第一話 世界が一拍、呼吸をした
目を覚ました瞬間、俺は草の匂いに包まれていた。
空はやけに高く、雲は現実感のない速度で流れている。
「……ここ、どこだ?」
身を起こそうとした、その時。
茂みが不自然に揺れた。
現れたのは、牙をむいた狼のような魔獣。
本能的に理解する――逃げ場はない。
だが、胸の奥が熱を帯び、脈打った。
まるで何かが、目覚めようとしているかのように。
――言葉を呼べ。
誰かの声が、思考の内側に直接触れた。
理由は分からない。ただ、確信だけがあった。
直感のまま、俺は叫ぶ。
「水よ、来たれ!」
次の瞬間、世界が一拍、呼吸をした。
空気が弾け、地面から清らかな水柱が噴き上がる。
奔流は一直線に魔獣を飲み込み、その姿を押し流した。
「……出た?」
自分の声が、現実感なく響いた。
手が震えている。
恐怖ではない――理解が、追いついていなかった。
――そうか。
この世界では、“命令”ではない。
“招く言葉”こそが、力になる。
「炎よ、来たれ」
今度は静かに、言葉を置くように告げる。
掌に、意思を持つかのような小さな火が灯った。
熱はある。だが、痛みはない。
背後から声がした。
「詠唱を使えるとは……やはり異界の者ですね」
振り返る。
そこに立っていたのは、銀髪の少女だった。
杖も、魔法陣もない。
ただ、こちらをまっすぐに見つめている。
「この世界の魔法は、元素に願い、迎え入れるもの」
少女は続ける。
「だから、私たちはこう言うのです――
『よ来たれ』、と」
微笑みながら、彼女は告げた。
「あなたは、世界に歓迎された」
俺は空を見上げた。
この異世界は、まだ何も語ってはいない。
だが確かに――
俺の言葉を、待っている。
小さく息を吸い、宣言する。
「――未来よ、来たれ」




