「さて、次はどんな気分で帰ろうかな」
ポケットに手を突っ込んで、夜の街へ歩き出す。
今日もDランクのまま。問題児のまま。
だがショウは、誰よりも自由で、誰よりも楽しそうだった。




